壊れかけの人形
誤字脱字報告等々、毎度感謝です。
誤字を出さぬよう気を付けてはおりますが、今後ともよろしくお願いいたします。
「終わり……か?」
両手に複数枚の札を構えながら、周囲を睨む。
こういう時、探知系の異能持ちが居れば確証が持てるのだが……生憎と僕にはそんな能力はない。
例え渋谷に頼もうとも、周りに居る動物の目を借りて、時間をかけて探索しなければいけないのだ。
コレも、今後の課題という訳か……改めて今まで部長に依存しきっていたことが身に染みて分かる。
『ブギーマン、周りを見てきて? 残ってる怪異は居ない?』
『ワカッタ』
イヤフォンから渋谷の声が聞こえると同時に、ブギーマンは建物の中へと飛び去って行った。
オカ研において仲間になり得る二体目の“上位種”。
本当に信用して良いのかどうかは別としても、確実に戦力にはなっていた。
というか、強すぎた。
草加先生の攻撃により片腕を負傷しているというのにも関わらず、ブギーマンは僕なんかよりずっと多くの怪異を屠っていた。
行動は極めて単純。
近づいて殴る、掴む、蹴る。
そして握りつぶす。
草加先生や黒家君に比べたら、かなりショボい動きだったと思う。
格闘術というより、素人が力任せに拳を振るっているような、そんな仕草。
でも、それでも強いのだ。
本当にアイツは一体何なんだろう……。
なんて事を思っている内に、ポケットに入れていたスマホが振動し始めた。
誰だろう、こんな時間に。
部長なら夜の調査は天童さんと行うはずだし、緊急の連絡でもなければ草加先生辺りだろうか?
今日はネトゲには参加できないって断ったのに……
とか何とか、色々と想像しながらスマホを覗き込めば。
「え?」
『どしたの?』
そこには、予想外の人物名が表示されていた。
少なくとも活動中以外に、彼女から僕に連絡を寄越した事は無かったはず。
何となく、嫌な予感がジワジワと込み上げてくる。
「すまん渋谷、一回通話切るぞ。 一花ちゃんから電話」
『いっちゃん? 珍しいね? とりあえずりょーかい』
渋谷に断りを入れてから画面をタップし、一花ちゃんの連絡に応答する。
部内で唯一の“一般人”である彼女からの連絡となると、ちょっと予想できない。
「はい、もしもし。 一花ちゃん、どうかしました?」
少しだけ緊張気味に応答してしまったが、もしもこれが単純に遊びの誘いとかだったら相当恥ずかしい。
まあ、それならそれで良いんだけども。
『もしもし、徹先輩。 遅くにすみません、ちょっとお話しておきたい事が……あっ、今大丈夫ですか? 忙しかったりします?』
いつもより気落ちした声には聞こえるが、彼女の言動からして緊急という訳では無いようだ。
取りあえず一安心。
「大丈夫ですよ。 今“現場”で一段落した所ですから。 もし長くなりそうなら、帰ってからまた掛け直しますが」
『あっ、調査に出てたんですね。 すみません、まかせっきりで……。 えっと、ちょっと長くなるかもしれませんが、早めに耳に入れて置いた方が良いと思いまして。 周囲の安全確認してもらって、大丈夫そうなら少しだけ時間を下さい』
なんというか、うん。
僕が教えたというか、「連絡を入れた時は相手の状況確認を最優先に」とは言ったけどさ。
やっぱり僕らの会話って、一般的な高校生の会話じゃないよね。
安全を確保出来るようならそのまま聞いてくれって、普通の高校生なら絶対言わないもん。
「大丈夫ですよ。 それでどうしました?」
軽く周囲を見渡しても、それらしい霧は見当たらない。
しばらくすればブギーマンも帰ってくるだろうし、何か見つければ渋谷が連絡を寄越すはずだ。
『えっと、その。 信じられないかもしれないんですが、とりあえず“そういう事があった”という結果論として聞いて頂けると嬉しんですが……』
「うん?」
何やら言いよどみながら、彼女は大きく息を吸って呼吸を整えた。
言い辛い事なのだろうか? なんて、スマホに視線を移した時だった。
電話の向こうでヴゥゥ! ヴゥゥ! と何かが振動する様な音と、一花ちゃんの息を呑むような声が聞こえた。
一花ちゃんの方に、通話か何か入ったのかな?
『っっ! もしかしたら緊急事態かもしれません! 先輩今どこですか!? 日向の家に向かう事は出来ますか!?』
「え、ちょ、どういう事? 何が起きたの?」
『すみません、しっかりと確認を取ってから報告します! 日向からの連絡を聞いてから、もう一回掛け直しますね! 私の勘違いとか、何でもない連絡だったら良いんですけど……とにかく、日向の家に向かって下さい!』
それだけ言って、一花ちゃんは通話を切ってしまった。
なんだったんだ?
