生きていく
お待たせしました、更新が大変遅くなりました。
こちらのお話で2部3章は終了となります。
最後にお知らせがあります。
「時間が経って、少しは落ち着きましたか?」
数日後、件の神社に私と渋谷さんは訪れていた。
目の前には小さなお地蔵様。
そしてその前で静かに手を合わせる冬華さんの姿。
事情を聴き、その“本人”と関わった後では余り気分のいい光景ではないが。
「……うん、もう大丈夫。 今では事故を起こした後の手続きとか、相手の賠償とか色々大変だなぁって思うくらいには落ち着いている」
そう言いながら、彼女は頭を上げてこちらに向き直った。
多分、全部を全部割り切れた訳では無いのだろう。
彼女の目元にはクマが出来ていて、ろくに眠れていない事が聞かずともわかる。
それも仕方のない事だ。
この人にとって、自身の子供を2度死なせてしまった様な事例。
“普通”であれば1度で済んだはずの別れを、“こちら側”に関わったがゆえに繰り返えさせてしまった。
経験がないので何とも言えないが、相当辛い想いをしたのだろう。
“生きた人間”が同じく生者に対して、あそこまで取り乱した姿……思わず「殺してやる」なんて言ってしまう程の錯乱状態。
多分私は、そんな人を初めて見たと思う。
それくらいに大事な存在だったのだろう、掛け替えのない存在だったのだろう。
多分これは、体験した事がある人にしか分からない感情だ。
正義感やら偽善やらを持ち込んで語っていい内容ではない。
私だって大切な人を奪われ、再度目の前で殺される場面など見せられたら……相手にどんな言葉を掛けるか分かったモノではない。
それでも、彼女は今笑っていた。
「そんな顔しないでよ。 もう大丈夫だから、むしろ今ではもう一回会えて幸運だったとさえ思ってる。 私は、あの子の声をちゃんと聴いたのは初めてだった訳だし」
そう言いながら、目の前のお地蔵様を撫でる。
でも、彼女は“あの子”と言った。
目の前で眠って居るはずの“この子”ではなく。
そんな事を思った私の表情を見て、苦笑いを溢す冬華さん。
「やっぱり君は鋭いね、何となく言いたい事が分かるよ。 この前の出来事……まるで信じられない事のオンパレードだったけど、それでも分かるよ? “あの子”はもうここにはいない。 あの時あの瞬間、“彼”に送ってもらったんだって。 何となくだけど理解出来る。 それもここに来てから分かった事だけどね。 あぁ、前と違って空っぽだなぁって、私にもそう見える」
慈しむかのような口調で、彼女はお地蔵様に視線を送り、そして再び笑みをこちらに向けた。
確かに彼女の言う通り、あの子はもう“こちら側”に居ない。
あの時、俊君の……“獣憑き”の一撃によって強制的に“祓われた”のだ。
本人の心構えを待つことなく、あぁいう手段を用いて眼の前で祓ってしまった事を考えると、些か気まずくもなるが。
「ねぇ、あの男の子は元気? 祓ってくれた、あの男の子」
先程から笑みを溢している彼女だが、少しだけ不安になる。
笑顔というのは、表情の中で一番誤魔化しが効く。
腹の内がどうであれ、無理矢理にでも笑顔は作れてしまうのだ。
俊君は彼女に恨まれる為に、あえて派手な方法で行動していた。
あの時の彼女の様子を見れば、私だって不安になる。
このまま祓ってしまったら、彼女は後を追ってしまうのではないかと。
その場で“怪異”から救い出せても、彼女自身を救えないのではないかという不安が残った。
そうならない為の、あの行動。
汚れ役であり貧乏くじに他ならないが、それでも彼は迷わず前に出た。
彼女は俊君を恨んでいる内は、きっと安直な死を選ぶことは無い。
殺してやりたいと思う程憎んだならなおの事。
そんな役割を部員に任せてしまった私は、歯痒い想いでならないが。
「今でもね、思いだすと辛い。 どんな姿形になっても、我が子は可愛いものだからね。 それを目の前で叩き潰されて、今でも憎いと思う気持ちは残ってる。 けど、それは私の逆恨みであって、我儘だって事はちゃんと理解出来る。 そして彼に救われた事も、頭では理解してる。 だから彼をどうこうしようとは思ってない、それだけは安心して。 むしろ、どう償えばいいか悩んでるくらいだから」
