抱腹九死 7
視界には光がなかった。
何日か昏睡していたのか、動かしにくい体を起こして辺りを見渡す。部屋全体は白を基調にされているようだったが、明かりは点けられず、時刻も夜であるせいで、清潔感はあまり存在していなかった。
「……生きてるのか」
死んだ、という自覚すらなかったが、自然と口から零れ出た。体は勝手にそう思っていたのかもしれない。迷惑な話だ。
傷口があった場所を確認してみると、ものの綺麗に消えていた。腹部の裂傷も、足首の刺傷も、まるで元から傷などなかったかのように。クリアの治癒魔法だというのなら、大した技術だ。普段は鬱陶しい奴だが、次に顔を合わせた時には、礼を言わなければならない。
誰もいないという現状が少し物悲しいが、時刻を鑑みるに仕方ないだろう。日が変わってからしばらく経っている。みんな、寝静まっているのだろう。
大きく伸びをして、体にこれから動くことを知らせる。
服装は真っ白で、死人が着ているそれとよく似ている。あの服はもう、まともに着られたものじゃない。誰かが気を利かせて、眠っている俺を着替えされてくれたのだろう。
「はあぁ……」
欠伸をした俺は、何処とも知れぬ部屋の戸を開ける。
「おっ、起きたか」
部屋の前にはディーが立っていた。いつもと変わらない軽い雰囲気で、いつもと変わらないどこか古風な服装で。廊下の明かりはひとつとして灯っていなかったが、ディーの瞳は煌めいているように見えた。
もう一度欠伸をして、数度頷く。
「いやあ、死んでなくてよかったぜ。俺の時空間魔法も、死者を生者にはできねえからな」
さらっととんでもない魔法を口にしたが、今はそれよりも先に問うべきことがある。
「ソピアは、どこにいる」
「あの娘よりも、お前を助けたお人好しのところに行く方が、先だと思うがね」
この馬鹿の言うことにも一理ある。こいつが何を思ってここにいたのかは知らないが、ここは質問を変えるべきだろう。
「……なら、ソピアは無事か?」
「もちろんだとも。お前の決死の時間稼ぎのおかげで、あの娘は傷ひとつない」
代わりに俺が死にかけただけのことはあったらしい。なんせ、神を名乗る謎の存在にまで会って来たんだからな。ソピアが無事で、本当に良かった。思わず安堵の息が漏れた。
ソピアの無事が確認できたなら、次はディーの言う通りに、コウヤのところへ行くべきだ。俺が意識を失う直前に、あいつの声が聞こえた気がしないでもなかった。その疑念が、ディーの一言によって確信へと変わった。
正直、疑ってかかっていたが、あいつは本当に人を助けることが趣味らしい。
「ま、今から礼に行っても睡眠妨害になるだけだし、ここはちょっくら俺の話し相手になってくれや」
「断る」
馬鹿の話に付き合うぐらいなら、朝まで眠っていた方が有意義に違いない。こいつの話で、俺の今後に役立つものがあるとは思えない。それこそ、今からコウヤを叩き起こして、先代勇者としてアドバイスでもしてやったらどうだ。
俺には、勇者なんて柄でも、器でもない。力すらまともに持っていない。
「まあまあ、そう言わずに。お前にも役立つ、縁ある話だぜ?」
「はあ?」
「俺の親友、ライトニング・ラウンドこと、鍛冶屋ラウンドの創業者の話だ」
◆
「……話を聞く限りじゃあ、オーバーテクノロジーの塊だな、そいつ……」
俺は、馬鹿にまんまと乗せられ、「ライトニング・ラウンド」なる、自分の先祖について語り合っていた。
外見については俺と非常に似通っているらしく、性格は極度の引きこもり気質。俺とは比べ物にならないレベルだ。常人とは比べ物にならない想像力、それを実現するだけの開発力を持っている、ディーが知る限り、最高の技術者だったらしい。
だが、その実力が災いして、とある時期に国から武具の開発を禁止される。まあ、ライトニングが作る武具は、話を聞いているだけでもあまりにも強力すぎるので、俺に言わせれば当然だ。何だビットって。
「しかしなあ、あのヒッキーの子供が、こうやって旅に出るとはな。ちゃんと血繋がってんのか?」
「当たり前だろ」
俺からすれば、お前に子供がいたという事実の方が驚きだ。
「もういい頃合いだな。あいつらも起きただろ。礼なりなんなり言ってきな」
窓を一瞥し、立ち上がる。確かに、普段であれば起きているような明るさだった。
今まで廊下で座っていたからか、体中の関節を鳴らしているディーは小さく欠伸をした。
「お前は、どうしてそこまでして、俺たちを気にかけるんだ」
問いかける。俺はひたすらに無知だった。
問われたディーは、ニヒルな笑みを浮かべて、こう答えた。
「子供と、後輩と、友達のためだな」
そんな、ありふれた月並みで、違和感でしかない答えを残して、ディーは去って行った。
まさか、あいつから物語の主人公みたいな台詞が飛び出すとは思わなかった。
あいつの原動力は、俺のように、私欲だと思っていた。曲がりなりにも、伝承されるだけの器はあるということだろうか。
まあ、それは今、どうでもいい。とりあえず、あの、究極的に人が良いあいつに、礼を言うべきだ。
俺が眠っていた部屋は、数日前に俺たちに与えられた部屋からそう離れていなかった。おぼろげに覚えている壁や戸、窓から見える景色を思い返すことができるのは、そういうことだった。
見えるものをできるだけ多くするために、廊下の真ん中を歩く。決して早くはないが、遅くもない朝なのに、従者が廊下を彼方此方へ行き来している。
見ない顔だからか、それとも王から俺の顔が知らされているのか、道行く従者は俺の顔を一瞥しながらも、声をかけては来ない。まるで異世界にでも迷い込んでしまったような気分だ。あいつも、こんな扱いを受けていたのかもしれない。
徐々に従者が少なくなっていく。この人の流れからも、記憶の中にうっすらと残っている。あの二人に連れられて、俺とソピア、コウヤとクリアで部屋を分けられた。今考えると、部屋の大きさで分けたのではなく、実力が高い二人を引き離すことが目的だったのだろう。性別ではなく、実力で分けられて本当に良かった。性別で分けられていたら、薬物耐性組が固まってしまうせいで、取り返しのつかないことになっていた。
そんな、あり得たイフのストーリーを想像していると、目的の部屋のすぐ近くに着いた。
俺の目の前には、俺たちの部屋があった。ノブにかけようとした手を引っ込め、ソピアの顔を見たくなる気持ちを抑えて、俺は数歩歩く。
ノックは必要ないだろうと、目的の部屋の戸を無遠慮に開く。




