〖act.55〗魔法使い、二律背反す 〜武器と愛と〜
「はぁー、疲れたぁーーッ」
タクティカルペンを放り出し、わざとらしく大袈裟に机の上に突っ伏すルーツィア。ここはA・C・O本社ビル地下1階にある装備管理局の一室。
彼女は一昨日ここの装備管理官のディーノ・ダスティンに言われた通り、銃器製造修理工の資格を取るべく、FFLのClassⅢの実技と筆記の試験を受けに、栗栖と一緒に訪れていたのだ。
そして今、筆記試験を何とか終えた所である。
「はははははっ! ルーツィア、お疲れさん! さて、それじゃあ早速採点するとするか!」
そう言ってルーツィアを労うのは試験官をしていたD.D。因みに最初の実技試験では満点を叩き出していたルーツィアである。意気揚々と回答用紙を回収し部屋を出て行くD.Dと入れ替わりに栗栖が部屋に入ってきた。
「お疲れ様ルーツィア。どうだった試験の方は?」
部屋に入りしなに彼女を労う栗栖。その声にルーツィアは机に突っ伏したまま右手の親指を立てる。その様子に笑みを浮かべる栗栖。
「しかしなぁ、D.DがNFAウエポンの資格まで取っていたとはなぁ……」
栗栖が言うNFAウエポンとは連射の銃、抑制器、短銃身小銃、切詰銃身散弾銃、ペンガン、グレネードランチャーなどであり、それらを事業で扱うために必要なライセンスであるのだ。
「……とりあえずは結果待ちだけど、受かる自信はあるわ」
漸く突っ伏すのをやめたルーツィアが顔をあげると栗栖に自信の程を語って聞かせる。
そんなルーツィアを優しげな眼で見ている栗栖であった。
それから数分が経ち、栗栖とルーツィアが居る部屋に神妙な面持ちのD.Dが戻ってきた。
「ちょ、ちょっと? ど、どうだったのD.D? ま、まさか不合格だったとかッ?!」
その様子に慌てふためくルーツィア。一方栗栖はそんなD.Dの様子に何かを感じ取ったが、敢えて口には出さずにいる。
「……すまんルーツィア」
「え? あっ、な、何? や、やっぱり駄目、だったの?!」
D.Dに申し訳なさそうな声で名前を呼ばれたルーツィアは、もうすっかりパニックとなってワタワタと狼狽えるばかりである。そんなルーツィアにD.Dは神妙な面持ちから一転、ニカッと言う擬音が聞こえる程、歯を見せると
「──お前さんは満点で文句無く合格だッ! おめでとうルーツィアッ! これでお前さんも立派なガンスミスだ!」
彼女の合格を声高らかに宣言する。
そんなD.Dの態度の余りの落差に一瞬呆気に取られるが
「なっ、なっ、なっ、何よぉーッ! 合格なら合格だと最初から言ってよねぇーーッ!?」
直ぐに再起動してD.Dに食って掛かるルーツィア。だがD.Dはルーツィアの抗議にも呵呵と笑うと
「いやぁ〜すまんすまん! ちょっとだけルーツィアを驚かしてみたくなってな、あははははッ!」
全く悪びれた様子が無い。
(まぁどうせそんな事だろうと思っていたんだけどな)
両手で作った拳骨でD.Dの胸板をポカポカと言う擬音が聞こえるみたいに殴り付けるルーツィアと、そんな彼女を軽く往なすD.Dを見ながら栗栖は、そっと溜め息をつくのだった。
今回のガンスミスの資格試験だが、米国に於いてガンスミスは国家資格となるので、あとから証明書が政府から発行されてくる事になっているが、ガンスミスに免許証と言うのは存在していない。
因みにルーツィアの場合はFFLのクラスⅢの資格なので取扱業者として購入するだけなら、条件が揃えば申請と数百ドルの税金のみで機関銃の購入も可能な資格を得た事になるのだ。
兎に角こうして銃器製造修理工──ガンスミスの資格を得たルーツィアは早速ひとつの目標を達成した事になる。そしてその真意を知っている栗栖も大変満足気である。
「そんで、2人ともこの後はどうするんだ?」
そんな和やかな空気の中、装備管理局のいつもの受付カウンター内で珈琲を3人で飲みながら、ふとした疑問を栗栖らに尋ねるD.D。