こちらの表情である程度察してくれたのか、口を開く前に釘を刺されてしまった。
私が分かりやすく表情に出ているのか、それとも向こうが一枚上手なのか。
私の表情筋はかなりの割合が息をしていないという自負があるので、多分後者なんだろうけど。
「でもやっぱり気持ち的には、まだ折り合いが付いてなくてさ。 だから、お礼を言っておいて欲しいなって。 直接会ったら、向こうも嫌な気持ちになっちゃうかもしれないし」
「お礼、ですか?」
「うん、助けてくれてありがとうって。 ……なんて、これも逃げなのかな? 正直、直接会う勇気が持てないんだ。 そういう意味では、まだ気持ちの整理がついてないのかもね……あ、というか皆にも言わなくちゃいけないよね。 どうもありがとうございました、助けてくれて、それから……あの子を“祓って”くれて」
そう言って彼女は私達に向かって頭を下げた。
きっと色々な事情を飲み込み、考え、そして至った結果がコレなのだろう。
大人として、母親として。
そして、一人の人間として。
我が子の二度目の“死”に追いやった私達に対して、彼女は頭を下げたのだ。
私には出来るだろうか?
愛する者、たとえそれが“怪異”であったとしても。
その相手が目の前で“殺されて”、それでもその関係者に感謝の言葉など告げられるだろうか?
正直分からない。
この性格だし、そもそも母親になった経験もないし。
だからこそ想像でしかないが、この人は色々な感情を飲み込んで頭を下げているんだと思う。
自分の気持ちを押しこんで、前面に理性を押し出して。
「私は……そんな事を言われる資格はありません。 私が前もって祓わなかったせいで、冬華さんは事故に合い、そしてこんな事態に陥りました。 その後始末も部員に任せて、私はのうのうと平和に過ごしているんです。 本来は私がやるべきだったのに、最低ですよね……」
そういって視線を落せば、正面からはクスクスと笑い声が聞こえて来た。
「私と会ったその時には、もうあの子の存在に気づいていたって事よね? そんな事、言わなければ分からないのに。 随分と大人びた子だと思っていたけど、貴女も不器用なのね」
何やら過大評価を受け取っていたらしい。
残念ながら本来の私はこんなもんだ。
はっきりしなくて、いざという時に決断できなくて。
そしてなにより、誰よりも矢面に立たなければいけない場面で、引っ込んでしまう。
全く持って使えない、それが私だ。
だから彼女の誤解が解けたなら、それはそれで――
「いい母親になると思うわよ?」
「はい?」
この人は、急に何を言い出しているんだろう。
全く持って会話に脈絡がない上に、先程と違い随分と能天気な声だ。
思わず視線を上げれば、そこには満面の笑みがあった。
「私が言っても説得力なんて皆無だろうけど……そうだねぇ。 母は強し、なんて言うじゃない? でも結局は人間な訳よ。 嫌な事だって、やりたくない事だっていっぱいある。 でも貴女は、その“嫌な事”に真っ向から立ち向かう勇気がある。 それに、信頼できる仲間も居るんでしょ? それって本当に大事な事だと思うわよ? 仲間を想い、そして本来貴女とは関係ない私の“心”だって気遣ってくれる。 そんな人が、良い母親にならない訳がないじゃない」
そう言って、彼女は笑った。
「……過大評価が過ぎますよ」
「君は過小評価が過ぎるよ、鶴弥さん」
他人の評価、というものをどこまで受け入れていいのか私には分からない。
でも、こういう人がこんな風に言ってくれるのだ。
もう少し自信を持ってもいいのかな、なんて……少し都合が良すぎるだろうか。
「ホラァ! 二人共、そんな辛気臭い話ばっかりしてないで、ご飯行きましょうよ! ウチお腹空いちゃいました。 あ、ウチらバスで来たんで、冬華さん帰りお願いしていいですか?」
なんて、お気楽な声が背後から響いて来た。
