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黒い闇に光る紅い瞳

薄い照明の中で、

ヴァイオレットブルーの布地に浮かぶ金色のバラが不意に目に入った。

クリスは躊躇わずに、するりとそれを腰から外す。

「これを殿下にお渡し下さい。

今宵の役目は終わりましたので。」

手早くたたんで、ピエールに差し出した時

{ギャウン!!}と

キツネの悲鳴が脳内に響いた。

あまりにネスが驚く事態なのか、

彼が緊急事態と判断したのかはわからない。

念話ではなく、思念となって映像が流れ込んできたのだ。

それは、床に突き刺さった矢が跡形もなく消えていくところ。

「こ・・れは? 何があったの?」

誰にともなく話すクリスを見て

ピエールが訝しげに眉を顰めた。

{坊ちゃん殿下が狙われているぞ!!}

{えっ、なんで? そこは、どこ?}

{ホールだ!!}

「わかった!!」

宙ぶらりんに手にしていたストールを

放り投げるようにピエールに押しつけた。

【紅】をグイッと、一度握り直して駆けだす。


廊下に取り残された彼は、

ちょっとの間、呆気に取られたけれど、

躊躇わずに後ろのドアを開けた。

ノックは無しだ。

ソファに寛ぐアスランの他、

部屋には窓辺に立つエディル以外には誰もいない。

「おいおい、クリスをホールに置き去りとはな。」

「ああ・・妃候補達も下がらせたが・・。」

「ったく、念願のタンゴを踊ったじゃないか。

何が不満なんだ?

まさか、あんなことを気にしているのか?」 

ピエールは具体的な表現を避けた。

けれども、マルセルの行為を指していることは確かだ。

「いや・・ああ・・そうかも知れない。」

「ふん、バカバカしい。

 純愛ドラマでもあるまいし。

 第一、相手は人間だぞ!?」

評議委員長の表情は全くなく、

ただの弟の顔になる。

「ほら、預かり物だ。」

そう言うと、アスランの傍らへストールを放つ。

その青紫色はソファの上に広がり、

バラの花びらを輝かせた。

「クリスは・・彼女は部屋に戻ったのか?」

アスランは金色の花を眺めてから、

それを手でなぞる。

「いや、どこかへ行った。」

「どこか?」

「ああ、あれは。

誰かとテレパシーを共有しているんじゃないのか?

いきなり、会話を始めたぞ。」

「なるほど。そうかもしれないな。

彼女の側にいると、時々こめかみの辺りがピリピリするんだ。」

「多分、緊急事態だな。」

「なぜ、わかる?」

「剣を持つ手が緊張したように見えたからさ。」

アスランは「ふうん・・む。」と

口元に手を当てて考える素振りを見せた。

そうして目は、エディルの少し輝く銀色の髪を見つめていた。


ホールを抜けてベランダへ飛び出ると、

剣を振るうライルが目に入った。

暗闇の中で、唯一の色が輝いている。

それは、逆立つ銀白色の髪。

一瞬、ピエールが言った言葉が頭をよぎった。

『銀狼~理性を忘れて、ただの獣となる。』


「行かなくて良いのか?」

ピエールが向いのソファに座った。

「そうだな。どう、思う?」

守人は、思案顔で外を眺めている。

「今、彼女が来ました。

きっと、充分でしょう。」

エディルは銀色の瞳をチラリとも動かさない。

「なあ、体力を消耗するんじゃないか?

明日に差し支えるぞ。」

「ふう・・うん、そうかな?」 

「ああ、マルセルよりも強いとは思わないが。

しっかり、人間としての力を見せつけてくれないと。

貴族達を納得させられない。」

「クリスは強いさ。」

即答した

兄の言葉に、ピエールは顔を曇らせる。

「なあ、わかるだろ?

彼女には、ちゃんと働いて貰わないと。

街が困るんだ。

これから増え続けるだろうからね。

ハイブリッドだけじゃない。

勿論、人間もさ。

生きる場所が、施設が、今以上に必要となる。」

「何を今さら・・。」

 くどいぞ!

と言うように、アスランは顔をしかめた。

「何度も言うようだけれど。

彼女は救世主であり、捨て駒なんだ。」

ピエールはそう言い切ると、じっと兄の顔を見つめた。

「絶対に。

そう。

決して・・

なあ・・

彼女を救おうなんて、思わないでくれよ。」

言葉の最後は懇願になっていた。


ファタミを庇うように、彼の前に立つライルと

その足元に立つキツネ。

「何事?」

突然の声にギクリとして、ファタミが振り返った。

「ああ・・君のダンスにアンコールが掛かったのかも知れないな。」

相手がクリスだと分かって、安心したらしい。

「そう?

