独占欲?
自粛の日々が続きますが、皆さんいかがお過ごしですか?
私は運動不足になってはいけないと、動画を見ながら体操をしていたら筋肉痛でお尻が痛いです。
前期の授業が終わって城に戻ると、今年は割と自由な時間が取れた。
去年が特別だっただけで、本来デビュタントのための舞踏会は夜に開催されるので、我が家で出席するのは両親とクリスお兄様だけ。ベリサリオでも舞踏会は開催するけど、まだ成人していない私には関係のない世界だ。
私はいつものごとく、フェアリー商会のお仕事をしていた。
スイーツの新商品とオムレツの伝授。そして一番時間を割いたのが、精霊車にカートリッジ式の魔力貯蔵タンクを取り付ける実験だ。
魔力を貯蓄する魔道具は、学園の元先生のロイ・カルダーを中心に魔道具の技術者達が集まって、一年がかりで作り上げてくれたの。
カルダー先生には、もう教師ではないからロイと呼んでくれと言われているんだけど、まだ慣れないわ。
今でも領地内の主だった街道沿いには、運転手の休憩や交代の出来る場所が何カ所も作られていて、魔力が切れてしまう前に運転手が交代することによって、最速で物資が運搬されている。そこにカートリッジを複数用意しておけば、運転手は魔力切れにびくびくしながら精霊車を動かさなくてよくなるでしょ。
カートリッジを切らすわけにはいかないから、魔力を効率よく集めてカートリッジに貯めておく魔道具は、大きな街ごとに必要になってくる。
魔力をお金に出来るとなれば、バイト感覚で売りに来てくれる人はたくさんいると思うのよ。
「この位置にこう取り付ければ、荷物を積む場所を狭めないで済みます」
「試しにこれで走らせてみましょうか」
フェアリー商会の建物の隣に実験用の建物を建て、いろんなタイプの精霊車を駐車する倉庫も作ったから、どんどん商会のための区画が広がってしまっている。
カートリッジ用の魔道具が設置されているのは、実験施設の一階だ。まだ企業秘密の塊だから、外には出せないのよ。
精霊車の屋根に上って整備出来るように天井は三階分の高さがあって、見上げた感じは体育館みたい。
壁際にいろんな道具や大小さまざまな魔石のはいった棚が置かれている。
あ、あれもあるのよ。板に小さな車輪がついていて、寝転がって車体の下を覗けるやつ。
私もやってみたいのに、やめてくださいとみんなに止められてしまった。
今日は実験の協力者が全員集まっている。
ロイはもちろん、一緒に制作に携わってくれた魔道具技師の人達や、精霊車の躯体を作ってくれている職人さん達や、実際に精霊車で荷物を運んでいる運転手の人達まで来てくれた。
成功したら、今よりもずっと早く遠くに荷物が運べるようになるんだから、大事な実験よ。
「私にやらせて」
ロイが魔力を貯めたカートリッジを精霊車に取り付けてくれたので、私はうきうきと御者台に乗り込んだ。
「イフリー、カートリッジの魔力を使って精霊車を動かして」
『断る』
「え?」
『あんな質の悪い魔力はいらん。皆、ディアの魔力でなければ動かないぞ』
「えーーー!!」
成長するには主人の魔力じゃないと駄目だけど、魔法を使うだけなら他の人の魔力でも平気だって言ったじゃん!
『他の人間の精霊獣はそれでいい』
『ディアの魔力は特別強いから、他の人間の魔力じゃ代わりにならないよ』
イフリーの背中で毛繕いをしながらジンが言うと、リヴァとガイアがうんうんと頷いて同意した。
つまり私の精霊獣は私の魔力しか受け付けないってことよね。
カートリッジの実験で、全く役に立たないよー。
「主人の魔力量や魔力の強さによって、使用出来る外部魔力の質が変わってくるということですね。なるほど興味深い」
めんどくさいと思ったのは私だけみたいだ。ロイは興味津々で目を輝かせている。
「運転手が平民で、持っている精霊が一属性の者でしたら、どんな魔力でも使えるということですかね」
『自分の持つ魔力より強すぎても使えない』
「では魔力の強さを測定して、何段階かに分けて貯蔵しなければいけませんね」
『自分の精霊獣に聞いておけばよかっただろう』
イフリーに偉そうに言われて、ロイや技術者達は苦笑いだ。
精霊獣と意見交換しながら製品を作るという発想はなかったんだろうな。
「運転手は貴族の三男や四男が多いと聞いていますが」
「はい。ある程度は魔力量がないと精霊車は動かせませんので、平民は少ないですよ」
貴族に生まれても三男や四男はなかなかいい職には就けない。
親が金や権力のある貴族はなんとでもなるのよ。人脈も広いしね。
それ以外の貴族の場合、次男くらいまでなら将来どうにか貴族としてやっていける職に就けるかなあ……ってところかな。
金を持っててもさ、第三夫人までいたりして子供が十人くらいいたら、全員の面倒なんて見ないのさ。学園を卒業させたら、親の役目は終わりだというのがこの世界の常識なの。
剣や魔力が強ければ問題ないのよ。兵士か魔導士になればいい。
そこで功績をあげれば、爵位だってもらえるかもしれない。
兵士にも魔道士にもなれない人達はどうするかっていうのが、本人達にとっても領主にとっても大問題よ。
ここの領地は貴族の子供ですら仕事がないなんてことになったら、領地経営が上手くいってないんじゃないかって噂になるし、教育を受けている若い労働者が領地を出て行ってしまう。
貴族があまりに贅沢をしていたら平民の反感を買うけど、あまりに侘しい生活をしていても不安になっちゃうもんよ。
そんな彼らにとって、精霊車の運転手っていうのはありがたい就職先だったんだって。
フェアリー商会の社員で給料は安定しているし、精霊車の運転手って馬車の御者と違って魔力のある人がなるカッコいい仕事ってイメージがあるらしいの。
制服を用意したのがよかったのかな?
