〖act.46〗イノベーション 〜魔法使い、奔走す〜
「──次回は各国での魔法機械の開発状況のレポートをお願いします。それでは今回の講義はここまでにします。皆さん、本日はお疲れ様でした」
講壇に立つルーツィアがマイクにそう声を張り上げると、会場から一斉に大きな拍手が巻き起こる。
ここは紐育にある国際連合本部の総会議場、奥行約50m、幅約35m、高さに至っては約23mの4階構造、各国代表の席から一般傍聴席に記者席まで含めると、実に1,898席もある大会議場である。ルーツィアが立つ講壇の背後には280インチもの8Kスーパーハイビジョンのディスプレイパネルが2枚配置され、様々な【言霊回路】が、地球の言語──具体的には英語で設計された物が逐次映し出されていた。
この設計図の類は、以前シモーヌ博士がルーツィアに依頼した創作言語作成のデータが生かされている。今回はリヴァアースの言語を地球の言語である英語の字母へ対応させた対応表を作成、それを基礎的な【言霊回路】の設計図と共に全世界へと配布したのだ。
これに関しては新たに制定された国際連合憲章に書かれている「積極的軍事的措置」の条文により、「平和的利用以外の利用」が厳格に禁止されている。それは国家のみならず一企業から、果ては一個人に至るまで厳に誡められており、もし違反した場合は個人や企業には厳罰を、何処かの国家だった場合は直接的な軍事的制裁が課せられる事になっていた。
それは正しくルーツィアの提示した条件を護るが為に。
「お疲れ様、ルーツィア」
拍手に送られて降壇したルーツィアを笑顔で出迎えたのは栗栖。彼はかつて彼女を庇護し、現在は後見役としてマクシミリアン米国大統領と共に名を連ねる民間軍事会社A・C・Oから世話役兼守護者として出向していたのである。
「ありがとうクリス♡」
そう言いつつ、差し出された栗栖の手をとるルーツィア。心做しか嬉しそうである。
「毎回大勢の前で講義をするのも大変だな」
「まぁ大変は大変だけど……遣り甲斐もあるから平気よ♡」
栗栖の台詞に明るく言葉を返すルーツィアは
「それに──ここに来ている人達は本当に真面目な人達ばかりだしね」
にこやかにそう台詞を続ける。ルーツィアが地球人類に向けて自身が持ち得る魔法術と魔法、そして【言霊回路】の技術を伝える為の講義は月1回のペースで開催され、今回で2回目を数えていた。
現在ルーツィアが教授しているのは現在地球上で使用されている火力発電所や原子力発電所の熱交換装置と熱発生機器が対となっている汽缶に変わるモノ──ルーツィアが言うにはリヴァ・アースでは【魔導汽缶】と呼ばれている魔法機械の【言霊回路】である。
「まぁ、これはどの国も喉から手が出るほど欲しい技術だよな」
総会議場を出て、控え室となっている部屋に向かう廊下で、ルーツィアの講義を傍聴した一般傍聴者や記者達が「直接話を聞きたい」と声を掛けて来るのを上手に往なしつつ、彼女にそう話し掛ける栗栖。
「魔導汽缶自体はリヴァ・アースでは魔法機械の凄く基礎的な技術なんだけどね。しかも構造自体も凄く単純且つかなり古い物なんだけど……」
栗栖の話に答えるルーツィア。そう言う彼女の顔には苦い笑みが浮かんでいた。
「『白金の姫様』ッ──いや、ルーツィア嬢ッ!」
総会議場の長い廊下を人を掻き分けて移動し、漸く控え室の前まで来た時に不意に背後からそう声が掛けられ、思わず振り返るルーツィアと栗栖。そこには40歳半ばのミドルエイジで気さくな感じの紳士が、左脇に円筒形の図面ケースを抱えたまま笑顔を浮かべて立っていた。
「ああっ! ライアンさんッ!」
真っ先に反応をしたのはルーツィア。栗栖は一瞬怪訝な表情を見せたが、ルーツィアの台詞を聞いて目の前の人物に思い至る。
ライアンと呼ばれた紳士は笑顔で荷物を持っていない右手を広げ、駆け寄って来るルーツィアに腕を回して彼女を優しく包み込む感じで、その背をさすったり軽くたたいたりしたあと改めて栗栖に向き直る。
