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吟遊詩人の幻想曲  作者: 烏合の卯
翼人義賊と法族狩りと吟遊詩人
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第21話 吟遊詩人と天空歯車

 天空都市セドゥンピア、それは天空に浮かんだ巨大な楽器だった。


 遠くでは糸のような滝、近くでは襲ってきそうな滝が上や下、あるものは斜めや真横に向かって豪雨を何倍にもしたようなハーモニーを奏でている。不思議と騒音に感じない。

 その滝に古より回され続ける巨大な歯車は苔と錆で蒼く染まり、低い地響きの様な音を立てている。古色蒼然と表現するにはあまりに鮮やかな青だった。


「素晴らしい音色だ」


 遥か遠くには空に穴を開けたような深い青の世界樹が見える。空の碧、滝の碧、苔の蒼、世界樹の青、一面ブルーの世界。惜しむらくは、壊れた歯車やえぐれた大地が散らばっている事だ。それも比較的新しい傷に見える。


「素晴らしい景色だ」


 私はすぐにでもこの青い世界を奏でたくなった。地面に座り誰も居ない青い絨毯の上で、この青を音にする。しばらく弾いていると、人気のなかったはずのそこに女が立っていた。この世界と対照的な短く明るい赤の髪、白く長い鳥の翼……翼人の女はその目から涙を流していた。


「悲しい音」

「だろうな」


 こんな物悲しい世界をイメージした曲が陽気にならない事は私でも容易に想像がつく。女は涙を振り払った。


「ねえ、吟遊詩人さん。楽しい曲を一曲お願い出来ない? お金は払うから」

「それは難しい注文だ」

「なんで難しいの?」


 私が聞きたいくらいだ、そう言おうとしてやめた。この女に聞いたところで簡単に解決する問題ではないだろう。おそらくは私の中の大きく広いどこか、根深い部分に原因がある。


「なぜそんなに楽しい曲が聴きたいんだ?」

「私ね、いま大切な人達が戦場から帰ってくるの待っているところなの。そんな時に限って悲しい曲なんて聴きたくないでしょう? そう思わない?」


 なるほど……それはそうかもしれない。気は向かなかったが、私は言われるまま楽しい曲を弾いてみた。より正確に表現するなら『楽しい曲』と評判の曲をイメージしながら弾いてみた。


「アハハハッ! 何それ!? 酷いチグハグな音、さっきと大違いね!」

「だから難しい注文だと言ったのだ」


 何度か試した事があるが、おおよそ似たような反応ばかり帰ってくる。楽しさを知らない者に楽しい曲は弾けないのだ。思い返せば、船を作る者達は楽しそうだった。楽しさ、という点においては魔と人は共有を許されるのかもしれない。ガジョウで人と魔が共生するのも、酒を楽しむが故か。


