出会いは別れのプロローグ ー1
気づけば僕は、悪魔になっていた。
元いた町を逃げ出して半年、誰もが忌み嫌った僕を、人間の街に巣食う半グレ集団だけが受け入れた。
ただでさえ存在意義のわからない僕は、日夜人の足を引っ張る日々を過ごしている。せめて誰かに迷惑をかけないように、という発想は、僕を排斥しようとした人々に対する、半ば無意識的な恨みの前に消えた。
「おい、行くぞ。」
今日の仕事場は、町外れの路地。夕暮れの街をフラフラと往く。このチームの仕事がどこまでの範囲までなのかは知らないが、その中で僕に与えられた役割は、取り立てだった。法外な利息で取り付けた借金の取り立て、勝手に因縁をつけて押し付けた借りの取り立て。そういった類のものだ。中には苛烈を極めるものもあった。相手は、僕を悪魔を見るような目で見た。しかし、これはギリギリ自業自得の範囲内だ、と、自分に言い聞かせた。そうすればなんとかやっていけるからだ。
現場に近づく。大きな声が、聞こえてきた。
「ありえない……ありえないよこんなの!!」
女の声だ。女相手の取り立ては、力を行使するときの罪悪感が増すから、あまり好きではないが。
しかし、現場はイメージしていたものとは少し違っていた。
「いやぁ、しかしなぁ。こちらとしてもケリはつけてもらわないと。」
こちらの組の男が、小さい子供を捕らえている。その正面にさっきの声の主であろう少女がいる。これは、おそらく。
「ひどい。ひどいねあなたたち……!まだ幼い子にわけわかんない因縁つけて、こんな金額要求して!!こんなこといっつもやってんの……!?」
「いやいや、子どもだとかなんだとかは、やられた側にとっては関係ありませんからねぇ。被害を被ったのだから、相手が誰かに関わらず、その分のけじめはつけさせるのは当然ですよ。」
「被害って、そんな大袈裟なもんじゃ……!」
「つべこべ言ってないで払うもん払ってもらわないと。この子ができないなら、あなたがやるんでしたっけ?」
「……。」
「別に血縁関係もない他人のためにそこまですることはないと思いますよ?ただあなたが見逃せばこの子がどうなるかは……言うまでもありませんかね。」
少女は男を睨みつける。因縁をつけられたであろう幼子は、さっきからずっと体を震わせている。
「あんたら……鬼だね。いや、それは鬼族の魔物に失礼かな。でも今すぐは無理。いつまでか、期限を設けてくれないかな。」
怒りに震える声で少女はそう答えた。
「はは、ほんとにこの子のために払ってくれるんですかぁ。ありがたいなぁそれは。しかしこちらとしてもあまり長くは待てませんからねぇ。3日後まで、とかですかねぇ。」
「3日後…!?この状況で冗談は、面白くないよ。」
「別にいいんですよ、できなければあなたではなくこの子を使うだけ……それだけですから。」
ヒッ……と、男の腕の中の子供が声を漏らす。
「……。」
沈黙。しばらくして、少女は口を開いた。
「わかったから。3日後ね。金が貯まったらどうすればいいの。」
「1人、こちらからあなたに付人をつけます。金が払える時に、彼に払えばいいでしょう。」
「……わかった。」
「よろしい。ではハル、彼女について金を回収しなさい。」
ああ、今回は僕か。言われるがまま、僕は少女に歩み寄る。
「お願いしますよ。もし期限までに払えないようなことがありましたら、明後日のこの時間にまたここで落ち合いましょう。では。」
男から指令書が手渡される。金額は……なるほどこれは、すぐに払えるはずもない。
僕と少女を置いて、他の男衆は去っていった。うちのいつものやり方だ。債務者は、指定の金額を払い終えるまで行動をも監視される。
「改めて、ハルモニアと言います。金を回収するまであなたを監視させていただくので、よろしく。」
「……お金払えば、ほんとにあの子に何もしないんでしょうね。」
「もちろん。人に誇れるやり方ではありませんが、そこだけは保証しますよ。」
「ならいいわ。」
少女は踵を返す。これだけの金額をどうやって稼ぐつもりなのか。まぁ僕には関係ない。どんな汚い手段でも、払ってくれればなんだっていい。
よくあることだ。彼女らにとっては人生を分けかねない危機だったとしても、僕らにとってはこれが日常。善悪の感覚も曖昧になってしまった身には、大事として刻まれることもない。
「お節介ですけど、どうやって稼ぐつもりなんです?」
「お節介ね。別になんだっていいでしょ。」
翌日、少女は朝から市場に出た。
「……お願いします!ひとつ1000ルピーから!ひとつ1000ルピーからで!ぜひ買ってください!」
