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異世界の戦場  作者:
Phase.2
35/37

Act.10-2__Operation Enduring-Flare

作戦開始時刻、0630時

Operation Enduring-Flare

オペレーション・エンデュアリング・フレア




 七月七日、七夕。暁の訪れと共に戦火は開かれた。リーンベルク王国とアタナシウス帝国の国境線に配置された155mmりゅう弾砲が轟音を掻き鳴らせ、一定間隔で並べられた10式戦車とM1A2エイブラムス戦車の120mm滑腔砲が一斉に放たれた。これまでに体験したことのない衝撃に身体を縮こませる兵士たち。



『弾ちゃーく、今っ!』



 観測手のその言葉と共に地面が激しく炸裂した。


 そして大規模な地上戦が始まったその頃、アタナシウス帝国の帝都ハイロードの上空六千メートルを強襲偵察隊二個小隊と武装偵察隊一個小隊を乗せたC-17グローブマスターⅢが一機、戦闘機三機に護衛されて飛行していた。



「作戦事項は各員に達した通りだ。我々の今作戦における最大目標はルテナント・ハルナの救出及びヨシハル・シンドウとハルカ・シンドウの捕縛である。彼女を発見、保護した後に我々はルテナント・ユウキの不思議な力で本隊と合流。海上に撤退する。その後、我々は元の世界に帰還する」



 C-17のキャビンでそう告げたのは米海兵隊武装偵察隊第一偵察小隊を率いる兵士──トラヴィス・フォールズ少佐だ。M27 IARを片手で掲げ、隊員を鼓舞する。その向かいで立ち上がり、分隊支援火器仕様の17式小銃を片手で保持した強襲偵察隊第二偵察小隊の小隊長──橘樟葉少佐は、大きく深呼吸をすると、静かに息を吐き出した。



「今日という日にたどり着くまでに我々は多くの同胞を失った。涙を流した者もいるだろう。悲しみに暮れた者もいるだろう。もちろん、私もその一人だ。しかしそれも今日で終わりだ。この世界に残された我々は必ず元の世界に帰還する。そのためには個々の能力及び連携が重要となる。各員、準備はいいな?」


『ウーラー!』



 戦術空中輸送員ロードマスターが機体側面のドアを開け、隊員はたちまち機内を吹き荒れる嵐のような外気に思わず腕で顔を覆った。この日は気象状況も風の流れも安定していた。絶好の降下日和。機内に張られた繋止索にMC-4自由降下落下傘パラシュートの自動索環を引っ掛ける。



「マリーンの力を見せつけてやれ!」


「降下開始!」


「ゴー、ゴー、ゴー!」



 早朝の空に吸い込まれるように消えていく隊員たち。全員が機外に飛び降りたことを確認した奏は、落下傘なしで空を舞った。地面に背を向け、どこかに消えていくC-17と戦闘機を見つめる。



「開傘十秒前」



 眼下に捉えたハイロードを見て、奏は告げる。



「開傘!」


『開傘! 開傘!』



 自由降下用のパラグライダー型落下傘が次々と空に咲き乱れ、奏は風を操作して器用にそれらの合間をすり抜けていく。そしてついにハイロードの地に足を着けた奏は、空を見上げて呆気に取られている市民に対して牙をちらつかせた。



「無用な殺生は避けたい。弱き者も強き者も今すぐこの場を去れ!」



 途端に増幅する奏の魔力に当てられ、その場にいた市民全員が顔を蒼くして蜘蛛の子を散らすように一目散に逃げていく。ソナーのように魔力を周囲に放ち、一般人に被害が出ないように結界を張る。逃げる者は殺さない。ただし向かってくる刃は叩き斬る。背後から迫る刃をどこからか取り出した太刀で防ぎ、間を開けず回し蹴りを敵に放った奏は、どこか残念そうに溜息を吐いた。



「モーリスッ!」


「エルヴィンッ!」



 頭上から迫る二つの銀閃。やった、とばかりに頬を緩めた彼らの背後から圧縮した風弾を発射した奏は、宿屋の屋根に飛び乗りハイロード城を見た。



「もうすぐ迎えにいくから。だがその前に……」



 剣戟の花が咲いた。



「立ち塞がる壁を薙ぎ払う!」


「その言葉、そっくりそのまま返すわ!」



 紫電が迸る。



「ギンさん!」


【任せろ!】



 突如、背後から現れる魔力体。奏は咄嗟に頭上に飛び上がるなり、レッグホルスターから抜いたSIG P226を下方に向けて引き金を引いた。そこへ迫る太刀。自身の側体に風塊を叩きつけてそれを回避した奏は、そこでようやく敵を認識した。深紅色のコートに備わったフードがはだけ、露わになったのは黒髪の女性だった。さらにその足元にはペンギンが一匹。



「貴方、何者?」


「さてな」


「あら教えてくれないの、残念。まあいいや。私はシルバニア士官学院特殊戦術科零組の担当教官兼アタナシウス帝国軍の小隊長を勤めるクスミヤ中尉よ。こっちのペンギンはフィルリークペンギンのギンさん。あんまりよろしくしたくないけれど、一応よろしく」