全く、こっちは真面目に話しているというのに……
「貴女という人は……」
「別にいいわよ? 帰りがけに食べていきましょうか。 二人共何が食べたい?」
「あ、いえ。 私達は――」
「ヤター! ウチお好み焼き食べたい!」
「おぉ~いいね、久々に私も食べたいかも」
「いえ、ですから……」
なんやかんや話し合いながら、私達はその場を後にした。
こんな終わり方でいいのか……なんて思いながら駐車場まで歩いていく。
そんな中。
「おやすみ……」
背後を振り返り小さく呟く彼女の言葉を、私は聞こえないふりをした。
生きている限り、思う様にならない事なんて腐るほど出てくる。
でも彼女にとって今回の件は、随分と大きな“節目”になった事だろう。
それが良いものだったのか、悪いモノだったのかは分からないが。
それでも、再びこちらを振り返った彼女の顔は、随分と清々しいモノだったと思う。
――――
「相手方から保険が出るって言ってもねぇ……この車古いし、しかも元々格安中古で走行距離も結構いってる。 そりゃあ、保険が降りる金額も雀の涙程度でしょうねぇ。 むしろ修理代の方が高くなるわぁ……コレ」
「そ、そんなに酷いのか? 何とかならない? もしくは保険料で買えるくらいの新しい車とか……」
「浬ちゃん、アンタねぇ……いつも私がどれだけ苦労して安くても乗れる車捜してきてるか、全くわかってないでしょ。 ガラクタでもいいならいくらでも用意してあげるけど、浬ちゃんが欲しいのは“数年はちゃんと乗れて、安い車”でしょ? ツテやらオークションやらフル活用して捜してあげてんのよ?」
「ほんっっとごめんなさい。 いつも感謝しております」
なんていう声がガレージの中に響き渡っている。
周りのスタッフ達は割と見慣れた光景なのか、苦笑いを浮かべながら二人にチラチラと視線を送っていた。
「……あの二人、まだやってんの? 俊君、そっちの車のタイヤ交換。 いける?」
「あ、はいっ!」
僕の教育係を担当してくれている三上さんが、呆れた視線を向けながらタイヤを担いできた。
天童先輩の紹介で、この店でバイトを始めてから早数か月。
当初はまさか先生がこの店の常連さんで、挙句にはぶっ壊れた愛車を運び込んでくるとは思ってもみなかった。
話を聞けば聞くほど、事故の被害者と加害者が知り合いな気がしてならない。
いや、被害者は目の前に居るんだけどさ。
そして問題の先生の車。
ドイツ製のフレームが丈夫なヤツなので、ぐちゃぐちゃという程ではない。
ないのだが……後方のボディが酷いのと、ノンブレーキで突っ込まれて衝撃が大きかったのだろう、トランクなんかはもはや開いてさえくれない。
更には路駐していた時、ギアをニュートラルのままサイドブレーキだけだったというのも影響したらしく、先生の車は縁石に勢いよく乗り上げたらしい。
その際足回りや駆動系も傷つけたらしく……もはや否応なしに廃車の出来上がりだ。
コレを全部直すとしたら、多分中古車捜した方が早いだろうなぁ……外車ってパーツ高いし。
「この車より安く仕入れようとしても……それこそふっるい軽自動車とか、一か月乗ったらご臨終しそうなボロとか。 あとはぁ……いわくつきとか?」
「おい最後のは何なんだよ、車でもそんなのあるのか? 幽霊物件ならぬ幽霊車? 安いの?」
「お? 興味あるの浬ちゃん。 幽霊とか信じない系だっけ? 怖がりなのに」
「うっせ! ホラー映画とかお化け屋敷は苦手なの! 幽霊とかいる訳ねぇだろ、俺見た事ねぇし。 安いならむしろ欲しいね! 出て来るなら出て来てみろってんだ! というかむしろソコしか選択肢が無い気がするんですお願いします見せてください」
「強がっちゃって、もぉ……」
先輩である三上さんと一緒にタイヤ交換作業をしながら、その声が聞こえた瞬間二人して吹き出してしまった。
彼女もまた、オカ研の事を知る数少ない人材。
なので僕と同じ感想を抱いたみたいだ。
うん、なにその先生にぴったりな車。
先生が乗った瞬間、ただの安くて状態の良い中古車になっちゃわない?
