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第12話 これは始まり

 梨鈴と侍女は完全に固まってしまっている。

 文昭儀は、皇帝の部屋に入ると、わたしを一瞥した。


 その表情にはさすがに驚きがあった。

 だが、すぐに彼女は平静を装った。さすがの反応だ。


「あら、周才人。明黄の服は皇帝陛下のみが着ることを許されているはずよ」


 文昭儀は面白そうに言う。もちろんわたしが皇帝の服を着ているのを知って言っているのだ。

 わたしは肩をすくめた。


「見ての通りです。文昭儀。皇帝陛下はご不在です」


「ええ、そうね。このところお姿を見ていなかったのに、急にお戻りになられたと聞いたから、やっぱりこういうことなのね」


「これはわたしとしても苦肉の策でして……」


 わたしはこれまでの経緯を説明した。皇帝がいない間の混乱を収めるために、わたしが夏氏の後ろ盾を得て、男装して皇帝代理を務めているのだと。

 文昭儀はふむふむと聞いていたが、その美しい顔に不思議な微笑を浮かべた。


「あなたの言い分はわかったわ。でも、別の説明もできる。思いつかない?」


 文昭儀の言葉に、梨鈴が「なんのこと?」という様子で首をかしげる。

 だけど、わたしは文昭儀の言いたいことがわかった。


「文昭儀はこうおっしゃりたいのですね。夏策真柱国大将軍は、娘と手を組み、今上皇帝陛下を弑逆。帝権をほしいままにするために、わたしを皇帝代理にした、と」


 梨鈴と侍女はぎょっとした顔をした。


 けど、こういう言いがかりがつく可能性はわたしも考えていた。皇帝が行方不明な理由はいまだに不明だ。だとすれば、わたしを皇帝代理にした勢力が皇帝を亡き者にしたというのも、ある程度説得力のある説になる。


 文昭儀はにっこりと笑い、うなずいた。


「どうしてあなたが簒奪者でないと説明できて?」


「わたしにはそんなことをする利益はありませんよ」


「あなたに理由がなくても、夏氏にはあるかもしれない。たとえば、あなたは真相を知らされていなくても、実は夏氏が皇帝陛下の御身に危害を加えている可能性はあるわ」


「そうですね。ですが、それもないでしょう。夏氏にとって皇帝陛下は大事な存在です。梨鈴様が皇后になり子を産めば、外戚として権力を振るうこともできるはず。しかも、現時点では皇帝陛下は夏氏ら大貴族に反抗するような言動は行っていません。むしろ柱国大将軍閣下が害するとすれば――」