「……レイ・ハーフメルナだ」


「あら結局教えてくれるんだ。それにしてもハーフメルナか、厄介極まりないわ」



 眉間に指を当て、どうしたものかと唸る女性教官──ナツキ・クスミヤ。それにしても、と奏は彼女の所属を聞いてカナタを思い出す。



「もし──」


「行くわよ!」



 右上段から袈裟懸けに降り下ろされた太刀を半身で躱した奏に、間髪開けずに迫るクスミヤ中尉の左蹴りからの右踵落とし。両腕でそれを受け止めた奏は咄嗟に戦闘用の短距離転移を発動させ、彼女の背後に飛んだ。同時に数秒前まで奏がいた場所が大きく抉れた。着地したクスミヤ中尉の右手に握られた魔装銃の照準が奏を捉えた。



「恐ろしい武器だ……」


「誉め言葉として受け取っておくわ! ギンさん!」


【あい、任せろ!】



 見事な連携を見せるクスミヤ中尉とギンのペアに舌打ちを打つ奏。



「我は望む。一に望むは我に仇なす敵を殲滅せし絶対の刃。二に望むは我を破邪より守護せし絶対の盾。三に望むは悠久の友。我は創世の契約に基づき汝を召喚する者なり。天上の神より畏怖されし神喰いの狼よ。我と共に眼前の愚者を喰らえ!」


【────承知した】



 途端にハイロード全体を氷風が駆け抜けた。奏に迫っていたクスミヤ中尉とギンは危険を察知したのか、咄嗟に行動を止めて後方に待避した。奏の右隣に魔方陣が表れ、そこから白銀の毛並みと四肢に嵌められた金の輪が特徴的な一匹の狼──ジークが現れた。



【我が主よ。彼奴が我らの敵か?】


「ああ。ただし敵だからといって殺すなよ。あの女性には聞きたいことがある」


【任せろ】



 その刹那に奏の瞳が紅く変色した。それに呼応するかのように膨れ上がる魔力。ジークの毛先が徐々に蒼く変わり、氷風が渦巻く。



「寒防対策は十分か?」


【氷風と呼ばれたあの頃を思い出す。参る!】


「ちぃっ!」


【フェンリルとか嘘だろ!?】



 クスミヤ中尉に斬りかかる奏の前に立ち塞がるギンを横から魔力を通した爪で襲いかかるジーク。詠唱破棄で繰り出される氷の槍との絶え間ない攻撃がギンを追い詰めていく。しかし一方でギンも負けてはいない。火の魔力を翼に通し、剣の形に成したギンは、ペンギンとは到底思えない速度でそれらを叩き斬っていく。



「正直なところ戦いたくないんだが」


「同感ね。でも私は軍人だからこうするしかないの」



 宙を裂く紫電が奏の肩を貫く。雷の魔力を細胞一つ一つに浸透させた身体強化で瞬く間に奏の身体を傷つけていくクスミヤ中尉。



「お願いだからここで倒れてちょうだい!」



 首を刈るべく薙がれた太刀を紙一重でかわした奏はクスミヤ中尉の手を掴み、その場に組み伏せた。



「貴女は俺たちと戦うより、カナタたちに対して教鞭を振るうべきだ」


「彼を知っているの?」


「ああ。カナタは俺の戦友ともだ」



 脱力したクスミヤ中尉を起こし、その疲労した身体に回復魔法を施す。



「あの子も成長したのかしら?」


「それは俺には判りかねんな。自分の目で確かめてみるといい」


「いえ、やめておくわ。ギンさん、帰るわよ!」


「ジーク、城に向かうぞ…………って、そのペンギンは捨て置け」



 ぐるるるる、と唸るジーク。その口には半ば氷付けにされたギンがくわえられていた。ぺっ、とギンを吐き出すジークの顎を撫でてやる。



『城周辺の十ブロックを確保。カナタくんが強そうな敵と交戦中だ』


「了解。二分後に城門を吹き飛ばす」



 空挺降下を実施した三個偵察小隊によるハイロード城の周囲封鎖が完了。奏は大きく深呼吸をすると大通りを真っ直ぐに直進してくる敵軍の群れを視認した。懲りない奴等だ、と溜息を吐く奏。その隣に降り立つ一人の女性。



「ユウキ様、ここは私が引き受けましょう」



 白のメイド服に揺れる金の髪。身の丈を越える長弓を携え、碧の瞳で軍勢を見据える女性──シャーリィ・アルテミストは、以前とは比べ物にならないほどの雰囲気を纏い、口元を緩めた。



「ユウキ様。今こそあの日の恩返しをさせてください」


「ああ、許可する。強くなったな、シャーリィ」


「それもこれも全てユウキ様とリアス様のおかげです」


「俺たちは単に強くなる手段を与えただけにすぎない。全てはお前の努力の賜物だ」



 奏は微笑んでみせるとシャーリィの頭を撫でた。カチューシャが歪み、また元に戻る。シャーリィは嬉しそうにはにかむと、再度こちらに向かって突き進んでくる軍勢を睨んだ。右太腿部にベルトで固定したホルダーから呪符を取り出したシャーリィは、呪符に魔力を通わせ、くしゃり、と握りしめると長弓の弦に指を添わした。



