〖act.45〗パラダイムシフト 〜魔法使い、一大決心す〜
【アイオン危機】と後世呼ばれた世界的混乱から5ヶ月後、A・C・Oの野外射撃場に於いて──
「よしッ、ルーツィアさんお疲れ様だねっ!」
──射撃場に設けられたブースで計器をモニタリングしていたシモーヌ・ヘルベルク博士が、ルーツィアにそう声を掛ける。シモーヌはルーツィアに実際に様々な魔法術を使ってもらってその現象の科学的見地からの計測実験をしていたのだ。もちろん超能力との類似点と相違点も併せて調査する為でもある。
新たに粒子検出器も加えた様々な計器の間を研究員達が忙しく動き回り、どんな些細な異変を見逃す事が無い様に注視しており、被験者のルーツィアは各種生体計測機器をいつも通り身体に付けながら、シモーヌの指示通りに魔法術をシューティングレンジに設置された標的人形に向けて断続的に発動させていたのである。
「ふぅ……」
シモーヌの言葉に大きく息を吐くルーツィア。既にこの実験も今回で15回目を迎えていたが、何回目となっても必要以上に集中力を必要とするこの実験はルーツィアにとっては苦手なものであった。
「ははっ、ルーツィアお疲れ様」
そんな彼女に笑顔で労いの言葉を掛けながら、炭酸飲料の入ったアルミ缶を差し出すのは栗栖。彼はルーツィアの「世話役」としての「本来の」任務で常に彼女をサポートする為に同行していたのだ。
「ありがとうクリスッ! もう喉がカラカラだったのォ!」
そう言うが早い、手渡されたアルミ缶のプルタブを開けてコーラを喉に流し込むルーツィア。良く冷えたコーラが彼女の乾いた喉を潤すと、フゥ、と再び大きく息を吐いて漸く緊張から解き放たれたようだ。
そんなルーツィアを栗栖は大切なものを見るかの様な視線を向けるのであった。
「やぁ、ルーツィアさん。お陰で今日も有意義な実験と成果を得る事が出来たよ。本当に有難う!」
そんなルーツィアと栗栖の傍に満面の笑みを浮かべながら声を掛けてくるシモーヌ。実に爽やかな笑顔である。
「シモーヌ、偉くご機嫌だな? 何かあったのか?」
シモーヌとの付き合いがそれなりに長い栗栖は、そんな彼女の些細な態度の変化に気付いたらしく質問を投げ掛ける。するとシモーヌは嬉しそうに
「いや何、これで次回の超能力理論研究機関の会合に研究論文を発表出来ると思ってね! 表題はもちろん『 ” 魔法 ” と呼称される特異能力の科学理解と実証、及び超能力との比較』、これだよッ!」
と自慢気にそう口にする。彼女が言う超能力理論研究機関とはESP Theory Research Instituteの略称を持つ超能力研究をする世界中の研究者達が集う有名な国際機関である。
「なるほど、な。今やルーツィアの ” 存在 ” はもう公になっているからだな」
シモーヌの台詞にひとり納得をするのは栗栖。
彼の言う通り、連なる次元の一つの中に存在する別の世界 ” リヴァ・アース ” からの『異邦人』であるルーツィアの身柄は、米国大統領とA・C・Oによって機密情報扱いをされていたのだが、『深緑の大罪』が日本で引き起こしたテロ事件の際に魔法術と共にその存在が明らかとなったのである。
当然の事ながら世界中が異世界から来たルーツィアの事で騒然となり、世界中の数知れないマスメディアからの取材申込みがA・C・Oに殺到したが大統領の庇護にある事が功を奏し、表立った動きは沈静化したのである。
「あーっ、そうなのよねぇ。あの時は本当に大変だったわ……」
その時の事を思い出して何とも言えない顔をしているルーツィア。彼女の事は最初にその存在が公になった日本から画像付きで情報が拡散、その絶世の美貌と相まって人気に火が着き、瞬く間に全世界へと拡散したのである。それこそ【アイオン危機】を凌ぐ勢いで。
「……あれからどう調べたのか、私の情報端末に見知らぬ人からの電話やメールが沢山来るようになったのよねぇ」
そう言うと、もううんざりとばかりに顔を顰めるルーツィア。
