〖act.53〗頌春と睦事と決断と
間諜により、ある意味またもや忘れられない聖夜となってから一週間後、つまり大晦日に栗栖はルーツィアを伴って紐育のTimes Square前に来ていた。
そしてその場には他にも見知った顔が。
まずA・C・O研究区画のシモーヌ・ヘルベルク博士とディビジョンAのアンネリーゼ・シュターゲン中佐と彼女の副官のマリルー・アマースト大尉、栗栖の副官であるコナー・オーウェル大尉と装備管理局装備管理官のD.D、そして先日のスパイ騒ぎで世話になったマサキ・エドワーズ刑事と言う面々である。
今日は年中無休のA・C・Oも非常勤配置の隊員以外は早く仕事が終わり、ルーツィアが「折角だから知っている人に声を掛けて、皆んなで年越しをしましょう」と急に思い立ったのが切っ掛けで、栗栖がルーツィアと顔馴染みのメンバーに片っ端から電話やメールで連絡を取り、都合が良い何人かと共にここに来たのである。
因みに栗栖の上官であるサミュエル・グエン大佐と、マサキ刑事の上司であるニューヨーク市警のトレバー・ヘンズリー警部と、スパイ騒動に関わった連邦捜査局特別捜査官のジーナ・デイ・ハサウェイ捜査官にも声を掛けたのだが、都合が合わなかったのである。
様々な芸能人がタイムズスクエアに特設されたステージで様々なエンターテインメントを披露し、タイムズスクエアの交差点と通りは既に物凄い熱気に包まれていた。
そして23時59分──新年に向けての60秒のカウントダウンが始まり、ワン・タイムズスクエアビルに備え付けられた直径3.6m、重さ約6t余りのニューイヤーズイブボールが、60秒のカウントダウンで21mのポールを落下していく。ボールは2,700枚余りもの三角形のウォターフォードクリスタルで覆われており、約3万個ものLEDが使用されていてとても煌びやかである。
そしてカウントゼロでニューイヤーズイブボールが地面に着くと同時に
『Happy new year!!』
集まった群衆の新年の挨拶が辺りに響き渡り、タイムズスクエアの交差点と通りには、総量1.4トンもの色とりどりの紙吹雪が一斉に舞い踊り、ワン・タイムズスクエアビルは仕掛けられた花火にビル全体が包まれ巨大な火柱と化す。
集まった人々の熱は最高潮となり、誰もが握手や抱擁、親しい者同士では接吻をしたりと盛り上がるのであった。
「クリスッ!!」
栗栖の横で群衆と共にカウントダウンを刻んでいたルーツィアが、カウントゼロと同時に栗栖の名を叫びながら不意にその胸に飛び込んで来て、そして──突然情熱的に唇を重ねて来た。
どうやら年越しのカウントダウンイベントの熱気に当てられたみたいである。勿論それだけでは無いが。
そんな彼女を驚きつつも割と素直に受け入れる栗栖。熱く重ねた唇を一度離すと
「ルーツィア……」
少し呆れた様な、困った様な顔をしながらも、彼女の瑠璃と紫水晶の色違いの瞳を真っ直ぐに見つめる。
「……クリス、驚かせてごめんなさい。でも私──」
栗栖の視線に一言だけ謝罪するルーツィア。そして話を続けようとする彼女の唇に今度は栗栖が自分の唇を優しく熱く重ねる。短くそして長い束の間の後、再び重ねた唇を離すと
「……良いさ、何も言わなくて」
そう言って優しい目で見つめてくる栗栖。そしてルーツィアの体を優しく包み込む様に抱き竦める。
「んもう、そんなのズルい……」
抱き竦められながらも何処か嬉しそうなルーツィア。新年を祝う人々の狂喜乱舞する光景の中、静かに抱き合う栗栖とルーツィアの姿が映える。
そんな2人の様子をシモーヌやアンネリーゼらは優しく見守っていたのだった。
「あーあ、さっきのはちょっと惜しかった…かなぁ」
タイムズスクエアからの帰り道、不意にそんな台詞を零すのはシモーヌ。
因みにカウントダウンの直後はタクシーを拾う事は困難を極めるので、参加者は徒歩で帰路に着くのが慣例なのである。なので栗栖達もご多分にもれず徒歩で帰路に着いていたのだ。
そしてシモーヌの言う「さっき」とは当然先程の栗栖とルーツィアのキスシーンに他ならない。
