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妖刀VS王族のチカラ

バッハ・教会カンタータ・第6曲コラール合唱

~主よ、人の望みの喜びよ~


教会や音楽ホールで、と言うのなら分かるけれど。

まさか、森の中で、それも闘いを始める場面で耳にするとは思わなかった。


空へと響き渡る声の上に、ネスが放出した大量の水が降り被さる

~はず。


申し訳ないけれど、彼女たちの美声を周囲の者に聞かせてはならない。

ここに居る者達にとって~人間が、神を賛美する歌~など、

精神を侵し・苦痛を与えるものでしかないのだから。

そしてそれ以上に、その状態に陥った者達を

術に因って操る者の存在が

脅威そのもの。

彼の企みを止めなければ。

また、誰かが傷つく。

ほんの少しの雨水程度では効果が望めない。

と、なると。

ネスが降らせる水は大量になるが。

それは、的が広範囲過ぎるからで。

仕方のないこと。


なのに、いつまで経っても彼女たちの歌が止まらない。

何故?


確かに、水は降ってきた。

ザーッと。

彼女たちの真上に。

と、そのように見えた。

けれど、それは、合唱者の上に降りかかる寸前に、

まるで何かに弾かれたように四散していた。

{ネス、どういう事?}

{あいや、分からん。}

彼女たちには一滴の水も降りかかってはいない。

それどころか、 あの大量の水が一瞬にして蒸発したらしく、

辺りには濃い七色の虹が掛かった。


「うう・・うう・・」周囲から

口々に苦痛を訴えるつぶやきが漏れてくる。

{まずいな。}

うろたえるネスの声を聞いて、クリスが後ろを振り返ろうとしたとき

スッと、耳の横を剣がかすめた。

「おや、演武中によそ見をするとは。マナー違反というものだよ。」

いつの間に?

マルセルは瞬時に間を詰めていたらしい。

彼の鋭い剣先で、幾本かの髪がはらりと地面に散った。

「まあ殿下、女性の髪を傷つけてはいけません。』

と学園では、教わらないのでしょうか?」

クリスはギッと彼のすまし顔を睨み付けた。

「さあて、どうだったかな? 相手が、人間の場合は。

良く覚えていないなあ。」

{全く、人間蔑視も甚だしいわね!}

表情を変えずに繰り出す彼の剣を、両手にしたクナイで応じる。

『カン!!カン!!』と乾いた金属音が連続してあがり

絶えることなく森の中に響き渡る。


{こいつ、早いな!}

ネスが深刻そうに呟く。

{そうね、恐ろしく的確な剣筋だこと。おまけに重い!!}

{まあ、大体は・・さっきの妨害はこいつの術だしな。}

{うん~だね。}

{と、言うことは、だ。

この隙にもう一度トライしてみる価値はあるってことだよな。

こいつの意識がお前に釘付けになっている間によ。}

{私も~そう・・思う!!}

大きく振りかぶったマルセルの剣が真上から下ろされた時、

頭上でそれを止めた2本のクナイが『ビヒッ』と

鈍い音を出した。

協会開発の最新武器が破壊された!?

なんて、強い力なんだろ。

全く、ニンゲン・じゃ太刀打ちできないわよ。

けれど、同時にマルセルの剣もポキリと真ん中で折れたのだ。

〈あれだけ、力任せに打ち付ければ。

・・当然よね。〉


「キャー!!いやぁー!!」

女生徒たちの悲鳴が上がり、甲高い声が何度も重なる。

{今度はOKのようだな。}

どうやら、ネスの大噴射が操られた歌を止めたらしい。

{サンキュ!! グッド・タイミングよ。

で、急いでほしいの!! 【紅】をお願い!!}


静か過ぎる。

森の中は、まるでシャングリラ・理想郷

なのに。

鳥、一羽の姿もなく、さえずる声も聞こえない。

ただ、シン としている。


マルセルの剣が折れたのと同時に、イライザ達の歌が止まったことで

苦しんでいた貴族達や生徒達が意識を取り戻しつつある。

それに安堵したピエールがカイルを他の委員達に任せて、

アスランの席へ急いだ。

それは、クリスがクナイを収めたせいでもある。

あの音からすると、彼女の武器が何らかのダメージを受けたに違いない。

タダの人間が堪えるには、王族の力は強過ぎる。

それは、初めから分り切っていたこと~だけれども。


幸いアスランとファタミ・ナタリ両殿下には、

歌の災いに苦しめられた様子はないが。

それぞれの守人も同様。

なぜなら彼らは、歌はもちろん武器が交差する音さえ

聞いてはいなかった。

前もって、この事態を予想したファタミが、耳栓の着用を勧めていたのだ。

『何か有ってからでは遅いですから。』

至極もっともなことだけれど、

王族の彼がそれに気づいたことが驚きだった。

今までの第3皇子なら、決してそのような言葉を口にはしないはず。

一族の誰をも疑うことなどしない、世間知らずな末弟なのだから。

そう、海に落とされる、あの時までは。


{ほいよ~、受け取れ!!  俺は、水を補給してくる。}

ネスは【紅】を口に銜えてからクリスへと放った。

それから、一目散に泉へと走って行く。

【紅】を手にしたクリスを前にして、マルセルの瞳が赤く燃え始める。

「ああ、やっと本気を出す気になったのかな?」

そう言うと後ろを振り返り、嬉しそうに女生徒達に声を掛けた。

「イライザ、皆も。彼女は、他の歌も聴きたいそうだよ!」

たった今、大量の水を掛けられて泣き叫んでいた女生徒達が

マルセルの言葉に、体をビクンと反応させた。


クリスは背筋に冷たい物を感じた。

それは、術に掛けられた彼女達の顔が

一層白く、

一人残らず無表情な白い仮面に変わっていくようで。

{まずいよ!! ネス、水が足りない!!  

