妖精姫聖女化計画をぶち壊せ 前編
外国からのお客様に会うのに失礼のないように、お母様の選んでくれたドレスを着てグラスプールに向かった。
別に会わなくてもよかったのよ。
王が変わったとはいえ、相手はついこの間、帝国の衛兵を殺して少女を誘拐しようとしたやつらで、まだその賠償さえ済んでいないんだから。
でも、いったい何を言ってくるのか聞きたいじゃない?
そのうえで、ぶちのめしてやりたいじゃない。
銀色の羽のついた扇を持って部屋の前に到着した時には、皇宮から来たクリスお兄様とパウエル公爵がすでに待っていた。
あのメモを見て、会議を途中で中止して来てくれたらしい。
「皇太子殿下は、相手の出方によってはその場で切り捨ててもかまわないとおっしゃっていました」
クリスお兄様の言葉に両親は頷いていたけど、すぐに暴力沙汰にするなんて貴族らしくないわよ。
精神的に打撃を与える方が、こういう時は有効だと思うの。
私の本気の口喧嘩は強いわよ。逃げ道を全部塞いだうえで、畳みかけていくからね。
そんなことしているから、男にモテなかったんだけどね。
「お待たせしました」
部屋は広い会議室だ。大きなテーブルの前にゆったりとしたひとり掛けの椅子が並んでいる。
シュタルク側の人間はメインが三人で、彼らの背後に補佐官が何人か控えていた。
私達を待っている間も、扉の前に警備の兵士が精霊獣を小型化して顕現して立っていたので、会話にも気を配らなくてはいけない状態で三時間は待たされていたのよね。
でもアポなしで突然会いたいと言い出したのは彼らだから、そのくらいは我慢してもらおう。
お父様を先頭にパウエル公爵とクリスお兄様が続くと、彼らは急いで立ち上がり、胸に手を当てて出迎えた。
妖精姫に会いたいとゴネたんだから皇宮に連絡がいくのは彼らも予想していたんだろう。
緊張した面持ちではあったけど、特に意外そうな顔はしなかった。
ただお母様と私が部屋に足を踏み入れた時の様子はだいぶ違った。
はっとした顔でいっせいに私の顔色を窺うような視線を向けてきて、その後に私とお母様の顔に交互に視線を向けたり、部屋にいる全員の様子を探るように忙しなく視線を動かしたり。
うちの家族の関係性でも見極めようとでもしているのかしら。実は仲が悪いなんて噂でもあるの?
私が選んだのは一番出入り口に近い席だ。
つまらない話だったら、すぐに部屋を出て行くつもりよ。
そういえば、アランお兄様はどうしたのかしら。
「ではさっそく話を始めていただきましょうか」
お父様の言葉にシュタルク側の中心に座っていた三十半ばくらいの男が頷いた。
彼はワンズ伯爵。お父様より少し年下で、さわやかタイプのまあまあ整った顔をした女性に好印象を持たれそうな人だ。
私から見て奥の席に座っているのがテート子爵。五十代かな。
小物感が半端ない人で、神経質そうにずっと眉間にしわを寄せていた。
最後のひとりは年齢不詳のタヴァナー伯爵。
細くて鼻がとがっていて目つきが鋭いっていうと悪役っぽいけど、騎士の服装をしているので隙がないのもまあ納得かな。
「すでにみなさんもお聞き及びのことかと思いますが、我々シュタルク国民は身分の差を超えてバルテリンク公爵の元に集い、何代にも渡り精霊王や精霊の存在をないがしろにし、国が荒れるに任せ、贅沢な暮らしを続けることばかりを優先していた王族を処断し、新しい王の元に新たな道を歩む決断を下しました」
お父様はすでにこの話を聞いているのよね。
その後で、精霊王との関係回復や精霊についての助言が欲しいから、妖精姫に会わせてくれと泣きつかれたらしい。
それで娘が了承するとは限らないが聞いてはみようということになって、お母様が私に話をするためにベリサリオに戻ったの。私はウィキくんと精霊王にニコデムスの新しい教義を聞いてブチ切れていたから、会ってやろうじゃないのとここまで来たのよ。
