使命とすることに(2)挿絵とすることで
仰向けな身体に重量を感じた。
顔を上げると、こちらを眺める水色の眼をした少女。
「クロアチアは……もう、天使サルデーニャと、その、“ちゅー”……したんだよね。だったら! 私にも、して……ほしいよ……」
そう告げられ、恍惚な表情で話すのはシリアだった。なぜこんな熱烈な展開に。
身体の自由は利かず、シリアは寝ていた僕に跨ったまま、手を胸に置き、身体を近づけてくる。
「ん……っ」
薄い桜色の唇がゆっくりと迫ってくる。そもそも、デーニャが勝手に虚偽めいたことを言ってるだけであって、事実無根に等しい。このまま好意を素直に受け入れていいとは思えない。
不思議と差し迫ったような雰囲気がしばらく続く。状況の処理が出来ない。
「クロ……」
シリアを見ていた。ずっと見ていた……つもりだったが、次第に身体の感覚が戻ってくる。と同時に、視界に映るのは現実味ある天井へと変わっていく。
声にもならない吐息が思わず漏れる。心臓の鼓動が妙に早い朝の目覚め。
なるほど……夢ね。
「……! 起きたんだね」
視線を下に移せば、そこには寝間着姿のシリアが身体の上に乗っていた。
感じた重量は夢ではなかったらしい。シリアの様子に夢で見たような状態は見受けられない。あれは夢だった、正常正常。
というか君はいったい、ナニシテルデス……?
「っ……はふ!」
シリアは寝ている僕に対し、抱き枕のように上から抱擁し、身体の体重を預けてきた。
何これすごく恥ずかしい。
そういえば、以前にも朝、部屋の手前でシリアと鉢合わせたような……これも狙い的な?
「今だけだからね。天使ベラルーシもいないし。天使“お”サルデーニャもベッドから払いのけたし――――――ってどうしてクロアチアと一緒に寝てるのさ……! 私だって……」
金髪ショートの頭部を押し付け、モゴモゴと振動が胸部に走る。
確かに、いつも隣で寝ているデーニャがいない。
「それより、さっきのクロアチア変な寝顔してたんだ。夢でも、見てたのかな……?」
許可なく人の寝顔を見たのか。
間違っても、夢の中でシリアが蕩けた顔で唇を近づけてきたとは言えない。
「変な……夢じゃないよね?」
僕は首を小さく左右に振り、意思を伝える。変だ変だと連呼されると自分が変人であることを認めたくなるからやめてほしい。
「そ……っか。うん」
何とか伝わった……? 危なかった。少しでも勘づかれたら無事で済まないな。ただでさえ、セルビアの結晶集めの際に怒らせたばっかりだし。その一件で当分は許してもらえないだろうなと思ってたが。あれ、もう許してくれてるんだろうか……でなければ、こうして来ない、よね?
「バ―――て―――ない……」
シリアがボソっと何かを言った気がしたが、注意はすぐに別の方へと逸らされた。
「~~~んんっどうしてベッドから落ちてるのって……シリアル!?」
どうやら地面に寝転がされたデーニャが起床したようだ。
「わうっ!?」
ブフッ――――――!?
「あ……! ごめん、クロアチア」
驚き、飛び起きたシリアの両手が腹部を圧迫した。
「旦那様と朝の抱擁をする特権はわたしにあるの! シリアル早く出て行きなさいよー!」
デーニャはシリアの寝間着の腰辺りをグッと握る。
「っ! 出て行くのは天使サルデーニャの方だよ!」
シリアもデーニャの肩に手を置き、取っ組み合いの体勢に入る。
そこからは両者全く動かず、譲らずでその場から動く気配はない。シリアは引き寄せられないように、デーニャの服ごと自分側に引っ張る。デーニャも寝起きだからか、シリアを大きく移動させるほどの力はまだないようだ。
「~~~お子様シリアル最近食べすぎなんじゃないの!? 全然ビクともしないじゃないぃ! もうちょっと痩せたらどう!?」
「そんなに食べてないよ! 君こそ、クロアチアに引っ付き過ぎて余計な肉が増量したのが原因じゃないのかな……!?」
僕はこの先この光景をいつまで見せられるのだろう。
「ふ、ふっふー、甘いわねシリアル。わたしにはまだ『コダマシテール』があるんだからっ! 見てなさい」
「何……?」
デーニャが威勢よく言い放つと、身体の周りから光が溢れていた。そして、背中には二つの羽が生える。
彼女の能力が、被害に及び大事に発展されるのは御免だ。怪我人でも出される前に騒動を止めるべきか。
僕は二人の距離を離そうと、まず、シリアに手を伸ばした。それに気付くシリア。
「ま、まって! クロアチ――――――あっ!?」
「っ――――――そっ!?」
大きな振動が起こり、見ていた景色が一瞬にして変わる。
警戒されていたのは当然で、ベッドの上で立っていたシリアが焦ったように僕から離れようとした。だが、ベッドの布に足を取られ、バランスを崩し転倒。並行してデーニャもシリアの寝間着を掴んだまま、ベッドに吸い寄せられる。
二人がただのノックアウトで済めば良かったが、シリアにはなんと、一枚脱がされてしまうという追加演出が設定付けられていた……! つまりは、彼女の白い脚と小さな花々がデザインされた下着が露わになる。
もちろん目には入るし、その僕に気付くシリアはいるし。こういう時はどう言えばいいんだっけ。
オゥ! ジーザぁスぅ……いや、違うわ。
「い……っ! いつまでも……見るなぁぁぁ!?」
色づいた頬と激しく困惑した様子のシリア。これまでの経験上、意識の飛ぶ攻撃をしてくるのは明白だ。となれば、することは前進した行動あるのみ。
