一歩を踏み出すために 3
恋愛ファンタジー!(言い切る)
いつもの優しい声じゃない。
いっさいの感情が抜け落ちたかのような無表情で現れたモアナが、声にだけ全ての怒りを込めて呟いた声だった。
「……精霊王……なぜ……」
今日はモアナも、ルフタネンの民族衣装に近い服装だ。
濃い青のドレスの上に重ねた薄い水色の衣が風に揺れ、空中に浮かぶ彼女の足の下で、波が先程よりも幾分強く打ち寄せては引いていく。
いつもの陽気な表情が消えると、さすが精霊王、人間離れした美しさだ。
『なぜ? おまえ達が妖精姫に近づくのを許すものか』
第三王子は怯えた表情でボスマン伯爵の背後に隠れ、第四王子は初めて精霊王を見たのか腰を抜かしている。
ふたりとも、よくそれで自分が国王に相応しいなんて言えるなあ。
「精霊王は人間社会には干渉してはいけないと聞き及んでおります。今の王太子は西島をないがしろにしている。私はそれを正そうとしているだけなんです。あの島は私の島だ」
『ほお? 西島がおまえの島? それは知らなかったな』
モアナの隣に音もなく姿を現したのは、西島を担当する風の精霊王のマカニだ。
肩まで無造作に伸ばした髪は緑色で、長い前髪のせいで目が隠れて見えない。体にぴったりとした服の上に、トーガのように巻いた薄い布がひらひらと風に揺れている。
私の知っている精霊王達の中では、見た目がずいぶんと若い印象だけど、顔が半分隠れているから気のせいかもしれない。
「わ、私のというのはおこがましいかもしれませんが、我が家は先祖代々あの地を守ってきた家で……」
『先祖代々? おまえの先祖が貴族になって百年くらい? その前は何代まで遡れるの? 僕はルフタネンが建国されるずっと前から五百年以上守ってきているんだけど、いつの間にあの島はおまえの物になったのさ』
「し……かし、しかし私は!」
『おまえの島だというのなら、なぜニコデムスを引き入れた。守れなかったくせに、助けられたくせに、権利だけを主張するな。あの島は人間だけの物ではない』
ぐっと顎を引きボスマン伯爵は黙り込み、不意に私に視線を向けた。
「妖精姫が第三王子を選んで、西島の代表になるとおっしゃるかもしれません」
私を背中に隠していたカミルの手が、いつの間にか私の肩に回され、絶対に渡さないと言いたげに抱き寄せた。
「精霊をモアナに取り上げられたやつを選ぶわけがない!」
『ディア、第三王子を選ぶのか?』
「え? いやよ。こんなアホ」
「な、なんでなんだ! この僕が王妃にしてやると言っているんだぞ!」
言葉の通じない相手というのはどこにでもいるものだ。
でもここまでアホだと、それ以前の問題になってくる。
「ニコデムス教と組んで精霊を殺したあなたと私が協力する? ありえないでしょ」
ふんと第三王子から顔を背けて横を向いた。
初対面だっていうのに、僕はきみのことをわかっているんだよって態度がまず嫌い。
さりげなく私の家族までディスってたでしょ。好きになる要素が全くない。
「ボスマン伯爵。あなたはニコデムス教を西島に引き入れたこの男と協力するのか? それが西島のためだと本当に思っているのか!」
「うるさい! うるさいうるさい! 北島のガキが偉そうに! 西島のことに口を挟むな!」
「だからさあ、薬を使って妖精姫を攫えばよかったのに~」
砂浜に手を突いて、よろめきながら立ち上がった第四王子がにやにやしながらこちらに近づいてきた。
「女なんてぇ、薬で動けなくさせてぇ、何発か殴れば何でも言うことを聞くよ?」
「馬鹿野郎、黙ってろ!」
「それか虫がうじゃうじゃいる地下牢にでも閉じ込めておけば……」
どんっと第三王子に突き飛ばされ砂浜に倒れ込んだまま、第四王子は高笑いを始めた。
「うはははは! 見ろよ、精霊王だってよ。ゾルを殺したって手を出せなかったくせに、今頃現れたって遅いっつーの!!」
あー、やっぱり薬を盛られているわ。目の焦点があっていない。
モアナは相変わらず無表情だけど、だいぶ怒っているんだろうな。
波が、サーファーが大喜びしそうな高さになってるよ。
「瑠璃、あの男、私を傷つけようとしたわ」
これ以上モアナを放っておくと自然災害になりそうだから、さっさと話を済ませてしまおう。
『ああ、聞いていた』
背後に瑠璃が現れると同時に、爽やかな香りがふわりと私達を包んだ。
「第三王子とボスマン伯爵っていう人も、あんなに大勢の男に私を追いかけさせたの。取り囲んで捕まえる気だったみたい」
『それは怖かっただろう』
「ええ、すごく怖かったの」
『我らが後ろ盾になっている妖精姫を傷つけようとする者を放置するわけにはいかんな』
声が平坦だなあ。
ちゃんと打ち合わせしたのに、瑠璃って演技下手ね。
『だがここはルフタネンだ。彼らはルフタネン人だ。モアナ、妖精姫を傷つけようとした者はルフタネンの精霊王がきっちりと始末してくれるんだろうな』
『まかせて。ルフタネンのために力を貸してくれた妖精姫に手を出そうとするなんて、絶対に許さないわ』
『ああ、俺達にまかせてくれ』
風が強まり、背後で波が大きな音と共に打ち付ける。
第四王子は狂ったように笑い続け、第三王子は怯えた顔で逃げ出そうと走り出した。
「罠か! わざと第三王子を私に脱獄させたのか!!」
そうなの?!
