閑話 大人になる速度 前編 ダグラス視点
4月30日でこの小説を書き始めて1年が経ちました。
ここまで書いてこられたのも読んでくださった皆様のおかげです。
「それだけの魔力がありながら、精霊すら全属性揃えられていないのはなぜだ。サボっていたのか? それとも迷っていたのか?」
きつい黒い瞳ににらまれて、僕は何も反論出来なかった。
サボっていたわけじゃない。
もう迷ってもいないはずだった。
だって僕はもう……。
隣の領地と言ったって、転送陣がなければ何日もかけないといけない程遠いベリサリオは、うちの領地とは違って海があった。
もう覚えてはいないけど、生まれて初めて海を見た時、僕の領地にも海が欲しいと父上に我儘を言ったそうだ。
城から見下ろす港町と大海原。
港に停泊する大きな船。
銀や金色の髪の人達。
隣の領地なのに異国のようで、自分の領地との違いが珍しくて、遊びに行くのが楽しみだった。
年が近いこともあって、一番仲良くしていたのはアランだ。
彼の予定を聞いて、時間が合えば転送陣を使って遊びに行く。
ディアはクリスやアランが大事にしている小さなお姫様で、いつも元気いっぱいで、明るくて、笑顔が可愛かった。
ベリサリオはうちの領地の友人達も行きたがったので、何人か連れて行くこともあって、その子達もみんなディアが可愛いって話をしていた。
でもその頃まだ僕達は、五歳前後の子供ばかりだ。
男同士で虫を取りに行ったり、近衛騎士団ごっこをして遊ぶのが楽しくて、ディアと積極的に親しくしようとする子はいなかった。
クリスが怖いっていう子が多かったしな。
四歳年上の奇麗な顔をした男の子は、いつも年上の人達に囲まれていた。
冷めた目で僕達を眺め、挨拶だけして興味なさそうに立ち去る彼。
声をかければちゃんと答えてはくれるし、他領からの客だからと彼なりに気にかけてはくれていても、僕以外に自分から声をかける子はいなかった。
ディアが四歳になった時、いろんなことが変化した。
精霊王が後ろ盾になったって聞いても、その頃は後ろ盾が何かわからなくて、精霊王に選ばれた特別な女の子なんだよって教わった。
それでも僕にとってディアは、友達のアランの可愛い妹だ。
精霊王に気に入られたとか精霊が精霊獣になったとか聞いたって、ディアはディアのままで変わらないと思っていた。
確かにディアは、今も変わってはいないんだろう。
ただ僕が彼女のことを、わかっていなかったんだ。
最初にディアが普通の女の子と違うと感じたのは、確か彼女が五歳の時だった。
軍の船を見にグラスプールに連れて行ってもらうことになって、ジルドと護衛を連れてベリサリオを訪れた僕は、ディアも一緒に行こうと誘ったんだ。
「ダグラス様、女の子は軍の船を見たいとは思わないですよ」
「そうなのか? ディアドラも?」
ジルドに言われても僕は納得しなかった。
訓練場で兵士と一緒に走っているディアなら興味があるかもしれないと思ったし、人数は多い方が楽しい。
「誘ってくれるのは嬉しいけど、私は商会の仕事があるの。これから打ち合わせなのよ」
「仕事?! もう仕事をしているのか?」
「うん……お菓子を作る仕事なの。美味しいお菓子が食べられるの」
女の子は甘いお菓子が好きだ。
だから、仕事だってディアが言っているだけで、お菓子を作ってもらって食べるだけなんだと思った。
「なにやってるんだダグラス。精霊車は向こうだよ」
執事や側近を連れたクリスはディアの隣に歩み寄り、彼女の肩に手を置いた。
「クリス、きみもグラスプールに行かないの?」
「行かないよ。精霊車で行くにしたって、日帰り出来ないじゃないか。船は見慣れているし、僕達は忙しい。ディアを誘うのはやめてほしいね」
「クリスお兄様、そんな冷たい言い方をしちゃ駄目ですよ。ごめんね。私もお兄様も予定がいっぱいなの」
予定?