じゃあ、今度はチャ・チャ・チャを披露しようかしら?」

首を傾げながらそう言うと、ネスが尻尾を膨らませてクリスの脛をぶった。

{ダンスはいいから、クナイを抜け!

  次の矢が飛んでくるぞ!}

言い終わらないうちに、頭上をシュッと

音を立てて矢が飛んでいった。

「雑な狙い方ねぇ。相手は素人じゃないかな?」

「ええ、多分。人数もそう多くはないですし。」

ライルが初めて口を開いた。

{それに、術が掛かっているな。}

{う~ん、明かりが欲しいわね。}

ちらりと足元のキツネを見る。

{ああ、分かった。一発、おみまいするか。}

ネスがライルの横へと進み出て、しゃんとお座りをした。

「コ~~ン!!」と夜空に向かって、一声吼える。

すると、その開けた口から勢いよく大量の水が

上空へとほとばしっていった。

ファタミがぽかんとしてそれを目で追う。

「な・・なんだ、一体!!」

暗闇に広がった水の粒、一つ・一つが

月の光を浴びてキラキラと輝きを放つ。

それはまるで舞台を照らす照明のように、

庭内を浮かび上がらせた。

その中に動くモノがないか、目と意識を集中する。


暗闇に慣れた者の目には、刺激が強かったようだ。

大木から、何かがドサリと音を立てて落ちるのが見えた。

{ふん、ネズミが一匹ってとこかな?

逃げられないうちに、噛みつくとするか。}

ネスが走り出す。

「殿下、中へ!

自室へ戻ってください!

ここは危険です!」

そう言うと、クリスはベランダを飛び出し

キツネの後を追いかけて行った。


繊細な弦の音が部屋の中を巡り、満たす。

「何だ、これは!?」

突然、驚きの声を上げたマルセルは、

その端正な顔を不快そうに曇らせた。

「どう、されました?」

ピクリと耳が動いて、カイルがチェンバロを弾く手を止める。

「ああ・・いや、いいんだ。

気にしないで続けてくれ。

ええ~と、クラヴサン曲集は・・ラモーだったかな?」

「ええ、そうです。」

守人は頷いて、鍵盤の上に再び指を載せた。

月の薄い光を浴びて、ベランダはまるで劇場の舞台そのものだ。

周囲から浮かび上がって見えている。

一羽のカウバーが樹上にとまり、

その目に宴の後に起こった出来事を写しだしていた。

同時に同じ光景をマルセルもまた鑑賞していたのだ。

けれど、どうしたことか主役が登場した途端

突然、目の前が眩しくなり、何も見えなくなった。

なぜ、あのように明るくなったんだ?

カウバーが余程驚いたのだろうか。

掛けていた術が解けてしまったのかもしれない。

手の中で転がすワイングラスの丸みに沿って、

赤い液体が揺れるのをぼんやりと見つめた。


妖しの刀~だと聞いた。

千年もの昔から、存在している、と。

使い手を自身で選ぶ~その者になんらかの力を与える!?

それは、剣のカタチをしていながら

武器にはならない?~のか。

術を発動させる道具でしかないのなら・・

多分彼女は・・人間自身が持つ力など

たかが知れてる。

明日、あの刀があの人間にとって

~かせ~と・・なるかもしれない。

と、なると・・

ニヤリと口角を上げたマルセルの顔がグラスに映っていた。


何かを推し量るような目で覗き込むピエールを

アスランは制した。

「クリスを救うな、とは。どういう意味だ?」

「あのバラを誕生させるのを随分急がせたじゃないか。

彼女の為に新種のサプリを開発したかったんだろう?

アンバー達の為、だけではなく。」

アスランは弟の問いに、片眉を上げて見せた。

「まあ、そうだな。

いつだって、人間社会は新薬を求めている。

知っているだろう?」

「ああ、勿論。

商売相手の市場だからね。

BD族のサプリを製造する過程で、

副産物として人間界の医薬品が出来るだなんて。

全く、皮肉なことだ。」

「どちらにも有益なことさ。」

「まあ、それはそうだが。

今じゃ、人間世界における医薬品の技術特許は

我々が大部分を占めるようになった。」

「それで、一族は潤っているじゃないか。

何が、不満だい?」 

ピエールは首を横に振る。

「分った。

分かっている。

だがなアスラン。

あまり、彼女に固執するなよ。

250年もの時を待っていただなんて!!

