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異世界の戦場  作者:
Phase.2
37/37

Act.00__Epilogue



 今世紀最大の謎と呼称される一つの大きな事件が存在した。その名も『海神の神隠し』。今から五年前の二月に、日本国海兵隊と米海兵隊から編成された中東派遣団と呼ばれるPKF部隊がアフガニスタンに向けて横須賀基地を出港した。しかしその道中、彼らは何者かと戦闘となり、それきりレーダーからロストした。この事態を受けて周辺各国による懸命な捜索活動が実施されるも成果は一向に上がらず、誰もが諦めかけた。しかしそれから四ヶ月後のある日。突如太平洋沖に中東派遣団と思われる船団が出現し、事態は急変した。


 捜索隊はすぐさま原子力空母『ジョージ・ワシントン』を初めとする各船舶に移乗、捜索した結果、行方不明となっていた多くの隊員が昏睡状態で発見された。後の調査において、各船舶に搭載された兵装に使用する弾薬の多くが消えていることが判明し、騒ぎにもなった。


 病院に運ばれた隊員が昏睡状態から回復したという情報が世間に流れ、多くの報道陣が殺到した。



『レーダーからロストしてからの四ヶ月の間に何があったのか?』


『弾薬庫の件はどういうことか?』



 等々。日本国海兵隊特殊作戦航空隊に所属する整備技官──岡西真那二等軍曹は、上層部や報道陣の質問に対し、ただ一言、次のように答えた。



『記憶にありません』



 問うたびに返ってくる答えは決まって同じ。それは他の隊員も同様だった。それどころか、彼ら彼女らは時折静かに涙を流していた。その答えが判明することは永遠になかった。


 それから二ヵ月後、またも太平洋沖で三隻の船が発見された。そのうちの一隻は行方不明とされていたやまと型ミサイル護衛艦『やまと』。そしてその他の船は共に世界各国のどこにも存在しない艦だった。この二隻は日本に曳航され、技術者によって調査されるも、船が起動することはなく、そして外部からの一切の侵入を許さなかった。


 さらにその一年後、日本国海兵隊は異例の解散を受けることとなる。ある者は自衛軍に移り、ある者は辞めた。海兵隊が解散したことを受け、陸上自衛軍に海兵隊と同様の機能を有する海兵旅団が設立され、海兵隊に与えられていた戦車や装甲車は陸上自衛軍に渡った。これと同様に船は海上自衛軍に、戦闘機は航空自衛軍に渡された。



 *



 四月も半ばに入り、街路地に埋められた桜の木も次第にその花を散らせ始めていた。太陽が天頂を通り越し、帰宅途中の学生の姿がちらほらと見受けられる午後の街並み。平和な日本の街並みには少々似つかわしくない砂漠迷彩の防暑戦闘服4型にコヨーテブラウンのバックパックを背負い、履き慣れた半長靴で地面を蹴る彼女──榛名唯依中尉は、どこか危機感を持った表情のまま、目的地に向けて前進していた。


 五年前の七夕の日にこの世界に帰ってきた唯依は、海兵隊から陸上自衛軍に移り、今では陸上自衛軍海兵旅団強襲偵察隊第一偵察小隊の小隊長を勤め上げるまでに出世した。現在はロシア軍との合同演習を終え、久方ぶりの休暇を受領したばかりである。



「ああ、もうヤバい! 間に合わない! 絶対に行くって約束した手前、大和と莉奈怒るよね……」



 *



 某所、幼稚園。



「それじゃあ次は大和くんと莉奈ちゃんの番です。大丈夫かな?」


『…………うん』



 五歳児が四十人ほど入ることのできる大きめの教室の後方は多くの大人たちで埋め尽くされていた。いわゆる、授業参観だ。彼ら彼女らを担当する新人保母──片瀬かたせ彩華いろはは、親の列を振り返り、どこか寂しげな表情のまま元気のない返事をした二人の兄妹──榛名はるな大和やまと榛名はるな莉奈りなの両名を、どう励ましたものかと悩んでいた。


 今回取り上げたテーマは『私のパパ、ママのスゴいところ』というものであった。彼らは父親を知らないという。と、いうのも、彼らの父親は現在行方不明であるからだという。彩華は内心「デキ婚のまま父親が逃げたのかな?」と失礼な想像をしたことがある。しかし彼らの母親は怪訝そうな表情を向ける彩華に対して、苦笑しながらこう話した。



