夏
2部4章開始です。
小さな、本当に小さな棺の前で幼い女の子が泣き叫んでいた。
彼女の肩を、両親が黙ったまま抱いている。
その光景を見た瞬間、あぁ……またこの夢か。
なんて、乾いた感想が浮かんできた。
この光景を目にするのは、もう何度目だろうか。
胸に抱くのは幼馴染のくれたお札。
「大事な人とまた会えるようになるお札だって言ってた」
今見ればノートの切れ端にミミズがのたくった様に見えるソレを、この時の私は後生大事に抱きしめながら泣いていたのだ。
彼の言った事を信じて、そして目の前の別れが永遠のモノではないと願って。
私は、ごちゃごちゃになった感情を胸に泣き続けたのであった。
事の発端は数日前。
私は父と共にいつもの様に入院中の母の元へ向かった。
別に病気だったり、怪我をした訳じゃない。
向かうのは産婦人科。
もうすぐ私に弟が出来るのだと、毎日今か今かと心待ちにしていたのを覚えている。
学校の友達には皆に自慢した。
私はお姉ちゃんになるんだって、そう言って回った。
女の子の友人たちは特に羨ましいと言ってくれた気がする。
皆が皆、私を祝福してくれた。
だと言うのに。
「今までは順調でした。 しかし本日の検査で……赤ちゃんの心音が聞こえないんです」
珍しく診察室に呼ばれた私達は、お医者さんからそんな言葉を聞かされた。
しんおんって何? 今までは順調“でした”ってどういう事?
ひたすらに混乱した。
当時の私には、出産というものがいかに大変な出来事なのかという知識が足りなかった。
父からは「良い子にしていれば、しっかりした弟が生れてくる」と言われた。
母からは「ちゃんとお父さんの言う事を聞いて、元気に過ごせば良いお姉ちゃんになれる」と言われてきた。
だからこそ頑張ったのだ。
入院中の母に変わり、家の事を手伝ったり。
学校でもたくさん勉強を頑張って、テストでも良い点をいっぱい取った。
でも、足りなかったのだろうか?
私のせいで、弟は生まれて来れなかったのだろうか?
悲しさやら申し訳なさやら色んなモノが交じり合って、気づいた時には病院を飛び出した。
私がもっと良い子にしていれば、私が悪い子だから神様が弟に罰を与えたんだ。
そんな事ばかり考え、私はひたすらに足を動かしていた。
とは言え幼い子供の暴走。
無我夢中で走ったからとはいえ、あてもなく闊歩できる訳もなく。
気づいた時には我が家の玄関の前で荒い息をあげていた。
「優愛?」
夕焼けに染まった景色の中、後ろから声を掛けて来た男の子の声。
それは良く知る、とても身近に感じられる声。
近所に住む、幼馴染の男の子だった。
「どうした? 何かあった?」
彼は私の様子に違和感を抱いた様で、どこか慌てた様子で肩を掴んだ。
正直に言えば、今の顔なんて見せたくなかった。
どんな顔をしているのか、わかったものじゃない。
泣き腫らしているのか、それとも怒気に塗れているのか。
自分自身でさえ分からない顔のまま、無理矢理相手の方へと顔を向けさせられてしまう。
だめだ、こんな顔。
彼にだって嫌われてしまう。
「……何があった?」
顔を見られて思わず俯いてしまった私に、彼は再び同じ質問を繰り返してきた。
なんて言えばいいんだろう。
当時の幼かった私は、様々な事が怖くなっていた。
彼に今起こっている事を話してしまっていいのだろうか? 両親に怒られたりしないだろうか?
そもそも周囲に弟の存在を言いふらしていたのは私だ。
明日から嘘つき呼ばわりされたりしないだろうか?
頭の中で答えの無い問答がグルグルと回るが、結局は大事な存在が急に居なくなってしまった喪失感の方が大きかった。
私は、どうすればいいんだろうか?
