おこわもどき 前編
恋愛要素が出てきて、「やっと」とか「恋愛っぽい」と言われる恋愛ジャンルの小説って、そうはないですよねw
「あのー」
すぐ後ろから遠慮がちな声が聞こえてきたのではっとして振り返ると、レックスとキースとジェマがにやにやしながら並んでいた。
「お嬢、そろそろ部屋に入りませんか?」
「そ、そうね。もっと早く声をかけてよ」
「お邪魔かと思って」
くっそー。レックスの笑いを堪えた顔が憎たらしい。顔が熱いからきっと赤くなっている。
見られたくなくて顔を隠して、レックスの背中をぐいぐい押して歩き出した。
「近くの居間でいいでしょ?」
「そうですね。……って、そんなに押さないでください。危ないです」
「あちらで待っていてくださいね。部屋を用意するように伝えてきます」
身軽に駆け出したジェマが、近くのテラスからはいれる部屋の窓を中からあけてくれた。
突然私が現れたから侍女達が忙し気に動き回っているけど、いつものことなので誰も慌てたりしない。多少待たされても、私は怒ったりしないしね。
ただ暇だと勝手にふらふらしちゃうから、レックスはずっと隣で見張っていた。
自分の城だしカミル達がいるのに、勝手にどこかにいったりしないし迷子にもならないのに、その辺の信頼度は全くないのだ。
「それで? 今回は何を持ってきたの?」
案内されたのは、買い物をする時に商人達を通す部屋だった。
品物を並べやすいように大きなテーブルが部屋の中央にあって、片方には豪華なソファーが置かれ、もう片方にはそこそこ豪華な木の椅子が何脚か置かれている。
商人と辺境伯家では身分の差が大きいから、あまり高価な椅子を勧めても遠慮して座らない者もいるのよ。
でも今日は公爵のカミルだから、どこに座ってもらおうかなってちょっと悩んでたの。
そしたらカミルは私と同じソファーに座ろうとして、レックスにがしっと腕を掴まれていた。
「いつアラン様やクリス様がおいでになるかわからないのですよ? カミル様はあちらへ」
「……わかった」
アランお兄様はまだしも、クリスお兄様は舞踏会にも参加するのにここには来ないでしょう?
……べつに隣に座りたいわけではないのよ。
ただクリスお兄様は帰ってこないだろうってだけの話よ。
三人は楽に座れるソファーの中心に腰を下ろした私と、木の椅子とは言っても細かい彫刻が施された肘掛けもついている椅子に座ったカミル。たぶん立ち上がってお互いに手を伸ばしても届かないくらいにテーブルは大きい。
カミルの横に立ったキースがそんなテーブルの上に並べたのは、小さな布の袋と四角い陶器の箱だった。
「リーゾの一種だとは思うんですけど、もう少し粘り気があるんです。こっちのほうが腹持ちがいいという意見もあります」
キースがめいっぱい手を伸ばして置いてくれた陶器の箱を、レックスが腕を伸ばして受け取って私の前に置いてくれた。
今の説明からするともち米よね。
「おこわ?」
「またわからないことを言い出したぞ」
蓋を開けて中身を確認して思わず呟いた言葉に、すかさずカミルの突っ込みが入った。
いけないいけない。
キースやうちの執事達は、私の秘密を知らないんだった。
「食べてみてもいい?」
「もちろん」
見た目は炊き込みご飯に似ているけど、この世界に醤油はない。
香辛料の香りがするし、肉が入ってるみたいだ。
これは貴族より平民向けかも。平民の食事は安くて腹にたまる物が多いのよね。
労働の合間に時間をかけずに食べられるものが屋台では好まれ、店では酒のつまみになる物が好まれる傾向にある。
これはどうするつもりなんだろう。家庭料理?
