1話 呪われた一年生
新作投稿します。
迷宮学校シリーズです。
『斥候職』や『陰キャ』の主人公はたぶん出てきません。たぶんね。
「お札ってそれ自体は霊験あらたかなものだけど、それがびっしりと貼られていると、あ、ここには何かがあるのかな? とか何かが封じられているのかな? って思うよね。剝がすのにも何かしらの曰くがありそうで率先して触れるのも気味が悪い。例えば家の柱だったり、箱のようなものだったり、とにかくそれ自体が危険物のように思えてならない。じゃあ悪戯で誰かの持ち物にお札をベタベタと貼ったらどうなると思う? 持ち主はそれを見ていい気持ちはしないよね。不思議なもので、いままで愛用していたものが途端に忌々しいものに見えてくる。触るだけでも禁忌に触れるんじゃないか、そんな気持ちになる。お札自体は神符や護符のように安心するためにあるのにね。ようは大なり小なり、お札に囲われたものは呪物になるんだ。呪いがあるかどうかにかかわらず、ね」
●○○○○○
四月、春である。
高校の入学式を控え、ぼくらは学校の敷地を跨いだ。植木の散りかけ桜がぼくと同じように寮から坂を上ってきた新入生を迎えてくれている。ただ、木に向かってぶつぶつ呟いている霊的なものが視えるが、それはほかの生徒には視えていないので割愛。なんならお腹あたりに裂けた口を持つ怪物が新入生を顔いっぱいに開いた単眼でぎょろぎょろと視ているが、これも誰にも以下略。
化け物たちにはそれぞれルールがあり、それに従う限りは無害。ただ、存在に気づいてしまうことはほぼほぼ彼らのルールに触れてしまうため、見えないフリをする必要がある。そしてルールに抵触しなければ、お互いに触ることはできないのである。
「うっはー! 見てよ見てよ! アタシこの学校の生徒になっちゃったよ。アタシバカなのにびっくり。夢でも見てるんじゃないかな?」
「そうだねー、夢みたいなものかもねー。胡蝶の夢だねー」
「なにそれ? そういう難しいことを難しい顔をして言うからあんまりひとが寄り付かないんだよ?」
「……ほっとけー」
隣の女子から肩をぐいぐいと振り回され、周りから奇異の視線を向けられる。こっちは初日から目立ちたくないのだ、勘弁してほしい。
喜びに湧く少女は、溌溂とした陽キャなオーラを纏っている。肩まで伸ばした茶髪のソバージュは大人っぽいが、体型は若干幼寄りだ。細身で胸はほとんどないが、小悪魔的な愛嬌はともすれば大人びた表情にとって代わる。中学時代はパパ活やってたんじゃないかって一時期噂があったが、それは一部女子の僻みだった。
対してぼくは陰キャ。人目が苦手で人前が苦痛。注目されることになれば、過呼吸で頭が真っ白になってしまう。前髪伸ばして目元を隠しているし、対人では俯くのが癖だと思う。
そんな対極にいるぼくらが並んで歩いているのは、ただ単に同じ中学だという縁でしかない。少々特殊な高校ということもあって、進学にはそれなりの倍率を潜らなければならなかったから、彼女のほうはシンパシーを感じているようだ。うちの中学校からこの高校の敷地を跨いだのは、ぼくらふたりだけだ。
「アタシは先に行くけど、連も頑張りなよー」
「まぁ、うん」
「気のない返事ぃ。友だちひとりでも作って紹介してよね」
「なんで郷巳さんに紹介しないといけないの」
郷巳優麗はにかっと笑う。「連は弟分だかんね」そう言ってさっと手を振り、いまにも踊りだしそうな快活な足取りで校舎に向かう人波に乗っていく。
米倉連。それがこの盾浜高校迷宮科の新一年生になったぼくの名前だ。ちょっと霊視ができて、この世のものではないものが目の端に見えてしまっているが、ポテンシャルはごく一般的なレベルである。優麗はギャルっぽいところもあるが、大斧を振り回すバリバリ前衛系というね。そんなちょっとだけ普通とは違った、ぼくらの一年間にわたる学校生活の話。
「ふぅ……」