「天より舞い降りし天女が裔たるシャーリィ・アルテミストが祈り申し上げ奉る。我願うは破邪を滅する神なる矢。導くは善なる標。祈れぞ、我が矢は必殺必中の天馬なり!」



 言霊により呪符が白色の矢と変わり、神聖なる金の粒子が矢を包む。



「疾く在れば、標に従い我に仇なす邪を射抜け──破魔之梓!」



 極限まで圧縮された矢が解き放たれ、金の閃光が迸る。軍勢との距離を瞬く間に詰めた破魔の矢が怪しく光を放ち、迫る軍勢の目前で弾け、同時に数えきれない数多の矢となり、軍勢の一人一人を正確に射抜いた。血閃が風に流され、大通りが赤に染まる。動く者はいない。



「前へ!」


『了解!』



 奏の怒声と同時にハイロード城の強固な城門が唐突に消失し、控えていた強襲偵察隊第一偵察小隊が突入した。太刀を空間に放り込み、17式小銃を手にした奏はシャーリィを連れてハイロード城の門前に飛ぶなり、部隊を率いるイリーガルの隣に並んだ。



「小隊長を交代しようか」


「いえ、このままで」


「いや、元々この小隊の長はお前だ。どのみち俺は代理にすぎん」



 そう言って奏の胸を叩くイリーガル。骸骨を模したバラクラバの下の表情は相変わらず判らない。



「イリーガル隊長殿には申し訳ないッスけど、これでやっとこさ一偵が揃いますね」



 14式機関銃を肩に担ぎ、にかっとはにかむ機関銃手──九条幸村曹長は、奏に対して親指を立てた。おかえり、とそう言わんばかりだ。


 続いて背中を襲う鈍痛。振り返れば、M40A5の被筒部を握って肩に担いだ狙撃手──一ノ瀬蘭二等軍曹がそこにはいた。



「ほんと、隊長は私たちを待たせすぎっていうね」



 蘭の辛棘な言葉に苦笑する奏。全く隊長は、と溜息を吐く蘭。



「おかえりなさい。待っていました」


「ああ、迷惑をかけたな」



 M40A5を担ぎ直し、PDW仕様の17式小銃を銃口下方で控えた蘭はハンドサインで通路の先を示した。感動の再会を急ぎたいらしい。



「なんだかんだで居心地良かったんじゃないんですか?」


「さあ、どうかな?」


「ふふ、相変わらず正直じゃありませんね」


「五月蝿い」



 周辺を警戒するイリーガルに対し、いたずらっ子のようににやりと彼のバラクラバで覆われた顔を覗き込んだWAC──野中綾乃二等軍曹は、どこか嬉しそうに笑みを浮かべた。彼と彼女の関係は未だ誰も知らない。



「まあこうなったのは私の責任でもあるし、とっとと囚われのお姫様を助けようか。ちなみに私が白馬の王子様かな!」



 戦場のど真ん中でそんな冗談を言い放つ彼女──久規カレナ二等陸曹は、そう言って89式小銃特2型の被筒部を撫でた。そんなカレナを見て、やれやれと溜息を吐く綾乃。こんなやりとりも日常となってきた。



「Repeat!」


『Ha!』


「We are Proud become Divine Soldiers!」


『We are proud become Divine Soldiers!』



 ───我らは誇り高き海の神兵なり。



「The Unforgiven Blade to the Enemy, And Love to Fellows!」


『The Unforgiven Blade to the Enemy, And Love to Fellows!』



 ────敵には容赦のない強靭な刃を、仲間には深い愛を。



「To become if at the End of last Person!」


『To become if at the End of last Person!』



 ────例え最後の一人になろうと。



「Lead the Way of there own Accord!」


『Lead thd way of there own Accord!』



 ────自らの意思で道を拓け。



 *



 陸の戦場が徐々に終極に向かいつつある今、空の戦場を駆け回るWAF──結城凛中尉は、操縦悍を倒してF-3の機体を水平に戻すと、どこか違和感を覚えた。既に兵器槽に積み込んだミサイルは四割を消耗し、25mm機関砲は三割を撃ち切った。このままのスピードでいけば、一時間も戦闘は続けられない。



「ハル、何か嫌な予感がするんだけど」


『そう言われると確かに。先ほどからミューライたちの様子がおかしいですね。隊列も乱れぎみですし』



 今回の作戦では、ミスリット国から派遣された数十羽のミューライが傘型の隊列を組んでドラゴンの掃討を実施していた。しかし数分前から僅かではあるが、編隊に乱れが生じていた。失速や、過度な増速。さらに接触間近の飛行。そろそろ見逃すことはできない事態になってきていた。



「急にどうして?」


『私に聞かれても知りません』


「どちらにせよ、あまりよろしくないわ」



 やはり胸騒ぎがする。そう感じた刹那に、凛は咄嗟にフレアを散布するなり、回避行動に転じた。眼前を通過する二色のブレス。



『リーン!?』



 僚機のWAF──時波伊織准尉の切羽詰まった声が無線機を介して伝わった。凛はジッパーコマンドで異状なしと送り、すぐさま視線を巡らせた。先ほどのブレスは味方のミューライから放たれたものだった。こんな時に友軍相撃か、と睨む。しかし自らに二発目のブレスを放とうと魔力を口内に集積させるミューライを確認した途端に凛は理解した。ミューライは敵である、と。そこからの行動は実に単純だった。


