魔術
「着いてきなさい」
5分ほど歩いたところにある公園に着くと、二人で並んでベンチに腰をかける。
織姫は本を再び取り出し、本のページをまるでシアターのように空中に投影させた。
「まず、私が貴方に見せた一連の行動は全て魔術とされているもの」
「魔術…!?」
「口から火を吹いたり、雷をビリビリってさせるあれのことか?」
「…やりようによってはそういうこともできる、ただ今回は初歩的なことしか教えない」
「長くなるから遅れないように脳をフル回転させて着いてきて」
「この世界において実は全ての人間が魔術を使える資質を備えているの。無論、貴方もやり方さえ学べば明日には使える…それくらい容易なものなの」
「じゃあどうして誰も魔術を使っていないのか、小説やSFの読みすぎだって貴方の顔から聞こえてくるようだから端的に言わせてもらう」
俺は思わず自分の顔を触ってしまう。少しだけ恥ずかしくなった。
「魔術は数百年前に滅びたの」
「厳密に言えば今から約248年前、たった一人の魔術師に全てを壊された」
「壊されたって、どういうことだよ…魔術って現象かなんかじゃないのか?」
「ええ、その疑問は真っ当。ただ、その回路そのものが壊されたの」
「は……!?」
高次元すぎる話に俺は頭がパンクしそうになる。
「結局のところ魔術というのは風が風と反発しあって台風が起こったり、上空に水蒸気が集まって雨が降るみたいな元素が織り成す当たり前の状況に過ぎないの」
「この状況って要は元素あって、組み合わさることで反応が起こる。要は化学式のようなもの…実際に魔術式とも呼ばれている」
「全貌は魔術に必要な式そのものが壊されてしまった、というわけなの」
「そんな事ができるって言うのかよ…」
「可能だったって話」
「そして、魔術に必要な元素はたった一つ。貴方たちにとって最も身近なもの、奇跡よ」
「…?」
急にトンチンカンなことを言い始めて、俺の頭は逆にショートしてしまった。
「あぁ、そういうアレなのか?隠語的な…」
「いいえ、れっきとした名前。そもそも奇跡っていうのは偶発的に神秘的な現象が起こる物珍しいものではなくて、私たちに元々備わっている元素のひとつなの」
「元素のひとつ…?」
「そう、可視化できないだけで私と貴方の周りを舞っていて、今も他の元素と反発したり、適合したりしている」
「そのくらい身近で、ごくごく自然なものなの」
「うーん、なるほど?で、なんで魔術式が壊されちまったのになんでお前は魔術を使えてるんだよ!」
「そうね、ここからが本題。私が今もこうやって魔術が使えている理由は、今から約50年前、突然また新たに魔術式が誕生したから」
「50年前って割と直近じゃないか?」
50年前といえば、政治の汚職が見つかったり、スマホの新作が出たりと教科書で読んだことはある。
時代の裏ではこんなファンタジーじみたことが起こってたなんてな。
「ええほんとにね、そして何よりたちが悪いのは魔術式をまた新たに構成させた魔術使いが未だ特定されていないこと」
「…!!」
「じゃあどうやって…魔術式が新たに出たことにきづいたんだ?」
「一応何人もの手練の魔術使いが復活に尽力していたけれど、結果は尽く失敗。全員が無理だと諦めていた時、突然この式の可能性が上がったの…魔術師のコミュニティ…“魔術界”ってやつかしら」
「そして、世界中の魔術使いが更に研究を重ねて、数百年前よりは遥かに上位な魔術式が誕生した」
「それがお前がさっき使ってた…魔術ってやつになるのか!?」
「勿論、私の魔術は歴戦の魔術使いからしたら初歩の初歩だけれど、貴方にとってはこれだけでも十分価値のあるように思えたでしょう?」
「……あぁ」
魔術という非現実的な要素にここまでの歴史があるなんて驚きを隠せない。
空いた口が塞がらない俺を横目に織姫は少しだけ口角をあげていて、その様子がどこかいじらしかった。
「そういや、お前は誰から学んだんだ?独学みたいなもんなの?」
織姫は黙って首を横に振る。
「父親。流石に独学で魔術を学ぶことは難しい、私の父親はその辺の世界に精通しててね。私にも習得するように生まれてきた頃からみっちり教えられたわ」
「もう嫌になるくらい、ね」
つまりこいつは魔術使いの家系ってことになるのか。口ぶりから相当嫌だったに違いはない。
「それは、大変だな」
「ええ、だから魔術は大嫌い。私の目標はこの世界から魔術を消すこと」
「魔術を消すって…でも魔術で俺を助けてくれるんじゃないのかよ」
「ふん。まぁ今回は仕方の無いこと、貴方を助けるなら魔術は必要不可欠、これはノーカン」
なんと甘い基準なのだろうと思ったが、あえて口には出さないでおいた。
「私の父親は魔術ばっかで一度も私を見てくれたことがない…そのせいで一家離散、全部魔術が悪いの」
「それに……」
何かを言いかけたように、口を閉ざした。
顔に曇りが見え始めたところで、我を取り戻したようにこちらに目を向ける。
「とにかく、これから貴方にはその魔術を習得してもらう」
「…!?」
「お、俺が!?」