クラスの中、ひとりため息をこぼす。ぎこちないながらも自己紹介をして友人を作ろうとする空気についていけない。そんな自己主張の弱い人間はぼくのほかにも何人かいた。しかし幸運にも近い席の生徒から声を掛けられ、またひとつ円は増えていく。点であるのは気づけばぼくだけである。まあ、致し方ないのだが。
だってクラスに入って早々、長い髪の女霊がいろんな生徒に髪を巻き付けているのを目撃して、教室の扉前で「ヒャッ!」と悲鳴を上げてしまったのだから。黒髪は生徒に触れることなく通り抜けていたが、気づいてしまえば途端に首を絞める凶器に早変わりだ。
ぼくにも伸びてくる髪を大きく避けて、明らかにおかしな迂回の仕方をして窓際の最前席を目指したら、いやに注目が集まってしまった。
口を開けて談笑するする女子の口の中に髪が入り込んでいくのをどんな顔をして見ていればよかったのか。しかも鼻の穴にもするする入っていくシーンは筆舌にし難い。いや、透けているんだけどね。
ちょっと可愛い子だっただけに、夏服で腕を上げた際にちらりと腋毛が生えているのを見てしまったようなショックだったのは否めない。
ぼくがどんな顔だったのかは、その女子から「なんなの? キモ」と後ろから声が聞こえてきたことで、大いに項垂れることになった。もう初日なのにお先真っ暗な展開しか見えていない。
下校となりそそくさと帰る。髪女はいつの間にか姿を消し、今度はでっぷりして頭が巨大化した裸のおっさんが、しきりに「ちくび」と言いながら、自分のむき出しの茶色いぽっち乳首を太いサラミのような指でぽりぽりしている横を通り抜けなければならなかった。指を咥えてこっちを見るな、あと乳首をピンピン弾いてるな、気色悪い。
階段を目指したところで、ぼくは屋上へ行かざるを得なかった。ズタ袋を被って鉈を持った大男が階下の踊り場にいたから。なんなのこの学校は。一週間に一度見ればいいほうなやばそうな怪物がそこいらに闊歩しているんだけど。
これも迷宮高校が引き寄せているのか、太い霊脈の流れる場所柄なのか。そもそも視えていない人間には影響がないのが始末に負えない。ぼくは彼らを認知して、触れることができるから、向こうさんがよほど友好的でない限り、ぼくはあの鉈で真っ二つにされてもおかしくなかった。
屋上の扉は鍵がかかっているということもなく、ノブをひねって押すと、ずしりとした鉄製の扉は外側に開いた。まだ昼過ぎだったが、不思議と空が夕暮れ色に変わっている。ああ、これはやばいやつかも。そう思っても引き返す選択はなかった。
正面にこちらに背中を向けた和服の少女が立っていたからだ。小学生くらいのその少女はどう考えても高校にいるのがおかしい。ならば見えてくるのは、この世ならざるものということ。
振り返った少女はおかっぱで、クリっとした黒い瞳がどこまでも吸い込まれそうになった。しかし見ていると分かれば何が起こるのかわからない。自然にあたりを見回すふりをして視線を外し、気づいていませんよというアピールをする。大抵の幽霊はこれで騙されてくれるのだが。
「おや、驚いた。灯よりも強い霊視の力を秘めているようじゃの」
「……」
こちらに向かって独り言のような言葉を呟いているが、こっちは一般人ですよというふりをして、屋上のフェンスに近づいていく。あくまで屋上で黄昏にきたボッチですよという雰囲気だ。
「はぁ……」
溜息なんか吐いてみたりして、あたかも新入生が憂鬱なスタートを開けましたよと言わんばかりの態度で切り抜けようとする。あながち間違ってもいないので迫真の演技だったはずだ。
「隠しても無駄なんじゃが?」
気づけば真横に距離を詰められ、頬に穴が開きそうなほど見つめられ、いやこれ睨みつけられてる? 頬に針を刺しているような痛みを感じるが、これは幻痛だろうか? いや、少女の細い指が刺さっている。痛い痛い。
「わしおばけじゃないし。実体あるぞ?」
「いやいや、和服の幼女が学校の屋上にいないって」
「ふむ……確かに言われてみればそうかもしれんのう。じゃけどここは迷宮高校。生き物をスキルで使役することもあるじゃろ?」
