悪夢の残り火
ちょっとした番外編的なモノ。
次から高校生組の話に戻ります。
予定では2部最終章となります。
大学のキャンパスライフ、なんて言えば随分聞こえは良い。
というか、そんな言葉を使えば十中八九青春を謳歌しているように聞こえるであろう。
確かにそういうのにも、憧れはあった。
昔の私には送る事の出来ない筈の日々。
以前の“呪い”を掛けられた状態の私の残り時間を考えれば、大学に進む事すら叶わぬ夢だったのだから。
しかしなんだかんだと色々あって、今の私は普通の人と同じように歳をとっていける様になった訳だ。
だからこそこうして平穏な日々を送っている。
とはいっても。
「いざ入学してみれば割と普通というか、何というか……オカ研の部室に行きたい……」
はぁ、と大きなため息を吐きながらベンチに腰を下ろす。
大学とは便利なモノで、校内にコンビニやらカフェやら、高校の時では想像できない程様々なモノが揃っている。
もはやここで生活しても、困るのは娯楽くらいだろうか……なんて思えてしまう程、毎日を送るのに不便というものを感じない。
そんな中でも何か悪い点を上げよと言われるなら……高校の時に比べて、周りがあまりにも“他人”だという点だろうか。
高校の時の様にクラスなんてものはなく、サークル活動などをしない限り友人を作る機会など皆無に等しい。
同じ授業を選んでいる人たちも居ない訳ではないので、コミュ力さえあればどうにかなるのかもしれないが……言わずもがな、私には不可能だった。
まぁ私の場合昔からぼっち率が高かったので、そこまで気にする事もないのかもしれないが。
とはいえやはり、完全に他人という認識の人たちの中に居るというのは居心地が良くないモノで……
「はぁ……夏美おっそ」
カフェで購入してきたコーヒーをちびちびと口に運びながら、ぼーっと周りに視線を投げる。
多くの人が行き交い、たまに珍しいモノでも見つけたかのような視線をこちらに向けてくる生徒達。
なんだよ見るなよ、そんなにぼっち学生が珍しいか。
なんて逆恨みにも等しい感情を抱きながら、ぼけーって過ごしていると。
「わっ!」
とかいう声と共に、急に後ろから肩を捕まれた。
現在大学で新しい友人など作った記憶はないので、こんな事をしてくる人物は一人しか居ない。
「わービックリしたー、心臓止まるかとオモッター」
「そこまであからさまに棒読みされると、やった側が空しくなってくるね」
「ならやらないで下さい、というかコーヒー片手に持ってるんだから危ないでしょうが」
へーい、なんてやる気の無い返事をしながら夏美が隣に腰を下ろす。
今の所大学生活において唯一の友人。
誰と一緒に居る時間が一番長いかと言われれば、間違いなく彼女だろう。
たまに講義が別れたりしても、その後大概はこうして集合する事が多い。
「巡はもう夏休みの予定とか決めた?」
そんな質問を投げかけながら、人のコーヒーを「一口ちょーだい」とか言って奪っていく。
まあいつもの事だから別にいいけどさ。
「コレと言って特には。 とはいえ、予定の一つでも入れて置かないと暇になりそうなんですよねぇ」
「大学の夏休みって長いよねぇ。 ビックリしちゃった」
高校の時と比べれば倍、とまでは言わないが、それくらいに長い夏季休暇。
バイトをしながらであればそれなりに時間は潰せるだろうが、どうしたって暇は出来てしまうだろう。
先生の所に行こうにも、本人は仕事に行ってしまうのだから結局時間が空いてしまう訳だ。
「夏美はむしろ忙しいんじゃないですか? 随分と友人も出来たみたいですし」
ちょっと嫌味っぽくそんな台詞を吐けば、本人は「うーん」と唸りながら首を傾けてしまう。