「ん? そうだなぁ、とりあえず2、3日はのんびり過ごして……」
「その後は国際連合本部の総会議場で最後の講義をしないといけないのよねぇ」
D.Dの問い掛けに銘々に答える栗栖とルーツィア。お互いに顔を見合わせて苦く笑い合う2人。
「おいおい、それって『休暇』って言えるのか?」
栗栖らの台詞を聞いて此方も苦く笑うしかないD.D。確かにこれは『有給休暇』ではなく、今までと同じ日常と言えなくもない。
それから3日後、ルーツィアの姿は国連本部の総会議場にあった。総会議場はいつにも増して人で溢れていた。
「ほら見てクリス! 今日は今までで一番の盛況振りだわ!」
会場の袖から中を覗き見て、何やらハイテンションでそんな言葉を掛けて来るルーツィア。
「本当に凄い人の数だな……」
『有給休暇』にも関わらずルーツィアの世話役兼守護者として彼女に付き添って来た栗栖も、覗き見たその様子に思わず唸り声を上げてしまう。
こうも大勢の人が集まったのは今から6日前に、ティム・ヴァン・アレン事務総長から世界各国に対し「次回の講義では重大発表があるので各国代表は必ず参加する様に」との発表があったからである。なので196ヶ国に及ぶ地球世界のうち、実に九割近くの国から代表団が一堂に会する事となったのであった。
今回出席をしなかった、若しくは国連に非加盟の国へは、ここの映像が生中継されている筈である。無論各国の一般家庭にも。
「うーん、流石に少し緊張して来た……かしら?」
会場の唯ならぬ雰囲気にルーツィアは飲まれたらしく、緊張の為か笑顔も何処と無くぎこちないものとなっていた。
「──ルーツィア」
そんな彼女の肩を抱き寄せるとその唇に軽く接吻をし
「これで緊張も解れただろう?」
と優しい笑みを浮かべてルーツィアを励ます栗栖。そんな栗栖の励ましに一瞬呆気に取られたが、次には柔らかい笑みを浮かべて
「ええ、有難うクリス。行って来るわね」
総会議場の袖から講壇に向かって歩み出るルーツィア。彼女の顔からは先程までの緊張は既に霧散していたのである。
「──おはようございます」
総会議場の講壇に登壇したルーツィアは、ひとつ大きく息を吸うとマイク越しではあるが、それでも良く通る声で集まった人達に語り掛ける。たった一言ではあるがそれだけで会場に居る全ての人達の視線が壇上のルーツィアへと注がれる。だがその視線も意に介さないかの様に言葉を続けるルーツィア。
「皆さん、今日は私から2つ重大な発表があります」
そう言うと会場の隅から隅まで視線を巡らせる。そして更に言葉を続けるルーツィア。
「先ず、私は自身の居た元の世界リヴァ・アースに還る事になりました。幾重にも連なる次元の連続体を飛び越えるだけの魔力が、私が持つ【セラフィエルの瞳】、わかり易く言うと【賢者の石】に完全蓄積されたのです」
ここで一旦言葉を切るルーツィア。彼女の言葉に俄にざわめき立つ会場の人々。そのざわめきが収まるのを待ってルーツィアは言葉を重ねて行く。
「なのでこの魔法機械の講義も今回で最後となります。皆さん、本当に、本当に今まで有難うございました。正直に言うともう少し、本当にもう少しだけ私はこの地球に居たい。皆さんにもっともっと魔法や魔法術や魔法機械や【言霊回路】の事を語って教えたい。そしてこの世界の行く末も…… 。でも私はこの地球世界に想定外な出来事で訪れてしまっただけなんです。元の世界に帰れるなら直ぐにでも帰りたいし、帰らなくていけないんです。望郷の念は私の様な『異世界人』でも貴方達『地球人』でも等しく持ち得る感情だと思います。なので私は──還ります、元いた世界に」
そこまで一気に言い切ると壇上で深く静かに頭を下げるルーツィア。
その様子にその場に居る誰もが咳ひとつせずに、シンと静まり返ったのであった。
「……先ずそれが1つ目」
