第22話 吟遊詩人と義賊船団
案内されたのは広い会議室か食堂のようだった。長いテーブル、立ち並ぶ椅子、丸窓が幾つも並んだ壁、全てが蒼い木造だった。
「そうね、できれば真ん中の席に座ってくれる? みんなに聞こえる様に」
「分かった」
広い部屋は圧迫感があった。女達、船員らしき子供から老女までが押しかけ、部屋を暖めている。そのほとんどが私を訝しみ、睨んでいる様に思えた。
私は彼女達を掻き分けて前に進み、部屋の中央あたりの席に座る。クレイディアが二回、両手を打ち鳴らした。
「はいはいみんな! いつまでもそう辛気臭い顔してない! お茶の一つでも出す!」
ついさっきまで一番沈んだ顔をしていた彼女だが、今では見渡す船員の中では一番凛としていた。出された茶で口を湿らせて、私は口頭でライ=ラナックの惨状を説明した。さすがにこの状況で弾き語る気にはならなかった。
「うそだよ!」
『キルビスの攻撃がまるで歯が立たなかった』という説明の最中、少女とも呼べないほど幼い子が叫んだ。並々ならぬ体躯の日焼けした女が子供を抱き上げる。
「話は最後まで聞く。キルビス様いつもそう言ってたろ?」
子供はぐずり、泣き出しそうだったが、なんとか堪えた。私は話を続け、語り終えた。すすり泣きや嗚咽が立ち込める。子供を揺らしていた大女が鎮痛な低い声を出した。
「嘘じゃ……ないと思うぜ。最後の攻撃、アタシら幹部にだけ伝えた最終手段だ」
クレイディアが頷く。
「ええ。彼は私が決戦直前にあげたバングルもちゃんと見てる。間違いないと思うわ」
「勇敢な最期だった。未来を見ていた。二人とも恐れず、最後の最後まで笑っていた」
私は最後に付け加えた。彼女達はみなそれを望んでいる気がした。別段誇張をしたわけでもない。
「ありがとう吟遊詩人さん」
「礼には及ばない、これが仕事だ。代わりに一つだけ教えて欲しい」
「なに? 出来る限り答えるわ」
「なぜ『青の雫』と『月の海賊団』が殲竜と戦う事になった? 詠うために経緯が知りたい」
「当然の権利ね。いきさつはとても簡単。ヤツが壊したのよ。私たちの故郷セドゥンピアを。この酷い有様、全部回って見た?」
「いいや、来たばかりだ」
続く声は憎しみか後悔か、どこか暗い幕の向こうで話しているようだった。
「もう私たち以外に住人はいない。あいつが全員殺した。キルビス様は顔色ひとつ変えなかったけど、私たちの誰よりも悲しんでいた」
冷徹と名高い義賊の親玉は、実は誰よりも慈愛を携えていた。キルビスの人気の大きな要因だったのかもしれない。
「目撃者がいたのか」
「一人だけ生き残りがいたの……すぐに死んだけど」
「なるほど」
だんだん強くなる声に含まれているクレイディアの怒りの感情が私でも理解できた。
「月の海賊連中もラナックで同じような目に遭ったのよ。殲竜は見せしめに、自分がやったと分かる様に、一人だけ残すの……ギリギリの致命傷で」
殲竜がそんな無駄で悪趣味な見せしめをするだろうか? 本人もライ=ラナックの人魚達を殺していないと言っていた。ミハスの言に依ればクラインの仕業だ。私は帽子をつまみ、この違和感について一考しようとした。
「今度は私から質問してもいい、吟遊詩人さん?」
「なんだ」
クレイディアは私を突き刺す様に見入る。顔を上げれば全員の視線が私を串刺しにしていた。
「あなた何者? 答えによってはここから出せないかもしれない」
「どういう事だ」
「だっておかしいでしょ? あなたはあの激闘の中、殲竜の死まで見届けたと言っていたわ。なぜあなただけ生きているの? どうやって抜け出したの?」
喋り過ぎた事に少し後悔する。やはり私は会話が苦手なのかもしれない。口で言ってもどうせ伝わらないので、私は実行する事にした。
「説明するのは構わないが、ナイフか何か貸してもらえるか?」
クレイディアは不敵に笑った。
「不審者がナイフを貸してくれ……か。大胆不敵とはまさにこの事ね」
「それもそうか」
言われてみれば不敵なのは私の方か。気がついて馬鹿らしく思う。貸してくれるはずもない。