ただのお買い得商品だよ。
「こっちとしてはそう言う車はあんまり紹介したくないんだけど……」
「余裕余裕、どうせ幽霊が出た! とか言ってオーナーがコロコロ変わるとかなんだろ? 事故りまくってる車だと本体に不安があるけど、そうじゃないならむしろお買い得じゃねぇか」
「うーん……まぁそうなんだけど。 実際問題があるから車屋としても扱いに困ってる訳だしねぇ……」
そう言いながら腕を組んで、体をクネクネさせて悩んでいる店長。
傍から見たらとてもじゃないが真剣に悩んでいる様には見えない仕草で、先生の事を焦らしている。
そして。
「うん、ま、いいか。 浬ちゃんこっち来なさい、すぐ貰って来れそうな一覧見せてあげる」
「マジか!」
「ただし、ちょこちょこ連絡は入れる事。 そ・れ・か・ら、何か良く分からない不具合、不安要素があったらすぐにでも手放す事。 ソレが約束出来るなら、売ってあげない事もないわ」
「約束致します売ってください! 車が無いとマジで不便なんです!」
二人はそのまま元気よく事務所の中へと去って行ってしまった。
何か、随分とあっさりだったな。
アレでいいのだろうか?
ここ数か月で店長の人柄も良く知っている。
不安のある車をあっさり売りつける人ではないと思ったのだが……
「そんな不安そうな顔しないの、草加さんなら大丈夫でしょ。 というか、店長も草加さんだからこそ売るって判断したんだと思うよ?」
隣で作業していた三上さんが、何やら意味深な事を言ってきた。
内容からするに、まるで店長も“怪異”の事を知って居そうな口ぶりだが……流石にソレはない気がする。
だとしたら他の要因はなんだろうか?
「草加さん、車の事で何かあるとすぐウチに連絡してくるからね。 あぁでも言っておけば、ちゃんと相談してくれるって信頼してるんでしょ」
「そういうものですか……」
僕達みたいな人間で、なおかつ先生の異常さを知っていれば納得は出来る。
むしろ安いなら買うしかないでしょ! とか言いたくなるわけだが。
店長は“そっち側”に対してやはり全く無関係な訳で、はいそうですかと信じると思えないのだが……
「言いたい事は分かるけど、ウチも商売だからね。 不安要素になる在庫をいつまでも置いて置きたくないのよ。 もし草加さんでもダメなら、もう廃車にするんじゃないかな?」
「何かその言い方だと、既にウチの店舗にある様に聞こえるんですが」
「あるよ? 青のBM。 最初のオーナーが車内で病死したらしくて、中古に出回ってからコロコロ持ち主が変わるの。 今のとこ9人かな? 内3人は病死。 残りは車に“出る”って言い残して、1か月もせずに手放しちゃうのが」
「おぉっと……」
何やら怖い事を言われながら、作業を進めていく。
それ大丈夫なのか? いや、先生だから心配するだけ無駄なんだろうけど。
なんて事を考えながら、黙々とタイヤ交換を進めていく。
とはいえもう随分慣れたもので、手間取ったり分からない事が出てくるような事態にはならないが。
「でもねぇ、状態は良いんだよねぇ。 そんな理由さえなかったら、私が欲しいくらい」
「そんなに状態良いんですか?」
「残念な事に凄く良い。 でも何かそれ以上に、見てると欲しくなるというか……何だろうね。 やっぱり幽霊が誘ってるのかな?」
作業しながら再び話題を振って来た三上さん。
まぁうん、良くあるいわくつきの乗り物にありそうな話だ。
人を引きつけ、そして陥れる。
コレが一般人なら、是が非でも止めるべきなんだろうが。
「コレ終わったら見に行ってみる? 裏の車庫の一番奥にあるよ?」
「えぇまぁ……是非とも見てみたいですね」
なんて会話をしながら作業を終わらせ、車をお客さんに返却する。
作業自体は結構慣れて来たけど、やっぱり接客って苦手だ。
どんな人に対しても笑顔で対応するっていうのは、意外とストレスになる。
普段なら大して気にならないが、商売事……というか失敗出来ないと考えると途端にキツく思えてしまう。
横柄な事を言って来たり、いちいちお小言を言って来たりする人も居る訳で。
こんな大変な職種を……あの姉さんが常日頃からやっていると考えると……
ダメだ、想像できない。
僕以上にキレやすそうなのに、笑顔で生き生きと接客する姉とか考えられない。
やっぱり、働くというのは大変な事だ。
「ホレ、俊君。 呆けてないで行くよ? 見るんでしょ?」
お客さんを送り出してからボケッとしていた僕の脇腹を、三上さんが肘でつついてきた。
そうだそうだ、先生の次の愛車になるかもしれない呪われた車を見に行かなくては。
三上さんに先導され、店の裏側へと回って歩いていく。
そういえば、先生と店長ってどういう付き合いなんだろう?
