続きの話 その3
「レイ?」
プリキャス王女が帰国して数日経っていた。
私は何か胸騒ぎがしたから早歩きで部屋に戻った。
「レイ?」
私達、王太子夫妻の部屋にはバルコニーがあるのだが
そのバルコニーの窓が開いていて、カーテンが風に揺れている。
私はバルコニーに出た。
足元にキラリと光るものがあった。
屈んで拾いあげた。
金色の髪がざりだ。
桜に似た花をモチーフにしたいつもレイがつけているものだ。
「レイ!!」
部屋の中に戻り、部屋中を、見渡しながらレイの返事を待つが風で私は揺れるカーテンが重なり合う音だけが聞こえる。
私は手に髪飾りを持ったまま立ち尽くした。
…私を狙う族…?
しかし召使いが誰もいない。
どうなってる?
「パーセル!!」
私は召使い長の名前を大声で呼んだ。
※※※
「は?」
部屋のソファーに座っていた私はパーセルの言葉に前のめりになった。
「はい、先ほども言いましたが、妃殿下は自らメイドを下がらせました」
「自ら?」
だいたいレイはいつも私が来るまで寂しいからと言って召使いと部屋でお茶しながら楽しそうに話し込んでるじゃないか。
…すっかり女してるな…。
「昼間は変わった様子はなかったか?」
パーセルは首を傾げて考えていた。
何か思いついたように手を合わせた。
「猫!」
「猫?!」
「はい。猫でございます。昼間ガーデン散策の際に猫を見かけて可愛がっていたようです」
「で?」
「はい。それだけですが?」
「ああ、もういい」
頭を下げて部屋を後にしようとするパーセルがふと扉の前で振り返った。
「殿下?妃殿下が見えにならないようですがもうおやすみされているのですか?」
「ああ」
「体調がお悪いとか!!」
まはか今さっき、あれほどレイの事を聞いたのに気づいていなかったのか?
まさかいないなんて言えないな。
パーセルはいい年だか真っ青になって倒れてしまいそうだな。
「あ、いや。大丈夫だ。下がっていいぞ」
レイが自ら部屋を出たとしか考えられない。
昼間の猫にでもご飯を食べさせに行ったんじゃないか?
まあ、仕方ないな。
私は体に魔力を巡らせてレイの気配を探した。
まあ、レイの魔力を感知するくらい朝飯前だ。
…?
……?
……違う??
ガーデンにいない?
じゃあ…
私は王宮の周りを探した。
しかし私が感知できる範囲にレイの気配を感じなかった。
つまり…彼女は王宮にいない?!
私は体が先に動くタイプだったようだ。
あ、いやいや相当レイに溺れてるな…。
バルコニーから慌てて外に出た。
どこをどう走って探し回ったのか覚えていない。
ふと足元に黒猫がいた。
「昼間レイに会ったのはお前か?」
黒猫は私の顔を見るなりくるりと反転して走り出した。
「ついてこい?ってことか」
私は黒猫についていった。
黒猫はガーデンを抜けてあまり人が立ち入らない奥の使われていない建物の前で止まった。
にゃー。
「ここにレイはいるのか?でも中からレイの気配は感じないな」
やはり俺が狙いか?
構えて魔力を貯める。
怖いがレイを助けなきゃいけない。
歯をギリギリと重ね合わせた。
「ははは、瑛莉。相変わらずだな」
…黒猫の後ろ側からスッと背の高い男が現れた。
黒いマントのフード部分を頭からすっぽり羽織り見るからに怪しい奴だ。
そいつが私を瑛莉と呼んだ。
「はっ?誰だ?」
「嫌だな。玲斗はすぐ気付いてくれたよ。
しかし、瑛莉と玲斗が結婚してるとか。笑えるね。」
「は?」
ちょい待ち。
ちょい待て!
こいつは…
「よかったじゃないか瑛莉。大好きな玲斗を手に入れた感想を聞きたいね」
「米田!!」
あー!
