第21話「町からの来訪者」
その日、サミュエルが村へ戻ってくるのはいつもより遅かった。
「みんな、客を連れてきたぞ!」
彼の後ろに立っていたのは、まだ二十歳に届かぬだろう若者だった。粗末ながらも身なりは整えられ、瞳には強い光が宿っている。
「俺はトマス。町で書記の手伝いをしてる。……夜学の記事を読んだんだ」
澪は驚いて目を丸くした。
「町まで届いてたの!?」
「酒場で回し読みされてたよ。薬草のことも、冷却箱の作り方も、みんな感心してた。けど一番驚いたのは――字が読みやすかったことだ」
澪は顔を赤らめ、紙を抱きしめる。
「わ、私の字、まだ下手だと思ってたけど……」
「いや、素直でいい字だ。だからこそ庶民でもすぐ読める。俺はもっと多くの人に広めたいと思った」
◇
広場に集まった村人たちは、興味津々でトマスを囲んだ。
彼は懐から布袋を取り出す。中には木版とインクが入っていた。
「俺は書記の手伝いで、帳簿を写す仕事をしてる。木版なら同じ記事をいくつも刷れる。今の夜学の紙を、もっと増やせるんだ」
村人たちがどよめく。
「そんなことができるのか!」
「手で一枚ずつ写すよりずっと早いな!」
澪は胸を押さえ、言葉を詰まらせる。自分の文章が町に届いただけでも夢のようだった。それがさらに木版で刷られ、広がっていく未来を想像すると、胸が熱くなる。
「……本当に、それができるなら」
「できるさ。俺は知識を独り占めする領主たちが嫌いだ。庶民だって学んでいいはずだろ?」
トマスの声は力強く、村人たちの目に希望の火をともした。
◇
しかし、その人だかりの後方で、ひとりの男が静かに様子を見ていた。町から来た荷運びを名乗っていたが、目の奥には鋭い光が潜んでいる。彼は一言も発さず、ただ笑みを浮かべながら人々の会話を書き留めていた。
◇
夜、焚き火の周りでトマスは澪たちと膝を突き合わせて語り合った。
「俺は字が読めるけど、友人たちは読めないやつが多い。だから文章だけじゃなく、絵も増やそう。働きながらでもわかるように、もっと簡単に」
エマが頷き、板に炭で大きな絵を描いてみせる。
「こういうのか? 冷却箱を開けたところを絵にすれば、字が苦手でも理解できる」
「そうそう! それなら女も子どももすぐ使える」
澪は目を輝かせ、次々と新しい記事の案を書き出した。
――薬草の効能を図に。
――武術の型を連続絵で。
――魔法の流れを線で示す。
「これなら、もっともっと人の役に立つ!」
◇
村人たちの胸に灯ったのは、ただの知識ではなかった。
「俺たちだけじゃなかったんだな……町にも同じ思いのやつがいた」
「外の世界にも仲間がいる」
その声は、広場に集まった全員を温める炎のように広がっていった。
◇
その陰で、焚き火の赤を瞳に映す一人の男――昼間の荷運びを名乗る者が、薄笑いを浮かべる。
(夜学、武と魔、薬草……なるほど。領主様に伝えれば、いい報酬になるな)
希望と影。
村に芽生えた光は確かに強まっていたが、同時に領主の眼差しもまた近づきつつあった。