 AAM-00多目標同時迎撃収束誘導弾を選択。システムに介入したフィラデルフィアの優先迎撃度判定を元に導き出された輝点にクロスバーが重なり、凛はいつもと同じように冷静にミサイルレリーズボタンに乗せた指を押し込んだ。翼下のハードポイントにぶら下げたAAM-00が発射され、内蔵された小型ミサイルが各々の割り当てられた目標に接近。近接信管が作動し、ミサイルの外見からは想像もつかない爆発力を持ってして敵対するミューライ及びドラゴンを撃墜した。



『Fox2!』



 兵器槽からトラピーズによって宙に放り出されたAAM-5──04式短距離空対空誘導弾が白尾を引き連れて他のドラゴンよりも一回り大きなドラゴンに狙いを定める。しかし直後にドラゴンを庇うように現れたミューライにミサイルが突き刺さり、海に消えていく。どうなっちゃったのよ、と舌を打ち、伊織は本能的に機体をダイブさせた。


 ドラゴンの鈎爪が空を切り裂く。



後方敵三バックスリー!」


『ぐ……ぅ……!』


「ハル!」



 自機の背中に張りつく三匹のミューライ。伊織は無理矢理の機動で引き離しにかかるも、属性を持つミューライは、それを生かした無理のない機動で彼女に追随する。凛が援護位置を着くよりも早く、敵の攻撃が我を襲う。



『マズイぞ、囲まれている!』



 そう叫んだのはF/A-15Jのパイロット──天原隼人中尉だった。



『こっちもマズイ!』



 天原中尉の僚機──雲仙隆介准尉も同様に叫ぶ。



『絶体絶命の危機を救うのはクロスベルぅー!』


「はい?」



 戦場には似つかわしくない緊張感のないフィラデルフィアの声。突如、レーダーディスプレイに浮上する友軍を示す輝点。しかし何故だ。この場に支援にくる予定の戦闘機はいない。疑問が喉から飛び出る直前、伊織の機を追い続けていた三つの輝点が突然消失した。


 レーダーに表示された友軍機は真っ直ぐにこちらに向かってきていた。そしてその全貌が明らかになる。



「なによあれ……」


『クロスベルが誇る空戦の奇跡──その名もEFR-00シルフィード!』



 電子戦術偵察機と称される、電子戦と空戦、地戦及び偵察の役割を単一に担うこれまでの常識を覆すこの戦闘機は、クロスベルがこの世界の技術を用いて造り上げた、まさに奇跡の機体だ。主翼の形はフラットなクリップドデルタの後退固定翼機で、外側に向いた双頭垂直尾翼を持つ。何よりもの特徴はコックピット後方に備わった上半角のある後退カナード翼と機体下部のペンドラルフィンだ。形状的な特長もなさがら、その最大の真価は別にあった。



『VLS開放。VTS起動』



 機体上部に備わった二つのスライド式兵器槽が開放され、六つのVLSが備わったランチャーが姿を現した。フィラデルフィアの意識が操作するシルフィードのコックピットのレーダーディスプレイに表示された三十を超える輝点に赤いクロスバーが重なった。



『かつての戦友に悠久の風の導きあれ────ADMM発射』



 刹那、閃光が瞬いた。左右のランチャーから放たれた計十二発の小型ミサイルの群れが天を貫く。間を開けずに再び閃光が瞬いた。VLSに空間転移魔法を応用した空間転移装置を採用しているため、予備のミサイルが存在すれば実質無限に撃ちっ放し状態を続けられる。天を舞うフレアのような幻想的な光景を見せつけられた凛は、胸に手を当てると溜息を吐いた。



「圧倒的な力…………こんなの卑怯じゃない…………」



 インメルマンターンを決めて次なる戦場に向かうシルフィードを見つめながら、凛は再度溜息を吐いた。



「制空権を確保した! 繰り返す。制空権を確保した! ハル、クルーズ、クラウド! これより地上部隊の支援に向かう。フォローミー!」


『ラジャー!』



 *



「投げ!」



 扉を蹴り破り、奏のバックアップを名乗り出たカレナが室内に音響閃光手榴弾を転がし入れ、炸裂と同時に突入。あっという間に室内を制圧した。



「これであらかた制圧は終わったな」


「ええ、そうみたいです」



 血の海に沈んだ敵兵の横腹を半長靴で蹴り起こし、爆発物等の危険がないことを確認したイリーガルと綾乃は、窓からハイロードの街並みを見渡した。『叛逆の狼』が大規模な交戦を行っていることもあってか、ハイロードの街から火の手が上がっているのが確認できた。



「結城中尉、我々はそろそろ当初の任務を遂行しようと思う」


「了解しました。最後の後始末はよろしくお願いします」


「ああ、任された」



 イリーガルに特製のナイフを渡し、握手を交わす。瞬間に流れ込んできたイリーガルの記憶。奏は何も言うことなく、握手を交わす手に力を込めた。室内に転移陣を敷き、周囲の者に離れるよう促す。