私と違って、やけに高いコミュ力を持っている夏美は、随分と多くの人に囲まれるようになった。
高校時代も“オカ研”に来るようになってからは明るくなり、クラスでも随分と人気者だったし。
それもあって大学の友人からも旧友からも、お誘いの一つや二つ彼女ならあるのだろうと予想していたのだが……
「なんというか、皆こう……普通の遊びのお誘いとかなら嬉しいんだけどね? 男女混合で海に行こうとかさ、合コンしようとか、そんなのばっかりでほとんど断っちゃった」
「夏らしい青春を求めている方々からすれば、確実に嫌われる台詞ですねソレは」
「巡も一緒に来てくれるなら行くよ?」
「行く訳ないじゃないですか」
「でっすよねぇ」
とかなんとか、意味も無い会話を繰り広げ、二人してため息を溢す。
夏美も夏美で、違う意味で苦労している様だ。
「ま、お互い苦労しますね」
「だぁね。 とりあえずスーパー行こうよ、今日は鍋が食べたいって言ってたし」
「このクソ暑いのに……鍋。 あの人の考える事は良く分かりませんね」
呆れたため息を今一度溢しながら、私達は立ち上がった。
環境は変わっても、私達の基本的な生活はあまり変化がない。
学校へ行って勉強して、その後は先生の所へ行って、家に帰る。
毎日という訳では無いが、これが私の繰り返している“普通”の生活。
そんな私を見て、相方は苦笑いというか、諦めた様な笑みを溢していたのだった。
――――
「食材は、まぁ~これだけ在れば足りるでしょ」
「切って煮るだけ……それなら私にも出来そうです」
「えっと、味付け云々もあるからね?」
やけに呆れた顔の夏美から半目を向けられながら、二人して袋いっぱいの荷物を両手に持ち、夕日の映える帰り道を歩いていく。
コレと言って特徴もない片田舎……とまでは行かなくとも、都会という訳でもないこの地域。
栄えている場所もあれば、畑が広がるような場所さえある。
そんな中途半端な地域の土手の上を、私達は歩いている。
早い所バイクか車か購入してしまえば、随分と移動が楽になるのに……なんて事を考えながら歩いていると。
「巡、ストップ」
隣を歩いていた筈の夏美が、急に鋭い声を上げて私の正面に回った。
彼女がこんな行動を取る瞬間は、大抵ろくな事ではない。
「またですか……何か最近多いですね。 夏美、荷物をこちらへ」
「ん」
正面を睨んだままの彼女から、後ろ手に買い物袋を受け取った。
山盛りの食材が入った袋を4つも持てば、結構な重量な訳だが……今はそんな事も言っていられない。
両手いっぱいどころか、重量過多気味な荷物に苦しみながら、私も夏美と同じ方向を睨んだ。
そこには……
「“くねくね”……という訳では無さそうですね。 無駄に数が多い。 夏美、貴女の“眼”にはどう見えますか?」
一見かの有名な都市伝説、“くねくね”という奴に見えなくもない。
確か畑とかにクネクネと動く不思議な物体。
かの姿を見てしまうと精神に異常が出るとか、新たな“くねくね”に変わってしまうとか。
そんなモノと見間違う程のソレは、私達の行く先に立ちふさがる様にして揺れ動いていた。
その姿は真っ白で、右にゆらゆら左にゆらゆら。
だというのに、足を固定されているのかという程、その場から動こうとはしない。
私にも姿が見える……というよりかは、“雑魚”とは違う形に見える事から上位種?
とは言え、コレばかりは“感覚”を失った私には判断しかねる状況だったが。
「なんて言えばいいのかな……真っ白い人型がウネウネ動いてるんだけど、首から紐? みたいなものが同じ方向に向かって伸びてる。 途中で消えちゃってるから、その先までは分からないけど」
紐? 以前何処かで見た様な“首縄”みたいなものだろうか?
