私のために争わないで?
彼が逃げ出したくなる気持ちはわかる。このままここに残る勇気は、なかなか持てないと思う。
あまりいい印象のないアランお兄様と、領地が近くて同年代だから顔を合わせる機会も多いダグラス。それに目つきの悪い外国の少年までいるんだよ。逃げるのが一番賢い選択だ。
私だって、振り返るのがちょっと怖いもん。
何も悪いことなんてしていないのに、後ろめたい気がしてしまう。
それでもずっとこうしてはいられないから、無理矢理平静を装って振り返ってみた。
なんだこの緊迫した空気は。
レックスは、こいつらどうします? 押さえときます? って困った顔でこっちを見ているし、ジェマはなぜか少し嬉しそうな顔で、頬を紅潮させて私と三人を見比べている。
ダグラスとカミルが怖い顔をしているから、あーあって顔をしているアランお兄様が一番話しかけやすそうなんだけど、肩をすくめてレックスの隣に移動したってことは、傍観者を決め込むつもりね。
ちょっと誰か、この状況を説明して。
ウィキくん、こういう時に活躍してくれると私は嬉しいよ?
機能が違う? あ、そうですか。
「ディア、さっきのやつはなんだ」
先に動き出したのはカミルだ。
「デリル・ラーナー伯爵子息。ディアとは同級生だ」
ずかずかと何歩か私に近づいていたカミルは足を止め、答えたダグラスを振り返った。
「知り合いか?」
「高位貴族で年が近ければ、だいたい知り合いだろう?」
「……」
ダグラスの返事には反応しないで、ふんと顔を背けて私のほうに歩き出すカミルの機嫌の悪そうな様子に、一瞬アランお兄様や執事達に助けを求めそうになったけど、よく考えたら、私は何も悪いことをしてないわよね。ビビる必要はないのよ。
「なぜ中庭に?」
「廊下は混んでいるからよ」
「デリルと何を話していたんだ?」
この質問をしたのはダグラスだ。
カミルを追い抜く勢いで近づいてきて、その勢いのままで聞かれた。
「なんでそんなことを答えなくちゃいけないのかわからないわ」
それを答えたら、デリルが気の毒だ。
デリルからラーナー伯爵に話がいくとは思わないけど、何かあったらまずいので家族にはあとで話すよ。でもそれだけ。他の人には、お友達にだって話さない。
「あいつに……好きだって言われたのか?」
「は?」
「なんだと」
もしかして、デリルの気持ちを知ってた?!
男の子同士はそういう話をしてたの?
それとも気付いていない私が鈍かった?
「だから、なんでそんなことをあなたに答えなくちゃいけないのかわからないわ」
「僕は!」
「黙れ、ダグラス」
私のすぐ前まで近づいていたカミルが、私とダグラスの間に割って入った。
「それだけの魔力がありながら、精霊すら全属性揃えられていないのはなぜだ。サボっていたのか? それとも迷っていたのか?」
………………え?
何を言っているの?
ダグラスの精霊が揃っていないとどうなの?
「それは……」
「どっちにしても、おまえじゃ駄目だ」
待って。どういうことなの?
「おまえじゃ、ディアを守れない」
「……」
は?
え?
これはつまり、私のために争わないで状態?
はあああ?! なんでなんでなんで!!
「カミル、何か誤解をしてるわ」
「していない。ディアが鈍すぎるだけだ」
「そんな、だって……」
だって、ダグラスはお兄様達の友達で、私にとっても幼馴染で。
小さい頃からよく顔を合わせていて。
今までそんな素振りはなんにも……。
「黙っているってことは、自分でもわかっているんだろう?」
「カミル、そのくらいにしよう。ここは目立つ」
冷ややかな口調のままダグラスに詰め寄りそうになったカミルを、ようやくアランお兄様が止めた。
「廊下が混んでいるから、中庭に出てきた人が増えて来た」
たしかに、ここはまだ噴水が見える位置だ。
私達の存在に気付いて、こちらを窺っている人もいるみたいだ。
「カミル、ディアを連れて先にベリサリオに帰っていてくれ。また新しい食べ物を持ってきているんだろう」
「……ああ。持ってきているな?」
カミルに聞かれて、少し離れて立っていたキースが頷いた。
アランお兄様もバルトとルーサーを連れているのに、そう言えばダグラスだけひとり……と思ったら、向こうからジルドがダッシュしてくるのが見えた。
側近を置いて来ちゃったのか。
私が……デリルとふたりだけで話していたから?