「結城中尉! 私、吹き飛ばしますから!」



 綾乃の突然の宣言。奏は綾乃の言葉の意味を理解すると柔和に微笑んだ。



「だから、榛名少尉のことお願いしますね!」


「ええ、了解です」



 奏の返答に満足したのか、親指を立てる綾乃。転移陣が発動し、二人の姿が消えた。


 二人の姿を見送ったカレナは89式小銃特2型から弾倉を取り外し、弾倉側面に備わったカウンターで残弾を確認した。残り十発。念のために、と弾倉を取り替える。よっしゃ、と頬を叩き、やっちゃるぜい、と気合いを入れ直す。左腰に手を当て、89式小銃特2型を肩付近まで持ち上げる。



「さあさ、囚われのお姫様はすぐそこだよ!」



 *



「う……ぁ……」



 ハイロード城の最上階、謁見の間。ロキ・A・シュヴァルツの補佐官を勤める男の眉間に小さな穴が穿たれ、その場にいた誰もが肩を跳ねさせた。隠し持っていたSIG P230自動拳銃を抜刀した兵士に向けた囚われの姫──榛名唯依少尉は、兵士の露わになった首元に.32ACP弾を三発撃ち込むと、手の届く距離にいた新藤遥の背後に回り込み、その首に腕を回すと威嚇と言わんばかりに天井に向けて一発放った。



「少しでも変な動きをしてみなさい。私は迷うことなくこの人を撃つよ」



 謁見の間に集ったアタナシウス帝国の人間全てが唯依の言葉に気圧され、歯軋りした。しかし唯依は嫌な感覚を覚えた。どうして新藤義晴は笑っているのか。それこそ、撃てるものなら撃ってみろ。否、早く撃てと、そう言わんばかりの表情だ。今度は唯依が気圧される番だった。牽制にと新藤義晴の足下に発砲するも、彼は動じることなく、ただじっと唯依の目を見つめていた。



「つまらない」



 聞き慣れた破裂音。新藤遥の身体が沈み、腹部から流れる赤い血が彼女の白衣に染みを作った。焼けるような痛みに喘ぎ、必死に呼吸を整えようと試みる新藤遥。唯依は銃口を持ち上げ、怒りに声を震わせた。



「貴方は自分が何をしたか解っているの!?」


「もちろん」


「もちろんって、貴方はどこまで……!」



 飄々とした態度で微笑む新藤義晴の手に握られたマカロフPM自動拳銃が再度火花を散らした。遥の身体が跳ね、唯依の頬に血が走った。



「どうして……」



 PM拳銃の銃口が唯依を捉えた。軽度のショックにより、反応が僅かに遅れた唯依がしまった、とそう感じた時には全てが終わっていた。



「やはり俺はあんたが嫌いだ」



 いつまで経っても痛みはやってこなかった。それどころか、聞こえてくるのは親しみのある声。


 ────ああそうだ。私がピンチの時はいつも彼が助けてくれるんだ。



「全てを終わらせよう、新藤義晴」



 *



 PM拳銃を斬り刻み、新藤義晴の襟首を引き付けて大理石の床に組み伏せた奏は具現化させた太刀を彼の首から数ミリの位置に突き立てた。謁見の間に集った兵士は真っ先に突入した幸村の14式機関銃によって蜂の巣にされ、また憎悪を瞳に浮かべた蘭に足先から順に撃たれ、声にならない叫びをあげた。


 ほっとした表情を浮かべた唯依の傍らで踞る遥に復元魔法を発動させ、その身体を彼女の全盛期にまで戻す。



「やっぱりあんたはどうしようもない屑野郎だわ。まさか自分の奥さんも撃つなんてね……」



 組み伏せられた新藤義晴に侮蔑の視線を投げ掛けるカレナ。その目は怒りに震えていた。表舞台で実行することのできない、いわゆるブラックオプスの作戦を担当するカレナが軍から与えられた任務は失踪した新藤義晴及び新藤遥の確保及び特地(異世界)の調査だった。愛国心を持つカレナだからこそ、今回の彼らの行いは到底許すことのできないものだった。



「任務を放棄する形になるけれどこの際構わないわ。結城中尉、こいつをなぶり殺すなり、煮るなり焼くなり好きなように始末して。こんなやつに日本の地を踏んでほしくないの。想像するだけで頭痛がするわ」



 吐き捨てるようにそう言い放つカレナに対して、奏は何も言わなかった。レッグホルスターから抜き放ったスプリングフィールド・アーモリー社製のXDM4.5自動拳銃を無言で奏に投げ渡したカレナは背を向け、唯依と遥の側に駆け寄った。遥の身体に目立った外傷等がないことを確認したカレナは、唯依の頬を上下左右に引っ張り、「にゃにひゅるんでひゅか、ひしゃきにしょう」と苦笑する彼女の反応を確認すると、目尻に涙を浮かべて強く抱き締めた。



「えっと、久規二曹? どうしたんです?」


「なんでもない。うん、なんでもないんだよ。ただ唯依ちゃんが元気そうで安心したんだ」



 新藤義晴の後頭部にXDM拳銃を突きつけた奏は、深い溜息を吐いた。



「結局のところ、私はただの愚か者なのだろうか?」



 奏は何も答えなかった。聞くまでもなかったか、と苦笑する新藤義晴。XDM拳銃の引き金に掛けられた指が落ちた。熱で変色した薬莢が大理石の床を跳ねた。



「久規二曹には悪いと思います。しかし多くの命を私利私欲のために費やしたこいつを今ここで殺すわけにはいかないんです。表舞台で裁くことはできなくても、俺たちのやり方でこいつを裁くことはできます。ですが、このやり方は違うと思うんです」