「あらっ? シモーヌも狙っていたの? 私もあの時クリスの近くに居たなら狙ったんだけど、ねぇ……」
シモーヌの台詞に苦笑いを浮かべながら同調を示すのはアンネリーゼ──アンネ。
「おうおう、随分とモテモテじゃないかクリス?! ルーツィアもやるなぁ!」
シモーヌとアンネの会話を聞いたD.Dが早速栗栖らを冷やかしにかかる。
「いや、あの、えっとね、さ、さっきは色々と昂っちゃって……その……つい……」
シモーヌ達やD.Dの言葉に顔を熟れたトマトみたいに朱に染めたルーツィアが文字通りしどろもどろになって答えるが、耳の付け根まで真っ赤にして最後の台詞は消え入りそうな声で囁くかの様であった。
「まあルーツィアばかりに聞いても不公平だからね──と言う訳で、次はクリス。君に答えてもらおうかな? ズバリ君はルーツィアの事をどう思っているんだい?」
面映ゆくて顔を伏せてしまったルーツィアを弄るのを止めると、実に悪い笑みを浮かべて、今度はルーツィアの横を並んで歩いていた栗栖に質問の矛先を向けるシモーヌ。アンネだけでなくマリルー大尉や、D.Dやコナー大尉にマサキまでもが栗栖に注目する。
「──そんなのは決まっている」
だがそんなシモーヌの質問や周りからの注目にも全く動じる事が無い栗栖。その栗栖の台詞に伏せていた顔を上げるルーツィア。未だ顔が真っ赤である。
「彼女は──俺の『全て』だ」
一呼吸置いてそうはっきりと、迷いなく言い切る栗栖。その言葉に騒がしい雑踏の中、そこだけしんと静まり返るシモーヌ達。
栗栖が「漢」を見せた瞬間である。
その場に居たメンバーが呆気に取られる中で先ずアンネが口を開く。
「はァ……これはもう相思相愛よね……何だか妬けちゃうくらい」
「はぁ、本当だね……ここまではっきり言い切られると、逆に清々しいくらいだよ……」
アンネが口を開くのに続いてシモーヌも溜め息混じりに言葉を漏らす。
「「これはもう付け入る隙が無い(ね)(ですね)」」
そしてアンネとシモーヌの台詞が見事なまでに合致し、アンネら2人と何故か連られた様にマリルーまでもが盛大な溜め息を吐く。女性3人、見事な呼吸である。
「はははっ、2人とも見事なまでに振られちまったなぁ!」
そんな様子に大口を開けて笑うD.D。そしてすぐさま
「そんなら、お2人さんの何方か俺と付き合わないか? 独身同士仲良くしようぜ?」
そう言ってニカッと音が聞こえる程、歯を見せる笑顔でアンネとシモーヌに誘い掛けをする。するとアンネとシモーヌはまたもや声を揃えて
「「ごめん(なさい)、D.Dはちょっと……」」
とこれまた連れない返事を返す。
「ええッ……そりゃ無いぜぇ、お2人さん……」
割と本気でガッカリと肩を落とすD.Dに、その場に居たメンバーの間で笑いが起こるのだった。
それまで頬を真っ赤にしていたルーツィアさえもが、自らの照れを忘れて笑顔を見せるほどに。
兎にも角にもカウントダウンイベント会場だったタイムズスクエアから離れた通りまで出た所で、シモーヌ達やD.D達とは解散と相成り、それぞれの帰路に着いた面々。栗栖とルーツィアは当然の事ながら同じアパートメントなので、帰り道は一緒である。ルーツィアはまだ頬を赤くしていたが。
その道中、栗栖もルーツィアも暫く無言であったが
「──ルーツィア」
徐ろにルーツィアに声を掛けたのは栗栖。
「……な、なにかしら」
声を掛けられたルーツィアは、未だに熱が残る顔を栗栖へと向ける。
「さっき皆んなの前で言った事なんだが、あれは俺の本心なんだ」
「…………」
栗栖の台詞を黙って彼に視線を向けて聴いているルーツィア。栗栖は言葉を続ける。
「君にキスされた後に君の台詞を止めたのは、こうした事は男からちゃんと言わないと駄目だと思ったからなんだ」
だから、と言って一呼吸置くと
「俺は──ルーツィア、君を愛している」
今まで見たどの場面よりも一番真剣な面持ちで、遂にルーツィアに自分の気持ちを、ありったけの想いを告白する栗栖。
彼の告白を聴き、瑠璃と紫水晶の虹彩異色を涙が溢れんばかりに潤ませて