私にはそんな物見えないが、夏美の“眼”にはどこかへ繋がれている様に見えるらしい。
「だとすると“上位種”に関わる何か、でしょうか。 私にも姿形が見える事から“なりかけ”という線も薄いように思えるんですが」
「ううん、アレは――」
『“贄”じゃ。 貴様らの言う所の“雑魚”に等しいが、放っておけば後で厄介な事になり得るぞ』
言葉の途中で耳と尻尾を生やし、銀色に変わる夏美。
思わず目を見開いてしまった。
こんな人目につきそうな所で何やってんだ、この馬鹿狐は。
なんて事を思いながら周囲に視線を向ければ……
『乳娘、貴様また我を馬鹿にしたな? 気配で分かるぞ。 我とて現代を生きておるのだ、人目を避けぬうつけ者は違うわ』
「どこかの喫茶店では平気で姿を現してましたよね? ポンコツ神様」
『……いつだって例外というモノはあるのじゃ!』
とかなんとか、自信満々なコンちゃんはいいとして。
周囲に人の気配が全くないのだ。
近くに人が居ない、とかそういうレベルではなく。
遠くに見える道路にも、車の類が走っている様にも見えない。
そして何より、空が赤いのだ。
夕焼けに似てはいるが、異常に赤黒い。
ここはまさか……
「いつの間に……というか“上位種”が居ないのに“迷界”なんて」
『いつの世も“例外”は存在する。 特に、半端者というのはそう言った現象を生みやすいモノよ。 ソレが褒められる事であれば良かったんじゃが、のっ!』
それだけ言い放ってから、“九尾の狐”と化した夏美が踏み込んだ……と思った次の瞬間には相手のすぐ隣まで接近しているのだ。
やはり“狐憑き”というのはとんでもない。
『どこのうつけに捕らわれているのかは知らんが、我の前に姿を現した事を後悔するがいい! 貴様らが餌だと判断した小娘は、神を卸しておるぞ!』
“迷界”に迷い込んでいると分かった途端、この暴れ様である。
白い集団の中心に踏み込んだかと思えば、悪い笑みを浮かべて両足を振り回して怪異を殲滅しておられる。
最近派手な戦闘が無かったからストレスでも溜まっているのだろうか?
「この調子なら数分と掛からず終わりますね……心配するだけ無駄でしたか」
ため息を溢しながら、無双状態で暴れまわる夏美に視線を向けていると。
『――懐かしいのぉ、若い娘っ子はやはり元気が無くてはなぁ。 “向こう側”からお呼ばれしてしまった以上、楽しむとするかの』
「っ!?」
枯れた様なしゃがれ声が、すぐ後ろから聞こえて来た。
その声が鼓膜を震わせた瞬間、ゾッと背筋が冷たくなるようなこの感覚。
――この声を、私は知っている。
思わずバッ! と音がしそうな程の勢いで距離を取りながら、振り返ったその先に居たのは……
「……人魂?」
予想した“アノ”姿はなく、ただただユラユラと白い炎が燃えていた。
今まで散々幽霊だの化け物は見て来たが、こんなにもお化けっぽい物体を目にしたのは初めてだ。
コンちゃんの放つ狐火よりも、ずっと“怪異”っぽいと言えばいいのだろうか?
絵に描いた様な“人魂”が、さっきまで私が居た場所に漂っていた。
『娘、時を見誤るなよ? そうすれば、貴様の願いは叶うだろうさ。 但しソレは、また業を背負うという事に他ならんがな。 まぁせいぜい儂を楽しませろ』
好き勝手な言葉を吐きながら、人魂はゆっくりとこちらに向かってくる。
コイツは何を言っているんだ? というか、コレは何なんだ?
色々と混乱した頭のまま視線を背後へと向ければ、夏美は未だ好き放題暴れている。
こっちにも倒すべき怪異がいる。
そう知らせようとしても、何故か唇が動いてくれない。
だというのに、“人魂”に対する疑問だけは自然と零れ落ちた。
「貴方は何を言っているのですか? 私の願いなんて、そんなものは――」
『あるだろう? 貴様だけではどうしようもない“願い”が』
怖い。
素直にそう思った。
視線を戻せば、すぐ目の前に迫った“人魂”が揺れている。
『人とは弱い生き物だ。 少しでも力を手にすれば、更に上を求める。 安全の為、守る為。 大義名分は在れど、結局行きつく先は同じよ。 そして今まであった力が失われれば、再び求めざる負えない。 それが“普通”だ。 少なくとも、儂らの様な“忌み子”にとってはな』
「……何を言っているのか、意味が分かりませんね」
キッ! と目の前の人魂を睨めば、そこからは愉快そうな笑い声が聞こえてきた。
聞きたくない。
この声だけは、もう聞くことがないと思っていたのに。
『なぁに、すぐに分かるさ。 なにせお前さん、今……“退屈”じゃろう?』
嘲笑うかの様に響くその声が聞こえた瞬間、心臓が強く脈打ったのが分かった。
ドクンッ! と、鼓膜にまで響いて来たみたいに。
『次に会う時は、もう少し面白い言葉を聞かせておくれ。 儂は、お前程面白いオモチャを見たことがない。 では、また』
そう言って空気に解けていく“人魂”に、思わず慌てて声を掛けた。
何をしているんだろう私は、こんな奴にもう関わりたくもないと思っていたのに。
というか、関わる事なんて金輪際あり得ないと思っていたと言うのに。
「待ちなさい! 貴方は何を言っているんですか! 私の何が分かると言うんですか!」
私の叫び声に、ソイツは嬉しそうに笑いながら答える。
その炎が、まるで“あの時”の姿に見える程の錯覚を覚えながら。
『分かるさ、儂らは同じ穴の狢よ。 求めたモノを手に入れてなお満足出来ぬ、強欲に捕らわれた哀れな人の子。 それを“化け物”と呼んだりもするがのぉ……まぁ良い。 “鬼”に伝えよ、“また会おう”とな』
それだけ言って、“人魂”は完全に姿を消した。
また会おう、だと?