栗栖はしっかりと紳士に目線を合わせて、「こんにちは」と言いながら右手を差し出して相手が握手してくれるのを待つ。紳士はにこやかにその手を握って来たので「A・C・Oのクロヒメ・クリスです」と栗栖は笑顔で自己紹介をすると
「これはこれはクリス少佐、初めまして。技術者のライアン・ライトだ」
紳士──ライアン・ライトは栗栖にそう紹介を返すと握手した手を離す。
そう彼こそはルーツィアが今使用している【魔力変換機】を初めて地球の技術である電子機器設計自動化ツールで再設計した人物なのであった。
「本当にお久しぶりね! あっ、もしかして今日の講義に来ていたのかしら? それならそうと言ってくれれば良かったのに……」
栗栖とライアン2人のやり取りを見ていたルーツィアが、何かに思い至ると申し訳無さそうな顔をする。
「いや、彼は私が連れて来たんだよ」
そんな台詞と共にライアンが出てきた部屋から姿を見せたのは──電子タバコを咥えながら、ダークブロンドの腰まである髪を綺麗にひとつに纏め上げ、ミニのタイトスカートとブラウスの上からはいつもと違い、白衣をきっちり着込んだ長身の女性──シモーヌ・ヘルベルク博士だった。
「シモーヌ?! なるほど、今日は俺達に同行出来ないと言ったのはライアン技師を連れて来る為だったのか」
「まぁね。彼がルーツィアさんにどうしても見せたいモノがあるらしくてね、私にわざわざ頼んで来たんだよ」
姿を見せたシモーヌに、得心した栗栖。いつもなら彼女も栗栖らと行動を共にするのだが、今日に限り「ちょっと用事がある」と言って同行していなかったのだ。
「ん? 私に見せたいモノって?」
片やルーツィアはライアン技師が自分に見せたいモノとやらに興味津々の様子である。
「うん、ここでは少し話しづらいな。少々場所を変えて話したいんだが……」
ルーツィアの言葉にそう返事を濁すライアン技師。
「ルーツィア、それなら一緒に控え室に入って話を聴けば良い。ライアンさんもその方が宜しいでしょう?」
ルーツィアとライアン技師のやり取りを聞いた栗栖は、ルーツィアとライアン技師そしてシモーヌに、そう声を掛けて控え室のドアを開けると3人を中へと誘うのだった。
「さて……ルーツィア嬢に見てもらいたい物とはこれなんだが……」
部屋に入って腰を落ち着けるなり、左脇に抱えていた図面ケースから丸められていた書類を取り出すライアン技師。そのままテーブルの上に拡げられたのはA1サイズの紙に描かれた図面だった。どうやら【言霊回路】と何かの設計図みたいである。
「これは──魔導汽缶の【言霊回路】? それとこれは──?」
ルーツィアが図面を食い入る様に見入る。一緒に覗き込んだ栗栖は描かれていたモノを一目見ると
「──焼却炉?」
その図面から読み解けた答えを口にする。
「流石はクリス、良く気が付いたね」
そんな栗栖によく出来た生徒を褒めるかの様に声を掛けるシモーヌ。正直かなり上から目線である。
「まぁな。昔A・C・Oの訓練所時代に建築物の講義の時に構造図を見た記憶があるだけなんだがな」
片や栗栖はシモーヌの高圧的な物言いも意に介さず端的に受け答えをしていたりする。
「クリス少佐の言う通り、これは焼却炉だよ。それも摂氏2,000度の超高温のね。これはとある目的の為にこんな高温なんだ」
ライアン技師はライアン技師で栗栖の台詞に答える形で自分が設計した作品の説明を始める。
そもそもルーツィアが教えている魔導汽缶は摂氏凡そ1,450度程の火力で、一般的な液化天然ガス使用の火力発電所のボイラーと殆ど遜色がない、と言うか其れを基準に熱発生機器の【言霊回路】を組んでいるのだ。水を高温の蒸気に変えるのにはこれで充分である。
にも関わらずライアン技師の設計したのは摂氏2,000度、これは発電以外の別の用途がある筈だと、思考する栗栖。同じくルーツィアも頭を捻っている。暫し熟考した栗栖は──
「──これは廃プラスチックを含む可燃ごみの燃焼処理を兼ねているのか?」
──ひとつの答えを思いつき言葉にする。
「ほう、分かるのかね?」
栗栖の回答に驚いた顔をするライアン技師と
「なになに、どう言う事?」
