白の光
5月の今、まだ夕暮れは早くすぐに辺りは闇に包まれた。
今日はより早く感じる…。
「はぁ…、なんだったんだろぉ…。」
夏奈が溜め息混じりに呟く。
しかし、それも無理はない。
普通では有り得ない出来事が、まだ若い二人を襲ったのだ。
精神的にかなりきついであろう。
「ほんと…。」
美紅のほうはよりダメージを負っているようだ。
二人は歩きながら、頭を整理していた。
あそこでの出来事、言葉、情景、人…
全てが鮮明に思いだせる。
どこかで見たつまらないドラマのエンディングのように、ここで二人の目が覚めることはなかった。
どうやら現実のようだ。
無言のまま歩いていると夏奈の家の前に着いていた。
美紅の家はそこから少し歩いた公園の向こう。
幼いころはその公園で毎日遊んでいた。
だが、年齢を重ねるうちにその機会は失われていった。
ふと夏奈が思いつく。
「ねぇ、美紅。」
「な、なに?」
突然声をかけられ動揺する美紅。
「公園いかない?いつもの!」
なにを急に言い出すかと思えば…
呆れたような表情で夏奈の顔を見る。
その目には一点の曇りも無く、
ただ美紅の瞳をじっとのぞいていた。
その真っ直ぐな夏奈の気持ちに押され応える。
「わ、わかったよ。」
しかし、都合がいい。
夏奈と話したいことは山ほどある。
二人は公園へと足を運んだ。
街灯以外の灯りは民家の灯りくらいのもので、
かなり暗かった。
ちょうどよさそうなベンチに腰掛け、夏奈が口を開く。
「だいじょーぶ?ごめんね、あたしのせいで…。」
夏奈の瞳からは今にも大粒の涙が零れ落ちそうだ。
「ううん、全然だよ。」
嘘だとすぐわかった。
美紅の嘘はわかりやすい。
夏奈はくすっと笑って応えた。
その拍子に左右の瞳から一粒ずつ、
白く輝く雫が溢れ出した。
「だいじょーぶ、だいじょーぶだよ。」
ゆっくりした口調だった。
黙って頷く。
そして美紅の手に自分の手を重ねる。
「ばか…。」
その美紅の瞳も潤んでいた。
「とりあえずなんともないし、だいじょーぶだよね!」
少し無理をしたような満面の笑みに、
美紅も「当たり前じゃんっ。」
と強がって返した。
二人の瞳から溢れ出す雫は、街灯の灯りを反射するばかりであった。
不安や恐怖に一人でいたら負けてしまいそうだ。
実紅と離れない方法を模索していたのかもしれない。
「今日うちに泊まってかない?」
それが夏奈の思い浮かんだ提案だった。
「うん、そーする。」
美紅も同じ気持ちなのだろう。
「もう遅いし、いこっか!」
ぴょんとベンチから跳び、くるんと美紅の方を振り返る。
口を少し尖らせて、悪戯っぽく右手を差し出す。
美紅は少し笑うと目を瞑って舌をだし、夏奈の手を握った。
「かっこいいじゃん。」
「知ってるぅー。」
冗談っぽく夏奈は笑う。
二人は公園を出て、夏奈の家に向かった。
手は握られたままだった。
「あ!着替えだけもってくるよ!」
「あたしの使いなよ。ちょっとちっちゃいかもだけど。」
「そうね、ありがと。」
そんな会話を交わしていると夏奈の家の玄関に着いた。
鍵を開け、戸を開ける。
「ただいまー!」
台所の方からカレーの匂いがする。
「おかえり。」
結が言いながら出てくる。
「お邪魔しまぁーす。」
美紅が軽いトーンで挨拶をする。
「あら美紅ちゃん、いらっしゃい。」
いつものことなので、結も平然と美紅を迎えた。
二人は手を洗い、うがいをして夏奈の部屋がある二階へと上った。
「ごはんできたら呼ぶわよー?」
結のよく通る声が聞こえる。
「はぁーい!」
結の倍はある声量で夏奈は返す。
戸を開けると所々にかわいらしい小物類が置かれた、6畳ほどの空間が広がっていた。
きちんと整頓された机やベッド、ハンガーラックに掛かっているハンガーは全て向きも統一されている。
フルーツをかたどった小さなテーブル、その上には猫のぬいぐるみと水色のティッシュカバーを纏った箱ティッシュが置かれている。
カーテンは白地に薄桃色のコサージュのようなものが等間隔に散りばめられている。
絵に描いたような女の子の部屋だ。
「相変わらず綺麗な部屋ねぇ。」
感心したような口調で部屋の感想を述べる。
美紅も綺麗好きであった。
「えへへっ。そーでしょお。」
やや誇らしげに眼鏡をくいっと上げる素振りを見せる。
「あんた視力いいでしょ。」
笑いながらつっこむ。
夏奈の視力はずっと変わらず2、0を保っている。
「やや!バレましたかぁ。」
なぜか少し照れている。
言いながら、夏奈はベッドに美紅はテーブルの前に腰掛けた。
一呼吸置いてから美紅が口を開いた。
「さぁて、本題だ。」
