雲の上へ!
私が魔獣探しに同行することを渋々了承したあとのエクバルトの準備は早かった。
仕事の引継ぎ、あちこちへの指示、そして旅装を整えてから私と共に本部を出発するまで……1時間も要さなかった。
「一緒に行く魔獣の研究者は?」
「翼鬣犬のところにいるよ。先に連絡を出したから、着いた頃には準備できているだろう」
有能だなぁ、エクバルト。
月豹にエクバルトと二人乗りし、街から少し離れた森の方へ行くと、少し開けた場所があった。あまり見かけない獣の姿がちらほら見える。
2階建ての建物近くに降りると、1人の男性がすぐに中から出てきた。
濃紺のくしゃくしゃ頭の青年だ。
「急な出発連絡に慌てましたよぅ、副団長!」
「まだ支度は出来ていないのか?」
月豹から降りたエクバルトがやや厳しい声を発する。
魔獣研究所は、よく分からないが第2騎士団に所属する機関だそうだ。
青年は、ニコニコとした顔で両手を振った。
「いえいえ~、大丈夫です。……あ、その子がウワサの獣隊長?」
「ああ。あとで、彼女の従魔を見せてもらうといい」
「やった!」
二十代後半くらいの青年は、幼い仕草で嬉しそうに飛び上がった。
……んん?この青年に従魔を見せるのか?
見せられるとしても、ミチルくらいなんだが。
しかも、付いてきている訳ではない。用があれば喚ぶと言って、アスワドを手伝ってリーゼッテの護衛をするよう頼んでいる。
なお、アスラは「しばらく帝都を離れる」と言ったら、『留守番する』と即答された。私と一緒に他の国も見てみたいといっていたくせに、ゼックスバッハ領は塩漬けの料理が多い、あまり美味しいものはないだろう……とリーゼッテが教えたら、なんとも薄情なものである。
『1週間ほどで帰ってくるのであろ?ま、犬っころや馬鹿鳥は心許ないゆえ、妾もモシャ娘を護ってやろう』
などと偉そうに言われた。
だが実際は、リーゼッテが明後日、"騎士科男子を遠くで愛でる会"のメンバーとお茶会をする。そのときの茶菓子目当てに違いない。
ま、アスラを調べられても困るから、ちょうどいいのか?
翼鬣犬は、深緑色の……犬に少し似た、翼のある四つ足の魔獣だった。犬よりも、ハイエナに似ているかも知れない。
月豹よりも高いところを飛び、移動速度が速くて体力のある魔獣らしい。
「ここには六頭しかいないんだ。なかなか入手の難しい獣でね」
ユーベルと名乗った濃紺の髪の青年が教えてくれる。
ちなみに彼の髪がかなり短いので、ついマジマジと見てしまったら、「絡まりやすい髪なんだー」と照れたように頭を掻いた。
「森に行くと、小枝とかに絡まって取れなくなることがよくあるんだ。それで、短くしているんだよー」
「そうですか。てっきり、国教会の方かと」
「あははー、よく誤解される。でも、国教会の人が魔獣研究なんてしないよ!」
確かにその通りだな。
―――翼鬣犬は、特殊な笛で指示を伝えるらしい。
ユーベルが笛を吹き、3頭の翼鬣犬が飛んできて行儀よく整列した。
「えーと、僕がこの子に乗って一番前を行きますねー。で、君は真ん中でこの子、副団長はあの子に乗って殿をお願いします。……あ、これを耳につけておいてくれるかな。道中、会話ができるから」
渡されたのは、魔石のついた耳飾りだ。
更にユーベルは茶色いものも渡してくる。
「それと、これを。雲の上を飛ぶとね、息をするのが大変なんだ」
どうやら口元を覆うマスクのようである。布ではなく革で出来ていて、こちらも両端に魔石がついていた。
「あ、君、平民だったっけ。起動させておくね。これは起動させておけば、魔力がない人でも使えるから」
ブンと音がして、魔石が淡く光った。
「じゃ、とにかく出発しますか。あとは空の上で話しましょう」
飛行機のような乗り物ではなく、生身で風を切りながら雲の上を飛ぶ―――これはかなり興味深い体験になりそうだ!
私には少し大きい、フード付のポンチョのようなものとゴーグルも更に身に着け、順に空へと飛び立つ。
おお、翼鬣犬はミチルや月豹より、明らかに速い。
そして、ミチルの上はかなりの強風を受けるが、翼鬣犬はあまり風を受けない。
どうやら、気流が鼻先から上下左右に分かれているっぽい。厚手のポンチョやゴーグルをもらったから、てっきり風が強いのかと思ったのに。
私がそう言うと、ユーベルが笑った。
「上着は、寒さ対策だよー!上空はかなり寒いからね。裏に錆色羊の毛がついてて、暖かいんだ。ゴーグルの方は、陽射し対策。太陽に向かって飛ぶと、すっごく眩しいからさ。……でも、しばらくはあまり高く飛ばないからね」
「どうしてですか」
「僕や副団長は訓練しているし、魔法のおかげで多少、緩和出来るんだけど……高いところを飛んでいると体調を崩す人が多くてさ~。君の様子を見ながら、高さを上げていく」
なるほど。
雲の上を飛ぶ、ということは2000メートル以上の高さになるのだと思う。きっと低酸素で高山病に似た症状を起こすのだろう。
ちなみにミチルや月豹は、空から人の姿がある程度分かる高さ―――恐らく200~300メートルが限界だ。飛ぶ高さがまったく違う。
「私は身体強化が出来るので、恐らく大丈夫です。高さを上げてください」
「はは!いいね~、君!高いところ、平気なんだね?騎士でも、雲の上まで行くとなると尻込みする人もいるのに!」
ユーベルは楽しそうに笑った。そして、笛を強く吹く。
人の耳には聞こえないそうだが、私にはかすかに空気の震えのようなものは感じ取れた。
グン!翼鬣犬は遥かに高い上空へと向かい始めた―――。
雲の高さほどに到達し、安定した飛行に入った。
エクバルトがユーベルに、私がゼックスバッハ領で開催される鉱物の見本市に行くこと、魔獣探しはそのあとになることなどを説明する。
「はーい、分かりました。その鉱物の見本市、僕も見に行けるかなぁ?」
「許可証には、同行者1人可とあります」
「では、ユーベルは付いて行くといい。私は現地の騎士に聞き取りをしてくるから」
「やったぁ!」
顔は見えないが、ユーベルが満面の笑顔になっているだろうと分かるウキウキした声が上がる。エクバルトが苦笑を漏らしたのが小さく聞こえた。
「はしゃぎすぎるなよ?」
「わかってますって」
「……この通信機、なかなか優秀ですね」
横で聞いていて、つい私は呟く。
翼鬣犬の周囲は風を切る音でいっぱいだが、通信機はその音は拾わず、人の声だけを届けている。すごい。
ユーベルが「だよねー!」とすぐに相槌を打った。
「なんかさ、風と波の魔法を応用した高等魔術らしいよ。周囲の雑音は遮断して、装着者の声だけ拾うんだー」
「翼鬣犬に限らず、こいつも貴重だから普段の任務では使えないのが難点なんだよなぁ。月豹に乗ったときも使えたらとよく思うよ」
ふうん。
翼鬣犬といい、この通信機といい、そんな貴重なものを借りて鉱物の見本市へ行くなんて……これは確かに職権(?)乱用と言われても反論出来ない。
見本市のあとは、魔獣探しを頑張らねば。




