子守唄
ひどい有様だった。
天井は崩れ落ち、床には壁の破片が散乱している。天井の裂け目からは、斜めに日差しが差し込み、空中に舞い上がった埃に何本もの光の筋を作っている。
そこにミリィがいた!
呆然と、顔色は真っ青で、パックを見る目になんの感情も表してはいない。
「おのれ小僧! もう少しだったのに……」
灰色の、見るからに前世紀のデザインと思えるロボットが怒号していた。声はぎしぎしと耳障りで聞きなれないものだったが、パックはその声音にシルバーの口調を感じ取っていた。
ゆらり……とロボットはパックに近づき、両腕を上げて掴みかかろうとする。
が、その動きは緩慢で、パックは軽くステップするだけで避けることができる。まるで両足に膠が貼りつき、うまく動けないようである。
「お前、誰だ? シルバーみたいな話し方だけど?」
ミリィの目の焦点が急激に合った。意識がはっきりしてきたみたいだ。
「パック! そいつは、シルバーよ! あの人間そっくりの身体になる前の、お祖父ちゃんの助手をしていた頃の姿! 多分、本物のシルバーは近くから、このロボットの身体にリンクして操っているんだわ! だから、うまく動けないの」
ヘロヘロが、ミリィの肩を掴んでいる老人に気付いた。
「ミリィ、そこにいるのはフリント教授……? 死んだはずなのに……」
ミリィは自分の肩を掴む老人の手を振り払った。
「違うわ! やっと判った。これはシルバーの計略。あたしを誘い込んで、星図の有りかを喋らせようとしたんだわ。でも、もう騙されない! あなた……アンドロイドなの? それとも、人間?」
老人に話しかけた口調はそれでも優しかった。老人を見る目に悲哀が宿っている。
老人はミリィを見上げ、ぽかんと口を開いている。どう対処していいか、分からないようだ。
「おのれ……おのれえ……! 糞! こんな身体にリンクしていては、何もできん! リンク解除!」
がくり、と灰色のロボットの動きが止まる。両目が暗く、ただのガラスに戻った。
パックは叫んだ。
「ミリィ、逃げようぜ!」
しかしミリィは躊躇っている。視線が膝をついたままの老人に留まって、ぴくりとも動かない。
なぜか老人は、ミリィを見上げ、微かな笑みを浮かべていた。
「どうしたんだい、ミリィ……ここは、お前の家だよ……なにも心配は要らない……」
まるで場違いなセリフだった。
老人は優しげな笑みを浮かべ、両腕を大きく広げる。
「さあ、お前が好きだった子守唄を歌ってあげようね……デイジー、デイジー……どうか答えておくれ……デイジー……デイ……ジー……」
最後の歌詞はゆっくりとなり、老人は口を開けた姿勢のまま固まってしまう。
ミリィは怯えた表情になった。
ゆらり、と老人は横倒しになる。がしゃん! と機械が壊れるような音がして、老人の首と広げられた両腕が付け根からもぎ取られる。
ころころと老人の首が転がり、首根っこに機械の部品が剥き出しになった。やはり、ロボットだったのだ。
「きゃああああっ!」
ミリィは絶叫していた。
パックは駆け寄り、ミリィの腕を掴み、無理矢理ぐいぐい引っ張って走り出した。
がく、と引っ張られ、ミリィはやっと走り出す。それでも、ちらちらと老人の姿をしたロボットの残骸に目をやっていた。