何故“祓った”筈のアイツが、再びこちら側に戻ってきている。
それにアイツの言った言葉。
私は、あんな化け物と同じ存在だという。
もう、訳が分からない……
「ふいぃ、巡お疲れー終わったよー。 “迷界”解除ー」
『あんな雑魚共では肩慣らしにもならんな、どうせならもっとこう……どうした? 娘』
二人、というか一人か。
夏美がいつも通り気の抜けた表情を浮かべながら帰って来た。
そして私の様子を見て、はて? とばかりに首を傾げている。
まさか、気づいていない?
さっきまでココに、あんなものが居たというのに。
「どうかしたの? 巡。 怖い顔して」
「いえ……大丈夫です。 多分、気のせいですから」
それだけ言って、友人に買い物袋の半分を押し付けた。
慌ててソレを受け取った夏美はいつも通りだ、本当に感づいてはいないのだろう。
相談するべきだ。
先生以外で、アレに対等に立ち向かえるのは“九尾の狐”をおいて他にない。
だと言うのに……
――儂らは同じ穴の狢よ。
――今……退屈じゃろ?
その言葉が、頭の中で何度も鳴り響いていた。
「ちょっと落ち着いたら、相談します……」
「ういよ。 待ってまーす」
何ともお気楽な返事を頂いてから、私達は再び歩き始めた。
いつも通りに戻った景色と、空の色を見ながら。
散歩している老人や、ランニングしているおじさん。
少し視線を逸らせば、井戸端会議に華を咲かせる主婦の集まり。
遠くから聞こえてくる車の音や、子供たちの楽しそうな声。
コレが“普通”なのだ。
彼等は皆、“怪異”の事など気にも留めない。
居るか居ないかも分からない存在などに、意識を向けたりはしない。
でも……
「じゃぁ……今の私は、どういう存在なんですかね」
“見える人”ではある、しかしその力はとても弱い。
更に言えば“異能持ち”では無くなってしまったのだ。
だからこそ、カレらを認識しても抗う事は出来ない。
そんな足手まといにしかならない現状に、私は焦れていたのかもしれない。
その心を見透かして、アイツは……
「考えるだけ無駄ですね……あんな変態の言う事、真に受ける方がどうかしてます」
「さっきから何ブツブツ言ってんの? ちょっとキモいよ?」
少し前を歩いていた夏美が、眉を顰めながらこちらを振り返った。
「キモ……って、おいコラ」
「ほら、早く行かないとお肉痛んじゃうし? 独り言うくらいなら、二人で雑談して歩こうよ」
なんて事を言いながら、隣に並んでくる。
コイツはいつもいつも……まぁいいか。
はぁ……と大きなため息を一つ溢してから、私はいつも通りを意識して口を開いた。
「別に、ちょっと気に食わないヤツに会っただけです」
「ほほぉ? それで?」
「後で話します」
「またそれか……まぁいいけどさ」
大丈夫、私には頼もしい友人達が居るんだ。
アイツみたいにはならない。
そしてこの事は、もう少し気持ちが落ち着いたら話そう。
出来れば、“皆”が揃っている時に。
本当に本人かどうか、もし本人だったとしても、当時の力があるのかどうかさえ分からないのだから。
まあ、何はともあれ。
「何度蘇っても叩き潰せばいいだけの話です」
小さくそう呟いてから、私は口元が吊り上がるのを肌で感じていた。