「幼女をスキル化して使役するってやばくない? それもう犯罪者じゃん」
「ほぅ、迷宮高校とは犯罪者予備軍の巣窟であったか。ろりろり神降臨じゃな」
「で、君はどこの子? なんでここにいるの?」
「わし、灯待ってるんじゃ」
「灯さんって人が保護者なの?」
「むしろわしが保護者まであるのう」
ふすーっと胸を張っている。和服だがぺたんこである。よくわからないが、この少女は見た目に以上に大人びていそうではある。
「おぬし、あれ見てみぃ」
「ん? どれ?」
「校庭の隅っこの奴じゃ」
あの腐った体を包帯でぐるぐる巻きにしている肉塊のことだろうか。ぶしゅっと赤黒い変な液体を噴き出しているのが気持ち悪い。
「おぬしにはどう視える?」
「……怪物?」
「鮮明に視えるということはそれだけお主の目が向こうの世界に重なっているということじゃ。気を付けたほうがよいぞ。生身ではやつらにほとんど耐性がないからのう」
「わかってる。一度半身を引き千切られそうになったことがあるから。返事をしたら最後だと思ってる」
「いまのおぬしじゃ見ない聞かない反応しないしかないじゃろな。でもよかったのう。ここは迷宮高校。強くなれるぞ。やつらを逆に引き千切ってやるくらいにな」
ぐっと親指を立ててくる少女にぼくは励まされているのだろうか。
「ちなみにわし、あそこに視えるのうねうねする触手なんじゃが」
「惜しい。うねうねしてるのは包帯みたいなやつで、なんか人の体を丸めた形が中身。お、手とか足が飛び出してるな」
「グロいのう。わしグロ系だめじゃ」
「ぼくだって好きじゃないよ」
「あんまりじっと視ていても魅かれてよくないからのう。もう帰れ」
「わかった。君も気を付けなね」
「ふふ、わしを誰じゃと思っとる」
「和服幼女」
「がはは、そのとおりじゃ!」
バシバシと背中を叩かれる。なんだかおっさん臭い。
優麗を抜きにしたら久しぶりに人とまともに話をした気がする。いい出会いだったと思う。少女を屋上に置いたまま、階段を下りる。そういえば名前を聞き忘れたが、なんだかまた会える気がした。
「あ……あの……あ……」
ふわふわした気持ちのまま歩いていたら声をかけられた。
「なんですか?」
「みえみ、みええ、みえてる……?」
「あ……やば」
振り返ったらそこには髪の長い女霊がいて、いまにも倒れそうなゾンビの歩き方でこちらに近づいてきていた。知らないふりをしなければマズい。そそくさと踝を返して歩き出そうとした。しかし出足に絡みついてきた黒髪がぼくを転ばせる。
「みえ、みえてる? あた、あたし、あたしぃぃぃぃぃぃ」
「ひぃぃぃぃ!」
枯れ枝のような両腕を振り乱しながら迫ってくる髪女の口が、裂け女のように開いてまるで昆虫の口腔のようなグロテスクな中身を見せる。頭をぱっくりと食い千切ってしまいそうな無数に生えた乱杭歯。腐った沼のような臭いがすぐ目の前まで漂っている。
這ってでも逃げようとしたが、足に絡みついた髪が逃がさないとばかりに引き寄せてくる。
「ああ、気を抜いたなあ」
腕の一本なら食い千切られても治るだろうか。回復薬というものも出回っているから、なんとかなるだろうか、なんて思っていた。
「ええ、なにー? 襲われてる? 面倒」
顔を上げると制服のロングスカートが翻っていた。金色に輝いた長髪が、窓から差し込む夕日で輝いていた。頭の上には金色の耳。そしてスカートの下からふぁさっと揺れる金色の尻尾の先っちょが見えた。金狐の獣人さんだ。初めて見た。彼女は肩にかけたスクールバックから折り畳み傘を取り出し、髪女の横っ面を殴りつけた。一撃で怯ませると、流れるように傘を打ち付けた。
「はぁ、こんな雑魚、芽衣が処理するはずでしょ、もう」
怠そうにブツブツと漏らしながら、その動きは洗練されて髪女を追い詰めていく。そして足が崩れて尻餅をついたところで、カバンからお札を出して髪女に貼り付けた。そして何かを呟くと、髪女はボロボロと崩れて消え去っていった。
