第43話:船上のパニック! 巨大イカは『たこ焼き』の夢を見るか
海洋帝国グラン・メールへと向かう大型帆船『ポセイドン号』。 海は青く、風は心地よい。絶好の航海日和だ。
だが、甲板にいる私の機嫌は最悪だった。
「……飽きた」 「え? 何がですか、姉さん」
隣で潮風を浴びていた勇者カイトが振り返る。私は手にした「保存食(乾パン)」を海に投げ捨てたい衝動を堪えて言った。
「この船の食事よ! 朝は乾パン、昼は干し肉、夜は謎のスープ! 水分が足りないのよ! 私はもっとこう……外はカリッ、中はトロッとした、アツアツの『粉もん』が食べたいの!」
「粉もん……!」
カイトがゴクリと喉を鳴らした。 彼の脳裏にも、ソースとマヨネーズの香りが蘇ったようだ。
「いいですねぇ……たこ焼き、お好み焼き……。ソースが鉄板で焦げるあの匂い……」 「でしょ? でも肝心の『具』がないのよ。小麦粉と卵はあるのに、タコもイカも……」
ズズズズズ……。
その時、船底から不気味な地鳴りのような音が響いた。 次の瞬間。
ドッパァァァァンッ!!!
水柱と共に、海面から巨大な「柱」が何本も飛び出した。 いや、柱ではない。赤黒く濡れた、吸盤のついた触手だ。
「うわぁぁぁぁっ!『大海の悪魔』だぁぁぁッ!!」
船員たちの悲鳴が上がる。 船体よりも巨大なイカの化け物が、その長い触手で船を締め上げようとしていた。 メキメキとマストが悲鳴を上げ、船が大きく傾く。
「お、終わりだ! この海域の主に出くわすなんて!」 「食われる! 全員海に引きずり込まれるぞ!」
船長が腰を抜かし、絶望に顔を歪める。 阿鼻叫喚の地獄絵図。
だが。 私とカイトだけは、手すりを掴んで身を乗り出し、目を輝かせていた。
「……カイト」 「はい、姉さん」
「デリバリー、来たわね」 「ですね。しかも鮮度抜群、刺身でもいけるレベルだ」
私はバッ! とエプロンを装着した。
「総員、調理開始! カイトは右舷、ガルドーさんは左舷! あのイカ……じゃなくて『クラーケン』の足を切り落としなさい! 目標、5本!」
「了解!!」
カイトが聖剣を抜き、甲板を蹴った。 ガルドーさんも「へっ、ちょうど運動不足だったんだ!」と大盾を構えて飛び出す。
「ミシェルカ! あんたは船が揺れないように海面を凍らせて固定! あと、今すぐ小麦粉と卵、出汁を持ってきて!」
「ひえぇぇ! 了解ですぅぅ!」
◆
ギャオオオオオオッ!!!
クラーケンの断末魔……ではない、食材としての悲鳴が海に響く。 勇者カイトの聖剣技『水面斬り』と、ガルドーさんの『シールド・バッシュ』により、巨大な触手が次々とボトボト甲板に落ちてくる。
「よし、確保!」
私は自分の身長ほどもある太さの足に駆け寄り、包丁(ミスリル製)を突き立てた。 ズババババッ! 神速の解体術。 皮を剥ぎ、吸盤を取り除き、一口サイズのぶつ切りにしていく。
「(鑑定結果……弾力S、旨味A。加熱すると甘みが増す最高級の身だわ!)」
さあ、ここからが本番だ。 甲板の中央に、船の修理用鉄板(厚さ5センチ)をセットする。 カイトが聖剣の切っ先で、鉄板に器用に丸い窪みをボコボコと彫り込んでくれた即席の『ジャンボたこ焼き器』だ。
「ミシェルカ、着火!」 「はいっ! 『ファイア・バーナー』!」
熱された鉄板に油を引く。 ジュワァァ……! といい音がする。 そこへ、出汁をたっぷり効かせた生地を一気に流し込む。
ジューーーーーッ!!!
香ばしい小麦の香りが、磯臭さを上書きしていく。 船員たちが、呆然として武器を下ろした。 「な、なんだ? 戦闘中じゃないのか?」 「いい匂いがするぞ……?」
「具材投入!」
ぶつ切りにしたクラーケンの足を、惜しげもなく放り込む。 さらに、乾燥ネギ、揚げ玉(天かす)、紅生姜をパラパラと散らす。
生地の周りが固まってきたら、二本のピック(金串)を使って、素早くひっくり返す! クルッ、クルッ、クルッ。 見事な手際で、ドロドロの生地がまん丸のボール状に変わっていく。
「すげぇ……あの姉ちゃん、何者だ?」 「魔法使いか? いやすげぇ速さだぞ!」
表面がカリッとキツネ色になり、中でイカの身が蒸されて膨らむ。 仕上げに、秘伝の『濃厚ソース』を刷毛でたっぷり塗り、マヨネーズをビームのように発射。 鰹節(の代わりの魚粉)と青海苔を散らせば……。
「完成! **『クラーケンのジャンボたこ(イカ)焼き』**よ! さあ、熱いうちに食えぇぇぇ!!」
私は大皿に山盛りのたこ焼きを盛り、呆けている船長に突き出した。
「た、食べるのか? 魔物を?」 「いいから食え! 敵を食らって力をつけるのよ!」
船長は恐る恐る、熱々のボールを口に放り込んだ。
ハフッ、ハフッ……。
「!!!」
カリッとした皮を噛み破ると、中からトロトロの熱い生地が出汁の香りとともに溢れ出す。 そして、主役のクラーケン。 プリップリの弾力! 噛めば噛むほど濃厚なイカの甘みが染み出し、ソースの酸味とマヨネーズのコクと絡み合う。
「う、美味いッ!!!」
船長が叫んだ。
「なんだこれは! 悪魔の肉が、こんなに美味いなんて! 力が……勇気が湧いてくるぞぉぉ!!」
その叫びを聞いた船員たちが、我先にと群がった。 「俺にもくれ!」「熱っ! うめぇ!」「ビール持ってこい!」
甲板は一瞬にして、ビアガーデンと化した。 一方、海上のクラーケン本体。 足を5本も奪われた上に、自分の体の一部を「宴会のツマミ」にされて盛り上がっている人間たちを見て、完全に戦意を喪失していた。 (こいつら、ヤバい……) クラーケンはそっと海中へ潜り、二度と姿を見せることはなかった。
◆
「ふぅ、食った食った」
カイトが膨れた腹をさすりながら、満足げに爪楊枝をくわえている。 船員たちも満腹で大の字だ。
「ありがとう、料理人の嬢ちゃん! あんたたちのおかげで助かったよ!」 船長が私の手を握りしめて涙ぐんでいる。
「気にしないで。……で、あとどれくらいで着くの?」 「おう! この風なら、あと半日で『海洋帝国グラン・メール』だ!」
水平線の向こうに、うっすらと陸地が見えてきた。 水の都。魚の楽園。
「待ってなさい、お魚さんたち。 たこ焼きもいいけど、やっぱり私は『生』が食べたいのよ……!」
私の食欲を乗せて、船は帝国へと入港する。 そこでは、私の料理常識を覆す「残念な食文化」と、鼻持ちならないライバルが待ち受けているとも知らずに。