「いい、無理なら言わなくていい。 でも泣きたいなら泣け、我慢すんな馬鹿」
そんな中、彼は何も聞かずに抱きしめてくれた。
私の顔を見ない様に肩ごしに顔をやり、背中には手が回される。
「お前は馬鹿なんだから、困ったら俺を頼れよ。 絶対なんとかしてやるから」
励ますような言葉をかけ続ける彼に、ごちゃごちゃの脳内がスッと軽くなっていった。
多分、依存に近い感情を抱いていていたのだろう。
この人なら大丈夫、彼なら受け入れてくれる。
そう思った瞬間、大粒の涙と共に言葉が漏れ始めた。
「……あの、ねっ。 お、弟が――」
「うん」
「うまれ……生まれて、来れないんだって……お医者さんが、そう言って……」
過呼吸でも起きるのではないかと言う程荒い息を繰り返しながら、私は言葉を紡いだ。
自身の想い、後悔、更には不安や絶望さえも。
その間彼は私を抱きしめ続け、話が終わるのを待っていてくれた。
そして。
「……俺が何とかする。 もう一回やり直す事は出来ないかもしれないけど、絶対何とかするから」
そう言って、彼はもう一度私を強く抱きしめたのであった。
――――
随分と懐かしい夢を見ていた気がする。
前回の依頼が依頼だったからなのか、余計に感化されてしまったのかもしれない。
はぁ……と大きなため息を溢してから、ボーっとした頭のままベッドから起き上がった。
何をしようと変わらない過去、もう戻って来ない家族。
そして泣きわめく私を慰め続けてくれた、当時のアイツ。
「あの頃は格好良かったのになぁ……」
「へぇ、どこの誰のお話なのか凄く気になるね」
「はぁっ!?」
ボソッと独り言を溢したつもりだったのに、何故か返事が返ってきてしまった。
昨夜誰かを家に泊めた記憶はない。
だからこそこんな事あり得ないはずだったのだが……
「おはよう優愛ちゃん、お邪魔してまーす」
慌てて振り返って見れば、そこには黒セーラーの幽霊がふわふわと浮かんでおられた。
不法侵入……いや、幽霊だから関係ないのかな……
でも本気でビビるので今後は止めて頂きたい。
「おはようございます茜さん……マジで勘弁してください」
朝から疲れた声を上げる私を見て、ケラケラと笑い声を上げる茜さん。
最近見てなかった気がするけど、全然健在でしたね。
心配とかするだけ無駄でしたねハイ。
「いやぁ、人肌恋しい季節になってしまったからねぇ。 夜に一人寂しく深夜徘徊するのも飽きてしまったのですよ」
「めっちゃ夏ですよね、人肌恋しい季節まだまだ先ですよね? あと普段深夜徘徊してたんですか、ビックリですよ」
「あ、私幽霊だしくっ付いて寝たら涼しいかもよ? 試してみる?」
「ナチュラルに憑りつこうとするの止めてもらっていいですかね?」
もはや朝のテンションとは思えぬ会話を繰り広げながら、再びため息を溢して壁に掛けてあった制服を手に取った。
思いっ切りこれから着替えるぞって雰囲気出しているというのに、茜さん出ていく気配まるでないし。
まぁいいけどさ、この人眠らないから基本こんなテンションなのかな。
「にしても、急にどうしたんですか? ウチに来るなんて初めてじゃないですか。 お家の方はいいんですか?」
制服に袖を通しながら質問を投げかければ、空中で無駄にくるくる回転している茜さんが「ん?」と不思議そうな声を上げた。
何でもいいけど、この人空中浮遊している時なんでいつも何かしらアクションしているんだろう。
「私基本家には帰ってないよ? たまに遊びに行くけど」
「いやいや帰りましょうよ。 反抗期の家出娘じゃないんですから」
これまた呆れた声を返すが、当の本人は少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべてこちらへと漂ってきた。
顔はアレだが光景がシュール過ぎて反応に困る。
「私が“こっち側”に居る事自体が“普通”ではないからね。 今の私に慣れ過ぎて、ある日突然いなくなっちゃったら、また嫌な思いさせちゃかなって。 それに二人共大きくなったからさ、私だけ取り残されちゃうって考えるとどうしてもねぇ……」
なははーなんて、無理した笑顔で笑う茜さんが空中を漂ってくる。
どうしよう、まさかこんなマジな答えが返ってくるとは思ってもみなかったので、どう反応して良いのやら。
とかなんとか考えながら固まっていると、茜さんはニヤッと口元を吊り上げながら私の前まで流れて来た。