金色に輝いていた髪は力を使い果たしたようにくすんでいき、元の髪色なのか黒く戻った。着ている制服は白と黒のセーラー服だ。この学校は制服であれば自由なので、ブレザーだろうがワンピースだろうが制服なら好きなものを選べる。ちなみに優麗は青いブレザーにピンクのリボン、チェックのスカートだった。
「あー、一年生? 霊感あるんだ?」
「えーと、はい。ありがとうございました、先輩」
面倒臭そうなのを隠しもせず、前髪をぐしゃっと弄りながら目も合わせず声を投げかけてくる。
年上なのだろう、その横顔は同級生と比べて大人びて見える。切れ長の眉に、狐目と呼べそうな吊り目。長身なのだろうが、少し猫背気味である。
まあそこまでは普通の人間だろうが、背中から怨霊のようなものがいくつも飛び出ているのが恐ろしい。この先輩も間違いなく視える人で、むしろ霊的なものを使役するタイプなのだろうか。
ズル、ズルルル……。
何かを引きずる音が聞こえたかと思えば、廊下の向こうから鉈を床に引きずるズタ袋を被った怪物が近づいてくる。
「……先輩、あれ、あれ」
「あれは私の。肉達磨のキラーさん」
肉達磨のキラーさんは、壁から伸びてきた低級霊を鉈でぶつ切りにして空いた手で捕まえると、お腹に開いた口でむしゃむしゃと喰らっていた。
「一応注意しておくけどあれにちょっかい出さないでね。ぶつ切りにされて喰われても知らないから」
「あ、あの、先輩のお名前は?」
「私? えっと、い……芽衣。八木山芽衣」
「芽衣って、さっき先輩が呼んでませんでした?」
「じゃあ牛地千紗でいいわ」
「じゃあって……」
本名を話したくない理由があるのか、面倒だと思っているのが透けて見えた。
「あの、すみません。ありがとうございました」
「ああ、うん。気を付けて帰って」
こちらを振り返りもせず、先輩は歩き出していた。キラーさんは先輩の後に従うように、ゆっくりと追っていった。この学校で力を付ければ、悪霊のような上級霊を使役することもできるのだ。いままで逃げるばかりだった生活から、少し明るい兆しが見えた気がした。
あの先輩は、言うなればぼくの目指すビルドということになる。自分の身ひとつで殴り合うより、召喚獣や使役した悪霊で戦う方が自分に合っている。要はビビりなのだ。
外履きに履き替えて下駄箱を抜けると、横から声を掛けられた。まったく気づかなかったのでビクリと肩が跳ねた。
「連~、初日はどうだった? 友達できた?」
「え? できないですけど?」
「なんで強気?」
「できないですけどなにか? 郷巳さんのほうはどうなの?」
「うん? アタシ? 彼氏ができたよ」
「うわー初日でぇ? びっちぃ……」
「なんでビッチよ、ぶっ殺すよ?」
本当に人殺ししそうな目で睨まれ、しゅんとなる。
その後は彼氏がどんな人間かの話を聞かされ続け、寮まで至る。やれサッカー部で二年の先輩で、レギュラーで、爽やか系だとか。サッカー部なんて陽キャのヤリ〇ンなのに(偏見)。モテる人間はハエのように集ってくる女子に本気で相手にしないだろうし(超偏見)。
「今度の休みにデートすることになってー、どっか連れてってくれるってことになってー……」
「はいはい、羨ましいですね」
「…………」
「ん?」
突然話が止まったので、ちらりと横を見ると、真顔の優麗がぼおっと前だけ見て固まっていた。
「どうしたの?」
「……ん? なにが? でねー、V系のバンドが好きみたいでー、あたし全然知らないんだよね。連は知ってる?」
「知らない」
「だよねー、知ってた。どうせアニメの歌しか知らないんでしょ?」
そうですがなにか?
優麗の会話が途切れたのはその一瞬だけで、そのあとはずっと喋り続けていた。主に優麗が。新たな彼氏相手に優麗がどうなろうが、ぼくにはできることは何もない。ただ、自分の身体は大事にしてねと思うくらいだ。
女子寮と男子寮は建物が違うので、途中で道が分かれる。優麗は手を振ると、一度も振り返ることなくあっさりと別れた。




