6日目②グレンフィールド脱出計画
夜の帳が下りると、家の中の静寂は一層深くなった。外からは、時折、風に運ばれてくる微かな呻き声が聞こえるだけで、それ以外は完全な沈黙が支配している。博とサラは、キッチンで見つけ出した缶詰のスープを温め、ローテーブルを挟んで向かい合って座っていた。温かい食事が、凍てついていた博の心身を、少しずつ解きほぐしていく。もう一人ではない。その事実が、彼に生きるための新たな意味を与え、同時に、守るべき存在に対する重い責任感を両肩にのしかからせていた。
「サラ」博はスプーンを置くと、静かに口を開いた。「僕以外に、生きている人を見たか?」
サラは小さな頭をゆっくりと横に振った。「ううん。ずっと、誰も見てない。テレビも、スマホも動かなくなったから」
その答えは博の予想通りだった。彼は話題を変える。「アーカムのことは、何か知ってるか? この町から、どれくらい離れてる?」
「車なら、一時間か二時間くらい」サラは答えた。「ミスカトニック大学があるけど、今は夏休みだから、学生はほとんどいないはず。町はたぶん静かだよ」
人が少ない。その言葉は、博にとって一筋の光明だった。感染の拡大は人口密度に比例するはずだ。アーカムは、この町よりも安全な避難場所になり得るかもしれない。
「何か、おかしなことはなかったか。この数日間で」博はさらに問いを重ねた。
サラは少しの間、記憶を辿るように宙を見つめていた。そして、思い出したように言った。「最初の夜。すごく大きな音がした。ドーン、って。町の向こう、森の方から」
爆発音。博はその単語を脳内で反芻した。事故か、あるいは軍のような組織がまだ機能している証拠か。それは、この閉塞した状況を打破する重要な情報になるかもしれない。
グレンフィールドを離れ、アーカムへ行く。計画は、彼の頭の中で明確な形を結び始めていた。徒歩は危険すぎる。移動手段は車しかない。しかし、その思考はすぐにギフトショップでの苦い経験によって遮られた。
「でも車のエンジン音は……」博は、思わず独り言のように呟いた。「奴らを引き寄せてしまう」
その言葉に、サラも黙り込んだ。二人の間に、重苦しい沈黙が流れる。ガソリンエンジンの音は、今や自らの死を告げ知らせる警鐘にしかならない。必要だが、それを使うのは危険すぎる。その圧倒的な矛盾が、彼らの計画を根底から覆していた。
その沈黙を破ったのは、サラの囁くような声だった。
「スミスさん……」彼女は隣家の方角を指差した。「隣に住んでるおじいちゃん。病気で、大きな音が嫌だからって……電気の車、持ってたよ」
博は息を飲んだ。電気自動車。ガソリンエンジンのような轟音を立てず、モーターの静かな駆動音だけで走る車。それは、この死者に支配された世界において、奇跡に近い存在だった。闇の中に、確かな希望の光が、静かに灯った瞬間だった。