だとしたら、あの王太子やるな。
西島の問題は、ここで全部まとめてけりをつけようってことか。
「ぐわっ……」
ボスマン伯爵の絶叫が響くより早く、カミルが私の後頭部に手を当てて自分の肩に押し付けた。
「見るな」
「でも」
「ディアが、トラウマを背負うことはない」
周囲の音も消えた。
たぶん精霊獣か瑠璃が私の周囲に結界を張ったんだろう。
すっかりみんなに守られて、私だけ何も見ないで何も聞かないでいいのかな。
この件に関わった以上、ちゃんと見届けないといけないんじゃないのかな。
でもこれでトラウマになって眠れなくなったりしたら、うちの家族はカミルを許さないだろう。
この話を持ち込んだ瑠璃のことも責めるかもしれない。
それ以前に、瑠璃もカミルも責任を感じてくれちゃうだろう。
だからここはおとなしく、カミルの肩に額を押し付けてじっと……じっと……。
あれ? 今私、どういう体勢?
カミルの片手が私の肩を抱き寄せて、もう片方の手が私の後頭部に当てられているのよね。
もしかして私、しっかり抱きしめられてない?!
いやいやいや、非常事態だからしょうがないのよ。守ってくれてるだけだから。
でも、近い。
意識するとすっげえ近い。
ちらっと横を見たら、カミルの顔がすぐそこにあった。
厳しい顔でまっすぐに前を見る彼は、何を考えているんだろう。
小さな頃、遊んでくれた兄の面影だろうか。
顎の線が以前より少しがっしりして、首だって喉仏が……喉仏? うわ、喉仏がある。
そんなの今まで気にしたことなかったのに、なんだろう。なんか……エロい……やらしい……。
わかってるよ。男に喉仏があるのは当たり前だし、隠さなきゃいけないようなもんじゃないよ。エロいって感じた私がおかしい。
でも同人描く時に、男性キャラの顎や喉の線ってこだわりある人いるでしょ。そういうところに男を感じる人だっているはず!
私はそうじゃないけどね。
そうじゃないんだけど、男の子なんだって。異性なんだって。今更ながらに思ってしまった。
私はね、むしろ手が重要なのよ。指が長くて、節が太くて大きな手が男らしいと思うのよ。
べつにカミルの手がどんな手でも関係ないけど……って言いつつ、つい視線が。うえっ?! 私の肩ってこんな細かったっけ?
さっき手を繋いだときにも思ったけど、手の大きさが私と全然違う。この手なら、片手でバスケットボール掴めるんじゃない?
指が長くて節が太い。奇麗な貴族の手じゃなくて、剣を持つ戦う男の人の手だ。
やばい。これがつり橋効果? 心臓がバクバクしてきた。
バクバクしすぎて、口から出るどころか肋骨開いて飛び出してきそうな感じがする。駄目だそれじゃスプラッターだ。
それに、こんなこと考えている場面じゃないでしょ。
人が死んでんねんで! ってどこの言葉よ。
落ち着けディアドラ。ここはクールに行こうじゃないか。
ぐいっと顔をあげて、カミルから一歩離れて瑠璃に近づいた。
ここでは瑠璃が保護者みたいなもんだし、万が一、ぶっ倒れた時には支えてもらうつもりでくるっと背後を振り返る。
「もう終わったよ」
カミルが言った通り、そこにはもう何もなかった。
ひっくり返ったまま高笑いしていた第四王子も、私の言葉にむっとして睨んでいた第三王子も、ボスマン伯爵も、私達を取り囲んでいた男達もひとり残らず、いなくなっていた。
ディアですから……。
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