今までカミル達は美味しい物しか持ってきたことがないから、スプーンで端のほうを山盛りに掬って、そのまま躊躇なくぱくっと口に入れた。
ああこれ、ちまきだ。中華ちまき。
少し香辛料が強くて、日本人だと苦手だと言う人がいるかもしれないけど、もち米独特の食感によくあっている味付けだと思う。
角煮によく似た味付けの肉はしっかりと味がしみ込んでいて、口に入れると噛まなくても消えてしまう。細かく切られた野菜も入っているのね。これは漁師や港の労働者にも好まれそうだわ。
「美味しいわ。でもこれはフェアリー商会の店で売るより、港近くで売った方が人気が出ると思うわ」
「俺もそう思う。船に乗り込む時に弁当を買う労働者は多いんだ。これを改良して弁当屋を出すのもいいかと思っている」
「だとしたら……リヴァ、私の手を洗浄浄化してくれない?」
『手だけ?』
せっかく仕事を任されたのに、手だけというのが不満らしい。
でも、その魔法の魔力は私が出すんだからね。
私はこの部屋ごと洗浄浄化しても平気だけど、洗浄と浄化の魔法を覚えて楽しくて、部屋の掃除を魔法でしてぶっ倒れたミーアってやつもいるくらい、いろんなものを一度に綺麗にしようとするには大量の魔力がいるのだ。
布を洗うのとテーブルを磨くのでは、やる作業も必要な洗剤も違うもんね。
家事ってなにげに手間がかかっているんだから、それを魔法でするにはたくさん魔力がいるのもわかる。
「このままだと、こんな大きな入れ物が必要で邪魔になるでしょ? だからね」
私の手はまだ子供の手で小さいので、少しだけ手掴みでおこわもどきを掌に乗せたら、その場にいた全員が目を丸くして驚いていた。
そりゃあ貴族令嬢が、料理をがしっと手掴みする場面はなかなか見られないだろう。
「こうしてね、両手でぎゅぎゅっと握ると小さくなるでしょ。これを二個か三個とおかずとピクルスでもつけて包めば、容器なんていらないし軽くてかさばらないわよ」
おにぎりなら任せろ。
綺麗に三角に握ったおにぎりを、カミル達にもよく見えるように掌に乗せて腕を伸ばして見せた。
「ぎゅっとした分、少しお米が潰れて、それがまた美味しくなっていると思う……あっ!」
私は見本を見せるだけのつもりだったのに、片手をテーブルについて身を乗り出して腕を伸ばしたカミルが、ひょいっとおにぎりを摘まんで、そのままがぶっと噛り付いた。
「これは……いいな。食べやすい」
「あーー! 私が食べようと思ったのに!」
「え? 渡そうとしたんじゃないのか?」
見せようとしたの!
他人が握ったおにぎりを気にしない……よな。この世界では、ばい菌なんて存在は誰も知らないんだ。
「いい。自分の分も作る」
一度やってしまえば手掴みなんて気にしないもんね。
「これを弁当屋で売りに出したいな」
「どーぞ」
「そうはいかない。教えてくれたのはディアだ。それ相応の礼を考えないと」
「本当だ。これは美味い」
いつの間にかキースまで食べてるじゃん。
なに? 仲良く半分こしたの?
私が見てる時にしてよ。
「いいんじゃないか? いずれ彼女はルフタネンに来るんだろ? おまえが稼げば彼女の生活もよくなる」
は?
ちょ、ちょっとキースは何を当然のように言っているの!?
「そうか。そうだな」
「待ちなさいって! 話が早すぎでしょ!」
「まだそんなこと言っているのか?」
「だって……」
「なんの話が早すぎるって?」
突然声が聞こえて驚いて振り返ったら、クリスお兄様とアランお兄様がふたり揃って窓から部屋に入ってくるところだった。しかもその後ろにスザンナまでいる。
「え? どうやって帰ってきたの?」
「精霊省長官が送ってくれた」
おーい。いくら長官が自称私の弟子だからって、タクシー代わりに転移魔法をさせるんじゃなーい。
長官だって、元魔道士長だったエリートだよ?
たのまれたからって、ほいほい便利にご利用されてちゃ駄目じゃないか!
「スザンナ、着替えの時間は平気なの?」
「私達は会場にはいるのが最後のほうだから、まだ大丈夫。アランとダグラスが深刻な顔で話しているのを見つけちゃってね。クリスってばディアが心配で帰ってきちゃったの」
クリスお兄様! なにをやってるんじゃーー!!
「僕がいない間にずいぶんとうまくやっているようじゃないか?」
クリスお兄様って怒ると心が冷えるタイプよね。
私とスザンナが話している間にすたすたと部屋の奥に進んで、冷ややかな顔と声でカミルに詰め寄っている。
「お褒めにあずかり光栄だな。だけど俺が上手くやったんじゃない。ダグラスがアホなんだ」
一歩も引かずにクリスお兄様を睨みつけて、カミルが平然と答えた。
「だとしても、お前を認めたわけじゃない」
険悪な様子で睨み合っているふたりを止めてほしくてアランお兄様を見たけど、ひとりで椅子に座っておこわもどきを食べていた。気に入ったみたいだ。
ならば私が間にはいって止めるしかないとテーブルをぐるりと回り始めた時、反対側からスザンナもクリスお兄様の元へ急いで向かっていた。
「クリス、そんな意地悪なことを言っていると、ディアに嫌われちゃうでしょ」
クリスお兄様の腕にそっと手を添えて、ささやくような小声でスザンナが言う。
「そんなことは……」
お兄様はふっと表情を緩めてスザンナを見て、次に私を見て、眉尻をさげてぼそっと呟いた。
すごーい。他の人が口を出したら、うるさいとか邪魔だとか言うよね。
スザンナだと言わないんだ。へーーーーー。
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