第8話:祝・開店! 行列のできる『禁断のタルタルソース』
その日、冒険者ギルドがある大通りから一本入った路地裏に、異様な光景が広がっていた。 普段なら野良猫しか通らない場所に、鎧を着た冒険者たちが長蛇の列を作っていたのだ。
「おい、まだ開かねぇのか?」 「ギルマスが言ってた『力がみなぎる激ウマ料理』ってマジなのか?」 「嘘だったら暴れるぞ……俺は朝飯抜いてきたんだ……」
殺伐とした空気。 だが、店から漂い始めた「ある香り」によって、その殺気は一瞬にして食欲へと変わった。
油の爆ぜる音。 甘酸っぱいタレの焼ける匂い。 そして、濃厚な卵と油のまろやかな香り。
ギィィィ……。 開店時間を告げる鐘の音と共に、古い木の扉が開かれた。
「いらっしゃいませ! 『キッチン・アトリエ』、オープンよ!」
現れたのは、白いエプロン(急造品)を身に着けた銀髪の美少女――私、ルネだ。 背後には、給仕服(これも急造)を着て緊張でガチガチになっているミシェルカと、用心棒として腕組みをしているガルドーさんが控えている。
「待ってましたァ!!」 「一番乗りは俺だァァ!!」
怒号と共に、男たちが雪崩れ込んでくる。 店内はあっという間に満席。カウンター席には、一番客の権利を力づくで勝ち取ったギルドマスター・ヴォルグが鎮座していた。
「店主殿! 今日のおすすめはなんだ!?」 「今日は開店記念スペシャルよ。あんたたちが嫌う『あのスライム』を使った、極上の定食だわ」
私はニヤリと笑い、厨房へ戻った。 宙に浮く包丁(幽霊スタッフ)が、すでにキャベツの千切りを山のように用意している。 私は熱した揚げ鍋に向き合った。
今日のメインディッシュは、昨日捕獲したマヨネーズ・スライムの『ポム』と、醤油ポーション、そしてダンジョンに生えていた酸味のある『酢の実』を組み合わせた料理。
――**『オーク肉のチキン南蛮風』**だ。
下味をつけたオーク肉に、小麦粉と溶き卵を纏わせ、低温の油へダイブさせる。 じっくりと火を通し、最後に高温で二度揚げ。 カリッカリに揚がった黄金色の肉を、熱々のうちに『甘酢醤油ダレ』に潜らせる。
ジュワッ!! 衣がタレを吸い込み、褐色の照りを纏う。 これだけでも白飯三杯はいける破壊力だ。
だが、ここからが本番だ。 私はボウルを取り出した。 中に入っているのは、茹でて刻んだ卵、玉ねぎ、ピクルス代わりの香草。 そこに――
「ポム、お願いね」 『プキュ~』
瓶詰めのポムが、体の一部をニュルッと提供してくれる。 搾りたての新鮮なマヨネーズだ。 これをボウルの具材と混ぜ合わせれば……。
「特製タルタルソースの完成!」
甘辛いタレを纏ったオーク肉の上に、白く輝くタルタルソースを惜しげもなく、ドサッとかける。 茶色と白のコントラスト。 カロリーのキメラ。 見ただけで血管が詰まりそうな、しかし抗えない魅力を持つ一皿。
「はい、おまちどうさま! 『オーク南蛮定食・タルタルマシマシ』よ!」
ドンッ、とヴォルグの前に置かれた。 その瞬間、店内の時間が止まった。
「な、なんだその白いドロドロは……!?」 「スライムか? スライムが乗ってるのか!?」
ざわつく店内で、ヴォルグだけが震える手でフォークを握っていた。 匂いで分かるのだ。これが「美味い」と。
サクッ……。 肉を切り、タルタルをたっぷり絡めて口へ運ぶ。
「……ッ!!!」
ヴォルグの目が見開かれた。
甘酸っぱいタレが染みた衣のジューシーさ。 それを包み込む、タルタルソースのまろやかなコク。 玉ねぎのシャキシャキ感と、茹で卵の優しい甘みが、濃厚な肉の脂と絡み合い、口の中でワルツを踊っている。
濃い。 圧倒的に味が濃い。 だが、その濃さを酸味が絶妙に中和し、次の一口を誘う。
「こ、これは……犯罪だ……!!」
ヴォルグが呻いた。
「俺は今まで、何を食って生きてきたんだ……! この白いソース、これだけで酒が飲めるぞ!!」 「はい、ご飯(穀物の塩茹で)おかわり!」
ヴォルグは皿に残ったソースまでパンで拭い取り、綺麗に完食した。 そして、立ち上がって叫んだ。
「野郎ども! 食わねぇなら俺が全部食うぞ!?」 「食います!!」 「俺にもそのタルタルってやつをかけろ!!」
そこからは戦場だった。 ミシェルカが悲鳴を上げながら注文をさばき、ガルドーさんが興奮する客を抑え、幽霊スタッフが皿を洗い続ける。
「おい! 腰痛が治ったぞ!?」 「魔力が回復した! 明日ダンジョンに潜る予定だったが、今から行ってくる!!」 「お代わりだ! このソース、瓶詰めにして売ってくれ!!」
マヨネーズ(スライム)と醤油。 二つのダンジョン素材の効果で、食べた冒険者たちは一時的なドーピング状態になっていた。 店内の熱気は最高潮。 私は鍋を振りながら、心地よい疲労感と達成感に浸っていた。
(ふふん、チョロいわね。胃袋を掴めば、世界征服も夢じゃないかも)
そんな狂乱のランチタイムが終わる頃。 「完売」の看板を出した店の前に、一台の豪奢な馬車が静かに止まった。
窓から覗くのは、白髪の上品な老紳士。 この街の領主、バルトロメオ公爵だ。
「……ほう。あのヴォルグが、子供のように口を汚して出てくるとはな」
公爵は、店から出てきた満足げな冒険者たちを興味深そうに観察していた。
「美食家を自負するこのワシが知らない店など、あってはならん。……執事よ、明日の昼、予約を入れておきなさい」 「はっ。しかし旦那様、あのような薄汚れた店……」 「構わん。あの匂い……ワシの鼻が『当たり』だと言っておる」
スローライフを目指していたはずが、どうやらまた一人、厄介な(有力な)常連客を呼び寄せてしまったようだ。 私の知らぬところで、物語は貴族を巻き込んだステージへと進もうとしていた。