 唯依の側に控えていたカレナは、無言で奏を見返した。その瞳に感情はほとんどなかった。微かに垣間見える怒りと任務の完遂との葛藤が揺れている。カレナは少々乱暴に髪を振ると、奏の手から自身のXDM拳銃をひったくり、その照準を新藤義晴に向けた。その行為を咎める者はいない。



「地獄に堕ちな!」



 XDM拳銃が火花を散らした。計十八発の薬莢が床を転がる。満足に狙いも定めずに放たれた銃弾は新藤義晴に命中することなく、床を抉るに終わった。XDM拳銃の弾倉を取り替え、踵を返したカレナは再度唯依たちの元へ進んでいった。



「さあ、転移装置のところまで案内してもらおうか?」


「…………」



 無言で立ち上がる新藤義晴にSIG P226自動拳銃を突きつけ、先導するよう促す。



「ある国の発展に貢献して、そこから世界を意のままに操り、新たな世界を導いていく。この齢ながら、そんな好奇心を持ってしまった私はまだ心のどこかに、幼心が残っていたのかもしれない」


「…………平和的な交渉をしろ、とは言わない。それでもあんたたちはやり方を間違えた。この世界はヒトにしろ、生き物にしろ、文化にしろ、食事にしろ、魔法にしろ、多くの未知で溢れている。それは俺と彼自身がよく理解している。しかし武力を持って、この世界を壊してまで自分のものにしたいとは思えない。それだけ、この世界は美しい」



 新藤義晴の言いたいことが解らないわけでもない。それでもやはり彼らはやり方を間違えたとしか言えない。奏の意見を聞いた新藤義晴は突然に肩を震わせると声を上げて笑った。何故に笑う、と奏は眉をひそめた。



「少年、君は日本に帰ったら何がしたい?」


「突然だな」


「たまにはこういうのもいいだろう?」


「たまには、って……」



 そもそも奏が日本で新藤義晴と顔を合わせたのは片手で数えられる程度だ。さらに言葉を交わしたのはこの世界に来てからだ。たまにも糞もないだろう、と内心で溜息を吐く。



「…………強いて言うなら、新しい家族と暖かい家庭を築きたいと思っている」


「そうか。それはいい」



 微笑む新藤義晴。何を急に子の成長を喜ぶ父親のような顔をするんだ、と奏は首を傾げた。ついにイカれたか、否、元からイカれていたか。相変わらず読めない。



「そういう夢を持っている少年が羨ましいよ。私が君と同じ性格で君と同じ力を持っていたとしたら私はきっと────いや、これ以上は止めておこう。終点だ」



 意味深な発言を残す新藤義晴。奏の目の前にはこの世界には縁もゆかりもない、網膜認証システムと指紋認証システムを組み合わせたセキュリティシステムを採用する重厚な扉が控えていた。当たり前だが、難なくセキュリティを突破した新藤義晴は、にこりと微笑むと、来客を歓迎するように胸に手を当てた。


 扉の先、数百本ものケーブルが右往左往する室内の中心にそれはあった。



「これが転移装置?」



 信じられない、とそう言わんばかりの奏の視線の先。そこにはスーパーコンピューター並みの大きな端末に囲まれた一台のデスクトップPCが存在した。



「ふふ、驚いたかな?」


「これを見て驚かないやつがいるか……」



 それもそうか、と満足げに笑う新藤義晴。



「まあいい。とっとと転移装置を起動させてくれ。今、この瞬間にも仲間が戦っているんだ」



 そう急かさずとも解っているよ、と。新藤義晴はデスクトップPCに向かい合った。目付きが変わり、キーボードを叩き始める新藤義晴。デスクトップPCのディスプレイには奏には到底理解することのできない文字列が大量に並列されており、見るだけで溜息が零れた。頭痛がした。


 無言が続く。新藤義晴のキーボードを叩く指が止まった時、世界は変化を始めようとしていた。



「そろそろだ。異世界と異世界を繋ぐゲートが開く」



 その言葉をキーとするかのように、大地が揺れた。



 *



「あれは一体……」



 空中を飛び回る精霊が騒がしい。海上から天を貫く光柱を視認したカナタは、謎の現象に首を傾げた。カナタの足下、血の海に沈んだアタナシウス帝国の四天王の一人、『嘲笑う道化師』──シノア・ハーメルンの骸を煉獄の焔で燃やし尽くす。幻術と操作という稀少属性を二つも有する彼女は自身の放つ声を聞いた者、そして触れた者に幻術をかけ、同時に自我を消失させ、文字通りの操り人形に変えてしまうという恐ろしい技を持っている。


 今回こうして勝利することができたのも隣にいる彼女のお陰か、とカナタは胸を撫で下ろした。



「ねえカナタくん。また何か起きるのかな?」



 深紅のコートから覗く華奢な身体が震えていた。亜麻色に近い茶髪を結んだ少女──サラ・ミスティリアーツは、自身の胸に押し付ける形で保持したAN-94突撃銃をぎゅっと抱き締めた。新藤義晴が選定して持ち込んだ幾つかの銃器の中から、生産性に難があると思われた武器は、サラが所属するシルバニア士官学院特殊戦術科零組に優先的に回され、その中でも元々遠距離武器に特化していた彼女は二点制限点射機構を採用したAN-94を選択した。