「クリスッ!」
と文字通り跳ぶように栗栖に抱き着くルーツィア。それをしっかりと抱きとめる栗栖。
新しい年を迎えた1月1日の街の灯に、ただ静かに抱き合う2人の姿が優しく照らされている。
そしてその夜、栗栖とルーツィアは──ひとつに結ばれたのである。
人々が熱に浮かされた年越しと言うイベントを経て、新しい年最初の静かな朝が訪れた。
閉ざしたカーテンの隙間を突いて細く差し込む強い朝日が、ベッドの上で身を寄せ合って眠る男女2人の裸身の上に線を照らし出す。
(ん……朝、か)
カーテンを通して伝わる陽の明るさを瞼越しに感じて、栗栖はベッドの上で目を覚ました。目覚めたばかりの顔を横にやるとそこには全裸で眠るルーツィアの姿が。
細長く伸びる手脚に思いの外膨よかで形の良い乳房、腰まである白金の長い髪、眉毛も睫毛も髪と同じプラチナブロンドで彩られた美神もかくやと言う端正な顔立ち。
まるで現世から隔絶した世界から来たかの様な優雅な曲線美を顕にして、本当に気持ち良さげに寝息を立てるルーツィア。
室内は中央暖房で暖かく毛布だけで熟睡出来るほどではあるが、下半身のみブランケットで隠されている彼女の寝姿は少々無防備とも言えなくも無い。
規則正しい寝息と共に微かに隆起と沈降を繰り返す胸の曲線を暫く眺めていた栗栖は、そっと身体を起こすと手を伸ばし彼女の頬にかかる髪を優しく掻き上げ、そのままその手でそっと頬に触れる。
「ん……」
栗栖の手が触れたのと同じくして、それまで眠りについていたルーツィアは少し身動ぎすると、微かな溜め息と共に閉じていた瞼をゆっくりと開いて行く。
そしてそのオッドアイの視線が横に向けられ彼女を見つめていた栗栖と重なると、一瞬にして頬に朱が差す。
栗栖はそんな彼女に優しく目覚めの言葉を投げ掛ける。
「……おはよう、ルーツィア」
「……おはよう、クリス」
一拍置いて照れ臭そうに返事を返すルーツィアをそっと抱き寄せると、栗栖は彼女の朱が差して白桃色の頬に優しくキスをするのだった。
結局ニューイヤーズデーの一日をずっと一緒に過ごした栗栖とルーツィアの2人は、これからの事をしっかりと話し合った。何れルーツィアは地球世界から彼女が居た世界に帰る事になる。その時栗栖そしてルーツィア自身どうするのか、彼女が帰らないと言う選択肢をも含めた、考えられうる選択肢全てを、それこそじっくりと。
そしてひとつの結論に達したあと、2人は一日置いて1月3日、揃ってA・C・O本社ディビジョンSの士官室を尋ねた。栗栖直接の上官であり、また彼自身父親みたいに常日頃思っているグエン大佐に、新年の挨拶と共にルーツィアとの事をキチンと説明する為である。
グエン大佐は栗栖らの話を黙って聞いていて、2人のありのままの想いと話し合いの末、導き出した結論まで聞き終えると「そうか……」と短く言葉を発する。そして真顔で口を開くと
「クリス、ルーツィアさん。2人がそこまで考えに考え抜いた末の結論なら私が口を挟む事は無いな。ジョシュア最高経営責任者には私から話を通しておこう。無論マクシミリアン大統領にもジョシュアCEOから話しておいて貰う事にするが、ティム事務総長には君達2人の口から直に話してあげてほしい」
そう栗栖ら2人に言うと、一転格好を崩しながら
「それに君達2人の人生は君達2人の物だ。誰にも何も言う事は出来ないさ。クリス、ルーツィアさん、これから乗り越えるべき壁は多いと思うが頑張りたまえ」
そう笑みを浮かべて2人に声援を送るグエン大佐。そして再び真顔になると
「──ルーツィアさん。クリスをどうか宜しくお願いする。クリス、ルーツィアさんを大切にな」
それだけ口にし執務机に手を付くと、深く頭を下げるのであった。
それから2ヶ月程が経ち、ルーツィアの持つ【賢者の石】──【セラフィエルの瞳】にリヴァ・アースへ帰還する為に必要な魔力が遂に完全蓄積されたのであった。
次回投稿は二週間後の予定です。
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