来た
短髪にピアスが言い散らす言葉に、短気は損気という諺を思い出す。はっきりと言ってしまえば、初対面の人の前で短所を曝けだしてしまうのは、馬鹿な行動だ。なにしろ周囲の人からの第一印象が悪くなる。それに第一印象というのは、その人の基本のペルソナであると、脳裏に刷り込まれ、それは中々剥ぎ取られない。もっとも、ダイスが協力の必要が有るゲームかは分からないが。
それにしても、あの黒フードはゲームマスターではないだろうか? 以前、文庫の小説でそれが関連したものを読んだことがある。確かゲームマスターとは、行うゲームの進行を円滑に進める為に用意された人の筈だ。そしてゲームのルールをも状況に応じて変えられる人物……いわばルールブックそのまんまだった。
ルール…………そういえば、未だダイスのルールを聞いていない。いったい、どのようなルールなのだろうか。まあそれは、銅像のように沈黙を守り続けている黒フードが今から説明してくれるだろうが。
「もう……一人」
しかし黒フードは一向にルールを話すことはなく、先ほどから何やらブツブツと呟いているだけだった。そいつの前方に半円状に陣取るプレイヤー等は、暫くの沈黙に口々に文句を吐き始めていた。
「ちょっと、なんで早く始めないわけ? いい加減、話進めなさいよ」
そう言ったのは二人組のギャルの片割れ、巻き髪の方だった。見分けるポイントはいろいろありそうだが、茶髪の髪が巻き髪かどうかで判断するのが一番のようだ。
「まさか、ダイスをやらないなどということはないだろうな?」
大男が、鋭い疑いの眼差しを黒フードに浴びせたが黒フードは変わらずだんまりを押し通した。
「あの、柊さん、ゲームマスターって聞いたことあります?」
隣で所在なさげに辺りを見回す柊に、問いかける。
「あ、はい。ゲームマスターですか……うーん、聞いたことありませんね。それってなんなんですか?」
やはり知らないようだった柊に、ゲームマスターについての付け焼刃な情報を伝えた。
「……そうなんですか。ということは、やっぱりダイスはされるんですね。他にもいろいろと手間をかけているみたいですし」
言いながらに柊は、天井の方へ視線をやる。それにつられるように俺も眩い天井へと首を傾ける。
「…………あれは……なんだ?」
天井の中心部に、なにか大きな段差があるのが分かる。そう、まるでひっくり返した巨大なテーブルを、天井にくっつけたかのような、違和感のある出っ張り……
「たぶんですが、あれはダイスのプレイステージですね。なんで吊り上げられているのかは分かりませんが……」
「それにしても、大掛かりすぎないか? ……博打人へのイベント提供として、あれを下ろすのかもしれないが」
「あっ、今、敬語やめてくれました?」
柊に対して話したというよりは、むしろ独り言のつもりだったのだが。彼女の顔が緩やかに綻んでいるのを見ると訂正はしづらい。
「あ、ああ、ゴメン、良かったかな?」
「はい、そちらの方が私は、……いいですし」
小さな声で言い直しをした柊が、懐かしく、思えた。
「……来た」
黒フードのノイズのような声に、俺は遠く入口を見やる。そして、その小さな門が開くのを見た。