とりあえず日向ちゃんの家に向かえばいいのか?
一応部員全員の住所は教えてもらっているので、ナビを使えば行けない事は無いが……。
とにかく、一度渋谷に連絡するか。
『もしもーし』
通話を掛けて、ワンコールとしない内に呑気な声が聞こえて来た。
この調子なら、建物内に怪異は発見できなかったのだろう。
「渋谷、緊急事態かもしれない。 今から日向ちゃんの家に向かう、探索を切り上げろ」
『ひなちゃんに何かあったの!?』
急に渋谷が大声を上げて来た為、思わずスマホを体から遠ざけたが……残念なことに今はイヤフォンマイクを装備中。
結局耳元というか、鼓膜の近くで叫び声を聞く羽目になってしまった。
「まだ分からない。 一花ちゃんからまた連絡があるらしいけど、兎に角向かえとさ。 何かを伝えようとして、途中で何か邪魔が入った感じだった」
『了解、すぐ戻ってきて! ブギーマンも終わり終わり! 帰ってきて!』
まるでブギーマンとも会話している様な感じになってしまっているが……いや、彼女からしたら本当に会話しているのだろう。
色々と聞きたい事もあるが、今はとりあえず後回しだ。
「日向ちゃんの家までそこまで遠くはないけど、急ぐぞ」
『がってん!』
しかしながら高校生の僕達に許された移動手段は、残念な事に自転車なのだ。
今度、学校に内緒でバイクの免許取ろうかな……。
――――
寝そべった私の真上に浮かぶ黒いセーラー服の少女。
見間違うはずもない、もう何度もその姿目にしてきたのだから。
でも何故彼女がここに居る? しかもこのタイミングで。
疑問が尽きずに困惑する私を尻目に、彼女は柔らかく微笑んだ。
『ごめんね、こんな時間に。 でも日向ちゃんが一番近くて、都合が良かったからさ』
昼間に見えた“未来”の事もあり、彼女の言葉が不穏に思えて仕方がない。
もしかして、異変に気付いた私に消しに来たとか……。
いや、それなら何も言わずに襲い掛かればいいはずだ。
なら、何を……。
『今日ね、夕方頃からかな? 朝方は優愛ちゃん達と居たんだけど、急に“呼ばれて”、そっちに行ったら、私……なんかおかしくなっちゃってね?』
いつもの笑みを浮かべた彼女……の様にも見えるが、どこか違う。
明らかに戸惑っているというか、怯えている様な色が見える。
まるでオドオドしていた昔の自分自身を見ている様な、そんな感覚に襲われた。
『あの、だからね。 えっと……ごめん、要点だけ話すね? 先生を、どうにか呼び出してもらえないかな? 出来れば、巡と俊には気づかれない方針で。 一花ちゃんでもよかったんだけど、彼女だともしかしたら“見えない”可能性があったから』
見えない可能性がある、とはどういう事なんだろうか。
今私の目には彼女がしっかりと写っているし、普段通りで考えれば一花にだって見えない事はないと思うのだが……。
いまいち話の流れが掴めないな。
「えっと、草加先生を呼び出せばいいんですか? それは、どういった理由で」
流石に何の理由も無しに、先生とは言え男性を夜に呼び出すというのはハードルが高い。
せめて、理由を教えてもらいたい所なのだが……。
『日向! 無事!? どうしたの!?』
なんて事をやっている内に、電話を掛けっぱなしにしていたスマホから一花の声が響く。
茜さんを見つけたらすぐに連絡しろ、と言われたから電話を掛けたが……この状況、どう説明しよう。
「えっと、一花? とりあえず大丈夫。 それから、茜さんがウチに来てるよ」
とにかく相手を落ち着かせようと声を上げてみるものの、電話越しに息を呑むような声が聞こえて来た。
タイミング的に、余計不安を煽ってしまったかもしれない。
恐る恐る茜さんに視線を戻せば、コレと言って怒っている雰囲気は無い。
というか、苦笑いを浮かべながら微笑んでいる。
『とにかく、徹先輩が今そっちに向かってるから! 私もすぐ行くから!』
え、徹先輩が来るのか。
家族はまだ帰って来てないから良いが……着替えた方が良いかな?
