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第10話:出張料理! 偏食令嬢と『魔法の黄色い宝石箱』

「……ひ、広い」


 案内されたバルトロメオ公爵邸の厨房は、私の店『キッチン・アトリエ』が丸ごと三つは入るほどの広さだった。  磨き上げられた銀の調理器具、整列した大勢の料理人たち。  その中心で、私は仁王立ちしていた。


「ご紹介に預かりました、ルネです。今日の夕食は私が担当するので、皆さんは私の指示に従ってください」 「……」


 料理人たちの視線は冷たい。  当然だ。ぽっと出の12歳の小娘に、神聖な厨房を仕切らせるのだから。  料理長らしき髭の男が、不服そうに鼻を鳴らした。


「公爵様の命令ゆえ場所は貸すが……我々は手伝わんぞ。失敗して恥をかくのは自分だとな」 「あら、そう? じゃあ洗い物だけお願いね」


 私は彼らの敵意を柳のように受け流し、食材庫へと向かった。  今日のミッションは、公爵の孫娘・**セリア嬢(7歳)**の食欲不振を治すことだ。


 公爵の話では、セリア様は極度の偏食で、最近は甘い菓子しか口にせず、身体が弱っているらしい。  「野菜は苦いから嫌」「お肉は噛むのが疲れるから嫌」  ……なるほど、典型的なワガママお嬢様だ。


 だが、子供の「嫌い」は、大抵「食わず嫌い」か「美味しくないものを食べたトラウマ」だ。  それを覆すには、見た目のインパクトと、分かりやすい「甘味と旨味」が必要だ。


「よし、メニューは決まりね」


 私は持参した『マヨネーズ(ポム)』と『醤油ポーション』、そして公爵家の冷蔵庫にあった真っ赤な果実『愛の林檎トマト』を取り出した。  この世界では観賞用らしいが、鑑定スキルで見れば、それは完熟のトマトそのものだった。


 ◆


「いやぁぁ! いらない! ケーキがいい!!」


 ダイニングルームに、少女の癇癪かんしゃくが響き渡る。  金髪の愛らしい少女セリアが、出されたスープを払い除けていた。  公爵が困り果てた顔でなだめている。


「セリア、頼むから一口食べておくれ。今日は特別な料理人が来ているんだ」 「やだ! どうせ苦いお野菜なんでしょ!?」


 そこへ、私がワゴンを押して登場した。


「お待たせしました。本日のメインディッシュです」 「……?」


 セリアが泣き止み、ワゴンを見る。  そこに置かれていたのは、黄色くて、つるんとした「ラグビーボールのような物体」が乗った皿だった。


「なにこれ? まくら?」 「いいえ、『オムライス』です」


 そう、私が作ったのは、薄焼き卵で包むタイプではない。  半熟卵を上に乗せる、通称**『タンポポ・オムライス』**だ。


「セリア様、魔法を見せてあげましょうか?」 「まほう?」


 私はナイフを取り出し、黄色い卵の表面に、スッと一直線の切れ込みを入れた。


 ――パカッ、トロ〜リ。


 瞬間、黄色い卵が左右に弾け、中から半熟のスクランブルエッグが雪崩のように溢れ出した。  固形だった卵が、一瞬でとろとろのソースに変身し、下の赤いライスを黄金色に染め上げていく。


「わぁ……っ!!」


 セリアの目が輝いた。  子供は、こういうギミックに弱い。  すかさず私は、自家製の『トマトケチャップ』を上からかけた。  鮮やかな赤と黄色のコントラスト。甘酸っぱい香りが鼻をくすぐる。


「さあ、冷めないうちに召し上がれ」


 セリアはおずおずとスプーンを手に取り、卵と赤いご飯を掬った。  パクッ。


「……んッ!!」


 セリアの表情が凍り……そして、花が咲くように明るくなった。


「あまーい! ふわふわぁ!!」


 卵にはマヨネーズと牛乳が混ぜてあり、極限までふわふわに仕上げてある。  そして中のチキンライス。  具材の玉ねぎやピーマンは、スキル《高速千切り》で原子レベルまで細かく刻み、バターとケチャップで炒めてあるため、野菜の苦味は皆無。あるのは野菜の甘みと、鶏肉の旨味だけだ。


「おいしい! これ、おいしい!!」


 セリアのスプーンが止まらない。  あれだけ嫌がっていたのが嘘のように、夢中で口に運んでいる。


「おじい様! これすごいよ! お口の中で卵が溶けちゃうの!」 「お、おお……! セリアが、こんなにガツガツと食べるなんて……!」


 公爵がハンカチで目頭を押さえている。  ついでに、背後に控えていた料理長たちも「あんな卵料理、見たことがない……」「どういう火加減なんだ……」とざわめいている。


「ルネ殿! 私の分はないのか!?」 「はいはい、ありますよ」


 私は公爵と、執事、そして料理長たちの分まで用意していたオムライスを提供した。  公爵は一口食べると、またしても「優勝……!」と呟いて天を仰いだ。


「ケチャップ……この赤いソースの酸味が、卵の甘みを引き立てておる! 中のご飯も、一粒一粒が油でコーティングされており、ベチャついていない! これは飲み物だ!」


 ダイニングは、幸福な咀嚼音と「おかわり」の声に包まれた。


 ◆


 食後。  満腹になったセリア様は、私のエプロンを掴んで離さなくなっていた。


「ルネお姉ちゃん! 明日もこれ作って!」 「明日はお店があるからダメよ」 「じゃあ、私がお店に行く! おじい様の馬車で行く!」 「……えぇー」


 公爵がニカっと笑った。


「決まりだな。ルネよ、今後は週に一度、セリアを店に連れて行く。もちろん、代金は弾むぞ」 「……まいどあり」


 こうして、私の店に「公爵家の紋章入り馬車」が横付けされるという、一般市民が近寄りづらいオプションが追加されてしまった。


 帰り際、料理長が恥ずかしそうに私に声をかけてきた。  「……あの、ふわふわ卵の作り方、今度教えていただけませんか……?」  どうやら、胃袋だけでなく、職人たちのプライドも攻略してしまったらしい。


 屋敷を出ると、夜空には満月が輝いていた。  私の懐には、出張手当という名の重たい金貨袋。


「さて、次はどんな美味しいものを作ろうかしら」


 順風満帆に見えた私のスローライフ。  だが、光が強ければ影も濃くなる。  王都の方角から、私の店を狙う不穏な視線があることに、私はまだ気づいていなかった。

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