一歩を踏み出すために 2
途中で出店を物色したり大道芸人を見物したりしつつ、三時間近くふらふらしたのに一向に接触なし。
やる気あるのかこらあ。
「どこか店に入って何か食べようか。腹が減っただろう」
「でもここで食べたら、この後の展開によっては吐くかも」
「どんな展開だよ」
第三王子と第四王子って殺さないと駄目なわけでしょ。
それだけ罪を重ねている奴らだっていうのもわかっているし、復讐したいカミルやモアナの気持ちもわかる。
私だって家族が殺されたら、その相手を八つ裂きにしに行くと思うもん。
復讐は駄目だよなんて、この世界の常識でいっても私の気持ち的にも、言う気にはなれない。
でも、誰かが殺される場面に遭遇した経験がないからさ、覚悟は決めていてもどんな反応をしてしまうかわからないのよ。
「吐きやすい体質なのか? アランがディアはよく嘔吐いてるって言ってたぞ」
「違うわよ。子供の頃、魔力を使い切って気持ち悪くなっていただけよ」
なにを言ってるの、アランお兄様は。
余計な情報をカミルに流してドン引きさせて、私に近づく気を消滅させる作戦かな?
正しい情報なのが悲しいよね。
『足を止めるなって』
不意に私とカミルの間から声が聞こえてぎょっとして顔をあげたら、風の精霊がふわふわと浮いていた。
誰の精霊よ。この形態だと見分けがつかないのよ。
『ファースが見つけた。後ろと右側。準備出来てるって』
「わかった。作戦通りに」
『ほーい』
周囲の人達も精霊を持っている人がほとんどだから、周りにふわふわ浮いているのが当たり前で気にしていない。
ここまで精霊だけで来れたってことは、ファースはすぐ近くにいるはずだ。
「人気のないところに移動しよう」
「追いかけさせようよ。気付いて慌てて逃げる感じで。でも私がとろくて早く走れないの。お嬢様って走らないでしょ?」
「わかった。港に行くか」
「えー。建物を壊したら困るじゃない」
「さっきから何をする気なんだよ。精霊王は暴れないぞ」
あ、そうだった。
精霊王は一瞬で人間なんて消せるんだ。
「……よし。向こうの砂浜に行こう」
カミルがちらっと後方を振り返ってから、私の手を引いて走り出した。
片手をカミルと繋いで、もう片方の手でスカートを少しだけ持ち上げて、人を避けながら逃げるって、悪者に追われて勇者に助けられているヒロインみたい。
このくらいの早さだと必死には遠いし、長距離走も行けるぜ。
平民の服と靴は走りやすいよ。労働にも使えるように出来ていて、スカートはゆったりとしているから思いっきり足を開ける。
スタスタスタ……って走り出してすぐ、これは御令嬢の走り方じゃないと気付いて、ちょっとよろける感じでパタパタと駆け出した。
「ねえねえ、砂浜までどのくらいの距離?」
「走っているのに息を切らせないで話せるのか」
「この程度で何を言ってるのよ。毎日訓練場で鍛えてきた成果を見せてあげよう」
「やめてくれ。敵が追いかけるのを諦めたら困る」
どこからいつ敵が来るかわからない状況より、対処しているとわかっている今のほうがずっと気が楽よ。
引っ張られる腕がちょっと痛いけど、建物の角を曲がり、細い路地を抜け、途中まで港方向に向かって走り、そこから海と平行に右に向かう。
ここまで来ると人もまばらになってきて、追いかけてくる相手の姿が見分けられるようになってきた。
貴族と元王子なのに、全員が着古した平民の服を着ている。半分はアロハ姿だよ。この世界に根付きすぎでしょう。賢王、きさまのせいだぞ。
全部で二十人くらい? 徐々に合流しているから、最終的には倍くらいに増えるのかな。
貴族風の人は少数で、元々戦士か冒険者か。平民もいるんじゃないかな。
これが第三王子派? 少ないなあ。それともどこかに待機しているのか?