「こんな事まで真剣に悩んじゃう優愛ちゃんは良い子ですなぁ……気にしない気にしない。 結局は他人の家の事情ですから」
なんていうモノの、やはり聞いてしまったからには意識してしまう訳で。
どうしても表情に影が落ちてしまう。
この人は“もう居ない人なんだ”と改めて認識させられるのと、私達の活動はこういう人さえも“見えない”様にする為の部活なんだと考えると……ちょっとだけ辛い。
「全くもぉ……見た目と下着の色に反して真面目ちゃんだねぇ、優愛ちゃん」
「今下着の色って関係ありますかね?」
「そりゃあるでしょ、誰が見てもグッと来そうな形な上。 ちょっと薄いピン――」
「はい、ちょっと黙ってもらっていいですか?」
センチメンタルな気分の時にする話ではないな、うん。
というかこの人、何で人の着替えを実況しているのだろう。
いっつものこの調子だから、この人が真面目な話をする時って反応に困るんだよ……
はぁ、と大きなため息を一つ溢してから制服に袖を通す。
姿見に映る私はいつも通りだ。
よし、あとは化粧と髪を整えるだけ――
「ちなみにさ、優愛ちゃんは何か学校に用事でもあるの? 今日から夏休みだけど。 あっ、もし鶴弥ちゃんと会う予定があるなら、学校で音叉のメンテ止めてって言っておいて? アレやられると私近づけないんだよねぇ~。 狐と烏と違って、貧弱な上位種なもんで」
「……今何て?」
「ん? だから私は九尾の狐とか八咫烏と違って、鶴弥ちゃんの結界は――」
「そっちは後で言っておきます。 そういえば、もう夏休みでしたね……」
最近部活が忙しかったり、色々と悩む事も多かったせいか……完全にボケていた。
そういえば昨日終業式やったね。
色んな事を考えながらボケッと突っ立っていただけだから、ほとんど記憶に残って居なかった。
本来なら夏休みだぁー! って喜ぶ所なんだけど……どうしよ。
「優愛ー? 起きてるー?」
部屋の外から母親の声が聞こえた瞬間、スンッと茜さんが静かになる。
間違っても姿が見られることの無いように、周りに対する意思を薄めた……と言っていいのだろうか。
多分そんな感じだろう、上位種は両者共に意識を向けてしまえば“見えてしまう”事が多いらしいし。
例えソレが、本来は見えない筈の私の様な人間でも。
なんて事をやっている内に扉は開き、母が覗き込む様に顔を出した。
「あら? 今日も学校に行く用事があるの? お父さんがご飯食べたらプールに行こうって騒いでるんだけど」
「あーうん、プールね。 うん、行く。 暑いし」
普通の高校生なら、まぁ年頃な訳ですし? 両親とプールとか断りそうなモノだが。
ウチの家系では結構普通なのだ。
むしろ子供の夏休みを一番喜ぶのは両親だったりする。
「学校の方は良いの?」
「うん、寝ぼけてただけ。 着替えてから降りるね」
後ろからブッ! と何か吹き出す様な声が聞こえた気がするが、今は無視しよう。
「あ、じゃぁ徹君も誘いなさいな。 久しぶりに会いたいし、今一人暮らしなんでしょ?」
せっかくだし、みたいな感じ同級生の男の子プールに誘いますかね普通。
とかなんとか思ったりしない事もないが、昔から近所に住んでいた事もあり、メガネ君に対してウチの両親の警戒指数は非常に低い。
まぁ別にいいけど、本人が来るって言うかなぁ……アイツ今は普段から陰キャに徹してるし。
なんて事を考えているのが顔に出たのか、母は苦笑いを浮かべながらヒラヒラと手を振った。
「ま、連絡してみなさいな。 それじゃ早めに降りてきてね? ご飯冷めちゃうわよ?」
「はーい」
短い会話を終え、扉が閉まると同時に飛び出してくる幽霊が一匹。
空中をクロールしながら私の前まで泳いできた。
「私も行きたい!」
「あ、はい。 どうぞ……」
この人セーラー服で泳ぐつもりなんだろうか?
まぁその辺りは本人の好きにさせよう。
また一つため息を溢してから、私は枕元に転がっていたスマホを手に取った。
こんな内容のメール、アイツはどう思うんだろうか?
適当に文章を作ってすぐさま送信する。
返事が返って来なかったり、拒否されるならそれでいいさ。
アイツだってお年頃だし、同級生の家族とお出かけなんて、学校の人に見られたら何を言われるかわかったもんじゃ……
――ピコンッ。
『行く』
夏休み初日の予定は、こうして朝から決定したのであった。