【堕天クロ】さんが退出しました。
シリアに深々と頭を下げた後、一目散に走り、僕は部屋を後にした。
「クロアチアの――――――スケベぇぇぇ!」
「どこ行くの旦那様ぁ――――――!」
さて、無事に宿を飛び出したまではいい。ただあの場から逃れるために出たわけではない。ベラ、シリアも着実に自分達の職務を遂行しようとしている。競争心はないが、こちらも何もしない現状は良くない。二人を見習い、頑張らなくては。ここで、セルビアに手伝えそうな仕事がないか相談するのは、昨晩、決意したこととは矛盾する。
町の中心地を目標立て、その方向に歩みを進める。
市街地は入り組み、人通りの少ない細道は正直、迷うだろう。今いる居場所ですらまともに把握できていないのだから、帰り道も危うい。
稼ぐ手段を探しつつ、困っている住民はいないかと探索する。資金稼ぎが天使の使命としても成立すれば一石二鳥で万々歳だが、そこまで甘くないか……。
やがて、建物も見慣れない場所まで来ると、奇妙な光景を目にする。人々が同調しているように決まった方向へと歩いていく。我先に我先にと勢いを見せ、事件でもあったのかと思うほどだった。人の流れに乗り、原因を探ろうとした。
そんな時、道の端に一人、落ち着きのない男がいた。帽子や服装からして警備員のようにも見えるが、ジロジロと道行く人々を睨んでいた。
職務中にしては気迫が怖すぎる。なるべく、目が合わないように通り抜けたほうがいい。
「そこの兄ちゃん、す、少し止まってくれ!」
男に肩を捕まれ、グイッと引き寄せられた。
下を向いたのは逆効果でかえって目立ったのか……?
何にせよ、足止めされる意味が――――――。
「急で悪いが俺の代わりに、ここらを見張っててくれないか! 分かってる! 兄ちゃんも“あの娘”を見に来たんだろう? だが、私も一ファンとして真剣に近くで応援したいんだ! こんな仕事をしている場合じゃない――――――もちろんお礼は弾む! 頼む!」
男は僕を怪しむどころか、縋るように懇願してきた。
よく分からんが、代わりの人材を探していたのだろうか。お礼という言葉だけは聞こえた。期待して良いのなら、頼みを断る理由は特にないが……。
僕は首を縦に振り、男は手を握ってくる。
「い、いいのか!? あ、ありがたい。兄ちゃん良い人だ! こんな見知らぬオッチャンに親切によぉ。うぐ……兄ちゃんの分までしっかり見てくるから……! 頼んだぞぉ!」
オッチャンはそう言い残し、帽子だけを僕の頭に被せ、人波へと消えていった。寧ろ怪しいのはあちらだったのではないだろうか。
そこまでして、この人達は何に魅了され、釣られているのだろう。今となっては真相は謎のままかもしれない。
人の波は途絶えず、押し寄せ続ける。そんな光景に眠気を覚え、一つ欠伸をした。改めて正面に向き直った時、先程の警備のオッチャンと同じ服装をした男が立っていた。顰めた表情で腕を捕まれる。
「一人警備が足りないと思って来てみたら、こんなところで油を売ってやがったのか! その服はどうした!? まさか……貴様、帰ろうとしてたな! さっさと着替えて自分の持ち場に戻れ馬鹿野郎!」
おっと、これは聞いてないぞ。見張る場所この辺じゃないのか。でも、よくよく考えれば変なところにいた気もするな。持ち場と言われてもそれがどこなのか。
「何してる!? 動けんのか! もういい、会場に入らず、裏手の警備だ。いいな?」
警備員は不機嫌にそう吐き捨て、戻っていく。
理不尽な話だ。こんなことなら安請け合いするんじゃなかったな。でも放棄するわけにもいかないし。また怒られるのは面倒だし……裏手とやらを適当に探すか。
気を落としつつも、しばらく進むと門らしき設計のされた木と旗を見つけた。人々はそこを通過していく。察するに会場と呼ばれる所はその奥にあるんだろう。であれば中に入らず、回り込めば裏手に辿り着くはず。
賑やかな歓声が響きつつ、足早に移動する。歩いている道と会場との間には良い感じに木々が立ち並び、見えない境界線がある。
遠目からではあるが、そこからの会場規模は意外にも大きい。屋外ステージとなっていて客席側も広い。ステージの両脇には一際目立つスピーカーもある。ライブなどを行うのに打ってつけなトラスステージテントと呼ばれる設備だろうと思うが……。
もしや、有名なアーティストでも登場するのだろうか。だとすれば、あれほどの人だかりができる理由も頷ける。
裏手の近くに来たのか、木の本数は増え、会場スタッフの待機所らしきテントまで見えてきた。そして、一人のスタッフと話す女性に目が留まる。
その容姿は端麗で、隙のない雰囲気でありながらも、人々を惹きつけるカリスマ性を備えていそうな女の子だった。綺麗な翠眼に黒い髪。前髪を左右にピンで留め、後ろにも結んでいる。服装は目立たず、アーティストにしては、一般的に近いが、一部分の成長分が気になるくらいか……。
「さぁ! 会場の皆さん。お待ちかねの~……メノルカちゃんの登場だ!」
「はーい!」
司会者らしき男の声が大きく響いた。彼女がそれに応え、ステージに向かう。
その直前まで、つい見惚れてしまった自分に気づく。
住む世界が違うとはよく聞く。まぁ今後も、彼女のような人種と関わることはないんだろう。
そんなことを思いながら、警備のオッチャンから借りた帽子を被り直し、裏手に回るのだった。




