ようやくおわりにゃ
「その猫はナーシャ様に命令されて私のブローチを奪ったんです」
「……にゃ?」
「ナーシャ様の飼い猫だったっていうんなら全て辻褄が合うじゃないですか。全部全部、ナーシャ様がやったことなんです。形見のブローチを猫に盗らせてくるなんて、あまりに酷い行為だわ。きっとその後どこかに捨てたのよ」
「だが、そもそも持っているはずのないブローチを君が持っていたという話はどうなっているんだ」
「私、必死でブローチを探してたの。そしたら茂みでたまたま見つかったのよ! でも見つけた瞬間にその猫に盗られて……っ。だから“私から”ブローチを盗った、そう言ったんです」
ぺらぺらぺらぺらと次から次へ嘘を紡いでいく唇。だけど一度抱かれた不信感を嘘で補修しようとするのは、むしろ逆効果だ。
私をしっかり抱きあげている筋肉バカの腕に力がこもっていく。目を見にゃくてもその瞳が冷めていくのがわかる気がした。
「いい加減にしてくれ、メグ。君の嘘は聞くに堪えない。ナーシャは人を貶める人間ではないと判断した。君はなぜ嘘をついてまでナーシャを悪い人間に仕立て上げようとするんだ」
「そんなの……っ、ヴォルフラム様の判断が間違ってるのよ」
「俺の判断が間違ってるだと?」
「そうよ! だってナーシャ様は高慢ちきで高飛車でっ、庶民である私を見下して楽しんでいるような人間なのよ? 私の大事なブローチだって盗ったし、私にいろいろ嫌がらせもしてきた! そんな人間が悪い人間じゃないなんて、おかしいわ!」
「…………確かに俺の判断は間違っていたようだ」
「! そうです、ようやくわかって……」
「君は動物にはやさしいかもしれないが、いい人ではない。メグ。君は嘘つきの、悪人だ!」
うおおおおおおおっっっ!! 筋肉バカよく言った! かっこいい!
にゃんかどことにゃくボキャ貧感がいにゃめにゃいけど、素朴さがむしろかっこよさを引き立ててるよ! ゲームの君より好感が持てるよ!
一方ヒロインは、完璧に逆ハールートから外れたのを知り、白い彫像ににゃっていた。
やりとりを静観していた王子の目を見ても、もう修復は不可能だろう。王子はにゃにを怒っているのか知らにゃいが、にゃんだかもんのすごい冷たい目でヒロインを睨んでいる。
もう逆ハールートはいいじゃん。メガネくんあたりで手を打っときにゃよ。あれは手堅い物件でっせ。
だけどここで諦めにゃいのが性悪ヒロイン。今度は憎悪の目を私に向けてきた。
「このバカ猫……あんたが邪魔するからっ!! あんたさえ、あんたさえいなければぁぁぁ!」
ヒロインが勢いよく私のほうに手を伸ばす。筋肉バカがとっさに後ろに下がる。
王子の手元でにゃにかが光る。
「え……?」
「何度も言わせるな」
ごとんと、にゃにかが落ちる音がした。ついで視界が真っ赤に染まる。
吹き出す赤から私を守るように、筋肉バカの大きな手が私を包み込んだ。だから私にはヒロインの顔は見えにゃかった。
ただ耳をつんざくほどのヒロインの悲鳴。そしてそれよりも声量は全然小さいのに、悲鳴よりもはっきりと耳にこびりつく、王子の声。
「それは私の猫だ」
……え? まさか、この王子……猫の、ために?
ヒロインの腕を切ったの?
「さっさと医務室に行くといいよ。早めに処置すれば一命は取り留めるだろうし。……まぁ、それでも私の猫の名誉を著しく傷つけた報いはとってもらうけどね?」
王子がクスクスと笑う音と、筋肉バカがため息をつく音。
やばい。これはやばい。ご主人のピンチにゃんかほっとくんだった。私のごはんにゃんてどうでもよかった。
「猫、難儀だな。厄介な人に目をつけられたらしいぞ」
だってこれ、私のピンチじゃん~~~!!
