Act.10.5__Welcome Back
その日は海鳥がよく鳴いていた。海上自衛軍が保有するSH-60Kシーホークに搭乗した特別警備隊に所属する青年──立花悠生三等海尉は、切換レバーを『ア』の位置に入れた89式小銃特2型に搭載したACOGを視線の先に捉えた謎の空母に向けた。今から数分前に出現した、やまと型ミサイル護衛艦『やまと』の他、所属不明の二隻の艦艇。
「あんな空母は見たことがないな」
「ニミッツ級なんて比じゃない」
H&K MP7A1を元にして造られた日本の新型9mm短機関銃の槓桿を引き、点灯させたEoTech558ホログラフィックサイトを覗くバディ──相楽恭介三等海尉は、小さな溜息を吐くと16式鉄帽の四点式顎紐を締め直した。
「降下準備!」
「降下準備!」
お偉いさんによる号令。悠生はゆっくりと息を吐き出した。その瞳と雰囲気が緊張感ある戦闘用に切り替わった。撃鉄は起きている。護衛ヘリのAH-1Zヴァイパーの20mm機関砲が空母の甲板に向けられる。空母には複数の戦闘機が駐機されていた。
「降下!」
「降下!」
先陣を切る悠生。降下後、膝撃ちの姿勢を取り、安全を確保する。動きはなかった。
「嫌な静けさだな……」
「慎重に進もう」
そうして一歩を踏み出した。上空のヴァイパーがフレアを散布して機体を傾ける。
「エレベーターが動いている」
「射線に注意しろ!」
切換レバーを連発に導き、息を飲む。人影が見えた。銀の長髪を垂らした長身の女性。その手にはダネルNTW-20とFIM-92スティンガーが存在した。その場にいた誰もが言葉を発することができなかった。26kgのNTW-20を片手で持つことさえ信じられないというのに、長身の女性はさらに約21kgのFIM-92も持っているのだ。開いた口が塞がらなかった。
「各個に撃てぇっ!」
それはまさに夢のような光景だった。二つの武器をまるで玩具の如く軽々と持ち、人間とは到底思うことのできない俊敏な身のこなしで悉く銃弾を回避していく。旋回を終えたヴァイパーのガンナーが長身の女性に照準を重ねた。RWRアラート。パイロットは再度フレアを撒き、回避行動に転じた。発射された弾頭は運よくフレアに引っ掛かり、ヴァイパーから離れた場所で炸裂した。
「だ、弾倉交換!」
「遅いです」
澄んだ声が聞こえた。轟音が唸り、大型のマズルブレーキから発砲炎が瞬いた。スティンガーを放り棄て、NTW-20のボルトを前後させて次弾を装填する。二発、三発。弾切れを起こしたNTW-20を槍投げの要領で投げる女性。
「危なっ!」
「立花!」
間一髪で躱した悠生に肉薄する女性。89式小銃特2型を構え銃に持ち替え、来るべき近接戦闘に備える。女性の手が背中に回された。ナイフか、と予想する悠生。それが間違いであると気づかされるのはすぐのことだった。死神の微笑みが見えた。銃身が短く切り詰められたソードオフタイプの水平二連式の散弾銃の銃口が額に押し当てられた。
「チェックメイト、詰みです」
散弾銃の引き金に掛けられた指が沈んでいく。海上に華が咲いた。
「────衛星データリンクによる情報のアップデートを確認。再起動。友軍のIFFを確認。通常モードに移行します」
意識はまだ現世に残っていた。恐る恐る目を開けた悠生を出迎えたのは銃口ではなく、長身の女性の柔和な笑みだった。
「初めまして。アルカディアは貴方たちを歓迎します」
「…………はい?」
悠生はこの日のことを一生忘れることはできないだろう。謎の空母の居室には自殺したとされていた新藤夫妻が見つかったり、他の船を調査していた部隊からは行方不明になっていた海兵隊の兵士が見つかったという報告を受けた。そして悠生も今、残りの彼らを発見した。途中、後送されていく少尉の頬に刻まれた涙の軌跡を見た時、何故か胸が痛んだ。しかしなんにせよ、一つだけ言っておきたいことがある。
「おかえり」




