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妹が文化適応に連れていかれたので、地下組織<灰翼>に入って占領国家と戦うことにしました  作者: 悠・A・ロッサ @GN契約作家
第二章 風を抱いて

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第30話 火種と代償

──指定された公民館の裏手には、黒い車が一台だけ停まっていた。


車から降りたのは、薄手のスーツに身を包んだ出雲だった。

出雲は腕時計をちらりと見てから、ため息まじりに言った。


「……あまり時間がない。10分が限界だ」

「出雲、悪かった」

「全くだ。君の要望で、蓮見の行程を調整して南市に来ざるを得なかった。

 この一分一秒が惜しい時に」

「必要だから頼んだ」

「……君は、段々と厚かましくなってきたな。

 昔は『一人でなんとかする』ばかりだったくせに」


眉をひそめながら、それでも出雲の表情に怒りは感じられなかった。


「……そうだな。だから、うまくいかなかったと思う」


晃はわずかに目を伏せて、息をついた。

その声には、後悔ではなく、確かな手応えがあった。


出雲は目を細めると、わずかに口元を緩めた。

だが、それ以上は何も言わなかった。


他にやることがあると言って、出雲は携帯端末を手にしながら背を向け、忙しげに立ち去っていった。


──車の中には、ひとりの男が静かに腰かけていた。


白いシャツの袖をまくり、革製の書類鞄を脇に置いた蓮見瑛士。

選挙戦の合間、ほんの数分の隙間に割かれた時間。

それでも、その視線には確かな重みが宿っていた。


「来てくれたんですね」


晃の声に、蓮見は小さく笑った。


「出雲から聞いた。君が『どうしても直接話したい』と」

「はい。YAK-001──あの『処分命令』についてです」


蓮見は軽く頷いた。その表情に驚きはなかった。


「やはり、君がそれに触れると思っていた」

「止めてほしいんです。あれが実行されれば、

 三千人以上の命が奪われることになる」


蓮見は一瞬だけ視線を落とした。だが、次の瞬間には、静かに晃を見返していた。


「私一人では止められない。あれを発令したのは、行政のもっと奥──選挙では動かない領域にいる者たちだ」


「……でも、あなたなら何かできると思った」


蓮見の目が細くなる。


「何かをするには、『代償』が要る。止めるには、それなりの火種が必要だ。君はそれを持っているのか?」


晃はしばし黙し、やがて静かにうなずいた。


「SSDがあります。カナンの関係者と医療センターの内部通信。医療データや名簿」

「それだけでは足りない。

 ──医療センターの実態も、カナンの関与も、確かに不穏ではある。

 だが、それだけでは『命令を止めるに足る必然性』とは見なされない。

 あくまで『異論』に過ぎない」


蓮見の声は、どこまでも冷静だった。


「そんなに…簡単に諦めていいんですか!?