* * *
それから。
ヒロインはにゃんとか命は助かったらしい。でも学園から姿は消した。それがヒロイン自身の選択によるものにゃのか、それとも誰かさんの仕組んだことにゃのか、そこまでは私にはわからにゃい。
ご主人は筋肉バカと順調に仲を深めているらしい。といっても友達どまりだけど。筋肉バカはそもそも友情を築きたいって路線だし、ご主人はご主人でこれ以上のコミュニケーションはパンクしそうだし。この二人は、ニャメクジ進展がお似合いにゃんじゃにゃいだろうか。
きっと誰も興味はにゃいだろうけど、猫の私の近況も教えとくにゃ。
私はというと。
「にゃー……」
「ご、ごめんね、おマル。殿下からおマルにご飯をあげるなって厳命されちゃったのよ。ね? これからは殿下からもらいなさい?」
こういうわけだ!! あんのクソ王子、外堀を埋めにきた! 私からご主人のごはんを取り上げ、自分が新たにゃごはん係ににゃろうとしている!
ご主人もご主人だ! 私が体を張ってご主人のピンチを救ったのに、ご主人は王子から命令されたってだけで私と距離を置きやがった!
うわあああん、薄情だよぉぉぉ! 私をにゃんだと思ってるんだよぉぉぉ!
「ああ、ここにいたんだ。私の猫」
「あっ、お、王子」
「ぎにゃっ!」
見つかった! 緊急事態! 緊急事態!
逃げます!
「どこ行くの、猫」
「にゃぁ~……」
捕まりました!
首根っこをつかまれて、猫の体の構造上力が入らにゃくにゃる。
だるーん。私はタコです。猫じゃありません、タコです。だから見逃してくだしゃい……。
「ふふふっ、さぁ、ご飯を食べさせてあげるね。私の猫」
「……にゃー……」
いや、百歩譲ってごはんを食べてあげるのはいいよ? 王子にゃだけあってごはんすっごく美味しいしね?
でもにゃんでお前の手のひらから食べにゃいといけにゃいんだ! にゃめろと? この私ににゃめろと?!
あとその発情モードの目をやめてください。ほんと怖いです。にゃんで猫に発情してんの。バター犬にゃらぬバター猫をやってほしいわけ? んにゃ真似させたら嚙み千切るからね!!
「猫、可愛い私の猫……首輪は何色にしようか?」
「にゃあああっ!」
ひどい! 誰も助けてくれにゃい!
ご主人のピンチは猫が救ったのに、猫のピンチは誰も救ってくれにゃいんですか!
≪ご主人のピンチにゃのに猫だからにゃにもできにゃい おーしまい≫
さらっと書こうと思ったら、にゃがくにゃった上にヤンデレまで出た。反省はしていにゃい。
・猫/おマル
転生主人公。猫ライフを満喫していて、完全に性格も猫化している。ちなみにメス。野良猫のため名前は定まっていない。結構口が悪く、おバカ。「な」が悉く「にゃ」になる。最初は「なにぬねの」を「にゃににゅねにょ」にしようかと思ったが、あまりに読みにくくなるのでやめた。
・ご主人/ナーシャ
コミュ障系悪役令嬢。転生者じゃない。友達は猫のみ。最近婚約者も友達になってきて、幸せいっぱいの生活を送っている。まだ人間の目は直視できない。
・筋肉バカ/ヴォルフラム
不思議ちゃん系悪役令嬢婚約者。本編では出てなかったけど王子の騎士候補。立派な筋肉を持つ。犬を飼っている。動物好きのためか、頭が筋肉だからか、猫の言ってることが大体わかる。ちなみに王子の暴走癖は慣れてるのでちょっとやそっと流血沙汰になっても冷静に対処できる。
・王子/テオドール
ヤンデレ系第三王子。暗殺者に狙われるため常に帯剣している。狂的な猫好き。中でもおマルは別格。暴走しないようにとおマルとの接触は持とうとしなかったが、実はおマルのストーカー。この後猫としておマルを愛したのか、それとも秘密の妙薬を手に入れておマルを人間に変えたのか。真相は誰にもわからない……。
・ヒロイン/メグ
性悪系ヒロイン。ギャグ路線でいってたので軽いざまぁになるかと思ったら、まさかのヤンデレ覚醒で無事には帰れなかった、ちょっと可哀想な人。ごめんよ。
・メガネ
え、だれだっけ?