泉の水を全部こっちへ流せない?}

{はあ? 無茶言うなよ!! }

{だって、術に掛かった女性達を傷つけるなんて、出来ないよ!}

{おいおい、ガーディアンらしからぬ発言だぞ。

相手が誰であろうと、護るべき者を護るのが仕事なんじゃないのか?}

{わかってる!}

{じゃなきゃ、お前、死ぬぞ!寿命、云々の前にな。}

そんなこと、キツネに言われなくたって。

スウーっと、息を吸い込んでゆっくりと【紅】を鞘から抜いた。

青白い刀身に目を沿わせてから、マルセルの赤い瞳を見つめる。


イライザと女生徒達の歌が再び響き渡る。

ヴァイオリンのみの伴奏による、アヴェ・マリア。

彼女たちの澄んだ声とハーモニーが苦もなく皆を囚えてしまう。

そうして、心を縛り上げる


~妖かしの名にし負う【紅】よ、我に力を示せ~

~今、ここにある命を糧とせん~


クリスが【紅】を一振りすると、さっと青白い閃光が刀身を走った。

「ああ、準備完了かい?

じゃあ、王族の能力・チカラも見せてあげよう。」

クリスに対峙したマルセルがニコリと微笑むと、折れた剣を投げ捨てた。

「フフ・・全くちゃちなオモチャは役に立たないね。

まあ、強い力を持つこの体をそのまま武器にすればいいだけのことさ。

ほら、完璧だと思わないかい?」

クリスは目の前に差し出された彼の両手が少しづつ変化していく様子に目を奪われた。

{おい、何だぁ・・その手は!?}

念視を使って、クリスと同じモノを見ているネスが叫ぶ。

{どうやら、王族が持つ能力らしいわよ。

顕現する能力の種類は個人により異なるみたい。

彼は、術以外にもこういう能力を持っているのね。}

{おいおい、どうするよ。その剣は、厄介だぜ。}

{うん。かなり強力かも。}


やがてマルセルの両手はすっかり剣に変身してしまった。

この情景に目を奪われていたのは、操られた歌声に囚われなかった者だけ。

王族と彼らの守人・そしてピエール。

ファタミは目を丸くしていた。

『兄様が・・あんな力を・・?』

チラリと隣に座る、もう一人の兄を盗み見る。

『アスラン兄様は、知っていたのだろうか?』

そう思うよりも先に、2人の兄がお互いに瞳を赤く燃え立たせているのを見て、胸がざわつき。

『ん・・なんだこれ・・?』

得体の知れない息苦しさに戸惑い

思わず右掌を胸に押し当てた。


「さて、その君の剣が術を繰り出すだけのタダの道具で有ることは

もう分かっているよ。闘うには、脆弱だ。

僕の剣に対抗出来ないだろう? 実戦用の剣が必要なら・・

そうだな守人の誰かに借りるといい。

気絶しているカイルの剣なら、いいんじゃないかな?

これは、あくまで演武だからね。

丸腰の相手と闘ってもつまらないだろう? 観覧者を楽しませないと。」

「それはまあ、王族らしく礼節をわきまえたお言葉を、

有り難うございます。ですが、【紅】は元々が剣ですから。

ご心配には及びませんよ、殿下。

それに、どのみち誰も楽しめないでしょうし。

貴方の術に掛かっていてはね。」

「フフ・・全く君は賢いね。人間にしては。

壊すのがもったいないくらいさ。」

そう言うと、いきなりマルセルは彼の

さっきまで<手であった>剣を振り上げて襲いかかってきた。


『ガツン!!』

妖刀【紅】との闘いが始まる。

確かに彼の両手は鋭くて、おまけに重い。

「なぜ、そこまでしてアスランを、他の王族・人間を護ろうとする? 

君は部外者なんだから、知らんぷりをすればいい。」

「ええ、本来護るべきは依頼者のみですが、今回護りたい者が

他にも沢山いるのですよ。殿下。」

「どうせ、アスランから何かを吹き込まれたんだろう?

 護りたいのは、君が、ではなく。アスラン自身が、じゃあないのかい?

 それなのに、人間の血を受け継ぐ彼が、

自分で彼ら<人間>の街を護ろうとしない。それは、何故だい?

自らの手を汚さずに、外界の人間を連れてきて王族の僕と闘わせるなんて。卑怯だろ?」

「さあ、何故でしょうね? 

半分の血が繋がっている殿下の方が、

幾百年共に生きているのでしょうから。

お判りになるのでは有りませんか?」

「さあてねえ。純粋な血を受け継いでいる僕にはさっぱり分からないよ。

ただ、言えることは、君はアスランによって、無駄死にさせられる。

って、ことかな。人間の存在なんて所詮その程度のものだよ。」

『カツン!!ガツン!!』とお互いが打ち合う音の合間に聞こえる合唱と、

呻く者達の声が重なる。

{おい、やばいぞ!! 術に掛かった者から、王族に迫りだした!!}

{周りを見る余裕がないの!! お喋りの相手がしつこくって。}

{おお~そうだ、対話! それこそ、お互いを知る上で一番重要だ。}

{うん、異文化交流に努力するわ。}

{そうしろ。俺はそろそろ、噴水を注ぐ準備が完了するからな。}         

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