もっともそれ等の個人的な電話やメールの類は全て栗栖がA・C・Oの技術部と情報部の手を借り、二度とルーツィアに送って来れない様にはしたのは言うまでもない。
シモーヌの実験に協力し、ようやく解放されたルーツィアと栗栖。彼女の検証実験は今日で一応終わりとなり、あとは実際に論文の編纂と添削に力を貸すだけである。
「うーんっ、はぁ……これでやっと解放されるわねぇ」
アパートメントへの帰りの4WDの助手席で、大きく伸びをしながら吐き出す様に声に出すルーツィア。余程疲れたと見える。
「はははっ、まぁ俺としては君が良くシモーヌの実験に文句も言わずに付き合っていたなと感心していたんだが」
そんな様子を見て、笑いながらルーツィアに話し掛ける栗栖。如何にも愉しげである。そんな栗栖を黙って瑠璃と紫水晶の瞳で見つめていたルーツィアは、急に「うふふっ」と笑みを浮かべると
「クリスあなた、本当に前より表情が明るくなったわね」
栗栖も思いも掛けない事を口にする。
「えっ? そうかな?」
「本当よ。私がそれをはっきり感じたのは日本での『戦い』の後なんだけど……気付いてなかったの?」
ルーツィアの言葉に驚いて聞き直す栗栖に対し、逆に驚きを顔に表すルーツィア。だが直ぐに何かに思い当たり
「そっかァ……それは多分、あの『戦い』の中で貴方自身の手で『復讐』を果たした事で、貴方自身が自分に嵌めた『枷』をようやく外す事が出来たからじゃないかしら? 私の単なる憶測だけど、ね」
自身の考えを口にするルーツィア。そう言って慈愛に満ちた優しげな表情で栗栖を見やる。其れが何故だか恥ずかしく、態と彼女から視線を逸らしクルマの運転に集中する素振りを見せる栗栖。そうして束の間、お互いに無言になる2人だが、少しして栗栖が
「そう……か、そんな事にすら気付かないほど、俺は思いの外「復讐」に囚われていたのかもしれないな……」
そうぽつり言葉を発する。その表情は何処か憂いを帯びた、だが何処か晴れやかに見えたのであった。
そして再び月日は流れ、新たな年が巡って来た。これで栗栖とルーツィアが出会ってから2年が経った事になる。
この2年の、いや正確にはここ1年にも満たないうちに地球世界の政治機構は大きく変貌を遂げ、多極体制とも一極体制とも異なる新たな世界体制を迎えつつあった。そんな中──
「魔法術の「地球」での恒久的利用だって?!」
──A・C・Oメディカルセンター地下、研究区画にあるシモーヌの研究室に栗栖の声が響く。今この部屋に居るのは栗栖とルーツィア、そして部屋の主であるシモーヌだけだ。
「それは一体どう言う事だ、シモーヌ?!」
「まぁまぁ、その辺は順を追って説明するから少し待ちたまえ」
突然降って湧いた様な話に文字通り食って掛かる栗栖をやんわりと窘めるのはシモーヌ。その台詞に上げかけた腰を下ろす栗栖に満足したらしく、大きく頷くと徐ろに口を開く。
「さて、先ずは事の発端からなんだが──」
説明を始めたシモーヌから語られた話によると──シモーヌがETRIに提出した例の論文がそもそもの事の発端らしい。
今一番の注目を集めているルーツィアの魔法術について書かれた論文は実にセンセーショナルな内容であったが、それが世界中の研究者の目に止まったのは、「地球にも「マナ」は間違いなく存在する」とルーツィアが論文内で証言した事だった。
我々が住まうこの地球は慢性的なエネルギー問題と、化石エネルギーを大量に消費した事による大気汚染を始めとする深刻な環境破壊問題が存在していたのは、地球人類周知の事実であった。化石エネルギー以外だと核分裂反応を無理矢理制御した原子炉による発電が主であり、三重水素を利用した核融合反応炉でさえ炉壁の放射化等の低レベル放射性廃棄物を生産せざるを得なく、また核融合炉自体が近年ようやく実用的な炉が建造を開始したばかりなのだ。