もう寝間着なんですけど。
『一花ちゃん、大丈夫だよ。 私は“まだ”平気、日向ちゃんにはちょっとしたお願いをしに来ただけだから』
私がオロオロしている内に、茜さんが受け答えを始める。
電話越しでも一花に“上位種”の声が届くのか、何て不安もあったがどうやら問題ないらしい。
落ち着いた声を上げる茜さんとは対照的に、一花はやけに低い声を洩らす。
『日向を、どうするつもりですか?』
『どうもしない、ただお願いをするだけ。 “どうにか出来る内に”対処してもらおうとしてるだけだよ』
一花の質問に対して茜さんは答えるが、どうにも正確な答えが返ってこない。
結局、彼女は草加先生を呼んでくれと言っただけ。
その結果何が起きるのか、何がしたいのかを明確にはしていない。
普段から謎の多い人だけど、こうも遠回しな言い方をされては不信感ばかりが募っていくというものだ。
「えっと、話が見えないんですけど。 結局、茜さんは何が望みなんですか? 先生に何をお願いするつもりなんですか?」
結局は、ソコを聞かなければ行動に移せない。
昼間の件もあるのだ、コレばかりは慎重になってもおかしくないだろう。
『私の望みは家族を悲しませない事、だよ。 ずっと昔からね。 でも、今のままじゃ私自身が二人を苦しませる原因になりそうなの。 だから、先生にお願いしようかなって』
どこか乾いた様な表情で、彼女は笑みを溢した。
何だろう、凄く嫌な感じがする。
茜さんの今の笑顔、凄く嫌だ。
「何を、お願いしようとしてるんですか?」
まるで全部諦めたみたいな、希望なんて欠片も抱いていないその表情。
思った通りに言葉にするのであれば、どこまでも空っぽの笑顔だった。
『祓ってもらうんだよ、“コレ以上”おかしくならない内に。 日向ちゃんなら視えたんじゃないかな? 昼間、私が君たちに何をしようとしたのか』
「っ!」
私が見たあの光景は、やはり見間違いでも何でもなかったのだろう。
出来れば、何かの間違いであって欲しかったが……。
『私はね、ちょっと特殊な“上位種”なんだ。 他とは違う、“八咫烏”のおかげで正気を保ってるの』
「正気を、ですか?」
『そう、正気。 幽霊になってみると分かるんだけどね、“想い”の少ない個体っていうのは、すぐ消えちゃうんだ。 だから“こちら側”に残っている幽霊っていうのは、大なり小なり強い“想い”や“願い”を抱いている』
“消える”というのは成仏するという事なのか、それとも文字通りの意味なのか。
それは分からないが、“こちら側”に残っている個体に必要とされるソレ。
私の想像がいきすぎているだけなのかもしれないが、その“言葉”には嫌なイメージしか湧かなかった。
『表情からするに、大体察したかな? 幽霊っていうのは人の残した“呪い”であり、その強弱を決めるのは“想い”の強さ。 長く彷徨い、力を付ければ自我を取り戻す事はあるけど。 弱い個体っていうのは“呪い”という力だけを残して、この世を彷徨い続ける自我を失った存在。 本能的な行動しかとれない、自我の無い“呪い”の塊。 それを皆は“雑魚”と呼んでるんだよ』
言っている事は大体分かる、と思う。
“雑魚”は生前の“想い”を引きずって彷徨い、その願いが強ければ強い程個体としては強者となる。
この時点で、幽霊としてのスタート地点が皆同じではない訳だ。
しかし他者の引きずった“想い”を糧に強くなる者もいる。
それが“なりかけ”であったり、私達が遭遇した“上位種”であったりする訳だ。
そしてソコへ到達できないモノは“雑魚”として彷徨い続け、“呪い”というエネルギーの塊に過ぎない……みたいな感じの解釈で良いのだろうか?
“上位種”や、今回関わって居る“呪い”を使う生者にとって、カレらは餌でしかない。
とはいえ分からないのが自我の有無。
明確な基準なんて無いだろうから何とも言えないが……“上位種”に近づくほど自我が戻り、人間らしく、もしくは生前の様に振る舞える。
という事なのだろうが……では何故“上位種”である筈の茜さんが、今更ソコを心配するんだ?
特殊な“上位種”、とは?
『私は元々強い怪異じゃないんだよ、それこそ“雑魚”の中でも底辺に近いかもしれない。 でも“上位種”として、未だ存在している。 それは“八咫烏”との主従関係があるから、アレに餌を与えてもらって私は現世に残っている状態なの』
「えっと……?」
であるのなら、何が問題なのだろうか?