 当初は弾倉の携行数が問題視されていたが、今では空間魔法を施した弾納を採用しているため、残弾を気にする必要がなくなっていた。



「大丈夫だよ、リアーツさん。心配しないで」


「大丈夫だよ、って…………でも、この魔力の揺らぎは尋常じゃないよ!」


「そうだね。でも僕は大丈夫だって言うしかない」



 空に向けて引いた魔装銃の引き金。上空から音もなく接近していたドラゴンの頭部が消失し、地面に衝突する瞬間に煉獄の焔で灰に変える。



「どっちにしろ、あの量の魔力は僕たちにはどうしようもないよ。それなら僕たちはアレを気にすることなく、今できる最善を尽くすべきだと思うんだ」



 そう語るカナタの瞳に憎悪が浮かぶ。


 ────あの日、貴様が犯した罪を忘れた日は一瞬もない。こんなことをしてもユズハが、父さんや母さんが喜ばないことも解っている。優しかった村の人たちが俺の行いを望まないことも解っている。大切な人に嫌われるのも解っている。それでも俺は到底許すことはできない。世界が貴様を裁くことができないのなら、俺が直接貴様に罰を下す。待っていろ、ロキ・A・シュヴァルツ。俺が貴様を殺してやる!



「大丈夫だよね……?」


 ────この戦争が終わったら、きっと昔の優しいカナタくんに戻ってくれるよね?



「行こう、リアーツさん」


「うん」



 いつなんどき敵と会敵してもいいようにローレディの構えを取るサラ。その刹那、世界は閃光に包まれた。



 *



 デスクトップPCから火花が迸り、新藤義晴の身体が膝から崩折れた。鈍い鞭を打ったような独特な音が響く。油断していた。咄嗟に新藤義晴に対して、遥と同様の復元魔法を施す。流れるように手を振り上げ、異空間から召喚した天鎖と呼ばれる特殊な鎖でアタナシウス帝国軍の暗部を縛り上げた。その手から旧ソ連製のPSS消音拳銃が零れ落ちた。



「ははは、相変わらず魔法とは素晴らしい力だ」



 白衣に連なる赤い斑点とは裏腹に、どこか嬉しそうに喋る新藤義晴。PSS消音拳銃から放たれた7.62×42mm弾は新藤義晴の首を貫いていた。しかし即死でなかったことは幸運だった。幾ら真祖の吸血鬼の眷属だとしても死人を甦らせることはできない。



「それにしても厄介なことになった……」



 奏は頭に手を当て、嘆いた。頼みの綱であったデスクトップPCからは白煙が立ち昇り、その機能を停止させていた。



「私たち、帰れないの……?」



 ことを見守っていた唯依の口から洩れる震えた声。髪をぐしゃぐしゃと掻き乱し、悪態を吐くカレナ。無言で17式小銃の引き金を引いた蘭。暗部の兵士の頭部が弾けた。


 その場に居合わせた日本人の表情が強張った。奏は無言のまま、指を鳴らした。転移陣が敷かれる。



「結局、こんな終わりか……」


「え……?」



 そう呟いた奏が一瞬見せた寂しげな表情を唯依は見逃さなかった。弾かれるように立ち上がり、駆けてはその手を伸ばした。あと少し。唯依の指先が奏に触れた──かのように思われた刹那、その手は空を切っていた。室内の蛍光灯ではない、太陽の陽射しが唯依たちを迎えた。香る磯の匂い。そこは広い甲板だった。



「どうしていつも相談してくれないの? どうしてそんなに不器用なの?」



 ぽたり、ぽたりと頬を伝う涙。微かに確認できるハイロード城から火の手が上がった。イリーガルと綾乃が軽迫撃砲によるマーカーを投下し、それに対して上空を飛行していたF-3及びF/A-15J、F/A-18E/F型が残りの空対地誘導弾をハイロード城に向けて放ったものだということは、すぐに理解することができた。力が抜けた。



 *



「目標の完全破壊を確認。残弾なし」


『同じくです』



 機体を反転させ、眼下を見下ろす。黒煙と焔。崩壊した建物。溜息が零れた。



最終目標完遂ラストオーダー・コンプリート。RTB」



 とある艦艇から発せられる誘導信号に従い、凛はF-3を導いた。海上に錨をおろす一隻の空母。ニミッツ級よりも遥かに大きなその艦艇の名は、クロスベルが遺した古代の遺産──アルカディア級原子力航空母艦『アルカディア』だ。フィラデルフィアの意識と『アルカディア』に備わったAIが着艦を容易に済ませ、風防を開けた凛はヘルメットを脱ぎ去ると蒸れた耐Gスーツに新鮮な空気を送り込んだ。