だが「マナ」は世界中何処にでも満ちており、専門の技術は必要となるが、それさえ習得出来さえすれば凡百物理的事象を引き起こせる「魔力」へと変換出来るのだ。しかも物理的事象へと変換されエネルギーを失った魔力はマナへと還元され、マナ自体の損失は全くの皆無であり、しかも化石エネルギーや核分裂・核融合エネルギーの様な環境汚染すらない完全クリーンエネルギーなのだ。
そしてもう一点、今彼女が自分の世界への帰還用に使用している【魔力変換機】は、シモーヌの知り合いの設計技術者が文章作成ソフトと電子機器設計自動化ツールを活用し、ルーツィアの設計を再設計した代物だと言う事実である。それはつまり地球に存在する科学的技術と工業力であれば、マナを魔力へと変換する【言霊回路】を使用した機械──魔法機械とも言うべき物の生産が容易に出来る可能性を図らずも証明したのであった。
「──とまぁ、こんな感じだね。ルーツィアさんの操る魔法術とマナは図らずも、我々人類が求めて止まなかった ” 究極 ” の再生可能エネルギーであると示唆してしまったんだよ」
そう言って話を締め括るシモーヌ。その顔に浮かぶ表情から垣間見えるのは、ルーツィアへの後ろめたさか。
「成程、話は理解した。確かにマナや魔法術が現代社会の中で普通とまでは行かなくとも使われる様になったら、現在俺達地球人類が抱えているエネルギー問題も地球そのものが直面している環境破壊問題も一気に解決となるな」
そんなシモーヌの様子に敢えて触れずに、とりあえず話への同調を示すのみの栗栖。シモーヌはひとつ頷くと
「まぁそうなんだけど、ね。それでルーツィアさんに頼みたい事があるんだ。次回のETRIの会合に是非とも参加して欲しい。そして出来れば、地球でも運用が出来る【言霊回路】を使用した魔法機械の設計をして貰いたいんだ。これは私個人の頼みでは無く、ETRIに参加している世界各国の研究者達の切なる願いでもあるんだ。何とか協力……してもらえないかな?」
今度はルーツィアに向かってそう切り出す。言葉を向けられたルーツィアは暫く黙考していたが
「んー、協力する事には一向に構わないけど──」
と徐ろに声を上げ、同意の意を示す。それを聞いて顔に喜色を浮かべるシモーヌにルーツィアは「でも」と言って手の平を向けて
「私が教える魔道具の技術は必ず世界中の全ての国々に遍く公開する事、少数国家での独占は絶対に許さないわ。それと必ず使用目的は平和的利用のみに限定する事、これも絶対よ。私は私が教えた技術がこの世界の新たな争いの火種になるのなんてまっぴらごめんですからね。このふたつが確約出来ないなら私は絶対に協力はしない、それでどうかしら?」
シモーヌと栗栖の顔を交互に見てそうはっきりと言い切ったのである。
「──もし、地球人類がふたつの内どちらかの約束を違えたら、君はどうするつもりなんだ?」
その答えは明白ながらそれでも敢えて尋ねる栗栖。するとルーツィアは冷たい光を瞳に宿すと確固たる意思を持って言い放った。
「もしそんな事になったら──私は私が持ち得る全てを賭けて、約束を反故にした者を滅ぼすわ。それが例え国家だとしても、ね」
その時栗栖は、部屋の温度が確かに下がったのを感じたのだった。
そして後日開かれたETRIの会合にシモーヌと栗栖と共に出席したルーツィアは、世界中から集まった研究者を前に栗栖らに話したのと同じ内容を話して聞かせ、研究者達はそれぞれの国や地域へとその話を持って帰り、各国の代表への伝えた。
それはやがて国家の垣根を越えて国際連合へと話しは伝えられ、事態を重く受け止めた国連はルーツィアと栗栖そしてシモーヌを招聘、ルーツィアが出した条件を全て受け入れる為に新たな国際連合憲章を即時公布し速やかに施行された。
これによりルーツィアは更に脚光を浴びる事となり、彼女が設計した魔法術や魔法そしてマナを利用した新エネルギー機関の研究が、世界各国で積極的に行われる運びとなったのであった。
次回投稿は二週間後の予定です。
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