栗栖の台詞に更に疑問の声を上げるルーツィア。
「それはまぁ──ルーツィア、これは少し専門的な話になるんだが──」
ライアン技師に答えを返しつつ、栗栖はルーツィアの疑問にわかり易く説明をするのだった。
栗栖の口から語られた話は──現在の地球上には1960年代から廃棄されてきたポリエチレンを始めとするプラスチックのゴミが今も途轍もない量存在している事、それ等が海洋汚染を引き起こして久しい事、現在我々がゴミをまとめて棄てる為に使っているのもまたポリエチレンの袋である事、それ等をそのまま焼却するとダイオキシンと言う難分解性の有害物質が発生する事、ダイオキシンは500度ぐらいの燃焼では発生し易く1,300度で殆ど分解出来る事、2,000度も有れば大抵の廃棄物は焼却処理出来る事、等等、かなり掻い摘んでいたがルーツィアの疑問に答える内容となったのであった。
「なるほど──それ等プラスチックを含むゴミを安全に焼却処理する為の焼却炉がこれって訳ね」
栗栖の説明を聞き終えたルーツィアが合点がいったらしくひとつ頷く。
「ああ、俺はこの図面からそう読み解いたが──どうですかライアンさん、違いますか?」
そしてライアン技師へと話を振る。すると話を振られたライアン技師は栗栖に笑みを向けると
「正解だ。流石はシモーヌ博士やルーツィア嬢が自慢するだけの事はある。中々の慧眼だよ、少佐」
一目見てその目的を言い当てた栗栖を賞賛し、それに少しはにかむ栗栖。
「へぇッ! そんな事まで理解るだなんてクリスは本当に博識ねッ!」
ルーツィアはルーツィアでそんな栗栖に目を輝かす。
「まぁ俺のは任務遂行の為に必要な事だっただけなんだがな……」
尊敬の眼差しを向けて来るルーツィアに栗栖は、ただ苦く笑うしか無かった。
「こほん。あーっ、2人ともちょっと良いかな? ライアン技師の話はまだ続きがあるんだが……」
栗栖とルーツィア、2人の会話にわざとらしい咳払いで割り込んで来るのはシモーヌ。気付いてライアン技師を見ると失笑とも苦笑ともつかない顔をしている様子が目に飛び込んで来た。
「あーっと、申し訳ない」
「あ、えと、ご、ごめんなさい」
其れを目にして慌てて謝る栗栖とルーツィア。ライアン技師は「えへんっ」と軽く咳払いをすると
「シモーヌ博士が言ってくれたが、この設計にはまだ幾つかの ”穴 ” があってね。それをルーツィア嬢に見てもらって意見を貰おうと、まぁそう言う訳だ」
そう言っていよいよ本題を切り出す。
「うん、まぁ、確かに魔法術や【言霊回路】の事なら、私は専門家だから幾らでも相談に乗るけど……それで何処が問題なのかしら?」
相談を持ち掛けられたルーツィアは、襟を正すと改めてライアン技師と共に【言霊回路】の設計図面に向き合う。少しして
「──これだけの熱量を発生させると輻射熱だけでも凄まじい事になるんだが──」
「──そこは【言霊回路】の効果範囲を限定すればかなり抑えられるわよ? 元々の魔導汽缶自体だって熱発生機器内の限定した領域にしか──」
2人の間に侃々諤々とした意見の応酬が始まった。
「やれやれ……」
ルーツィアとライアン技師2人の話は栗栖にとって門外漢であり、自分が口を挟む余地は何処にも無い事は百も承知している。それでも
「一緒に発電出来る様にすると色々と効率的じゃないか? 折角高温を発生させているんだ、使わない手は無いぞ?」
と門外漢ながら第三者的な視点での意見を言っておく栗栖。2人がちゃんと聞いていたかは甚だ疑問ではあるが。そんな様子を傍で見ていた栗栖が小さく溜め息を漏らし
(あと自分に出来るのはこの議論を静かに見守る事しかないか……)
と、そっと席を立って、部屋に備え付けられている給茶機でいつの間にか議論に参加しているシモーヌの分と合わせて4つ、熱い珈琲を淹れる栗栖。
室内の熱を帯びた議論はシモーヌを交えて、窓の外に舞う雪を溶かすかの様に更に激化して行くのであった。
次回投稿は二週間後の予定です。
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