「レックス、ジェマ。カミルとディアをふたりきりにするなよ」
「もちろんです」
「おまかせください」
そこでしっかり執事に指示していくところがぬかりないな。
「行くぞ、ディア」
カミルが手を差し出してきたので、何も考えずにその手に手を乗せようとした時、
「ディア」
ダグラスの声がして、動きを止めた。
「そいつに決めたのか?」
いくら鈍くても、もうわかる。
そうか。そうだったのか。
男の子の中では、一番何度も顔を合わせて親しかったのに、ちっとも気付いていなかったよ。
カミルの手を取れば、それが答えになるんだね。
もっと早くに気付いていたら、もしかしたら答えは変わっていたのかもしれない。
でもダグラスは精霊を揃えなかったし、私はダグラスをやさしくて話しやすい男の子としか思えなかった。
私ね、自分でも不思議なのよ。ダグラスは男の子としか見ていない。
前世の記憶のある私にとっては、恋愛対象にするには幼い男の子。
でもカミルは、あの時から異性になったの。
「ディア?」
カミルってば、ダグラスにきついことを言って平然と私に手を差し伸べておいて、背後にいるダグラスに見えないからって、今になって不安そうな顔をしないで。
「わかりましたわ。アランお兄様、先に帰っています」
差し出されていた手にそっと手を重ねたら、カミルはぎゅっと指に力を込めながらほっと息を吐いて、私のすぐ横に歩み寄った。
「面倒だからここから転移しよう。キース、レックスとジェマを頼む」
「はい」
「ダグラス、慌ただしくてごめんなさい」
気持ちに応えられなくてごめんね。
鈍くてごめん。
そんな傷ついた顔をしたダグラスを見るのは初めてだ。
……ごめんね。
アランお兄様が残っているから大丈夫だよね?
もしかしてだけど、そんなことはないと思うけど、他にも私を好きだって男の子がいたりしたりなんかして??
それはないと思うけど、もしいたとしても……わかんねーから!
察しろなんて無理だからね!
しっかし、私の本性を知っていながら好きになるって物好きが、ふたりもいるの?
デリルは違う。
あの子は私を、優しくて穏やかで守ってあげなくちゃいけない御令嬢だと思っている。
でもダグラスとカミルは違うじゃん。
ダグラスなんて選り取り見取り選び放題だろう。
もっとちゃんと選べよ。いい子が周りにいっぱいいるだろうが。
いかん。
申し訳なさと、自分の鈍さに対する苛立ちでダグラスに文句を言うのはおかしい。
好きだって思ってくれたのは嬉しいんだ。
嬉しいんだけど、これからどうしよう。顔を合わせにくいなあ。
「ディア?」
何もなかったように今まで通りに声をかけていいものなの?
なかったことにされて傷つく人もいれば、ほっとする人もいるよね。
ダグラスはどっち?
「ディア!」
「おわっ! え? なに?」
大きな声で呼ばれてはっとして周囲を見回したら、もうベリサリオに戻っていた。
いつもカミルがルフタネンと行き来する時に転移してくるところだ。
すぐ横にキースに掴まって、レックスとジェマも転移していた。
「あいつのこと考えてたのか?」
身を屈めて私のほうに身を寄せて、むすっとした顔で聞いてくる顔が可愛い。
これってやきもちだよね。
すげえな。イケメンにやきもち妬かれるって、私前世でどんな徳を積んだっけ?
薄い本を頑張って書いてた記憶しかないんですが?
「ディア、聞いているのか?」
「そうね、ダグラスのこと考えてた」
「……」
「物好きだなって」
「え?」
「よりによって私を選ぶとか、趣味が悪いなって」
「……俺も?」
「カミルはほら、まともな女の子と意思の疎通が出来ない病気なんでしょ?」
「最近は少しは会話出来てる」
「じゃあ物好き」
「ったく」
わしゃわしゃと片手で前髪を乱暴にかきあげている間も、私の手はしっかりと握ったままだ。
逃げないのにね。
「かっこ悪いな」
「ん?」
「余裕なくてさ」
うわ。今、胸がきゅんとした。
三次元の相手にも萌えるってあるのね。
やっぱり私、知らない間に前世で徳を積んでたんじゃない?
推しが三次元に出来て、私を好きだって言って、やきもち妬くんだよ。
きっと私の同人で幸せになってくれた人がいるんだ。それが徳になったんだ。
ありがたやありがたや。
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