もう相手も隠す気がなくて、見失うな、追い込め、と喚きあっている声が聞こえてきた。
「ふっふっふ。計画通り」
「きみが一番の悪役に見えるのはなぜだろう」
カミルも落ち着いてるね。
ようやく兄ちゃんの仇に会えるのに。
第四王子は第二王子のゾルっていう人の仇で、第三王子は第四王子を騙して利用した主犯かもしれなくて、カミルを殺そうとしたのも第三王子。その時に、乳母とか料理人とか護衛が大勢殺されているんだよね。
モアナが第四王子を、カミルが第三王子をやっつけたかったはず。
「こっちだ」
街から外れ、左右に林の広がる道を走り、不意に左に曲がったら、木々の向こうに白い砂浜と青い海が広がっていた。これって防風林だったのか。
平らな石を並べただけの階段を降りて、砂の上を走る。
追い詰めたと思っているのか、敵は道へ戻る位置を塞ぎ、私達を取り囲むために散開した。
「ようやく追い詰めたぞ! カミル!」
ぜえぜえ言いながら前に出てきたのが第三王子?
ずっと牢獄にいたから体力落ちたのかな。
いや、後ろにいるアロハ姿の青年も膝に手を突いてはあはあいっているから、普段の怠けた生活がたたっているんだろうな。
「やあ、脱獄犯。元気そうだね」
「きーさーまーー!!」
やっぱりこいつが第三王子か。
見た目がいいって誰か言ってなかったっけ?
私にとって美形の基準はうちの家族よ。
この男のどこが見た目がいいの?
「王子、落ち着いてください。妖精姫が驚いていますよ」
カミルが私の前にいるので、肩越しにそっと喋った相手の顔を伺う。
「ボスマン伯爵、仲間を殺してまで犯罪者を担ぎ出すとは意外だったよ」
「彼は犯罪者などではない。正統なる王位継承者だ」
彼がボスマン伯爵か。
一言でいうと、頭髪がちょっと寂しげなごついおっさん。それもお爺さんに近いおっさん。
鼻が大きくて眉が太くて、口元と眉間に深い皴がある。
いつでも不機嫌そうな顔をしているんだろうな。
「さあ、妖精姫をこちらに渡してもらおうか」
「待てボスマン。それでは姫が怯えてしまう。姫、その男はあなたを騙しているんですよ。私の話を聞いてください」
声はいい。無駄に甘い声だ。
だけど軽薄そうな表情でその声で話すと、胡散臭さ倍増。
顔は良すぎると警戒されるから、このくらいが結婚詐欺師にはちょうどいいのかもしれない。
「あなたが元第三王子?」
「……元じゃありません。王太子の陰謀に巻き込まれ、罪を着せられただけです。その男より私の方が王位継承権は上なんです」
「あちらは?」
ようやく息を整えた青年を示す。
そっちは更に軽薄そうだ。
肩まで伸ばした髪と派手なアロハ。首と手首にジャラジャラとアクセサリーをつけている。
もうね、世界観ぶち壊しですよ。
しっかし不健康そうだなあ。目の下に隈が出来ていて、がりがりに痩せている。
「あれは気にしないでください」
「なっ! 妖精姫が俺のほうを気に入ったら、俺を王にするってボスマンは言ってたぞ」
「そんなことがあるわけないだろ」
たぶん、毒を盛られているんじゃないかな?
南島の貴族に誰も味方のいない第四王子なんて、邪魔なだけだもんね。
「妖精姫、ディアドラ嬢とお呼びしていいかな? きみはまだ十一歳なんだってね。それなのに外交の道具に使うなんて、帝国はなんてひどいんだ」
元第三王子がなんか言い始めたぞ。
「大丈夫。きみはそんな生活を求めていないって、僕はわかっているよ。さあ、僕と一緒にこの国で生きよう。きみをこの国の王妃にしてあげる」
「私は王位継承者とは結婚しません」
「ああ、きみはきっと誤解しているんだ。帝国の皇太子は彼のために役に立つように、偉そうにきみに命令したんだろう? あれをやれこれは駄目だとがんじがらめにしたんだ。でも平気だよ。ぼくはそんなことはしない。ベリサリオだってひどいじゃないか。きみに商会の仕事をさせるなんて。金儲けのために使うなんて、ね」
ああ、こいつアホだ。
あまりにアホすぎて、いっそすがすがしい。
「さあ姫、こちらにいらしてください。その男は生まれの卑しい男なんですよ。一緒にいても不幸になるだけです」
「そういえば……」
顎に手をやりながら空を見上げる。
もう敵は全て砂浜に降りてきている。
民間人を巻き込む危険はないわね。
「みんなが第三王子、第四王子って呼ぶから、あなた達の名前を知らないままだったわ」
「なっ……そ、そうでしたか。私は……」
「あらよろしいのよ。もうあなたとは二度と会うことはないのですもの。今更名前を聞いても無駄でしょう? ね、モアナ」
『ゾルを殺したのはその者か』
背後で聞こえる波の音が、少し大きくなった気がした。
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