 全機の着艦が終了したことを確認した凛は、こちらに接近する足音を耳にした。振り返り、その胸に少女が抱きついた。涙を流す唯依の頭を撫でる。事情は知っている。



「本当に女泣かせの悪い弟だわ」



 もらい泣き。凛は視界が霞みながらも、愛すべき弟がいる帝国を見続けた。



 *



「詩編を紡ごう。母なる大地たる土は命を包む船となる。悠久の風は新たな命を運び、流れる水は命を育む糧に。蠢く雷は命に試練を与え、燃え盛る業火は命に生の可能性を。天上の光は命を導き、暗き闇は命に安息を与える。全ての命に祝福を。さすれば未来は永劫に明るき理想郷とならんや」



 帝都上空。不可視の足場を築き、奏は『ノアの方舟』を思わせる詩編を紡いだ。世界を揺るがす途方もない量の魔力を集中させ、その詠唱は海上に退避した艦艇を包んだ。今現在、海上を航海する船は全部で三隻。一隻はやまと型ミサイル護衛艦『やまと』。一隻はノスフェラトゥ級ミサイル重巡洋艦『カーミラ』。一隻はアルカディア級原子力航空母艦『アルカディア』だ。そしてそれらの船には地球からやってきた全ての兵士が、兵器が搭載されている。



「異なる世界を繋ぐ神々の門。狭間に巣食うは邪なる門番たる神。禁忌に触れるは死の手前。我は世界の理を冒す忌みしき愚者なり。理を冒すこの身が神に納めたるは愚者の命。納むれど、足らねば捧げし我が心。我はヒト。我はヒトならざる者なり」



 途端に全身から抜け落ちる力。酷い脱力感が奏を襲う。



「神々の門は開き、時空の旅人を乗せた方舟は世界を越える。古きを捨て、生まれし新たな記憶。方舟よ、標を辿りて我が友を運べ。我が心は常に彼らの隣に」



 何かが崩れ去る音がした。同時に海上に太い光柱が立ち昇った。光柱は徐々に細く集束していき、やがてそれはとある形に変わった。


 ──光の門。



「あとは任せた、フィラデルフィア」


『本当によろしいのですか?』


「構わない。やってくれ」


『…………了解です。コード・オーバーロード発動』



 *



「武器管制システムに侵入者!?」


「一体どこから!?」



 やまと型ミサイル護衛艦『やまと』のCICで武器管制官──兵藤ひょうどう誠也せいや二等軍曹は異状を叫んだ。レーダーディスプレイを注視していたレーダー管制官──相葉七海大尉は、眉間にしわを寄せると乱暴に頭を掻いた。



「第一障壁突破されました! 続いて第二障壁、第三障壁! ダメです、止まりません!」


「イージスシステムが奪われました! 続けて……こ、これは……!」


「どうした!?」


「トマホークが……!」



 艦内がざわめく。篠ノ之薫少将が立ち上がり、落ち着くように促した。『やまと』に搭載されている兵器の中でも特に高い攻撃力を誇る艦対地誘導弾──RGM/UGM-109E/H TTPV。タクティカル・トマホークと呼ばれるそれはこれまでの日本では到底配備されることのなかった明確な攻撃姿勢を示す攻撃型誘導弾であり、このタクティカル・トマホークの配備に至っては国内外からの非難が目に見えていたため、内閣総理大臣は政府の一部の高官及び合衆国大統領にのみしかその事実を知らせていない。



「こんなことができるのは彼女しかいないだろうに…………」



 制帽を目深に下げ、溜息を吐く篠ノ之少将。ディスプレイに砂嵐が走り、月桂樹に包まれた鐘を中心に二本の西洋剣が交差したシンボルが特徴的なマークが写し出された。その旗はクロスベルのものに違いなかった。やはりか、と篠ノ之少将は目線を下げた。



「VLS開きます!」


「目標照準セットされました。座標は…………ルーフェノール宮殿、ルーベルト城、黒鷺城の三ヶ所です……」


「大陸を敵に回すつもりか……!」



 ディスプレイが映像に切り替わり、白髪赤眼の青年が映し出された。



「…………随分と様変わりしたな、結城中尉」



 頭髪と瞳の色は違えど、その若さの残る顔が奏であるということはすぐに判った。伊達に部下を視察しているわけじゃあない、と篠ノ之少将は心の中で嘆息した。



『申し訳ありません、篠ノ之少将。偵察小隊の長を任されている身でありながらの愚行をお許しください。しかしお恥ずかしながら、私にはこれ以上の最善策を見つけ出すことができませんでした』



 無理をして笑う奏。



『この戦争は連合の勝利に終わるでしょう。しかしその後の世界は決して帝国の蛮行を許さないでしょう。それだけこの戦争の傷は深く、人々の脳裏に焼き付いているのです。そして我々もまた、この戦争に関わっています。尻拭い、同情。こんな言葉は適切ではありませんが、私は私なりに責任を取ろうと思います。せめて彼らが共に手を取り合えるようになるまで』



 そうしてどこか悲しげな笑みを浮かべる。



『さようなら、またいつか』



 Mk.41から閃光が迸り、白煙が『やまと』を包んだ。ああ、私は何と情けないのか。篠ノ之少将は誰にも悟られぬよう、静かに涙を流した。そして『やまと』は門から放たれる閃光に飲み込まれた。



『────現時刻を境に、我は全世界に宣戦布告する! 矮小な者よ、我を畏怖せよ。我が名はレイ・ハーフメルナ! かつて世界を恐怖に陥れた真祖の吸血鬼の眷属なり!』









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