 多くの人の命がかかっている時に。

 なんでもいい、方法を考えないと」


晃の気迫に押されたように無言でいた蓮見が、目を閉じ、やがて開いた。


「内側からは難しい。

 ──だが、日本の政治は、外からの『正義』には極端に弱い。

 人権団体、国際監視機関、メディア……。

 彼らが反応すれば、処分命令は凍結されるかもしれない」

「では」

「だが、そのためには『無視できない証拠』が必要だ。

 君たちの持つSSDも悪くはない。だが……」


彼はそこで一息置き、晃の瞳をまっすぐに見つめた。


「──決定的な証拠が欲しい。

 目を背けられない、誰もが見てしまうような。

 たとえば──難民の少年の遺体が海に打ち上げられたとき、

 世界は一瞬でその現実を直視せざるを得なくなった。

 戦争で泣き叫ぶ少女、焼けただれた病院、そういう映像が人の良心を揺らす。

 そして、その波が政治を動かす」


晃は息を呑み、そして言葉を紡いだ。


「……それなら、生の中継とかどうです。

 あの南市中央医療センター…『白の裂界』で、

 今まさに何が行われているかを、世界に見せるとか」


蓮見の眉がわずかに動いた。

「君は……本気で言っているのか?」


晃はわずかに視線を伏せた。

自分が何を言ったのか──今ようやく、その重みに気づく。


「……正気じゃないかもしれません。

 でも、誰かがやらなきゃいけないと思ったんです」


蓮見はしばらく無言で、晃の顔を見つめていた。

やがて、口の端をほんのわずかに持ち上げる。


「……その覚悟があるなら、私も応えよう」


静かだが、確かな約束だった。


***


南市から東都に向かう車内は、淡い夕暮れの光に包まれていた。

蓮見は少し黙ったまま、窓の外の景色に目をやる。そしてぽつりと呟いた。


「彼を見ていると、昔の自分を思い出す」


微笑を浮かべながらも、その目はどこか遠くを見ていた。

「理想を掲げて、ただ真っ直ぐに突き進んでいた頃の自分をね」

「それを……捨てたんですか」

出雲の問いに、蓮見は首を横に振る。


「捨てたんじゃない。『形を変えて、守った』だけだ」


車の中を、信号機の色がゆっくりと流れていった。


***


──その頃、南市のとある庁舎跡地の地下室。


蛍光灯のちらつく狭い空間に、二人の男がいた。


ひとりは黒江。南市中央医療センターの実務責任者で、かつては晃の直属の上司だった男。無表情の奥に、冷ややかな計算を隠し持つ。


もうひとりは椎名。表向きは灰翼の一員として行動していたが、今は密かに敵へ情報を流す裏切り者である。


「で?『あれ』は処理されたはずだよね」

黒江が組んだ腕のまま、投げるように言った。言葉には余裕があるが、その眼差しは一貫して冷めていた。


「はい。命令は完了しています。ただ……SNS上では拡散が止まっていません。

 スクリーンショットが回っています」

「まあ、当然だな。あの女は、死んでも言葉を撒く。そういうタチだ」


椎名は黙ってうつむいていた。唇の内側を噛む癖が出ていることに、本人だけが気づいていない。


「……君の報告には、正直がっかりしてる」

「申し訳ありません」


黒江はふっとため息をついた。


「小野寺奏──いや、『朱霞』が残したもの。それを止めるには、まだ足りていない」


それは報告というより独白に近く、椎名は思わず顔を上げた。


「灰翼の連中も動き始めた。そろそろ潮時だな。次の『整理』に入ろう」


しばし沈黙。椎名の指が微かに震える。


「……『整理』とは、誰を、ですか」


黒江は初めて、真正面から椎名を見た。その目は、観察者というより外科医のように冷たかった。


「君が報告していない範囲に、答えはあるんじゃないか?」


椎名は何も言えなかった。

ただ、小さくうなずくその目の奥に、言いようのない揺らぎがあった。


黒江はその様子を見て、わずかに目を細める。

「……正直、期待外れだったよ。だが──まだチャンスはやる」


「……え?」

「灰翼に潜れ。あいつらが何をしようとしているのか、探れ。

正直、今の俺にも全貌が見えていない」


黒江はわずかに声を潜め、低く続けた。


「いいか、奴らは何かを仕掛けようとしている。

 だが、詳細がつかめない。突入なのか、暴露なのか、ただの陽動なのか

 ──それを見極めろ。

 そして、かき回せ。動揺させ、判断を狂わせるんだ」


椎名は眉をひそめた。


「……疑われています。あいつら、気づいてるかもしれない」

「知ってるさ。だが、それでも『信じたい奴』はいる。そこにつけ込め」


黒江の声には、乾いた笑みが混じっていた。


「──任せたぞ、椎名」


その言葉が、地下室の空気に静かに沈んでいった。


──そしてその数時間後──


灰翼の作戦本部に、一つの報告が届いた。


『拠点周辺で、監視網に引っかかった微弱な信号を検知』

『一部通信が傍受された可能性あり。

暗号化はされていたが、位置情報の一部が解析された』


報告は簡潔だった。

だが、問題はその『漏れた位置情報』が、記録にも通信ログにも残っていない──

作戦本部のごく一部のメンバーだけに、口頭で共有されていた情報と一致していたことだった。


本来なら、その情報を知っているのは、灰翼の中枢だけだ。

偶然や盗聴では説明できない。

内部に裏切り者がいる──それ以外、考えられなかった。


疑念が、じわりと組織を浸食し始めた。


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