『私とあの子たちは捨てられたわけじゃないですよ。あの人は今、遠い国で頑張っているんです。だからあの人が帰ってきた時、笑って「おかえり」が言える家庭を私が作って、守らないといけないんです。なんて、よく解らないですよね』



 結局のところ、彩華は未だに彼女の言っていたことが理解できないでいた。とどのつまり、母親のことは知っているが、父親のことを知らない彼らに今回のテーマは不適切で、加えて現在彼らの母親が後方に見当たらないことには眉をひそめるしかなかった。



「僕のママのスゴいところ──」


「私のママのスゴいところ──」



 そうして始まった彼らの発表。彩華は先程までの思考を隅に寄せ置き、今はただ彼らの発表を真剣に聞くのだった。



 *



「相変わらずこの国は平和だな」


「平和なことはいいことだろう?」



 まあな、と言って僅かに頬を緩ませる青年の白髪が風に揺れる。



「それで? こっちはどうだ?」


「当分の間は退屈しなさそうだ」


「そうか」



 園児たちの賑やかな声を聞き、青年は胸を踊らせた。そしてとある教室の扉に手を添えると大きく深呼吸をした。視線の先では戸惑う二人の兄妹が見受けられた。



「さて、感動の出逢いと行こうか?」



 そして、扉は開かれた。



 *



「えっと……パパ? のスゴいところ?」


「どうするの、大和?」



 彩華はやっぱりこうなったか、と内心頭を抱えた。母親から父親の話を聞いているとはいえ、いざ発表するとなると困るのは当たり前である。どうしたものか。彩華が中断させるべきか、と考えた時、不意に教室後方の扉が開かれた。初めに視界に入ったのは黒。次に金。それらに彩華は思わず息を飲んだ。正確に言えば、魅入ってしまった。



「むかしむかし、あるところに一人の軍人がいました──」



 教室に入って数秒で室内の全てを魅了した赤色のドレスを身に纏った金の長髪を揺らした若い女性がそれはまた唐突に、お伽噺のような始まりでとある物語を語り始めた。



 *



「うわぁ……間に合わなかった……」



 ぜえぜえ、と荒れた息を整える唯依の視線の先。幼稚園の門から次から次へと出てくる親子。唯依はやっちゃった、と深々とした溜息を吐くと、なんと言って申し開きをしたらよいかと頭を抱えた。合同演習があったとはいえ、よもや子供の晴れ姿を眼に焼きつけることができなかったとは。



「とにかく迎えにいかなくちゃ……!」



 軽快な身のこなしで人の界隈を避け、玄関口にたどり着いた唯依は、そこで見慣れた女性を見つけた。バックパックを背負い直し、女性に近寄る。



「すみません、片瀬先生! 遅れました!」


「…………あっ、榛名さんじゃないですか!」



 突然の謝罪に面を上げた彩華が肩を跳ねさせ、謝罪の主が唯依であることを認識した彼女は、唐突に興奮した口調で詰め寄った。



「私知りませんでしたよ!」


「えっ、えっと、なにが?」



 あと一歩でも踏み出せば唇と唇が重なるのではないか、とそんなギリギリの距離で言い寄られ、状況を理解することもできず、困惑する唯依。そんな唯依のことを気にする様子もなく、彩華は続けた。



「まさか榛名さんの旦那さんがあんなにも格好いいなんて!」


「………………えっ?」


「さっき綺麗な金髪の女の人と遊具に行きましたよ!」



 彩華の言葉を理解するには数秒の時間を有した。だからこそ、気がつけば唯依は無意識のうちに走り出していた。背後から彩華の困惑した声が聞こえたが、彼女と話している時間はなかった。もしも彩華の言う人物が唯依の想像した人物なのだとしたら、この日をどれだけ待ち望んだことだろうか。



