成長期
カミルと私の仲を、家族は静観する構えになっているようだ。
反対はしないけど応援もしない。
成人するまでに他にめぼしい相手が登場しないで、カミルなら妖精姫の相手に相応しいと周囲を納得させられたら認めようという感じだ。
私がはっきりとカミルと結婚したい! って言えば両親は応援してくれると思うのよ。
お兄様達だって、突き放しているという感じではなくて、カミルのお手並み拝見という感じの雰囲気なの。
でもカミルに時間をくれと言われているし、私からは何も言わず、今は普段通りの生活を続けている。
ルフタネンは来年には戴冠式を控え、西島の復興も本格的に進んでいるでしょ。忙しいカミルに帝国に来ている暇なんてないし、私だって学園が始まったら寮生活だ。春までは、もう会えないかもしれない。
この前までは何か月か会えなくたってなんともなくて、仕事とはいえ帝国まで来なくてはいけないのは面倒だろうな、なんて思っていたのに、今はちょっと……ほんのちょっとだけ気になる。
ときどきふっとね、どうしてるかな……なんてね。
そしてそんなことを考えている自分に気付いて恥ずかしくて、ひとりで頭を抱えたりして。
でも年頃の女の子っぽくない?
普通に恋をして結婚するっていうのが私の目標なんだから、私ってば、ちゃんと目標を達成しているのよ。
そうこうしているうちに、今年も制服を着る季節がやってきた。
一度経験しているから、準備も慣れたものよ。
少し前に採寸をして、制服は今の体型にぴったりにお直ししてあるし、荷物なんて必要な物だけ最小限にまとめすぎて、令嬢としては荷物が少なすぎるから、何か忘れているんじゃないかと心配されたわ。
この一年間で少しは背が伸びたし、それに合わせて体格だって大きくなっていた。
ただこう、鎖骨から腹まで手を滑らせた時にすとんとね、段差がなくてね……。
これって、成長速度としてはどんなものなのかしら。
お兄様達は同級生より身長が高いのよ。特にアランお兄様は。
なのに私だけ平均より少し低い。
いや、でもまだ十一だもんね。心配することはないわよ。あと二年くらいしたらいろんなところが成長するのよ。
大丈夫大丈夫。あのお母様の娘なんだもの。ナイスバディは約束されたようなものよ。
いつも会うお友達は年上ばかりじゃない?
ブリたんなんてもう十六だから、色っぽさまで感じさせる女性らしい体型なのは当たり前よ。
スザンナやイレーネ、エルダだって十四歳よ。初等教育課程は今年で終わりよ。
モニカは私と一年しか違わないけど、ノーランドの人は体格が大きいから大人になるのも早いんだよ。
十代の一年での変化って、残酷なくらいに大きいのよね。みんなに置いていかれているような気分になるわ。
でも私には同じ年のお友達もいるのだ!
カーラは私より少し背が高くなっていたけど、パティはだいたい同じ体格よ。
「うちは姉も成人してから成長しているの。私もそうなのよ」
「うえぇ。うちのお兄様達は最初から大きい……」
「男の子と女の子は違うのよ。……きっと」
そ、そうよ。十八までは成長期よ。
心配するには早すぎるのよ。
それでも背が伸びなかったら、琥珀あたりにお願いしたら成長させてくれたりは……。
いや。いやいやいや、精霊王にそんなことを頼んでは駄目よ。
「ディア、何を考えているの?」
「え、何も?」
「自分ばっかりズルをしたら駄目よ」
なんだ。
やっぱりパティも気にしていたんじゃないか。
だってね、教室に行ったらしばらく会わないうちに大きくなっている子が、たくさんいたんだもん。
成長期には個人差があるのは知っているけど、少し焦ってしまうわよ。
百八十台の身長の子と百四十台の身長の子が一緒にいるのよ。
大人っぽさといえば、一年違うと内面もずいぶん成長するのね。
もう私やパティに突っかかってくる同級生なんて、誰ひとりいないわよ。
公式行事に参加する機会があったおかげで、身分の差を理解したんだろうな。
あと、男の子と女の子が一緒に行動しているのを見なくなった。
異性を意識する年頃なのもあるだろうし、特に女の子は特定の子と仲良くして噂になった場合、縁談が来なくなる危険があるから注意しているというのもあるんだろう。
スザンナやモニカに近付く男子生徒はめっきりいなくなったよ。
皇太子やベリサリオ嫡男を怒らせたら、帝国で生きていけないもんね。
去年、私が最初に開いたお茶会は、お友達を招待したお茶会だった。
皇太子とは皇太子妃候補を決めるお茶会を開く予定があったから、後回しに出来たんだけど、今年はそうはいかない。
開園式の日の午後、皇族とベリサリオとグッドフォロー公爵家、そしてスザンナとモニカでのお茶会が開かれた。
公爵家で学園に生徒がいるのはグッドフォロー公爵家だけだし、ベリサリオは臣下の中で特別扱い。