前世で同じクラスの真面目学級委員の米田慎一郎だ。
彼はスッとフードをとって頭をブルブルと振った。
そして深呼吸をした。
ゆっくり落ち着いた彼とは逆に私は焦っていた。
何たって唯一、前世俺が玲斗を好きだと知っている奴だった。
「あー。久しぶりだね。おやおや華麗な王子様なんだね。いやいや見間違えたよ。しかし玲斗には生きていた中で1番驚かされたよ。まさか俺の一推しのレイリラ様に転生してるんだから」
「おまえも妹がひみプリにハマってたんか?」
ひみプリ…そうそれが前世妹達がハマっていた乙女ゲームの題名だ。
『秘密の夢であなたに会いましょう』
あなた=プリンスだからそう呼ばれていた。
「いや俺には妹はいない。俺がハマってたんだ」
「はっ?」
長いストレートの黒髪を赤い紐で結んで、切れ長の赤い瞳が細められた。
背が高くすらっとした体型は見るからに美しい。
威圧感凄すぎる。
「まいったな。相手が瑛莉じゃなかったらレイリラ様は無理矢理でも俺のものにするんだけどな」
「レイリラは私の妃だ!」
「更に中は玲斗だろ?一石二鳥じゃないか」
「レイリラは渡さないからな」
そうこいつ、米田慎一郎が俺の恋心を知っているのはこいつも玲斗を狙っていたからだ。
「お前に聞きたかったんだ。もしかして玲斗を追って車に飛び込んだのか?」
「はっ?違うし。単に猫を…ん?猫?」
猫ー!
米田の足元にいる猫?
似てないか?あの時俺が助けようとした猫に…?
にゃんと黒猫は飛び上がり米田の腕の中に落ち着いた。
「はははーん。やはりそうなんか」
少し軽く笑って米田は私を見た。
「な、なんだ!」
「ライセシェール様がお礼を言いたいそうだ」
「は?ライセシェール様?誰だ?」
「この猫さ。」
米田は黒猫の頭を軽く撫でた。
ふにゃんと猫が鳴いた。
「ライセシェール様は偉大な神様なんだ」
「猫だが?」
「たまたま入っている器が猫なだけだ。漂う高貴なオーラがわからないのか?まあただの一国の王子だから無理か」
「お前はわかるのか!」
「私はバリバリの完凸した神聖力を持ってる」
「何だかそのテンプレなスキル!」
話を聞く内にようやく分かってきた。
要約すると
この黒猫はライセシェール様と言う神様。
たまたま俺の世界に来たときに車に轢かれそうになったところを俺が命をかけて守った。
俺が死んだ事を申し訳なく思いながら事故現場で佇んでいたところをお悔やみに来た米田に拾われた。
その後、ずっと米田に可愛がられて暮らしていた。
一応猫だから人間と同じくらい生きていては怪まれると思い一旦米田から離れたら、いつの間にか時間が過ぎていて米田は老衰で亡くなる寸前だった。
ライセシェール様は今までのお礼に米田の願いを叶えてくれると言った。
米田は俺たちと過ごしていた時間に戻りたいと願った。
しかしそれは無理だから別世界に転生はどうだと提案したところ米田は『ひみプリ』の世界を熱望したら
願わくばレイリラに見合う立ち位置として追放された後に住む隣国の大神官のライシカサダを指定した。
確かライシカサダが身元引受人だった記憶がある。
その際、ライセシェール様は命の恩人の俺に何か出来ることはないかと聞いてきた。
米田は俺と玲斗も同じ世界に転生させればきっと喜ぶだろうと言った。
ライセシェール様はその言葉を受け取り俺たちの魂を探し出してこの世界に転生させてくれた。
更に米田は俺と玲斗がハピエンになるようにお願いしてくれた。
「だからお礼を言われるのは俺だな」
米田はまだ猫をなでている。
「誰がお前にお礼なんて言うか!」
…って俺がお願いしたから転生したんじゃなかったのか。今、玲斗とレイリラを手に入れている幸せはこいつのおかげなんだ。やはりこいつに感謝すべきなのか?