精霊獣と一緒に街道を浮かんで移動していく精霊車って、小さな男の子にはたまらないらしいよ。
「では平民の魔力ではだめかもしれませんね」
実験に私は参加出来ないのか。つまんないな。
そうだ。魔力を貯める方はどんな感じなんだろう。
「お嬢、あなたの魔力を使える人はいないって話なんですよ。貯めた魔力をどうするつもりですか」
横に控えていたレックスに止められてしまった。
私、役立たずだ。
「えー、何か働きたい」
「そう言われましても。あ、ジェマが来ましたよ。お嬢に用があるんじゃないですか?」
あからさまにほっとした顔をしないでもらいたいわ。
どうせ私は邪魔者よ。
むすっとした顔で入り口から顔を覗かせているジェマに近づくと、当然レックスが後ろをついてくる。
お嬢様って、自室でしかひとりになれないのよね。
「どうしたの?」
「お客様がいらしてます」
なんだろう。
ジェマの笑顔がキモい。にやにやしている。
「来客の予定なんてあった?」
「突然やってきたんだよ。勝手なやつだ」
ジェマが自分が入る隙間だけ開けていた扉をアランお兄様が大きく開いたので、お兄様の後ろに立っている人が見えた。
「カミル?」
突然現れるのはやめてほしい。ドキンと心臓が一回、大きくはねたよ。
「両親や兄上がいないときにばかり来るのは印象が悪いぞ」
「仕方ないだろう。今は予定がぎっしり詰まっているんだ」
「だったら来るな。時間がないなら立ち話でかまわないな」
「いいよ」
「ふたりきりにはしないぞ」
「わかってるって。これを渡しに来ただけだって」
アランお兄様とカミルのやり取りを聞きながら建物の外に出た。
こちらにはアランお兄様とルーサー、ジェマとレックスがいて、カミルの傍にはキースとボブがいる。
プライバシー? なにそれ美味しいの状態よ。
「やあ、ひさしぶり」
ひさしぶりに見ると、やっぱり綺麗な顔をしているのよね。
クリスお兄様のような美形っていうのとは違うんだけど、造形が奇麗だ。
このイケメンが私に惚れているとか、いまだに現実味が薄いわ。
「ルフタネンでも新年の行事があるでしょ? こんな時期に来て平気なの?」
「平気じゃない。だから、これを渡したらすぐに帰らないといけないんだ。今年は兄上の戴冠式があるからね。これからもっと忙しくなって、きみの誕生日に来られそうにないから先に渡したくて」
カミルが差し出したのは、眼鏡ケースの横幅を少し縮めたような箱だ。
リボンをつけるどころか包装もしていないのがカミルらしい。
受け取ると軽くて、細かい彫刻のされた小さな留め金で蓋が閉じられていた。
この箱、実は手間がかかってるぞ。
「あ、じゃあ僕はもう行くから」
蓋を開けようとした途端、慌ててカミルが声をかけてきた。
「次はもう少しゆっくり出来る時に来るよ」
「ちょっと待って。せっかく忙しい中来てくれたんだもん。これを持って行って」
私の空間魔法は日々進化しているよー。
腕時計のような形のブレスレットの宝石の中に、物を収納出来るようにしたのさ。
取り出したい物を念じると、空間にポンっと現れるのよ。
ゲームのインベントリみたいでしょ? これをやりたいとずっと思っていたの。
ただ取り出した物は、空中に浮いていてはくれない。素早く掴むか魔法で浮かせないと落ちるし、魔力が強くないと出し入れが出来ないのが欠点だ。
「これは?」
まず、鞄も袋もないのに空中に物が現れたことでルフタネンの三人は目を丸くして、次に私が両手で抱えて差し出した物を見て訝しげな顔になった。
「冷凍庫」
「はあ?! これが?」
この世界の冷凍庫という魔道具は、冷凍室と呼んだ方がいい代物だったの。
食品を凍らせて保管しておくための物だからそれでよかったのよ。
でもそれではジェラートの屋台は出来ない。だから小型化したわけよ。
でも小さくするのって難しいんだってさ。そりゃそうだよね。
貴族じゃないと、氷を入れた飲み物なんて飲めない。
貴族は、ジェラートが食べたい時も冷たい飲み物が飲みたい時も、命じればすぐに誰かが用意してくれる。
それで誰も持ち運びできる冷凍庫を作ろうなんて思いつかなかったんだね。
でもあれば便利でしょ?