 いつか私もだれかと笑い合い、何かを真に楽しむ事が出来るだろうか? それが出来たら、私は楽しい曲が弾けるのだろうか? 笑い合う者達は、誰も彼も幸せそうに見える。


「でも楽しい気分にはなったわ。ありがとう、吟遊詩人さん」


 吟遊詩人としてではなく道化師として笑われただけの気もするが、それでも詰まらないと一蹴されるよりはマシだ。

 私は立ち上がって、どこか宿にでも歩き出そうとした。別れ際に社交辞令を考えた。


「帰ってくるといいな。恋人」

「ううん、違うわよ。キルビス様が恋人なんて言ったら、みんなに袋叩きにされちゃうわ」


 女は両手を振って、はにかんで笑いながら否定した。


「キルビス……キルビス=テレアローザの事か?」


 キルビス……海底の都市ライ=ラナックで殲竜を道連れに死んだ義賊。そしてここは彼女が本拠地にしていた場所だ。


「その通り。絢爛にして英明、青の雫の大賢者、シェラハ二世と讃えられる、かの有名なキルビス=テレアローザ様よ!」


 容姿に近しいものはあるが、シェラハとキルビスはあまり似ていないと思う。生き方も、人生観も、笑顔も、実力も。

 私は強風に帽子が風で飛ばされないよう押さえつけ、歩き出した。


「彼女は殲竜を道連れに死んだ。いくら待っても帰っては来ない」

「なにその冗談笑えない」


 女は俯いて、一息に噛み殺す様にそう言った。振り返ればその翼まで震えている。


「ジョークではない。ライ=ラナックでゾハルと共に戦い、死んだ。事実だ」

「なんであなたがそんな事知ってるの」


 質問している感じではない。独り言の様だ。


「見てきたからだ。私は偶然その場に居合わせた」

「ラナックとは全く連絡が取れない状態なのに」


 私は思いやりに欠けるかもしれないが、想像力はあるつもりだ。


「キルビスがあの海域を全て凍らせたからな。お前も気づいているんじゃないか? もうキルビスが死んでいる事に」何日も途絶えた音信、帰って来ない飛空艇、凍った海、強大な敵、想像が及ばないはずがない。そして何より……

「だから泣いていたのだろう?」


 女は翼を広げ、私を睨んだ。そして叫びそうな勢いで口を開いたのだが、何も言わずにまた俯いて翼を畳む。そしてそのまま、力なく地面にへたり込んでしまった。震えた声で、また独り言を絞り出す。


「キルビス様、絶対帰ってくるって言った」


 法族は戦地に赴く時、大抵そんな事を言って死ぬものだ。魔族は『死なんざ怖くない』と嘯いて死ぬ。しかし、泣き出した女を前にそれを言うのは迂闊だろう。前に出した女の細く白い腕の装飾に私は見覚えがあった。


「そのバングル、キルビスも付けていたな」


 顔は見えないが、女の髪が少し動いてバングルを見た。青と白と黒のストライプ、ちょうどキルビスの三色の法石と一致するバングルだ。


「私達が編んだお守り、出船の日の夜にプレゼントしたの」

「お前達なら大丈夫だと、最期にそう言っていた」


 私は伝える事は全て伝えた気がしたので、また歩き出す。だが女は消え入りそうな声で嘆願した。


「待って、お願い! 教えて欲しいの。キルビス様の最期、仲間のみんなにも」

「願ってもない」


 それは私の仕事、吟遊詩人の本末に他ならない。女は立ち上がり、そのまま飛び上がる。


「いま船を呼んでくるから。ここで待っていて」

「分かった」


 背を向けたところで、女は空を仰いでまだ私に話しかける。少し元気を取り戻した様だった。


「格好よかったよね? キルビス様」

「ああ」

「勇敢だったよね?」

「ああ」


 歴代の勇者、歴戦の戦士に勝るとも劣らない勇姿だった。彼女もゾハルも未来を見ていた。

 女は風に乗り上空へと消えた。船はセドゥンピアの島のどこかに停泊させているのだろう。そう考えて、また想像力が線を繋ぐ。

 このえぐれた大地や壊れた歯車はクラインか殲竜の仕業と考えれば、ドックであるセドゥンピアを壊されたキルビス、船着き場だったライ=ラナックを破壊されたゾハル、この二人が共闘して殲竜を討ったと考えれば、至極納得がいく。

 ……そんな取り留めもない妄想に、爆風と轟音と大声が割って入った。


「そういえば、さっきは名乗ってもいなかったわね! 私はクレイディア。これでも青の雫の副艦長をやっているの。あなたの名前は!?」


 先ほどとは打って変わり、飛空艇の法石回路の駆動音に負けない溌剌とした声だった。中型の飛空艇が私に風圧を叩きつける。帽子を押さえたまま私は答えた。


「名前は忘れた。私の名前なんか重要じゃない」

「悲しい事言うのね。それになんだかものすごく遠くにいるみたい……とっても孤独な人」


 否定する気にもならなかった。たぶんその通りなのだろう。


「あなたを特別に歓迎するわ。女だらけの戦艦へようこそ!」


 帽子で会釈して、私は降りてきたタラップを登った。私に才能や取り柄があるとすれば、それはやはり物語に出会う素質くらいだ。

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