使命とすることに(3)
大きな会場を用いた催しは終わり、記憶を頼りに何とか、宿“ビアアーナ”に戻ることが出来た。あの後、警備のオッチャンには会えず、資金獲得は失敗に終わった。
明日も粘り強く町を散策するためにも、いち早く部屋に戻って、休息を取らねば。
そう思いながら、疲弊した足を二階の借りた部屋へと急がせる。
「っと、アンタはもう寝るのかしら」
そこで肩に手を置き、動きを止めてきたのはベラだった。
「どこで何をしてたのよ。アンタの分まで、今日もセルビアの手伝いをしていたというのに。とりま、私たちを褒め称えなさい?」
マジか。本当に今日何もしていないで賞受賞できるな。呑気に明日、出向いていいものか。
「ねぇ、シリアからもクロに何か言ってくれな……って、あら?」
シリアか。今朝のこともあるし、何かと気まずいが。見たところいないようだ。
「おっかしいわね。さっきまで近くにいたのに」
ベラが辺りを見渡す。シリアもいないが、デーニャの姿も見えない。
シリア探しのベラを他所に、二階へと急ごうとした時、ガチャッと宿の正面扉が開かれる。ここにいない天使のどちらかが入ってきたかに思われたが。
「ただいまっと!」
予感は外れた。だが、見覚えのある女の子。
今日居た会場にて、ステージに立ち、注目と歓声を浴びていた子。前髪を両サイドにピンで留め、綺麗な顔立ちが窺える。
続けて、もう一人、眼鏡をした男が入ってくる。ネイビー色のスーツ。険しい顔つきで周囲を警戒し、風格からして、ガードマンかマネージャーと言ったところか。
何にしても、目立つ客人であることに変わりない。レストランにいた少数の人たちも、普段の会話とは違うざわつきを始める。
悪口ではないが、どちらかと言えばこの宿は貧相な民間向け、主に僕たちでも泊まりやすいというイメージだ。だが、その二人には、どうも不釣り合いというか、似つかわしくない。
「あ、すみません! 少々お待ちに……って、メノ?」
颯爽と客に料理を運んできたセルビア。二人に気づき、吃驚する。
「セルビア姉!」
その子はセルビアの姿を目にし、声を上げた。
セルビアはテーブルに料理の皿を置き終わると、二人の元へ駆け寄っていった。
「あの子の姉がセルビア? ふーん、妹いたのね……。で、クロ、何の話だったかしら」
僕は再びベラに標的付けられる。
くっ、隙を見て姿を消せば良かったものを、同じように気を取られてしまった。
「え、それって堕天クロさんのこと?」
不意に、セルビアに呼ばれた気がした。意識しすぎ? 僕の幻聴?
「今、アンタのこと言ってなかった?」
ベラにも聞こえたのか。二人してセルビアの心の声でもテレパシーしたんだろうか。聞き間違いでないことに、自分の気持ち悪い勘違いではなかったから安心した。
と言いつつも、気になり、恐る恐るセルビアたちの方へ向き直――――――めーっちゃ目が合う~。
セルビアはこちらに来いと手招きしてくる。いやいやいや。彼女らの話題になるような覚えはないぞ。精々、あの子の服とか見すぎたくらいで……それがいけなかったのか。心なしか眼鏡男からも怒気が漂ってないですかね。
「何してんのよ。面白そうなんだから早く行きなさいな。あ、私も行くから」
何でこの天使楽しそうなの……?
勝手に付いてくるベラと一緒にセルビアに近づく。
「あの、クロさん。メノとは初対面ですよね」
もちろんもちろんその通り。
「でも、メノは知ってるんでしょう?」
嘘だろ。
「知ってる、私がいる会場の裏でウロウロしてた変人」
あぁ、納得。ってちょまおいこら急激的に怪しくなっただろ。この空間が、冷たい目線を一点に向けているのは確かだ。よろしくない、そして見てたんかい。非常によろしくない。
「はぁ……。アンタどうしようもないわね、悪魔の呪いがあらんことを」
ベラさん変な祈りするの止めて、いや、アーメンしないで?
と思ったら、既に何か呪文みたいな声が耳に入ってきたんだけど!
「――――――ねばいいさ――――――ねばいいのさ――――――ねしねしねし」
あの角隅にいるのはシリアか? 天使らしからぬ発言はダメ絶対って聖典になかったかな!? 目が悍ましい、何にもキコエナーイ!
「堕天クロさん、やっぱり貴方は恐ろしい人でした。今までありがとうございました。そして、さようなら」
君が一番恐ろしいわ。セルビアルートバッドエンド。
「さて、詳しく話を聞いた後、通報でいいね?」
この眼鏡男も容赦なさすぎる。
えぇ、ここまで支えてくれた方ありがとう。僕の物語はここで終了のようです。お世話になりまし――――――。
「旦那様!」
そう呼び掛けられたと同時に抱きついてきたのはデーニャだった。
どこかへ出向いていたようだが、タイミングが最悪だ。しかも、見知らぬオッチャンまで連れてきてるが……誰だ?