ここにいるベリサリオ側の人達は全員妖精姫聖女化計画を知っているのに、無表情を貫いているのがすごいし、笑ってしまいそうになる。
「第三王子が犯した犯罪の賠償については、テート子爵が担当させていただきます。先程、ベリサリオ辺境伯閣下に資料をお渡しいたしました。後ほどこの件について検討する機会をちょうだいしたいと思っております」
「そうですな。御婦人方をお待たせしたくありません。妖精姫に御足労願うほどの重要な話を先に聞こうじゃありませんか」
パウエル公爵も言葉に棘がチクチクしている。
ワンズ伯爵は居心地悪そうに居住まいを正し、ちらっとタヴァナー伯爵に視線を向けた。でも彼は気付かなかったのか無視したのか、表情を変えずに前を向いたままだ。
「どうなさいました? 話したいことがあると言うので娘を呼んだんですよ」
「はい。ありがとうございます」
お父様が促すとようやく、ワンズ伯爵は体ごと私に向き直った。
「お初にお目にかかります。今回我々シュタルクは以前の王族を廃するにあたり、精霊王のお住まいだった場所にある王族の別邸と軍港を解体することに決め、すでに作業が進んでおります」
褒めて褒めてと犬がご主人様を見るような、それか子供が母親を見るような、期待を込めた瞳で見つめられ、目を細めて扇で口元を隠した。
シュタルクは貴族が平民を殺しても、それなりの理由があれば罪にならない国だ。
古い歴史を持つ国の特権階級に生まれたという選民意識に凝り固まった彼らにしてみたら、ほんのちょっとの譲歩でも、大きな意味があるとでも思っているのかもしれない。
私からしたらやって当たり前。やらなければ国が亡ぶ状況で、得意げになれるのが理解出来ない。
私がなんのリアクションも返さないので、彼らはどうしていいかわからなくなったらしい。
互いに顔を見合わせ、どう話を続けようかと思案して、再びワンズ伯爵が口を開いた。
「それで、精霊王の住居に植える苗や植物を輸入したいのです」
「賠償問題が片付くまで、交易はしません」
私が答えるよりも早く、パウエル公爵が答えてくれた。
「我が国で皇太子殿下と妖精姫を侮辱するような態度を取っておいて、困った時だけ助けてほしいとおっしゃるつもりですか?」
「それは第三王子のしたことで、王族は全員処刑されまして」
「第三王子と共にバルテリンク公爵……いや、新国王の嫡男もその場にいたというのに、王子を諫めることもなく、他人事のような顔をしていたそうです。その場には他にも大人の補佐官もいたのに放置していたそうじゃないですか」
「それは……状況を調査中ですので、今しばらくお待ちください」
都合が悪くなると調査中か。
これじゃ話が進まないな。
「お話はこれでおしまいですか? でしたら私は退出させていただきます」
「お待ちください! 今後、精霊王の住居をどのようにすればいいのか。どのようにすれば和解出来るのか。ご教授願いたいのです!」
「まあ、びっくり」
思わず笑ってしまったのはしょうがないと思う。
いちいち聞かないと、そんなこともわからない大人しかシュタルクにはいないの?
「シュタルクは平民と貴族が一致団結して王宮を取り囲み、王族を全員処刑したと聞いております。そのようなこと、一朝一夕に出来ることではございませんでしょう? 何か月も、あるいは年単位で準備していたはずです」
「それは……はい」
「その時に、我々についてくればシュタルクは変わると先導して、庶民を味方につけたのではないのですか? それなのに今後の計画が何もない? 他国の人間に教えてもらわないと何も出来ない?」
「……いや、その」
三人揃って、いえ、彼らの背後に控えている人達まで揃って、目を丸くして私を見ているということは、アルデルトや皇太子の茶会に出席していた人達に何も聞いていなかったってこと?
それとも私の外見と年齢を見て、報告がオーバーだったと考えていたのかな?