私は人の心を推し量る事が苦手だ。経験と統計から常識的な回答を用意するだけで、本当のところでは相手の事など考えていないのかもしれない。私に心らしい心が備わっていないせいだと勝手に決め付けているが、的外れとも思えない。
だが予想外にも、クレイディアは大女に呼びかけた。
「レダーグ。その人にナイフを」
レダーグと呼ばれた褐色の大女は笑って、子供を抱えていない方の手でポケットをまさぐる。
「ほらよ! ナイフ一本で切り抜けられるんなら、むしろお手並みを見せてほしいぜ」
出てきたナイフはテーブルの上を一直線に滑って、私の前で停止する。切れ味は申し分なさそうなので、私はそれを自分の首に突き立て、喉元を深くまで引き裂いた。
「なッ!? 自決しやがった!?」
「魔族だったの? それにしては魔力を感じなかった。いったいどうして……」
切り裂いてから申し訳ない事をしたと反省する。レダーグの抱えた子供が大声で泣き出してしまったのだ。テーブルも床も血で汚してしまった。だがさすがは百戦錬磨の空挺義賊、大人達は誰一人たじろぐ素振りを見せなかった……私の血と首が自然の振る舞いに反して、時間を巻き戻し始めるまでは。
「オイなんだよこの化け物! 首が……血が戻ってくぜ!?」
レダーグの声が上ずっていた。私の周りにいた女達がたじろいで、後ずさりを始める。すべての血が戻るわけではない。あとで拭いて謝罪しなければ。クレイディアの声だけは至って冷静だった。
「死なない……それを証明するために? でもそんな事ってありえるかしら?」
「見ての通り、私は死なない。これが理由だ」
しばらく間をおいて喋れるようになったので、ようやく私は答えた。
「なぜ死なないの?」
「それは私も知らない」
今までも、数え切れないほどこんな状況があった。死なない事に驚かれたり、気配を消せる事を不思議がられたり、寝ない事を不審に思われたり。ただ、ここまで淡々と対処されたことはなかった。論理的に処理していくクレイディアの会話過程が小気味よかった。
「つまり『死なない』じゃなく『死ねない』のね?」
「その通りだ」
あたりはどよめき混乱していた。動揺も多分にあっただろう。質問の後半『どうやってラナックを抜け出したのか?』に対する回答は求められなかった。
「だからそんなに悲しい目で、悲しい歌を奏でるのね」
「それしか出来ないだけだ」
ずっと淡々と会話をこなして来たクレイディアの顔が少し曇った。
「それは……辛い、ね」
「辛い?」
『辛い』……
言われて鑑みて、私にこれほど似合う言葉はないと思った。辛いという言葉の意味すべてが私を表現している。
私は辛いのかもしれない……自分の身の上が辛く、自分に対して辛く、そして他人に対して辛い。
「辛い、か。なるほど、私は辛いのか」
私は歩き、歌う、退屈な死人だ。合理と気まぐれで動く傀儡かもしれない。そんな自分が辛いのだ。その孤独さが辛いのだろうか? もし私と同じ様な存在、同じ境遇の存在がいたとしたらその辛さも少しは……
…………いるとしたら?
「どうしたの? 吟遊詩人さん?」
「生き残りの一人は死んだと言っていたな?」
「ええ。死んだわ。殲竜にやられたと、死ぬ直前に言い残して」
考えれば考える程その仮説は筋道に沿っている様に思えて、私は確認したくなった。
「その男の死体はどうした?」
「急に目の色変えて、それがどうかしたの? もちろん埋めて花を手向けたわ」
「そこに案内してくれ。頼む」
私は思わず立ち上がっていた。自分の中で感情の様な何か、積乱雲の様にもやもやしたものが腹の中を登ってくる。クレイディアは周りと幾度か目線を交わし、頷く。
「いいわ。私は……私達『青の雫』はあなたを信用します。吟遊詩人さん」
「助かる。そうだ、もう一ついいか?」
周りから聞いたら私の声は急いていたかもしれない。落ち着いて、平常心を取り戻すよう努める。
「何? まだ何かあるの?」
「艦内を汚して済まなかった。雑巾を貸してくれ」
広い部屋の数カ所で笑いが漏れた。私には何故笑ったのか理解できない。クレイディアも笑っていた。優しい微笑みだ。
「誰か彼に雑巾を。すぐ近くだから拭き終わる頃には到着しているはずよ」
「なるべく綺麗にしよう」
また何人かが笑った。




