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雪女〜真夏の雪女〜  作者: 黒井 羊
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フェニックス

「それで宮崎の一番美味しいお菓子って何かしら。」

 弥生が修一郎に尋ねる。トンボの話からお菓子の話になり弥生は楽しそうにしている。

「記憶の中では老舗菓子舗の〘不死鳥(フェニックス)〙。もう店もないし、覚えてる人も少ないんじゃないかな。」

 修一郎がそう答えると弥生は

「若菜君と話してたヤツね。」

と〈あぁ、あれなんだ。〉と言った表情で返した。若菜寛志(わかなひろし)は修一郎より少し年上で、以前は惣菜部門のメニュー開発を一緒にやっていた。


 弥生が試作日に調理室へと行った日だった。修一郎と若菜が話していた。

「今度時間があったら、クッキーかサブレを焼かないか。」

 修一郎が言うと若菜が

「何を作るんだ。」

と尋ねた。

「フェニックスって焼き菓子、確かサブレ二枚でジャムを挟んでた。」

 修一郎が答えた。

「あれか、宮崎の菓子(スイーツ)で一番美味しいよな。」

 若菜が言うと修一郎はビックリして、

「知ってるのか。」

と言う。

 修一郎は部屋の片付けで子供の頃の宝物を見つけたような顔をしている。

「新婚旅行は皆んな宮崎だった頃、土産貰うんだが記憶に残っているのはフェニックス。スイーツなんて洒落た言葉じゃなくて上手いお菓子(かし)だった。」

 修一郎と若菜の会話を聞いていた弥生が口を開く。

「興梠さんて宮崎の人。私、鹿児島生まれで小学校まで沖縄だったの。」

 弥生がいきなり修一郎に話しかける。私の事は知ってて当然よねと言った顔をしている。修一郎が〈この(ひと)誰〉みたいな表情をしていると若菜が

「こちら、商圏調査室の藤川弥生さん。スイーツの試作の日は声を掛けてる。」

と言う。そして

「こいつは興梠修一郎、今は修行中。」

と弥生に伝えた。弥生は修一郎の顔を見るとにっこり笑う。その笑みは〈私の事、覚えとくのよ〉と言っているようだ。

「また後で。」

と言って弥生は調理室を出た。

 修一郎と弥生が出会った瞬間だった。


「それでフェニックスは作ったの。私、食べてない。」

と弥生が言う。

「菓子舗はまだあったけどレシピが残ってなかった。未完。」

 修一郎は答える。

「はははは、そんなこったと思ったわ。」

 弥生は歌劇団の男役みたいに笑い飛ばし、

「今、味の記憶を引き出せる。」

と今度はいつもの神秘的な笑みで修一郎に強請(ねだ)る。モナリザの微笑みのように。それに答えるように修一郎は喋り始めた。

「サブレにジャムを挟んだような感じ。バターの味と香りが記憶にあるからクッキーよりサブレだろう。サクッとした食感としっとり感が絶妙に調和していたような気もする。この(あたり)になると曖昧だな。焼き目が焦げ茶色でそうなるとガレット・ブルトンヌも候補だ。当時はそんな呼び方はしなかったけどね。ジャムはオレンジジャムか蜜柑ジャム、その頃の宮崎は蜜柑畑も多かった。化石からの恐竜復元だよ。」

 修一郎が一呼吸()くと弥生はすかさず、

「今、復元するならどうするの。」

と尋ねた。

「サブレか薄いガレット・ブルトンヌにマンゴージャム、金柑ジャム、ブルーベリージャムを挟む。三色の三種類だけど主力はマンゴーだろうな。」

 修一郎が喋り終えると弥生は

「大変よくできました。」

と茶化すように褒めた。


 由利は弥生の表情を見ていた。本当はお喋りだけじゃなくて修一郎と一緒に作って食べながら言葉のキャッチボールをしたいのだと。

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