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第1話 エッヂア家のイル

 

「イル、門下生100人分の着替え、洗濯しておいて」

「食事の用意はまだ終わらんのか?」

「ドラゴンの爪、今日中にミルシャの街へ行って買ってきておいてね」


 次から次に押し寄せる無理難題に、僕は答える。


「は、はい。かしこまりました」


 僕の名前はイル・エッヂア。

 ナール王国につかえる名門エッヂア家の次男だ。

 父は王国騎士団の団長を務め、兄は史上最年少で大隊長に就任した期待の若騎士だ。


 一方の僕はと言えば……。


「遅いぞイル、洗濯物がまだ乾いていないじゃないか」

「食事は100人分作っておいてって言ったよね?」

「ミルシャの街まで歩けば3日かかる? そんなの関係ないだろ。今日中と言われれば今日中に用意するのが役立たずのお前の仕事だろ」


 エッヂア家は先祖代々騎士として名をあげて来た。

 しかし僕には剣術の才能がなく、何をしても優秀な兄と比較されるばかりで、いつの間にか屋敷の雑用として使われていた。


「また叱られていらっしゃる。イル様は本当に役立たずですね」

「お前まだイルに『様』なんてつけてるのか? あんなクズ呼び捨てでいいよ。俺たちのミスもあいつのせいにすればお咎めナシだし」


 挙句の果てに使用人たちからも見下される始末。

 本当なら着替えの洗濯も終わっているし、食事の用意も一通りできていたはずだった。

 それなのに使用人たちがわざと、仕上がった洗濯物をめちゃくちゃにしたり皿を隠したりしたから終わらなくなってしまうのだ。


 そんな風に一日を終えた僕は、馬小屋に併設された物置に戻る。そこが僕の部屋として割り当てられているからだ。

 そして藁にくるまって眠る――そうしてまた、同じような朝がやって来る。





 ある日、珍しく父に呼び出された。

 食事の配膳のときに目にするくらいで、きちんと会うのは数年ぶりになる。

 最後に会話をしたのは確か、剣の稽古のときだ。

 お前には剣の才能はない―――それが最後に父から掛けられた言葉だった。

 そしてその次の日から、僕の物置暮らしが始まったのだった。

 そんな父が僕に一体何の用だろう。剣の稽古の再開だろうか。まさかね。


 父の自室の、豪奢な彫刻が施された扉をノックする。


「イルです。入ってよろしいでしょうか」

「……入れ」


 中から父の声がしたので、僕は扉を開けて室内へ足を踏み入れた。

 その瞬間、机に座っていた父は顔をしかめた。


「ひどい匂いだな。それ以上近づくな」

「……は、はい」


 水浴びが出来るのは稀に仕事が早く片付いた日だけだ。最近は忙しすぎて、物置に戻ると気絶するように眠ってしまう。だから服もしばらく着替えていなかった。


「お前と話している時間がもったいない。端的に用件を伝えよう。隣町へ行ってゴブリンの耳を買ってこい」

「……それだけですか?」

「それだけだ。これならば無能なお前にもできるだろう。お前の役立たずぶりは使用人たちからよく聞いている。一族の恥であるお前を屋敷においてやっていることに感謝もせず、自分より地位の低いものの足を引っ張りつづけているというのは許せん。それでも寝る場所を与えてやっているのだ。そろそろ温情に報いてもらいたいな」

「わ、分かりました。謹んでお受けします、父上」


 僕が父上と呼んだ瞬間、父の顔色が変わった。

 父は不機嫌そうにため息をつくと、鬱陶しそうに右手を振った。


「二度と私を父と呼ぶな。お前のように剣の才能がない面汚しが息子と考えただけでも虫唾が走る。さっさと部屋から出ていけ。そして隣町へ向かえ」

「は――はい」


 僕は父に背を向け部屋を出た。

 入れ替わりにメイドが数人父の部屋に入っていった。

 手には掃除道具を持っていた。僕が立っていた場所の掃除をするのだろう。

 せめて僕が人並みに剣を扱えたらこんなことにはならなかったんだろうか……。


 僕はため息をついた。

 その瞬間、肩に強い衝撃を受けて床に倒れこんだ。

 見上げると、兄であるジャックが立っていた。

 ジャックは心底嫌そうな顔をして、僕に触れた肩をはたきながら、


「うえー、汚ねえ! 生ゴミに触っちまったぜ……。お前、まだ屋敷にいたのか? さっさとくたばれよ」

「…………」


 僕は何も言わず立ち上がりその場を後にしようとした。

 ジャック兄上に絡むとロクなことにならないからだ。

 が、あろうことかその兄に呼び止められた。


「おいおい、何だその態度は。そっちからぶつかっておいて謝罪もナシか?」

「……申し訳ありません、兄上」


 僕が言うと、ジャックは醜く顔を歪ませ笑顔を作ると、


「いいぜ、可愛い弟が謝ってんだから許してやるよ!」


 と。

 踵で思いきり、僕の腹を蹴った。


「ぐうっ……!?」


 僕は思わず膝をつき、再び床に倒れこんだ。

 不意打ちでモロに喰らってしまった。


「あーすまんすまん、足が滑った。おい使用人、このゴミ片付けといてくれ」


 そう言い残し、兄は廊下を歩き去っていく。

 数人の使用人が兄の声を聞き近づいて来たが、倒れているのが僕だと気づくと、


「なんだイルか……。お前、庭の草むしりがまだだぞ。さっさとやっておけよ」


 と言って、またどこかへ去っていった。


「…………っ!」


 しばらくすると腹部の痛みが治まったので、僕は庭へ向かった。

 広い庭には全体的にうっすらと雑草が生えかけている。

 最初のうちは一本ずつ手で雑草を抜き取っていた。

 だけど今は違う。

 僕は両手を庭の方へ向け、意識を集中させた。


「【切断(シュナイデン)】」


 僕がそう唱えた瞬間、魔法陣が発動し、無数の空気の刃が一瞬で庭の雑草を刈り取っていった。

 父親に言われる前に、僕には剣の才能がないことに気付いていた。

 だから、剣の稽古と並行して魔法のトレーニングをしていた。

 屋敷にあった初級魔術の本を何度も読み返し、そこに書かれていることを頭に叩き込んだ。

 雑用係として使われるようになってからは、既に身についていた初級魔法をアレンジし、家事を効率的に終わらせるための魔法――【生活魔法(リエベン)】を編み出した。


「さて、次は父上――いや、旦那様からの依頼を終わらせなきゃ」


 僕は雑草が無くなり綺麗になった庭を背に、隣町へ向かった。







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