「おお! 兄ちゃんすまんかったぁ!」
と思ったが、あの警備のオッチャンだった。またなぜ、デーニャといるんだろう。
「旦那様探してたら、このおじさんも誰かを探してる風でいきな――――――」
「片っ端から兄ちゃんの特徴を聞いて探していたら、この子がいたんだ。そしたら私の旦那だって言うじゃないか! 運が良かったぁ。にしても、いやぁ若い奥さんだこった」
デーニャがまだ話していたが、オッチャンが割って入り、能弁に語る。
「悪かったなぁ、イベントが終わる寸前に仕事のお偉いさんに見つかってよぉ……長い時間動けなかったんだ。あ、こいつは約束の謝礼だ。忘れんうちに渡そう」
そう言ってオッチャンから数枚の通貨コインとイベントのグッズを渡される。服のようだが、見たことのある女の子が胸あたりにプリントされていた。煌びやかな色彩で『メノルカ』という文字も確認できる。
「ク、クロ? 何そのワイロと……趣味?」
違う。知らん。
「さてと、用は済んだ。兄ちゃん、俺は帰るが、仕事の帽子を返してもらい……」
そういえば、借りたままだ。
腰に差していたオッチャンの帽子を取り、渡そうとしたがオッチャンは静止して動かない。目線の先はメノルカと呼ばれている子……あ。
「待て、待ってくれ兄ちゃん、こ、こいつは夢ではないと思うんだが、目の前にいるこの娘、やたらメノルカちゃんそっくり……いや本人では?」
「……こ、こんばんは~」
オッチャンに女の子が応対すると、ファンであるが故、感動したのか、ピギャァァァと変な声を上げて倒れてしまった。
そのため、一旦、オッチャンを宿の救護室に運ぶこととなったのだった。
何とか運び終わり、一息つく。まとまった話をするにも、ここは適しているとセルビアは判断し、話の続きに入る。思い出したが、そこは前に、負傷したシリアを寝かせた広い場所だった。
先ほど、いくつか向けられた僕への誤解は、こちらへ来る途中、オッチャンから事前に話を聞いていたデーニャの説明により解けた。
その経緯を取りこぼさないように傾聴していたセルビアが申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。
「……勘違いとはいえ、クロさんには不躾な態度を取ってしまいました。その上で大変図々しいと承知ですが、メノの言ったことは目を瞑って頂けると嬉しいです……」
こちらも誤解される動きをしていたのかもしれない。誰かを特に咎めるような状況でもないだろうし、気にはしていない。心の傷は負ったけど。
「大丈夫だってセルビア。勝手な行動を取ったクロには、私たちできっちり処理するから。気にしなくていいのいいの」
「でも、クロさんにはちゃんとお詫びしないと。クロさん、私に何か出来る事はありませんか?」
そう言い、こちらを見るセルビア。
しかし、いつもセルビアには、資金源である『オプショナルミッション』をわざわざ用意してもらっている。
手を横に振る。
「え、あの、困ります! 何かさせてください」
……そこまで言うなら、やっぱり癒しのマッサージでも。
「きっとスケベなことさせられるだけだよ」
シリアが釘を指す。それを聞いたセルビアは一歩引く。
個人の尊厳とは……。てか、後ろに引っ付いているデーニャもそこは否定してくれないのね。
「あ、その代わりではないですけど、私の妹を紹介してもいいですか?」
とセルビアは自分の妹のことを話し始める。まず、メノルカと呼ばれている子は有名アイドルらしく、故郷であるこの町でも人気者の一人だという。隣にいる眼鏡男はマネージャーのようで、メノルカの専属を務めているとのこと。
大々的な町内イベントに出演、その帰りに姉のセルビアに会いに来たといったところだろう。それと、僕と他の天使たちの事についても、セルビアが妹に紹介していた。多少は驚いていたようだが、天使の容姿がたかが知れているので、完全に信じてはいない様子だった。
「ところで、セルビア姉。今日、泊まっていっていい?」
「え? でも、マネージャーさんが許さないんじゃ……」
見ると、眼鏡男が息巻いて、
「この辺は危険だ。もし、ブルガーのような大男にでも見つかって厄介なことにでもなったら……!」
聞き覚えのある名前に誰もが反応する。
「そいつだったら、どっか吹っ飛んじゃって、もう……ねぇ?」
「うん……あれ以来、姿は見ないね」
ベラとシリアは顔を見合わせて言うが、眼鏡男は呆然としていた。
「ブルガーを飛ばした? どういう、ことですセルビアさん」
「そうですね……確かに最近はブルガーさんによる被害の話は聞かないです……」
あの時の本当の真相を知る者はほぼいない。
「セルビアさんがそう仰るなら……。メノルカ、明日も早いからよく休むように」
「はーい」
「また迎えに来るよ。それではセルビアさん、失礼します」
眼鏡男がいなくなり、気が抜けたような声でセルビア妹が口を開く。
「セルビア姉~、久しぶりに手料理ご馳走して~」
「え、うん。あ、では皆さん、また後で」
そう言って二人も救護室から出ていく。
警備のオッチャンも起きそうにないし、当初の予定、自室に戻りたい。
「って待ちなさいって。アンタさっきの話、何でまた黙って一人資金稼ぎなんてしてるのよ水臭いわね」
相変わらず、困り顔なベラが止めてくる。
いやね、一応、性別男の子だし、プライド的な立場と理由がね?
「ただ私から逃げただけじゃなかったのは、ずるいよクロアチア」
「シリアルが追い出しただけじゃない。たかがパンッつぐぐむ!?」
「天使“おしゃべる”ーニャは黙ってようかな!?」
少ないものの、ベラや仲良しなシリアとデーニャにオッチャンからもらった通貨コインを手渡す。
「え……ありがと?」
「クロアチア……これは、貰っていいんだね?」
「旦那様がわたしに貢いでくれたー!」
これでひとまず許してもらおう早く横になりたいのだよ僕は。
そうして、笑顔の三人を見たのを最後に、一人、自室で横になり、無意識の世界へと誘われていくのだった。




