表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記憶の彼岸  作者: 小羊メイ
第一章 神は死んだ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/5

3-1

 作業を終えたのは、夜の九時を過ぎていた。

 パソコンの画面を見続けすぎて、目の奥が痛い。机の上には空のモンスターエナジーの缶が四本も転がっている。


 配信開始予定の十一時半まで、まだ時間があった。

 普段の配信は夜十時からだ。メモリーの転売が完全な違法とは言えないまでも、グレーゾーンだということは分かっている。だから、未成年のリスナーが少なくなりつつも、まだ十分に人のいる時間帯を選んでいた。


 でも今回は、あえてもう一時間半遅らせて十一時半に設定した。

 事件が起きたのと同じ時間だ。昨夜の記憶と同じ時刻に配信することで、より不気味な雰囲気を演出できる。事件からちょうど二十四時間後の深夜。これならリスナーも背筋が凍るはずだ。


 配信用の原稿に目を通す。机の上のノートには、殴り書きのメモが乱雑に並んでいた。


『みなさん、こんばんは! メモリーハンターのイサキです!』

『今日は、ガチでヤバいメモリーを入手してしまいました』

『まさか、こんなメモリーが存在するなんて、俺も信じられません』

『心臓の弱い方は閲覧注意です』


 いつもの軽い口調で話せばいい。面白おかしく。そうすれば、野見山のような反応を示すリスナーも減るはずだ。事件のことなんて、いつもの配信の一つとして流してしまえばいい。


 十一時を過ぎた頃、配信の準備を始める。

 ヘッドセットを装着し、配信ソフトを立ち上げる。画面の中で、イケメンアバターが俺の動きに合わせて首を傾げる。この仮面の向こう側なら、どんな内容だって笑い話にできる。リアルの自分なんて、誰も見ていないのだから。


 テストで音声を確認する。いつもの声じゃないみたいだ。何度か咳払いをして、声を作る。緊張のせいか、喉が妙に渇いている。


 時計が十一時半を指す。

 配信開始のボタンに指をかけたとき、スマートフォンが震えた。画面を見ると、遥からのメッセージだった。


『智也君、大学で殺人事件があったって本当?』

『すごく怖くて、夜も眠れない… …』

『今日は配信、お休みなのかな?』

『電話してもいい? ちょっと話を聞いて欲しくて』


 既読をつけずに画面を消す。

 今は、遥に構っている暇はない。目の前には、もっと大きなチャンスが転がっているんだ。


 深く息を吸って、配信開始のボタンを押した。画面の向こう側から、次々とコメントが流れ始める。


『イサキさん、今日も楽しみ!』

『珍しい深夜配信だね』

『何かあったの? 緊急配信?』


 よし、来た。この反応なら、絶対に伸びる。

 喉の渇きを潤すために、机の上の最後のモンスターエナジーに手を伸ばす。プルタブを開ける音が、妙に大きく響いた。甘ったるい味が、特別苦く感じた。


「はい、どーも! メモリーハンターのイサキです!」


 いつもの調子で声を出した。画面の中のイケメンアバターが手を振る。

 同時接続数は三十人を超え、さらに増えていく。昼間にXで『今夜、ヤバいメモリーを公開します』と匂わせておいた効果か、普段の倍以上のペースだ。この不規則な深夜配信に何かを察して、続々と集まってきているんだろう。


『昼のツイート見て待ってた!』

『これは期待していいのか⁉』


 コメントが次々と流れていく。

 いつもの常連の名前も見える。漫画家の卵らしいアズキ、グルメレビューを投稿しているマッスル、毎回スパチャをくれるマイティマウス。安心できる顔ぶれだ。


「今日は、ガチでヤバいメモリーを入手してしまいました。まさか、こんなメモリーが存在するなんて、俺も信じられません」


原稿通りに読み上げながら、画面右のチャット欄に目を走らせる。同時接続が五十人を突破した。


『ヤバいって、どんなデータなの?』

『また面白いの見つけてきたね!』

『深夜配信ってことは、ヤバめ?』

『転売サイトでレアもの見つけたの?』


 コメントの数が、みるみる増えていく。反応は上々だ。心臓が高鳴る。


「あ、そうそう。今日は珍しく動画視聴になります。いつもはリアルタイムでメモリーを体験しながら配信するんですけど… …今回はちょっと、その、生々しいシーンもあるので。不適切な部分はカットさせていただきました」


『珍しい!』

『編集済みってこと?』

『ネタ確定じゃんwww』

『いつもの方が面白いのに』


「リスナーの皆さんには、心臓の弱い方は閲覧注意です。これから見ていただく映像は、かなりリアルな――」


 そのとき、チャット欄に見慣れないユーザー名のコメントが流れてきた。


『福南大学の事件と関係ある?』

 

 一瞬、言葉に詰まる。

 喉が乾く。けれど、すぐに作り笑いを浮かべる。アバターが自然な表情でそれに追従する。このために金をかけただけのことはある。


「はい、実は今回のメモリーは、深夜の図書館で――」


 チャット欄が一気に動き出した。


『え? まさかあの事件?』

『嘘乙www』

『どうせフェイクでしょ』

『イサキさんまたネタ配信?』

『見に来た人たち釣られすぎwww』

『ソース:信頼してください』

『まーた再現VTRか?』

『さすがに事件のデータはないでしょ』

『本物だったらヤバすぎるけど』

『警察に言ったほうがいいんじゃ… …』

『これマジなの?』


 期待三割、否定二割、残り五割が疑いってところか。だが、同時接続数は一気に右肩上がりだ。もう七十人を超えている。

 普段の倍以上の数字に、胸が躍る。半信半疑でいるリスナーも、これから見せる動画を見れば、態度が変わるはずだ。


「皆さんお待ちかねのようですし、早速、動画を再生させましょう」


 マウスカーソルを動画プレイヤーに移動させる。手が少し震えている。モニターの青白い光が、汗ばんだ手のひらを照らしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