十八章 真紅の戦い 6
アーチャの見つめ続けるその真っ只中で、200−ヘガ大型戦闘機は爆発した。機体の中央部分が黄色い光を放って破裂し、爆音と黒煙が戦闘機の残骸と共に周囲に飛散した。アーチャは自分でも何が起こったのか分からず、機体の断片が丘に向かって雨のように降り注ぐその光景を、ただ黙って眺めているしかなかった。
「ねえ、あれ。人じゃないかしら?」
シャヌは今しがた爆発の起こったあたりを漠然と指差した。アーチャはその指先を目で追い、開かれた地味な色のパラシュートが地上へ向かってゆっくりと落ちていく姿を見つけた。運ばれている人間は意識がないのだろうか? 首を肩に乗せてぐったりとしている。
「まさか……」
アーチャは翼を上下に動かし、パラシュートを目印に空を滑空していった。シャヌもすぐに後を追ったが、アーチャの隼のようなスピードにはかなわなかった。
戦闘機の襲来は200−ヘガをしんがりにそれ以上現れることはなかった。グレア・レヴの町から戦闘機のエンジン音が消え、残ったのは兵士とイクシム族の痛々しい絶叫だけとなった。だが、西の海岸に訪れた平穏はほんの一瞬に過ぎなかった。
アーチャは町を抜けて間もない所で滑空を中断した。逆光でよく見えないが、アーチャの気を引いた巨大なそれは確かに海の中にいて、こちらをじっと見つめているようだった。
「一体……?」
その瞬間、視界の右半分が強烈な光によって包み込まれ、アーチャは腕でとっさに顔を覆った。そして、訳も分からないまま真っ逆さまに落ちていった。翼を動かそうとしても、右翼の感覚がない……というより、右翼そのものが消滅していた。
耳元で鳴り響く風の音が死の前兆に聞こえた時、アーチャの目の前は草の生い茂る小高い丘の上だった。アーチャは体を縮ませて空を向き、背中から地面へと落ちていった。草がクッション代わりとなったのは幸運だった。そうでなければ今ごろ、背部から発せられる激痛もあいまって、本当に死んでしまっていたかもしれない。地に落ちて間もなく、右翼の付け根部分から炎が燃え上がっているかのような、熱による痛みがアーチャを襲った。
「……大丈夫?」
脇の小道にシャヌが立っていた。心配そうな面持ちでこちらを見つめている。
「俺がやられた時、一体何が起こった? あの光は何だ?」
アーチャは痛みに耐えながら声を絞り出した。翼を失った今、海面に浮かんでいた得体の知れない何かを、自ら確認しに行くことさえできなかった。
「あなたが何かに気を取られていた時、海面からあの神殿まで一直線に光が伸びたの……あなたの翼はたまたまその光に触れて……」
シャヌはアーチャにそっと近寄りながら説明した。アーチャはパラシュートの降下地点を目指してズルズルと足を引きずっていった。
「でも、神殿には結界みたいなものが張られていて何ともなかった……ねえ、あの人の所まで行くんでしょう? 肩を貸してあげる」
「やめろ!」
アーチャは差し出されたシャヌの手を振り払った。
「マイラ族の情けなんか受けてたまるか……どっか行っちまえ!」
大声を出すと痛みが増し、傷口の熱は広範囲に広まった。あまりの苦痛に身悶えすることさえできず、その鋭い爪を地面に突き立て、土を草ごと掘り返すことで痛みを発散させるしかなかった。
「ダメ。ほら、つかまっていいよ」
シャヌはアーチャの腕と肩を取り、ゆっくりと立ち上がらせた。アーチャは抵抗することもせず、シャヌに体を預けてゆっくりと歩を進めた。
「なぜだ……なぜ俺を助ける……」
アーチャは、「苦しみを紛らわすために声を出したいんだ」と自分に言い聞かせ、心に思ったことを口に出して聞いてみた。
「俺はジャーグ族だぞ……お前たちマイラ族は俺たちのことを……」
「アンジが言ってたよ」
全力でアーチャの体を引っ張りながら、シャヌは笑顔で答えた。
「血が違うからってそこに壁を作っちゃいけない、偏見や悪い概念を捨てて正面から向き合うんだって……アーチャがそのことを気付かせてくれたんだって……アンジ、すごく嬉しそうに話してくれた」
アーチャはシャヌを見た。アーチャの体を支えているだけで限界だというのに、それでも尚、その横顔に笑顔は絶えなかった。
「すごく難しいことかもしれないけど、それは私にもできることなんだよ。だから私はあなたを……アーチャを助けたい。アーチャの理想は正しかったんだって、証明したい。証明できたら、きっとみんな分かってくれる……そんな気がするの」
眠っていた最高の力をやっと手にできたというのに、アーチャは今、最悪な気分だった。翼を失い、天敵だったマイラ族からは情けまでかけられ、過去の自分に説教までされた。何が正しくて何が間違いなのか……アーチャには、その見境がつかなくなりつつあった。今の自分の存在でさえ、例外ではなかった。
二人はそのままゆっくりと歩き続け、やがて小高い丘の上にうつ伏せのまま横たわるヒト族のそばまで辿り着いた。丈の短い見慣れたマントが、風に当たってふわりとひるがえった。
「おい……生きてるのか?」
アーチャはシャヌから離れ、地面を這うようにしながらヒト族に近づくと、小さな声で話しかけた。くしゃっとしわの寄ったパラシュートが布団のように覆い被さり、ヒト族はピクリとも動こうとしない。アーチャはわき腹あたりを押し上げ、ヒト族を仰向けにした。すすだらけ、傷だらけの、ゼル・スタンバインの顔がアーチャを見上げた。