「う、うん。」
空気が一変し、二人は真剣な面持ちになった。
「現状、あたしらはなんともない。
かと言ってなにもされてないと言う確証はないし、明らかになにかされた。」
この状況に置かれた二人はどんな非現実的なことも
受け入れることができた。
それを否定するには、さっき自分たちが受けた恐怖や不安、見たもの全てを否定しなくてはいけない。
しかし、それらは鮮明に脳裏に焼きついて離れない。つまり…。
「そお…よね。」
受け入れるしかなかった。
時間が解決してくれるのを待つしか…。
「多分なにかある…。まだ分からないけど。それと…」
「それと?」
少し溜めをつくり、美紅が息を吸う。
「多分だけどあいつらが最後に言ったの、『すまない。』だと思う。」
あの光景が夏奈を襲う。
軽い頭痛を覚えながら応える。
「つまり、あたしたちは何か謝るようなことをされたってこと…??」
声が少し震える。
「恐らく、信じたくはないけれど。
でもとりあえずなんともない。対処のしようもない。それと、多分誰にも言わないほうがいいわね。」
「誰も信じてくれないよ。」
「それもそっか。」
「兎に角、どーにもならない!なら普通に生活を続ける!ってことでしょ?」
なにかを吹っ切ったような口振りだ。
「毎度のことながらあんたのそのポジティブシンキング、頼もしいわ。」
「ごはんよぉー!!」
一階の方から結の声。
「はぁい!!」
ベッドから立ち上がり美紅の方を向く。
「さ、ご飯たべよ!」
「はいよ!」
二人は階段をゆっくりと降りていった。
部屋の電気は付けっぱなしであった。
食事をすませ、順番に歯を磨き、お風呂に入る。
二人は部屋に戻って美紅の布団を敷いた。
「明日も朝課外あるみたいだし、寝よぉ?」
二人の通う高校は進学校であるため、しっかりとしたカリキュラムが組まれており、朝課外と呼ばれる0限がある。
「そぉね。」
美紅が布団に潜るのを待って、夏奈が電気を消そうとスイッチの前に立つ。
スイッチと指が触れる。
「やっぱ、電気付けて寝てもいい?」
やはり、不安は拭えないようだ。
それ美紅も同じであった。
「うん。」
そう応え、膝を抱えるように布団に潜る。
夏奈はそっと美紅の後ろに座り体育座りをする。
美紅はそれに気付き、夏奈の方に寝返りを打つ。
右手で掛け布団を持ち上げ夏奈の目を見る。
「入る?」
小さな優しい声だった。
夏奈は声と同じくらい小さく頷き、
美紅に抱きつく。
二人は互いの温もりも感じながら深い眠りへと
落ちていった。
耳元で電子音が鳴り響く。
夏奈は片手で目を擦りながら、目覚まし時計をとめた。
一瞬で辺りは無音の空間に包まれ、僅かに聞こえるテレビの音を強調するかのようであった。
カーテンを開け、窓のそとに目をやる。
重く暗い雲、地を叩くような透明な雫。
見渡すかぎりの灰色の世界。
雨か…。
夏奈は憂鬱になる。
美紅は後ろで髪を触りながらケータイ二時に目を落としていた。
「おはよ。」
「うん、おはよぉ。」
なんとなく重たい空気だった。
それが雨のせいなのか、あの出来事のせいなのか。
答えは明確であった。
しばらく沈黙が続く。
夏奈は窓の外をじっと眺めている。
ただ、遠くを見つめていた。
刹那、シルバーのワゴン車が猛スピードで駆け抜ける。
そこへ、電柱から一匹の子猫がフラフラと道路に出る。
「あぶないっ!!!」
華奢な子猫の肢体が、巨大な金属の塊に吹き飛ばされる。
雨による視界の悪さからか、ワゴン車は気付かず走り去った。
なにが起きたかわからない実紅を置いて、夏奈が猛スピードで走り出す。
「ちょっと!」
訳が分からないまま、実紅も駆け出す。
階段を駆け下り、雨の中夏奈は子猫のもとへ走る。
「どーしよう…。」
夏奈が狼狽える。
実紅ははじめて状況を飲み込んだが成すすべなく立ち尽くしている。
「まだ息がある。」
目一杯に思考回路を働かせる。
動物病院…だめだ、こんな早くあいてるはずない。
手当…まったくの未経験。
ならどーすれば…。
零れる涙に気付かず、文字通り祈ることしかできなかった。
祈ることしか。
「夏奈、あんた手が…。」
子猫を抱き抱える夏奈の手は深紅に染まっている。
雨が洗い流し切れない量の血液が滴る。
虫の息の子猫をただ眺める二人。
無力を痛感し、涙をも流す雨の中、夏奈は子猫を抱えたまま無言俯いている。
しばらく子猫を凝視していた実紅はある異変に気付く。
子猫の眼が見開かれる。
その眼は生気を取り戻し、明るみを持っていた。
遅くなりました。
時間が出来次第、不定期ではありますが続けていきたいと思います。




