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第31話 信じる者を選べ

晃が蓮見との会合を終えて、作戦本部へ戻ってきたとき。

その空気は、明らかに変わっていた。


何かが乱している。

晃はそう感じた。

部屋の温度がわずかに下がったような、張りつめた沈黙があった。


「……椎名が戻ってきた」


そう告げたのは、モニターの前に座っていたシゲルだった。


「今、別室で待たせてる。でも、あいつ……怪しい。正直、信用できない」


「証拠はあるの?」

沙織が問い返すと、シゲルは首を横に振った。


「ない。俺の勘だ。妙に動きが読めすぎるし、何より──あいつの搬送ルートを信用して突入した先で、阿久津さんが戦死した。情報が漏れたのも……あいつがいた時期と重なる」


そのとき、そっと近づいてきた沙耶が、小さく口を開いた。


「……椎名さん、きっと裏切ってると思う」


晃が振り返ると、沙耶は静かに続けた。


「この前、一緒に見たビデオ。人影に何か合図してた……あれ、演技じゃなかった。目の動きとか、あの時の呼吸……違和感、すごくあった」


しばし沈黙。

晃は静かに目を閉じた。


(……仲間を信じたい。でも、俺はもう『願い』だけにすがってはいけない)


沙耶の言葉は、心のどこかに引っかかっていた感覚と、ぴたりと重なった。

そして小さくうなずいた。


「沙耶は、人を見る目がある。……それで十分だ」


彼は立ち上がると、柿沼に目を向けた。


「椎名を呼んでくれ。……俺が会う」


そして、問いかけるように周囲を見渡す。

異論を唱えるものはいなかった。

沙織が、肯定するように小さく頷く。


「あの晃ちゃんが、ついに主人公ムーブ始めたよ……」

ようやく余裕を取り戻したらしいシゲルが、ニヤリと笑いながら肩をすくめた。


──そして数分後。


椎名が作戦本部に現れた。


「やあ。久しぶりだな、みんな」


その一言には、どこか懐かしさすら漂っていた。まるで、何事もなかったかのように。


「どうしたんだい、晃。そんな顔をして。

俺たちは……同じ目的で動いていたんじゃなかったのか?」


柔らかな声、穏やかな目。

それは、かつて信じていた椎名そのままだった。


その声は穏やかで、微笑すら浮かべていた。

背筋は伸び、どこか懐かしげな表情で部屋を見渡す。


沙織がほんのわずかに動揺し、柿沼が眉をひそめた。


(……この空気に臆さず、自然に振る舞えるのが、この男の『強さ』でもあり──怖さだ)


だが、晃は一歩も引かなかった。


「……もういい。何も言わなくていい。二度とここには来ないでくれ」


椎名は一瞬、目を見開いた。


「……晃、どうしたんだ。何か誤解があるんじゃないか?」


その声音は、なおも穏やかだった。


「俺はずっと、みんなのために動いてきた。矯正施設でのセンサー遅延も、危険を承知で潜入して、何度も情報を運んだ。あの施設の監視網をかいくぐって、収容者を外へ逃がしたこともある。……信じたもののために、自分なりに動いてきたつもりだ」


晃は一瞬だけまぶたを伏せた。

部屋の空気がわずかにざわつくのを、晃は敏感に察した。

自分ではなく、周囲が揺れている。

言葉にはならないざわめきが、周囲の空気を微かに震わせていた。


(……あの時、たしかに助けられた。けど──)


「もういい。演技はやめてくれ。俺たちは、前に進む」


その言葉に、作戦室が静まり返る。

晃の視線は真っ直ぐに椎名を射抜いていた。


「お前が何を信じていようと、もう関係ない。俺は──沙耶を、仲間を信じる」


そう言いながら、晃は沙耶をちらと見やり、彼女が静かにうなずき返すのを見届けた。

その眼差しに、決意が宿っていた。


椎名は何か言いかけたが、その言葉は喉元で途切れた。


(……やっぱり、ずるいな。真っすぐすぎる)


晃のまっすぐな眼差しに、胸の奥に沈んでいた『かつて信じていたもの』が微かに疼いた。

椎名はほんのわずかだけ視線をそらした。

代わりに、静かに踵を返す。


その背中が扉の向こうに消えようとした、その瞬間だった。


椎名のポケットから、スマホが一つ、カランと音を立てて床に滑り落ちた。


誰も、声を上げなかった。

椎名も、振り返らなかった。


ただ、落ちたままのスマホだけが、沈黙の中に残されていた。


晃は、床に転がったスマホをじっと見つめていた。

椎名の手から離れたもの。

その中に、彼の『最後の何か』が残っているのだろうか。


そっとかがみ込み、晃はそれを拾い上げた。

スマホの画面が、一瞬だけ淡く光った。

表示された意外な名前に、晃は大きく目を見開いた。


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