家庭教師がいっぱい来るのか、女の子を集めて茶会でもするのか、それともどこかに出かける予定があるのか。子供の予定なんて他に思いつかない。
「精霊について教えるために、ディアはグラスプールに行ったばかりだしね」
「教える? ディアドラが?」
「そうだよ。大人に教えるんだ」
その時はただすごいと感心しただけだったけど、グラスプールに向かう精霊車の中でアランにこの話をしたら、
「ディアはクリスお兄様と同じで、もう大人と対等に話せるんだよ。フェアリー商会は、ディアのアイデアを形にするために作られたんだ」
と、言われた。
「え? じゃあ、この精霊車も?」
「ディアのアイデアだ」
僕よりも年下の女の子が精霊車のアイデアを出して、それを作るために商会が出来てしまう。
彼女はもう、本当に大人達と一緒に仕事をしているんだという驚き。
少しだけ、彼女が遠い存在に感じた。
それでもディアは相変わらずのディアだった。
ベリサリオから出ないせいで、中央の話や貴族同士の関係がよくわかっていないし、自分が周囲にどう見られているかもわかっていない。
六歳になっても訓練場で走り回っていて、たまに盛大に転んでいた。
気さくで話しやすくて、元気で笑顔が可愛い。女の子の中では、一番好きな友達だと思っていた。
でもあの日。
琥珀様が中央に精霊を戻してくれた日の夜。
僕は初めてディアが普通の子ではないと実感した。
なぜかメイド服を着て大人達の中心に立ったディアは、今までとは違う表情で今までとは違う話し方をしていた。
クリスが神童だと言われていたのは知っていた。
彼は特別だと思っていた。
ディアもクリスと同じだと、ようやく実感したんだ。
もしかしたらアランだって隠しているだけなのかもしれないと、あの時に気付いた。
「ディアって、普段はああいう話し方をしないよな」
話が終わった後、一カ所に固まっていたスザンナとイレーネ。パトリシアとカーラに話しかけた。
男が自分しかいないのが嫌だったけど、しかたない。
「私は今日、初めてディアとお話したからわからないわ」
「ああいうってどの部分かしら? 大人と同じように話してたこと?」
イレーネはわからないと首を横に振り、スザンナは意外そうな顔をした。
「私もディアとはあまりお話をしたことはないけど、クリスの妹で精霊王に選ばれた方よ。商会のお仕事をしているのも聞いていたし、ああいう方なのではなくて?」
「彼女は、詳しいことと全然わかっていないことが極端なの」
カーラは領地が近いから、ディアが泊まりに来たこともあるんだそうだ。
この中では、彼女が一番ディアと付き合いが長かった。
「精霊の育て方を教えてくれたときは、今夜のような話し方をしていたわ。アランもそうだったの。だからベリサリオの三兄妹は、全員優秀すぎるってうちの貴族達が話していたわ」
「でもディアドラ様は優しくて、一緒にいてとても楽しいわ。だから大切なお友達よ」
パティの言葉に女の子達が頷いた。
ディアの表情や話し方に驚いて、自分や周囲の友達とのあまりの違いに驚いたのは僕だけだったみたいだ。
今ならわかる。その年代は女の子の方が大人っぽい。
男の子が泥だらけになって外で遊んでいる間、女の子はもう礼儀作法を習い、刺繍を習う。そして、大人と一緒にお茶会に参加する。
何時間も座って、お茶を飲んだりお菓子を食べながら、ただ話をするだけだ。そんなの十歳にもなっていない男の子には我慢出来ない。
「あの子は駄目だ。ベリサリオは異質すぎる」
それまではディアと仲良くしろと話していた父上は、その日を境に、ディアには必要以上に近づくなと言うようになった。万が一にも精霊王を怒らせては大変だと。
「彼女をうちには迎えられない。ベリサリオはやはり怖い」
「迎える?」
「いいんだ。気にするな。アランやクリスとは今まで通りでかまわないよ。幸いなことにうちはベリサリオと親しくしている。今のままの関係性を維持すればいいんだ」
「父上。明日の茶会は……」
「おまえが参加する必要はない。私は謁見室に行かなければならないから、傍にいられないんだ」
でも、女の子達は行くんじゃないのかな。ドレスまで作っていたんだ。
あの話し合いに僕も出ていたのに、僕は行かなくていいの?
「おまえは大事な嫡男なんだ。女の子達とは違う。屋敷で待っていてくれ。ダグラス、わかったな」
「……はい」
僕は彼らみたいに特別じゃない。あの時だって、途中で眠くなってしまった。
僕はエルドレッド皇子と年が同じで、学園が始まったら同級生になるから、バントック派のやつらが嫌がらせをしてくる。
それに父上が行くなと言っているんだ。無理に行かなくてもいいじゃないか。
言い訳はいくつもあったけど、行かなくちゃいけないと思う理由は思いつかなかった。