かなり仲は良さそうだったけど……
なんて事を考えている内に、件の青い車を発見した。
そしてそこには、今まさに運転席のドアを開けている店長と先生の姿が。
「八咫烏」
一声かければ、クァッと軽い鳴き声と共に“獣憑き”の状態へと変わる。
この感覚にも随分慣れた。
一瞬にして変わる世界。
まるで裏と表が入れ替わったみたいに、今まで見えなかった“ナニか”が瞳に映り込んでくる。
そして……
「な、なんですかアレ」
そこにあったのは真っ黒い塊。
“黒い霧”の集合体、どころか“呪い”と言われても頷いてしまう程のどす黒い塊があった。
そんな物に対して、店長は無警戒に手を触れている。
「ん? どした? 何か見えちゃった?」
場違いな程軽快な三上さんの言葉……いや、本来は彼女の方が正しい反応なのだろうが。
このままだと店長が!
なんて思いと共に走り出そうとした瞬間。
「決めた! コイツにする! これはもう俺のモンだ!」
そう言って、運転席に飛び込んだ先生の姿が。
「んもぉ! お金も払ってないし契約もまだでしょ!? 傷つけるんじゃないわよ!?」
怒鳴る店長も“黒い霧”に包まれて……しまいそうになったのだが。
「決めたね、この見た目でこの値段。 買うしかないでしょこんなの!」
先生が乗った辺りから、どんどんと“黒い霧”が晴れていく。
その効果は広がり、数分としない内に車体全体が見えてくる程だった。
最後まで残った濃い霧さえも『フザケンナ』と一言残し、空気の中へと消えていった。
「どうよ、見た目は随分と綺麗でしょ? あれがいわく付きじゃなければねぇ」
なははっと苦笑いを浮かべる三上さんが、先生の乗る車を見ながら羨ましそうにため息を吐く。
今ならもう、いわく付きでも何でもありませんよ。
「えぇまぁ……はい、今綺麗になりました」
「うん?」
目の前にあるのは何も“憑いていない”綺麗なダークブルーの外車。
その運転席で駄々をこねる先生と、心配そうに叫ぶ店長の姿。
今この瞬間、この世から呪われた車が一台減ったらしい。
うんうん、喜ばしい事だね。
「おっ! 黒家弟! どうだこの車、俺の新しい愛車!」
「だからまだ買ってないでしょ! 早く降りなさい! 乗るんならお祓いでもしてからにしなさいよ!」
騒がしい空気の中、バイトの就業時間は終わりを迎えた。
何はともあれ、先生は新しい車をゲット出来た訳だし。
いわく付きの車という不安要素も無くなった訳だ。
めでたしめでたし、でいいのだろう。
多分。
今度あの車、隣に乗せてもらおう。
三上さんの言っていた「何となく欲しくなる」と言っていた意味が分かった。
怪異云々もあったのかもしれないが、純粋に格好いい。
いつか車を買う時は、僕もあんな車に乗ってみたいものだ……。
そんな事を考えながら、僕はタイムカードを押しに事務所へと戻るのであった。