驚いた。何かアテがあるのかと思ったが、彼女が売り物にしたのは、自分の所持品だった。それなりに高価そうなものを持っているようだが……この町の市場は大きい。人が多い反面、競争も激しく、なんの保証もない少女の店でものを買おうという人は少ない。
「1000ルピーから!!値段相応の価値を!お約束します!!」
そんな彼女が競争に勝つには、値段を下げるしかない。しかし彼女が提示した値段は、価格競争に勝ち得るそれではなかった。
「差し出がましいけどさ、それじゃあ全部売り切るのは厳しいと思うよ。もうちょっと値段を下げないと。」
「差し出がましい話ね。これ以上下げられないことはわかってるでしょ。あんたたちがあの額を提示してきたんだから。」
限界がある。所持品だけでやる、在庫がごく少数の商売では。それ以外、アテがないんだろうが。
無理だ。今のままではどう足掻いても払わなければいけない金額には届かない。あの子どもだけでない。こいつだって、どうなるか……。
そんなことを考えていると、少女が僕の方を睨んできた。強く、透き通った、逃げ場を無くすような目だ。
「どうせ無理だって、そう思ってんでしょ?あなたの顔見ればわかる。でもね、あたしは絶対にやりとげる。あなたたちみたいな悪い人たちにも、弱い人をいじめるこの社会にも、負けないから。」
日が暮れる。結局、彼女の手元の金は増えなかった。
夕陽を見つめる彼女に、僕は口を開く。
「威勢が良かったようだけど、結局何もできてない。これが、ゲンジツってやつだよな。」
「……わかった口を聞くのね。あんただって、何にもしてないくせに。」
「……は?」
「何にもしてないじゃん。あんな悪いとこで働いてるくらいなんでしょ。どうせ、流されて、流されてきたんでしょ。頑張って、正しく生きようとすることから逃げて。」
「わかった口を聞いているのはお互い様か?お前はどんな身分か知らないが、何もわかってないな。僕が今までどうやって生きてきたか、どんな思いをしてきたか……」
「知れたことよ。あんたを見てればわかる。」
「どうかな。」
「……。」
その夜は、彼女が家に戻るのを見届けて、僕はその家の前で夜を越すことになった。
睡眠を取る必要がない僕にとって、監視という役割は適任といえる。少女の質素な木造小屋の前に、腰を下ろす。
夜になり、静まり返った町。夜空を見上げていると、いつも考え事に耽る。
反芻するのは、夕方の少女の言葉だ。
何も、何もわかっちゃいないな。本当に。僕が流されていただけ?逃げてきただけ?世間知らずは罪だ。
前働いていた場所で、僕がどう言われてきたか。どう扱われてきたか。いや……そのずっと前からだ。ずっと、誰もが僕を除け者にしたくせに、今さら一丁前にまともなヤツ扱いしてくるな。
言い訳じゃない。逃げてもいない。決して。
陽が昇る。そしてまた、彼女は朝から市場に出た。
「ありがとうございます、ありがとうございます!!」
ようやく売れた。冒険者用の、盾か。なかなか高価なものだったようで、なんの裏も取れない彼女の店で1200ルピーが取引された。
「他のお客様もどうですか!ぜひ!ぜひお買い求めを!!」
しかし、それで打ち止めだった。そのあとは昨日と同じ。喧騒に包まれる市場で、彼女の簡易的で、質素な店に足を止める人はなかなかいない。
結局、その日の売り上げはこれだけだった。2日合計で、売り上げは1200ルピー。当然、目標の金額には到底届いていない。
「……。」
「気は済んだ?こんなもんだ。昨日も言ったけど、これがゲンジツ。だから見栄張ってこんな額請け負わなければ良かったのに。」
「……。」
「お前みたいな世間知らずには荷が重かったよ。昨日は僕のことも随分言ってくれたけど、何もわかっちゃいない。そんなお前に見合った結果だよ。」
「……そうやって、目を逸らし続けてきたのね、ゲンジツってやつから。」
「負け犬の遠吠えは耳に障る。僕の何がわかる?僕は……」
「見ればわかる。あんた、混血なんでしょ?」
「……!」
思わず、言葉が詰まった。目の前の少女と目を合わせるのが、何か苦しくなるような。
「混血の立場が苦しいことは知ってるわ。それは、決して八方塞がりって意味じゃないこともね。あなたの雰囲気、放つ空気、言葉、立ち姿、歩き方……。あたしにはわかる。あなたは、光から目を背けてるだけだって。」
少女は力強く、そう続ける。冷静にならないと、そう思っても、理論立たない子供じみた反抗心で、頭が満たされる。
「…………聞いちゃいられない。わかってない。」
先程までより弱々しい声が漏れる。違う。ちゃんと反論しなければ、しかし……
僕とは対照的に、少女はまた力強い言葉で言い放つ。
「それに、負け犬呼ばわりは聞き捨てならないわ。あたしの勝負は、ここからだもの。」