下げていた頭をゆっくり起こし直したルーツィアは、にこりと笑みを浮かべるとマイクに向かってそう声を発する。その台詞に再び彼女の一挙手一投足に注目する会場の人々。
「あと1つ、私から皆さんに「最後の」贈り物があります──」
そう言って背後の280インチ8Kスーパーハイビジョンのディスプレイパネルに手を向けるルーツィア。そこに映し出されたのは銀色のジグソーパズルのピースの山。その画像に会場が響めく。
「──これは純度99.999999999パーセント、イレブンナインのシリコンウェーハで出来た、見ての通りジグソーパズルのピースです。このピースは全部で196個あり、全てが揃うととある魔法機械の【言霊回路】が完成します」
『とある魔法機械の【言霊回路】』と聞いてまたざわめき立つ会場。だが今度はざわめきが落ち着くのも待たずにルーツィアは話を進める。
「当然、このピース1つでは何の意味も持たず何の役にも立ちません。しかもこのピース1つ1つには魔法術による仕掛けが施してあり、ちゃんと特定の位置に特定のピースが全て正確に嵌らないと、仕掛けによって【言霊回路】が解読出来ない様にしてあります」
そこまで言うと喋るのをやめて会場を見渡すルーツィア。相変わらず会場内はざわめいているが、皆顔付きが真剣そのものである。その様子に笑みを浮かべ話を続けるルーツィア。
「このピースを世界196ヶ国、各国にひとつずつお贈りします。つまり全世界が文字通りひとつに纏まらない限り、決して開ける事が出来ない云わば『人類への至宝』です。力ある国が力無き国から武力や権力を行使して奪おうとした場合、このピースは即座に崩壊する様に私が魔法術【呪術】を掛けてあります。もし嘘だと思うのなら力ずくでどうぞ手に入れてください。その瞬間ピースは崩れ去り、二度と【言霊回路】を手にする事は出来ませんから。それでも良ければ是非実力行使して下さい」
そこまで言うとルーツィアは笑みを深めるのだった。
ルーツィアの話を聞いて、会場に集まった人々は誰もが息を呑む。それはつまり『国家の垣根を越えて全ての国が等しく力を合わせなさい』と彼女に言われている事と同義であるのだ。
果たしてそんな事が本当に可能なのだろうか? 東と西、南と北、或いは宗教の違いから言語の違い、果ては思想の違いで対立して来た、そして未だに対立し続けているこの地球世界で。
誰もが自分の心の中にある澱を感じ、会場の雰囲気は重く深く沈んだものとなっていた。
「──私はこの地球と言う世界が好きです」
そんな会場の雰囲気を破ったのはルーツィアの言葉。彼女は言葉を続ける。
「地球から見れば「異物」である私を優しく受け入れてくれたこの世界が好きなんです。そしてここに暮らす人々も、自然も。勿論善き人ばかりでは無く悪しき人々とも数多く出会いましたが、それでも嫌いにはなれませんでした。向こうの世界では孤独だった私に「愛」を教えてくれたのもこの地球世界でしたし」
そこまで言うとルーツィアは会場の袖に視線を送る。そして前に向き直ると更に彼女は言葉を続ける。
「だからこの会場に居る人達も、今中継で見ている人達にもお願いします。どうか私にいつまでもこの世界を「好き」で居させて下さい。争う為にその手に武器を取るなら、どうか他の人の手を優しく取って下さい。どうしても武器を手に取るなら護るべき人の為に取って下さい。私は「正義」を語る事はしません。「正義」は千差万別、千人の人が居れば千通りの「正義」があるから。だけど、今この私の話を聞いている人には、どうかあなたの愛する人や子供の為に明るく誇れる未来と決断を、この世界の行く末の為にして下さい。この世界の平和はこの世界に生きる人達が築き上げる物ですから」
そう言うと壇上でただただ深く頭を下げるルーツィア。
次の瞬間、会場は割れんばかりの拍手に包まれたのである。
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