「それはあたしでしょうね」


 あっさりと文昭儀はうなずいた。

 夏氏にとって、一番目障りなのは文昭儀であり、二番目は楚王だ。


 それを飛び越えて、皇帝陛下を亡き者にする理由はない。夏氏にとって有利になるような、皇帝の後継者もいないのだから。


 結局のところ、これは不幸な事故なのだ。いや、まだ何者かが皇帝を暗殺した可能性は残っているのだけれど。

 少なくとも、わたし、梨鈴、夏氏、そして文昭儀にとっては想定外の事態だった。


「さて、あたしはどうすれば良いのかしら? あなたを大逆罪で告発する?」


 皇帝のフリをしただけでも、大罪だ。皇帝は唯一無二、絶対不可侵の存在であり、それを騙るなど許されることではない。


 だからこそ、これは賭けだった。ここで文昭儀をなんとか味方にしないといけない。

 でなければ、文昭儀がすべてを暴露してしまう。


「文昭儀にお願いがあります」


「なにかしら? 見逃せ、と?」


「いえ、文昭儀には……わたしの妃になっていただきたいのです。ええ、それも、わたしが――皇帝のフリをしたわたしが溺愛する妃に」


 わたしはくすりと笑う。

 文昭儀はあっけにとられた様子だった。梨鈴たちもそれは同じだった。


「そもそも、皇帝陛下がいないと困るのは文昭儀も同じのはず。陛下の寵愛があればこそ、文昭儀はこの後宮で力を持てるのです」


「そうね。だからこそ、貴方が皇帝陛下の代わりをするのは困るのだけれど」


「どうしてですか?」


「だって、貴方は夏氏の息がかかっている」


「そうですね。だとしても、わたしは文昭儀を『寵愛』しますよ?」


「なぜ?」


「だって、それが皇帝陛下の行動としては自然ですから」


 あっ、と文昭儀は声をもらす。わたしが皇帝陛下のなりすましをするなら、これまでと同じ行動をしないといけない。でないと、怪しまれる。


 つまり、文昭儀を寵妃として処遇するのだ。

 であれば、「皇帝陛下の寵愛を得た妃」という文昭儀の地位は揺らがない。


「貴方の話を信じられないわ」


「文昭儀、皇帝陛下が戻ってくるまでの我慢です。そうなれば、すべては元通りですよ」


「戻ってこなかったら?」


「そのときは、いずれにしても文昭儀はわたしに協力したほうがいいですね」


 わたしが皇帝のフリを続けるなら、わたしと協力して恩を売っておいたほうが得だ。

 仮にこの男装が露見すれば、間違いなく次代の皇帝が即位し、梨鈴や文昭儀たち今上皇帝陛下の妃は用済みになる。


 だから、文昭儀にとってはわたしに協力しても損はない。皇帝が戻って来れば良し。戻ってこなければどのみち破滅。


 文昭儀が「周蒼華の寵妃」になるのは、合理的な選択なのだ。


 しばらく、彼女は天を仰いでいた。そして、ふっと笑いを漏らす。


「貴方はなかなか……面倒な子ね」


「わたしはただ、妃のみなの幸せを願っているだけですよ。梨鈴様も、もちろん文昭儀も楽しく過ごしていてほしいんです」


 それはわたしの本心だった。わたしは皇帝陛下の寵愛などほしくない。


 けれど、梨鈴や文昭儀たちには幸せでいてほしいと思う。彼女たちは、この理不尽な後宮に囚われた犠牲者でもあるのだから。


 文昭儀はにやりと笑う。


「あたしに大逆の罪に加担しろ、というわけね。ええ、いいわ。その話、乗ったわ。せいぜい、わたしを寵愛してくださいね。周才人、いえ皇帝陛下」


「もちろん。我が妃」


 わたしは自分でも驚くほど、はっきりとした発音でそう告げた。


 結局、楚王は文昭儀が追い払った。これで危機は乗り越えたのだ。

 

 ……疲れた。まあ、文昭儀を仲間にできたのは最大の収穫だ。

 ぐったりと座り込むわたしに、梨鈴がそっと近寄る。


 彼女は微笑んでいた。


「ありがと、蒼華」


「お礼を言われるようなことはしていませんよ」


「あ、でも……文昭儀を寵愛するって言ったよね?」


「それは必要なことですから」」


 わたしの答えに梨鈴は頬を膨らませた。


「わかってるけど……わ、私も貴妃だから私のことも寵愛してくれないとダメ」


 そう言って、梨鈴はわたしに甘えるように抱きついた。


 わたしはびっくりしながら、彼女を抱きしめ返す。梨鈴も今後どうなるか不安で、心細かったんだな、と改めて思う。


 皇帝陛下が戻って来れば、わたしの出番は終わる。

 でも、仮に皇帝陛下が戻ってこなかったら?


 そのときは、皇帝陛下がいなくても――わたしが梨鈴たちを幸せにしてみせる。

 その方法は今はまだ、わからなけれど。


 ――これが、後に不世出の名君と呼ばれ、千年後も慕われる大順帝国第二代皇帝・神祖光文帝の伝説の始まりだとは、まだ誰も知らない。





本作はこれにて完結です!


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