↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミスカトニック大学留学記  作者: 里見さと子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

79/79

研究レポート:汎発性神経変性症候群(PNDS)の病原体に関する中間報告

研究レポート:汎発性神経変性症候群(PNDS)の病原体に関する中間報告



発行日:AP5 春季



発行者: 生存者共同研究グループ(代表:ヘンリー・アーミテイジ)



文書種類: 生存者間情報共有プロトコル




1. 要旨


本報告は、通称「ゾンビ化」として知られる汎発性神経変性症候群(Pan-Neurologic Degenerative Syndrome、以下PNDSとする)を引き起こした病原体の性質について、現時点で得られている情報、生存者ネットワークから集積されたデータに基づく仮説をまとめたものである。結論から述べるとPNDSの病原体は、従来想定されていたウィルスや細菌といった病原体とは全く異なる、太古より地球に存在する地球外起源の微生物群である可能性が極めて高い。本報告では、その起源、感染メカニズム、そして我々生存者がなぜ生き残ったのかという、感染感受性の差異について考察する。




2. 病原体の起源と正体:炭化水素擬態性古細菌(HMA)仮説


長らく人類が「化石燃料」として利用してきた石油は、太古の動植物の死骸が堆積・変成したものではない。我々の仮説は、石油とは、はるか太古の地球に飛来した微生物群、炭化水素擬態性古細菌(Hydrocarbon-mimetic Archaea、以下石油生命体と仮称する)が、地中深くで休眠状態に入った姿である、というものだ。この石油生命体は、極めて巧妙に炭化水素の分子構造に擬態しており、その結果、人類は、自らの文明を支えるエネルギー源として、休眠状態の脅威を、自らの手で地表に汲み上げ、世界中に拡散させてしまった。




3. 感染メカニズムと神経変性プロセス



3-1. 一次感染(曝露):


石油の燃焼(自動車の排気、工場の排煙、暖房など)の際に大気中に放出される微粒子状の有機体が、呼吸などを通じて、過去数十年間にわたり、ほぼすべての人間の体内に侵入・蓄積したと考えられる。これが、全世界的な同時発症の基盤となった。



3-2. 体内動態とゾンビ化:


PM2.5などの微粒子状物質をキャリアとして肺胞から血流へ侵入した有機体は、特定のトリガーによって活性化するまで体内で休眠状態を続ける。活性化した有機体は血流に乗り、血液脳関門を特異的なトランスポーター・タンパクを利用して突破する。脳へ到達した有機体は、神経細胞の脂質膜に選択的に寄生する。ここで有機体は、記憶、思考、理性を司るシグナル分子の働きを乗っ取り、特にドーパミンやグルタミン酸受容体を完全にジャックする。これにより、宿主の高次脳機能は不可逆的に破壊され、残されるのは、捕食と攻撃という、最も原始的な衝動のみとなる。



3-3. 二次感染:


感染者の体液(唾液、血液など)を介した直接的な接触によっても感染が成立する。これは、PNDS発生後の感染拡大の主な要因となっている。




4. 全球的同時発症の謎:分子的同調(“The Awakening”)仮説


PNDSが、世界中の異なるタイムゾーンで、ほぼ同時刻に一斉に発生したという奇妙な事実は、従来の感染症モデルでは説明がつかない。我々は石油生命体が、ある種の「分子レベルの振動周期」を持つという仮説を立てている。


これは、周期ゼミが特定の年数(13年、17年)を経て一斉に羽化する現象と類似性が見られる。体内に蓄積された休眠状態の有機体が、我々には未だ特定できていない何らかの外的要因(特定の宇宙線、太陽フレア、地球磁場の変動など)をトリガーとして、分子レベルで共振・同調し、一斉に「活性化」した。それが我々が「あの日」と呼ぶ、世界的厄災の正体である。




5. 感染感受性の差異:なぜ我々は生き残ったのか


全人口の約5%がPNDSを発症しなかった理由。我々の調査では、特に高齢者層において、非感染率が統計的に有意に高いことが判明している。その要因として、以下の二つの仮説が有力である。



5-1. 仮説A(脂質組成変化説):


石油生命体は脳の脂質膜に寄生する。加齢に伴い、この脂質膜の組成、特にコレステロールや不飽和脂肪酸の比率が若年層のそれとは変化する。この物理的な変化が、有機体にとっての足場を不安定にし、寄生効率を著しく低下させている可能性がある。



5-2. 仮説B(慢性的炎症説):


高齢者の多くが持つ、軽度で慢性的な炎症状態、いわゆる「Inflammaging」が、結果的に有機体の侵入や定着を阻害する防御壁として機能した可能性が考えられる。常に微弱な戦闘状態にある体内の免疫環境が、この未知なる侵略者に対して、予期せぬ抵抗を示したのだ。



6. 結論と今後の課題


我々は、自らの文明を駆動させてきたエネルギーそのものによって、滅亡の淵に立たされた。PNDSは、人類に対する、地球規模の壮大な罠であったと言える。しかし、PNDSに抵抗力のある生存者や動物の存在は、我々がこの脅威に対抗しうる可能性を秘めていることを示している。


今後の最優先課題は、活性化トリガーの特定、そして感染抵抗性のメカニズムを完全に解明し、予防法を確立することである。




参考文献


D. Rice et al., "Acoustic Behavior of Infected Subjects," Arkham Underground Press, AP2.


H. Ando, "Miskatonic University Study Abroad Diary," Miskatonic University Archive, AP3.


A. Williams, S. Miller, "An Historical Survey of the Arkham Oil Fields," Miskatonic University Archive, AP3.


Abdul Alhazred, "Al Azif," (Olaus Wormius Latin Translation) Miskatonic University Archive, n.d.

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。