フェアリー商会が馬車の中でもジェラートを食べられるようにって、持ち運び出来る冷凍庫を作った時は大評判だったの。ジェラートより冷凍庫が有名になってしまった。
帝国の貴族にはもうかなり出回っていて、他の領地や魔道省でも制作を開始しているけど、まだ他所の国には普及していないのよ。
「中に新作のジェラートが入っているの。薄いチョコをバニラの中にいれたのよ。パリパリして美味しいから、タチアナ様にも分けてあげてね」
「この箱ごともらっていいのか?」
「それがないと溶けちゃうよ?」
「そうか……ありがとう」
そんなに嬉しそうな顔をされると申し訳ないな。
まさか今日来るとは思わなかったから何も用意していなくて、私が部屋で食べようと思ってもらってきたジェラートを渡しただけだから。
「もう行かないと」
「うん。またね」
もう転移魔法で消えるのは、ここにいる全員が見慣れているので驚かない。
扉の向こうからロイや技術者がこっそり見ているけど、彼らも驚かない。
呆気なくカミルは帰ってしまった。
「なにをもらったんですか?!」
ジェマがエルダの本の大ファンで、ふたりの仲がいいのはタイプが似ているからだな。
自分がプレゼントをもらったみたいに嬉しそうだ。
「うーんと、バレッタだわ」
箱の中に入っていたのは、金の台座にシルバーとピンクゴールドで作られた桜によく似た花が横に三つ並んだ髪飾りだった。
中央の花だけが少し大きくて、紫色の宝石がついている。
「うわあ」
「え? なんですか? アランお兄様」
「その花、帝国にはないルフタネンの花だ」
な、なるほど。
誰が見てもカミルが贈った物だとわかっちゃうのか。
「この宝石、カラーチェンジストーンじゃありませんか? ほら、こうやって魔力を流すと色が変わりますよ」
ジェマが魔力を流すと宝石の色が淡いグリーンに変わり、すぐにまた紫に変わった。
「もう少し濃い色だとベリサリオの色ですけど、これは……」
「たぶん」
「たぶん?」
「イースディル公爵家の色ですね」
レックスが答えた途端、ジェマがぶふっと妙な音を立てた。
「なんでそんなことを知っているのよ」
「ルフタネンに行く時に、一通りは調べましたよ。基本情報です」
そうですか。
優秀な執事をもって幸せだわ。
「すごいですね、独占欲丸出し」
「ジェマ、嬉しそうね」
「ええ、とっても」
どうすんの、これ。
そんなこと言われたら、つけられないよ。
「ディアだって負けてないだろう。まさか、冷凍庫を渡すとは思わなかったよ」
どうやらまた何かやらかしたらしい。アランお兄様に半目で睨まれてしまった。
「小さな冷凍庫が珍しいものだというのはわかっていますよ?」
「あれを見て、冷凍庫だとわかるやつはまずいない」
確かに……私専用に作ってもらったから、豪華だし性能はいいはずだ。
冷凍庫って外側も冷たくなっちゃうのよ。
それで冷気を断熱させる素材の中に入れて使うのが一般的なの。
私のは、四面それぞれに水、火、土、風を表した幾何学模様の透かし彫りのされている箱に入れてある。
私は同じ物をまだ持っているし、言えば新しく作ってもらえるけど、私以外には手にはいらないデザインの冷凍庫だ。
「それにあれ、ディアの名前が入れられてなかったか?」
「あ」
「独占欲丸出しだね」
うきゃーーーー! 忘れてた。
自分の名前入りの物をプレゼントしてしまった!!
「で、でもアランお兄様、よくそこまで気付きましたね」
「普通気付くよ」
「もしかしてパティにあげたプレゼントにも、名前か、ベリサリオの紋章が入ってたり?」
「…………今はディアの話だし」
はいってるのかい!!