第19話「薬草と病」
夜学の記事は、思いのほか早く村を越えて広まっていた。
澪が前号に書いた「ハハコグサでの風邪対策」が町で評判になったのだ。
「読んだよ、澪。うちの子、喉の痛みが軽くなったってさ」
帰ってきたサミュエルがそう伝えると、澪の目がぱっと明るくなる。
「ほんとに? じゃあ……この知識が人を助けられたんだね」
村でも小さな出来事があった。
ある子どもが風邪で寝込み、母親が困っていたとき、澪の記事を見た村の女たちがハハコグサを煎じて飲ませたのだ。すると熱が和らぎ、咳も少し落ち着いた。
「魔法じゃなくても、人は癒せるんだ……」と母親は涙を浮かべた。
その話を聞いた澪は、筆を握りしめた。
「次はもっと多くの薬草をまとめよう。ゲンノショウコやドクダミなんかも――」
エマが笑ってうなずく。
「澪の字はちょっと丸すぎて読みにくいけどな。だが女たちは皆読みたがってる。『美しくなる方法も載せてほしい』って声まであるぞ」
「美しく?」
「ドクダミをすり潰して化粧水にすると、肌がすべすべになるんだ。うちの村では昔から知ってる婆さまもいるが、若い娘たちには目新しいらしい」
その言葉に澪は頬を赤らめながらも、紙に大きく「ドクダミ化粧水――美肌の秘訣」と書き込んだ。
こうして新しい号には、こう記された。
――「魔法だけではない。自然の力もまた、人を守り、美しくする」
◇
一方で、広場では武の稽古が続いていた。
カインは大人も子どもも混じる村人たちを前に、手首をつかまれた時の外し方や、体を斜めにして力を受け流す方法を繰り返し教えていた。
「剣を抜かずとも身は守れる。力をぶつけ合うな、流せ」
その動きは最初ぎこちなかったが、回を重ねるうちに村人たちの体が自然と捌きを覚えていく。
木工職人のエマは、練習に使える盾を作って持ってきた。
「軽くて丈夫な板を組んでみた。女や子どもでも持てるはずだ」
男たちは感心して受け取り、試しにカインの突きを受け止めてみる。盾に力が流れ、踏ん張れば倒れない。小さな歓声があがった。
◇
その様子を、アルトはじっと観察していた。
カインの体の動き。踏み込みと体捌き。腕の振りと腰の回転。
「……なるほど」
彼は片手をかざし、炎を生み出す。次の瞬間、腰をひねりながら突きを放つカインの動作を真似て、掌から炎を前へ走らせた。
炎の軌道が、いつもより鋭く、真っ直ぐに伸びる。
「おお……!」子どもたちが驚きの声をあげた。
アルトは淡々と呟く。
「力を流す……か。武術と魔法は繋がるのかもしれん」
澪は興奮して駆け寄る。
「今のすごい! 武術の型で魔法を操ったんだね!」
アルトは肩をすくめた。
「まだ試しただけだ。だが、理にかなっている。力を効率よく通せば、魔法も精密に放てる」
澪はすぐに筆を走らせる。
――「武術の体捌きで魔法の効率を高められる」
彼女の誌面はますます厚みを増し、薬草と護身術、そして魔法までも結びつけていく。
◇
その夜、焚き火の周りで村人たちは新しい号を回し読みしていた。
「ドクダミで美肌か……」
「ゲンノショウコは腹に効くんだな」
「武術と魔法が繋がるなんて、夢みたいだ」
子どもたちが素手で型を練習し、女たちが薬草をすり潰し、男たちが盾を磨く。
その姿を見て、アルトは静かに思った。
――知識は確かに力へと変わりつつある。
だが、領主の目もまた彼らを見ている。
嵐の前の静けさのように、村には緊張と希望が同時に満ちていた。