“八咫烏”がこちら側、黒家君の味方である以上心配はいらない様な……。
『簡単に言うとね? “神様”なんて呼ばれている連中は、凄く自由気ままなんだよ。 今まで救ってきた人間も、飽きればすぐに捨てちゃうし、もっと面白そうなモノを見つければソッチに飛びつく。 “上位種”だってその領域に足を踏み込んでいる存在ではあるんだけど、でも“八咫烏”や、“九尾の狐”とは決定的な違いがある。 それが何かわかる?』
妖怪、神様。
そんな風に呼ばれているカレらと、オカ研の詳しい関係は良く知らない。
でも、聞いた話では先輩達を救ってくれた。
ピンチの時に助けてくれた存在だと聞かされていた。
だからこそ、あまりピンと来ない。
来ないが、彼女の言っている事が着々と脳内に記憶されていく。
だからこそ、自然に口が動いた。
「人の“想いや願い”から生まれた、偶像的な存在。 存在としては同じモノでも、根本が違う……」
『そう。 いくら人語を理解して、人に寄り添っても……カレらは“元人間”ではない。 動物だったり、“無”そのものであったり。 だからこそ、本能に従う個体の方が多い。 餌を与えれば寄ってくるし、刺激が無ければ飽きてしまう。 そんな制御の難しい存在なんだよ』
その言葉を聞いて、何故か分からないけど背筋が冷えた。
そんなの、飼いならしておけると考える方がどうかしている。
必勝の手札として傍に置いていた筈が、「向こうの方が面白そうだから」なんて理由で相手に寝返ったりしてみろ。
状況は最悪どころではない。
常に爆弾を抱えて相手に挑んでいる様なモノだ。
そして今回の相手、“東坂縁”。
もしも、彼の元にどちらかの神様が移ってしまったのなら……。
『“獣憑き”の危うさは分かりました。 でも、ソレと茜さんの今の状況がどう繋がってくるんですか? まさか“八咫烏”が私達に飽きちゃって、茜さんを使って全員殺してみよう。 みたいな遊びを始めた訳じゃないですよね?』
手元のスマホから、一花の声が響く。
その声は明らかに嫌悪感に満ちており、警戒していた。
『そこまでの状況ではないよ。 でも、飽きたって意味ではあってる。 今までは先生から始まり、彼に関りのあった巡。 その姉である私、そして最後に弟の俊。 そういう順に手を貸してくれたけど、ここに来て連鎖が途切れた。 つまり停滞しちゃったんだよ。 “八咫烏”は導く神。 迷い、その先を強く望んでいる人間に手を貸すの』
先生達のその辺の詳しい話は、あまり聞かされていない。
関りがあった、という事くらいは知っているが……。
『停滞って……今でも黒家君に憑いて、色々と動き回っているじゃないですか! それでも駄目なんですか!?』
一花が悲痛な声を上げるが、返って来たのは乾いた笑み。
『“上位種”が“雑魚”を食べるなんて、ただの作業なんだよ。 カレらが求めているのは娯楽。 長い年月を生きるカレらは、何よりも楽しむ事に飢えている。 人の生き死にや、人が葛藤、奮闘する様。 そういうモノが見たいんだよ……そして、今一番手近にある厄災は』
「東坂縁の……呪い」
思わず、二人の会話に口を挟んでしまった。
とはいえ、独り言の様に呟いただけだが。
『その通り。 しかも“八咫烏”はどこかの狐と違って、普通の娯楽を知らない。 導くばかりで、人に憑いた事がほとんど無いらしいからね。 だからこそ新しいオモチャを見つけた時、古い玩具に興味を失うのも早いって訳。 つまり』
「黒家君はもちろん、茜さんにも飽き始めている……とか?」
『ご名答。 むしろもう半分以上投げ出してるかな? 私は今“上位種”でありながら“願い”の弱い存在。 つまり“自我”を失って暴れまわる妖怪になりかけてるって訳』
だからこそ草加先生、という訳か。
彼を呼んで、祓ってもらって。
周りに被害が出ない内に、ひっそりと一人で居なくなるつもりなのだ。
身内の二人にも知られずに、本当にいつの間にか居なくなった風を装って。
確かに彼女の言っている事は分かった、どうしたいのかも理解した。
でも、良いのだろうか?
黒家君達に何の相談もなしに、彼女という存在を“殺して”しまって。
本当に、コレが正解なのだろうか?
なんて、答えのない悩みをグルグルと巡らせている時だった。
『だから、早めに先生に祓って……――祓っテ、センセ――』
突然、茜さんが壊れたラジオの様な音声を上げ始め、動きもブリキの人形の様なぎこちないモノに変わった。
そして次第に瞳の光も失われ、真っ黒い眼球がこちらをギョロリと睨む。
あ、コレ……不味い。
『お願イ、早ク』
そう言った彼女は、昼間“未来視”で視た様な形相で、私に向かって飛び掛かって来たのであった。