「ねえねえ、さっきのもう一回見せて!」


「あー! 莉奈も見たい!」



 愛しの我が子の嬉々とした声音。唯依は否応なしに高鳴る胸の鼓動を抑え、そしてその視界に黒──結城奏中尉を捉えた。どこからともなく現れた焔の狼と龍が宙を舞う。



「────五年ぶりだな」


「…………奏?」



 ────ああそうだ。忘れるはずもない。忘れたこともない。彼の髪も瞳も鼻筋も輪郭もなにもかも。五年前のあの日から今日までずっと待って待って、待ち望んだ。いつでも迎えられるように必死に努力した。そしてその努力がようやく実を結ぶ時が来たのかもしれない。



「ああ。ようやく帰ってきたよ」


「奏!」



 子供や他の親子が見ている前だが、そんなことはどうでもいい。五年分の喜怒哀楽を埋めるように奏に抱きついた唯依は、もう二度と離さない、とそう言わんばかりに強く抱き締めた。ほのかに鼻腔を擽る桜の香り。ほどよく付いた無駄のない筋肉。それこそ片時も忘れたことのない奏そのものだった。



「あー、ママだけズルい!」


「私も私もー!」


「まあ待て、お前たちはしばらく我慢だ」



 駄々を捏ねる大和と莉奈を脇に抱え、どこか羨ましそうに奏と唯依を見つめる女性──リアス・ハーフメルナは、やーやーと頬を膨らませる二人の前に七色の動植物を具現させた。途端に目を輝かせる大和と莉奈。



「五年間も待たせて悪かった。よく二人をここまで立派に育ててくれた。ありがとう」


「どういたしまして。凛姉様たちも全力で補助してくれたから助かったよ。それにあの子たち良い子だったんだよ」


「そうか。姉さんにも礼を言っておかないとな」



 そう言って微笑む奏。その笑顔がどうにも懐かしく、唯依は再度奏を抱き締めた。甘えん坊だな、と奏は唯依の頭を撫でる。



「お二人さんの仲が熱烈によろしいことは充分伝わったし、なんならこの場で熱いヴェーゼを交わしてもらっても構わない。しかしそろそろ周囲の視線を気にしてみてはどうかな?」



 こほん、と咳払いをしたリアスが満面の笑みでそう告げる。そうして漸く自分たちが抱き合っていることを認識した唯依は、途端に頬を真っ赤に染め上げた。一方で奏は平然とした様子で周囲に目配せをした。



「五年ぶりの再会なんだ。見逃してもらえるかな?」



 言葉に魔力を乗せ、周囲に放つ。するとどうだろうか。二人のやりとりを眺めていた人だかりが散っていく。魔法は便利だ、と奏は笑う。その言葉に唯依は「そうだね」と同調すると、二人は顔を見合わせて笑った。リアスもまた同様に微笑む。ただ大和と莉奈だけがその場の状況を理解できないでいた。しかしそれでも両親が笑っていることが嬉しいのか、にかっと年相応の笑みを浮かべてきゃっきゃっ、と騒いだ。



「おかえり、奏」


「ああ。ただいま、唯依」


『おかえりー! ただいまー!』



 地を舐めるように駆け抜けた一陣の風が木に宿った桜の華を絡め取り、再会の祝福を彼らに贈る。何もかもが真新しく、戦禍に包まれたあの世界が彼らにとっての異世界の戦場だったように、もしかするとこの世界もまた彼らにとっての異世界の戦場なのかもしれない。









 2013年11月13日0027時から連載を開始し、気がつけば2015年10月1日0000時を迎えていました。約二年という期間は私にとっては長くも短い、非常に充実した時間でした。


 途中、行き詰まり、辞めてしまおうか、なんて思うこともしばしばありました。しかし稚拙を完結させることができたのは、何よりも当初から多くの読者の方々がいてくださったおかげです。お気に入り登録をされ、時には感想を書いていただけたことがどれだけ励みになったことか。感謝してもしきれません。


 Military × Fantasyという右も左も判らないジャンル。恐らくは文章的にも、知識的にも多くの至らない点があったことでしょう。そんな作品を最後まで読んでくださった皆様に最大級の感謝を。


 これから先も私こと、桜咲零夜は時間を見つけては小説を投稿していく予定です。その時はどうぞよろしくお願いいたします。皆様に少しでも楽しんでいただけるような小説を書いていく所存です。


 またいつか、皆様にお会いすることのできる日を祈って。──桜咲零夜。

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