「ならば教えて差し上げましょう。現状のまま苗木や植物の種を購入しても意味がありません。王都近郊は地面が干からび、ひび割れて固くなっているはずです。土地に魔力が足りないんです。毎日大勢の人間が魔力を放出し、その土地に魔力を行き渡らせなくては植物は育ちません。皇都でも学園周辺の森で何か月も魔力を放出し、森を生き返らせたんですよ」
「何か月も……」
「そうして土地に魔力が溜まったら、土壌を耕し、ようやく苗木を植えられます。もちろんその後も魔力を放出し続けないと木は育ちません。最低でも三年は続けてください」
「三年?! 皇都では一年かからずに森が出来たそうじゃないですか!」
顔色を変えて腰を浮かせたワンズ伯爵をちらりと見て、わざとらしくため息をついた。
「帝国は精霊獣を持つ少女を誘拐し、人質にして精霊獣を無理矢理働かせたり、精霊王が嫌うニコデムス教を保護していませんのよ。一緒にされては困ります。何百年も精霊を放置して、精霊王の住居を破壊しておいて、そこにあった建物をどかせば許されるなんてことがあるわけないでしょう?」
「お待ちください。ニコデムスも変わったんです」
ようやくその話になったか。
待ってたわよ。
「変わった?」
「タヴァナー伯爵、説明を」
「はあ」
タヴァナー伯爵は気の抜けた声を発して、ぎろりと私を睨みつけた。
ガンを飛ばすって、こういう態度のことを言うのよね。
呼びつけておいてその態度かよって思って、つい口元に笑みを浮かべてしまったら、すっかり警戒されたみたい。
気にすんな。私って守ってあげたくなるような顔をした子供でしょう?
「ニコデムスは今後、精霊を育てることを推奨するように教義が変更になったそうです。魔力を与えれば主人のために魔法を使い守ってくれる。精霊が増えれば土地に魔力も増え、農業もしやすくなると聞いております。人々が豊かに生活するために、精霊は欠かせない存在であり友である。それは人間が優れた存在であるというニコデムスの教義に反しません。精霊を導くのもまた、人間であるのですから」
「いえ、反するでしょう?」
驚いた顔で首を傾げてから、にっこりと無邪気に見えるように微笑んだ。
内心はかなりびっくりよ。
助けを乞う立場なのに、こいつってば平気でうそをついたのよ?
精霊が友ですって?
外交なんてそんなものかもしれないけど、精霊王を後ろ盾にしている私にそんな嘘が通じると思っているのが驚きよ。
私がせっかく作った教本を読んでいないわね。
「私は宗教には詳しくないですけど、確かペンデルス共和国が建国された当初に預言者が現れて、ニコデムス教を布教したんですよね。ついこの間まで精霊を殺して回っていたのに、今度は友であると言い出したんですよ? 教義を否定することになりませんか? それとも、また新しい預言者が現れたんですか?」
「い、いやこれは……」
「ですよね。そんなことを言い出す預言者を信じられませんわよね? ではいったいどうして教義が変更になったんですか?」
「それは……解釈が変わって」
「「「解釈」」」
やめて。なんでそこでみんなでハモったの。笑わせないで。
「つまり何百年もの間、神官達は解釈違いした教えを信徒に広めていたのですか? 教義について学んでいたはずなのに気付かなかった? では、教義の変更に伴って上の方達は責任を取らないといけませんよね?」
「ニコデムスの本部はペンデルスにあるので、そちらで神官が何人も降格されたと聞き及んでおります」
「それだけ?」
「は?」
「解釈違いの教えを信じて、いったいどれだけの精霊や精霊を愛する人々が殺されたんでしょう。信徒だってたくさん死んでいますよね? 教義変更の話は置いておいても、ルフタネンの西島を荒らし、ベジャイアの内戦を引き起こし、帝国内に潜入して毒殺事件を起こした責任を、ニコデムスはどのように取るおつもりなんですか?」
「わ、私に聞かれましても……」
「まあ、そうでしたわね」
両手を胸の前で合わせて、正面からタヴァナー伯爵と視線を合わせた。
「ニコデムス教徒は帝国に入国禁止ですもの。賠償の話をしに来た使節団の中に、信者がいるなんて、そんなことはありえませんわよね」
「……」
「でも帰国したら是非信者の方に伝えていただきたいわ。毒殺事件の折に、私のお友達やその家族の方々の飲み物にも毒が入っていましたのよ。アランお兄様の精霊獣が気付かなかったら、彼らも亡くなっていたかもしれませんわ。私は、私の大事なお友達を害するものを許しませんので、シュタルクがニコデムスと手を結んでいる限り、私はシュタルクには行きません」
シュタルク側が黙り込むのはわかるんだけど、帝国の人達まで沈黙するのはやめてほしい。
うわあ……って顔でこちらを見ないでほしいわ。