05.水龍
山を降りて大地に足をつけると、不思議な感覚に陥るのを感じた。
まるで体に何かが流れ込むかのような、とても大きな脈がどくんどくんと波打つような、そんな不思議な感覚だった。
「外の世界はマナが溢れているね」
地下との違いは明白だった。
空気や地面から生命力が溢れている。地下の植物や空気は人工物ではないが、こうやってマナを強く感じることはなかった。
「魔術師じゃない俺でも分かる。体に流れ込んでくるね」
マナの力強さを感じ合えて、にっこりと笑うユズリハは、いつも通りに見えた。
低い雄叫びと、上空を見える飛行体が見えたとき、2人の思考は現実に戻った。
ここは異世界みたいなものだ。人が住む世界じゃないのだ。いつ獲って喰われてもおかしくない世界だ、と。
山を降り、なるべく木々の合間を縫って歩く。空を飛ぶ魔物に見つからないように。
周囲に警戒していたが、飛行体が2人の方に向かって来ていると気付いた時には、もう逃げるタイミングを見失っていた。
ドォォォォン…と地響きをさせ、地面が割れる。
目の前に現れたのは、山頂で見たドラゴンよりも二回りほど大きい、ターコイズブルーのドラゴンだった。
体は水のように澄んでいるのに、骨や内臓は見えない。ドラゴンがぶるっと身震いすると、体が水でできているのか、水飛沫がかかった。
『こいつらか』
声が心臓に響く。女性のものとも男性のものとも判別つかない声だった。
ドラゴンは遥か下の方にいる2人を見下ろしながら何かを小声で喋っている。
様子を見ていると、どうやら背中に人がいて、それと話しているようだった。
『……貴様ら、治癒の術が使えるそうだな?』
「えっ、あ、はい」
ユズリハが返事をすると、ドラゴンの背中から1人の幼い少女が現れた。
「あのっ、さっきはありがとうございました」
少女は深々とお辞儀をする。ユズリハとユーインは何のことか分からず顔を見合わせた。
「さっき怪我したドラゴンに治癒魔法をかけてくれましたよね?あれ私です」
「えっ!?」
驚いて目を見開いた。あの、人を睨んでいた怖いドラゴンが、こんな可愛らしい少女だとは。
ふわふわのスカイブルー色の髪の毛が風に靡いている。
華奢な体からは、あのドラゴンと同一だなんて信じることができなかった。
『セフィルーア……ルアはまだ幼体でね。狙われやすいんだ。私からも礼を言われてもらう』
ルアと呼ばれた少女はドラゴンとともに頭を下げた。
「それは気にしないでください。元気になって良かった」
ユズリハがしゃがんでルアの目線に合わせると、ルアは照れ臭そうに微笑んだ。
『それで、少し話が聞きたいんだがいいか?』
ドラゴンの声色が変わる。真剣な声に、2人は息を呑んだ。
「はい」
『まずは貴様ら……ああいや、少し待ってくれ。話しづらいだろう』
ドラゴンはブルルッと身震いすると、先程と同じように水飛沫がかかった。
そして一瞬の間にドラゴンは女性になっていた。
透き通るコバルトブルーの長髪をサイドで結び、雑に垂らしている。
同じ色の瞳は人のものと違い、瞳孔が縦に長かった。
「手間をとらせてすまない。まずは近くの街まで案内しよう」
先頭を歩く彼女に、2人は顔を見合わせた。そして慌てて引き留める。
「待ってくれ!街は、その、少し不味いかもしれない」
女性は振り返り、きょとんとした。
「なにがだ?」
「なんというか、えーっと……俺たち、人間なんだ」
「ニンゲン?」
女性の目が鋭く睨む。品定めをするように、じろじろと頭から爪先まで見て、顔同士が5cmの近さになるまで近付いた。
「……まぁその話は後で聞こう。街は人間も入れるから安心しろ」
くるりと向き直り、また歩き出した。
「人間がいても襲われたりしないんですか?」
ユズリハが尋ねると再び彼女は振り返り、ユーインのときと同じようにまた顔を近付けた。
「貴様もニンゲンか?」
「は、い」
「…………なるほどな」
また向き直って歩き出す。
ルアがユズリハを見上げながら、「大丈夫です」と言ってくれなかったら、きっと不安で心臓が暴れていただろう。
そんなことを思いながら街まで歩いた。