あ、いや…しかし…ん…。
「ま、まあ。ありがとう」
ふふふんと笑い米田はくるりと回りその空き家に足を踏み入れた。
「で、レイはどこにいるんだ?」
「ついてこればわかるよ」
私は彼の後に着いて家の中に入った。
空き家だったから蜘蛛の巣があったり…とか思っていたが割と綺麗にされていた。
足を踏み出すたびにギィと床が軋む音がする。
前を進む男は目の前にある古びた扉を重そうにあけた。
「ここから隣国の俺の王宮内の地下の研究室に行けるんた」
「は?何を勝手に繋いでるんだ」
「まあ、まあ固い事言わない」
「プリキャス王女は帰国してすぐに血相変えて飛び込んできたんだ。第一王子は俺と同じ転生者なんだって」
「ああ、彼女にバレたのが痛かったな」
「よくよく聞いてみたら瑛莉なんだとわかった。じゃあ玲斗は?ってことになった」
「まさか女に転生してるなんて思わなかったろ?」
「盲点だったな。きっとお前の近くにいるはずだと思い王宮
内を探していたらガーデンで会った。驚いたな。まさか一推しのレイリラ様に転生してるなんて」
「俺も目がテンになったよ」
「でもよかったじゃないか?」
「でもお前は?レイリラが一推しなんだろ?更に玲斗だし」
「んー、お前たちが幸せならいいような気がする」
「あ、そりゃどーも」
何か白っぽい靄を通り過ぎた。
目の前にソファーが見えた。
薄らと座っている女の人の背中がみえる。
その前にはプリキャス王女が楽しそうに口に手を当てて話している。
「そうなんですか?」
「男はそういうものよ。アタックあるのみ!」
「でも相手が相手だし…」
「大丈夫。彼なら押すのがベスト!昔からそうだか…ん?あ、エイリだ!」
くるりと振り返った女は最上級の笑顔を向けてきた。
そしてソファーから立ち上がり早足で私にかけよってきた。
ふわりと彼女の香りに包まれた。
「レイ、勝手にいなくならないで、探したんだよ」
「ごめんなさい。だって米…あ、ライダが迎えに行ってくれるって言うから、ついつい…。お前もわかっただろ?本当びっくりした」
「ああ」
私は抱きついてきた彼女の柔らかい体を抱きしめた。
「愛してる、レイ」
「は?」
彼女は顔を真っ赤にして私を見上げた。
「牽制しなくても大丈夫だって」
米田が笑う。
私はすこし苦笑いした。
昔から王族付き神官として王宮に住むライダとプリキャス王女は歳が近いことからよく遊んでいたようだ。
その際に『ひみプリ』の話をよく聞かされていた。
「推ししか勝たん!」と「レイリラは美しい」「レイリラは綺麗だ」「レイリラは芯が強い」「レイリラは心が真っ直ぐで綺麗だ」などなど力説していたようだ。
当然プリキャス王女もレイリラに憧れをもつようになったようだ。
いずれレイリラをさらっとてきたいと常日頃聞かされていたプリキャス王女は彼に協力しようと今回我が国を訪問し、自分の聞かされていたとおりに話が進んでいないこと、私が転生者であることを知り帰国早々、米田に興奮しながら話をしたようだ。
「またお話しさせて下さいね。お姉様」
レイリラはよく女の子の恋愛相談をしていた。まあ、何たって前世男だから男心がわかるのだろう。
「大丈夫よ。あなた達なら私も協力するわ」
「ありがとうございます!嬉しいです」
「…すっかり女友達だな…」
「ああ」
米田が遠い目をしていた。
「レイ、もう行こう。寝る時間が無くなるよ」
「はい」
私達は部屋に戻った。
「本当に驚いたよ。まさか米田までこの世界に転生してたなんて」
興奮しながらレイがベッドにダイビングした。
「確かにな。嬉しい?」
「そりゃそうだろ。すこし興奮して寝れないかも」
「…寝れない?」
レイにはそろそろわかって欲しいな。
私は嫉妬深い方なんだよ。
「あ、いや。寝よう!エイリは明日朝から謁見あるだろう?」
「寝れないんだろ?」
「いや!眠たくなってきた!寝る!寝れる!おやす…んっ…ふっ…ん」
「そろそろ君に似た可愛い子が欲しいな」
恥ずかしがって煽るレイが悪いんだよ。