当然と言えば当然の顔ぶれだけど、皇太子に重用されているのは誰かを示すことにはなっちゃうよね。
お茶会に人数制限はないんだから、他にも何人か誘ってもよかったんだもん。
クリスお兄様とスザンナが話している姿は何度も見ていたけど、婚約が決まってから皇太子とモニカが話しているのを見たのは初めてだ。
モニカはまだ皇太子の隣にいるのに慣れていないみたいで、顔を赤らめてわたわたしている。皇太子はそれがわかっていて楽しんでいるようだ。
いやあ、初々しいねえ。
どうなることかと思ったけど、四人を幸せオーラが包んでいるようだよ。
「僕達、ここにいたら邪魔じゃないのか?」
ぼそっと言ったのはエルドレッド第二皇子だ。
テーブルに肘をついて顎を乗せるという、かなりお行儀の悪い態度なんだけど、他のメンツも脱力していて似たようなものよ。
アランお兄様なんてお菓子の皿を自分の前に引き寄せて、どれを食べるか真剣に吟味しているし、デリック様はお茶を運んできた侍女を口説いている。
皇宮で仕事をするようになって落ち着いたのかと思っていたのに、どうやら相変わらずのようだ。
「デリック、彼女はいずれは皇太子妃の侍女になる人だぞ。下手に手を出したら、兄上に殺されるぞ」
「いやだなあ。美しい女性を褒め称えるのは男の務めですよ。ねえ、ディアドラ嬢」
なんで私に振るのさ。
「デリック様は、まだ婚約者を決めないのですか?」
「おお? 僕のことが気になる?」
「お兄様、ディアにはもうカミル様がいます」
「ぶはっ!!」
ちょ、突然何を言い出すのよ、パティ!
お茶が気管にはいったじゃない!
「げほっ! ぐえっ!」
「ほら、ハンカチ。吐いちゃ駄目だよ」
アランお兄様、もう少し言い方があるでしょう。
それに背中を叩いてくれなくていいですから。
本当に吐きそう。
「大丈夫か。令嬢が出しちゃまずい声が聞こえるぞ」
殿下が落ち着き払っているのがむかつく。
私のこの状況を見ても驚かないということは、皇太子に私の本性を聞いていたな。
「ごめんなさい。話しちゃいけなかった? もう公認かと思っていたの」
「公認じゃない」
クリスお兄様、そんな遠くから突然話に加わらないで。
「ということは、この場でひとり身は僕とデリックだけか」
一瞬、室内が静けさに包まれた。
こういうの、天使が通ったって言うんだっけ?
そして、みんなの視線がアランお兄様とパティに向けられて、ふたりの顔を交互に見てしまっている。
私の話題じゃなくなったのはナイスだ。
「なんだ? まさかおまえ達、まだはっきりさせていないのか?」
エルドレッド第二皇子殿下、今日はどうした?!
いい仕事してるよ!! もっと言ってやって!!
アランお兄様ったら外堀を埋めたくせに、いまだにパティにコクってないのよ。
「え? や、やだ。なんの話?」
でも、真っ赤になって話題をそらそうとしているパティはかわいそう。
ここは私がフォローを……。
「あーもう。せっかく話をする約束を取り付けて、プレゼントも買ってたのに」
アランお兄様のほうは赤くはならずに、エルドレッド殿下を横目で睨んでいる。
うちの家族全員、皇族に対する態度を考え直した方がいいんじゃないかな。
「遅いんだよ。ほら、パティが泣きそうだ。向こうで慰めて来い」
「あんたのせいだろ!」
言いながら立ち上がったアランお兄様は、パティの横に行き手を差し出した。
「え? あの」
皇太子達にまで注目されて、パティは真っ赤になって答えを求めてきょろきょろしてしまっている。恥ずかしくて意識してしまって、アランお兄様の顔を見られないようだ。
「パティ、いってらっしゃい」
「ディア……」
「一回くらいなら、アランお兄様を殴ってもいいと思うわよ」
笑いながら言ったら、アランお兄様に頭を軽く小突かれた。
「パティ」
アランお兄様に名前を呼ばれて、ようやく顔をあげて視線を合わせて、パティはゆっくりとアランお兄様の手を取って立ち上がった。
よろめきそうになるパティを支えるアランお兄様の顔ったら。
今までお兄様の気持ちに気付いていなかった人でも、その顔を見たらすぐに、パティを好きだと気付くと思うわ。
「エルドレッド殿下、見直しましたわ。さすがです!」
「ふん。こんなことで褒められても嬉しくない」
ふたりの背中を見送りながら言ったら、そっぽを向かれてしまった。
「パティは妹みたいなものだからな」
「僕の妹なんですけどね、アランなら……まあ……」
「おまえは自分のことを考えろよ」
これでアランお兄様とパティも、家族公認の恋人同士か。
スザンナに続いて、パティもいずれは義理のお姉様よ。最高!
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