異常にもほどがあるぞ。」

「いや、270年だよ。

正確なところは。

 ふふ・・そうかい?

 僕らは長生きなんだ。

 何かを待てるなんて幸せじゃぁないか?」

「それで、正妃はどうするんだ?

候補は絞ったんだろう?

明日、発表出来るのか?」

目をそらさずに、弟が兄の瞳を見つめる。

「そうだな、欲しい物が手の内にあるとしたら? 

ピエール、お前ならどうする?」

アスランがいたずらっぽく微笑むのを見て

ピエールは決して兄の考えを

知りたくないと思った。

そう、決してだ!


すっかり暗闇に戻ってしまった庭を

ネスが飛ぶように走り抜けて行く。

クリスが追いついた時には、

木の根元に横たわる何かの臭いを嗅いでいた。

「それは、何?」

{フン、カウバーさ。}

「ええ・・?」

{つまらねえ~大方、術でも掛けられていたんだろう。}

「ううん・・そうなると、

 まだ何者かがこの庭に潜んでいるかも知れないよね。」

{ああ、そうだな。}


不意に背後から息せき切ったファタミの声がした。

「何が・・いたんだ・・?」

「カウバーでした。

殿下、ここに居ては危険です!

直ぐにお戻りください!!」

クリスは内心、気が気ではない。

本当は、『なぜ庭へ出たのですか?』と抗議したいくらいだ。

昼間、襲われているのだから

少しは用心して欲しい。

けれど、本人が襲われた~とは

思ってもいないのなら、どうしようもない。

「ここは学園の庭だ。

細部にわたりよく知っている場所だよ。

君よりはね。」

「ええ、それはよく分かります。

ですが・・殿下。」

と言いかけたクリスに背を向けて、

ファタミが歩き始めた。

「ちょっ・・・殿下!?」

クリスは慌てて後を追う。

「ライル、直ぐに殿下を

安全な学園内へ連れ戻して!!

ここは、危険だと言って!!」

守人は、言われなくても、

危険なことを充分承知しているはず。

なのに、ライルは首を横に振った。

「ええ、勿論。

お止めしました。」と。

「ああ・・。」

クリスは頭が痛くなった。

そうだった。

王族だもの。

誰かの意見に素直に従うはずがない・・。

けれど、ここはなんとしてでも

聞き入れて貰わないと。

「昼間のこともありますし。

うろつかない方が良いです。

狙われているのは、殿下なのですから!!」

ほとんど爆発しそうな気分の中、

声を落とし気味に少し脅すことにした。

実際は、大声で『何を考えているの?』

と言いたかったのだけれど。

するとファタミはクリスを振り返り、

じっと黙っていた。

「殿下?」

脅されたことで、怖じ気づいたのだろうか。

「なぜ、君の寿命は、あと5年なんだ?

人間の寿命は一様ではないって、君は言ったけど。

 もう少しは長生きだろう?」

クリスは面食らった。

え~っと。

この問いって・・

今、この時に?

この状況で?

「君とアスラン兄様とが話していた件だが。

嫌、違うな。さっきも言ったが。

勝手に、頭に響いたことで・・」

漆黒の闇の中、目の前のモノも見えないはずなのに

彼の顔は分かる。

紅く揺れる瞳で、こちらを見下ろしていたから。

{ねえ・・ネス、どういうことだと思う?}

{なあに、簡単なことさ。

こいつが王族の血を引いているってだけだ。}

{うん?}

{その力・が顕現したんだろ。}

ただ温かな夜。

虫の声が聞こえるでもなく、風がそよとも吹かない。

一体、ここの季節はいつ? なんだろう・・


周りを黒い闇に囲まれ、唯一見える紅い明かりは

ヴァンパイアの瞳。

彼は吸血族の子孫。

体には、そのDNAが受け継がれている。


「殿下に力が顕現したのですね。」

守人が喜ばしそうに言うと、

ファタミは首を横に振った。

「いや、どうなんだろう?

力については、兄様達の誰も口にしないから。

良くは分からないんだ。

公言しないモノだと聞いているし。」

「ああ・・そうですね。

これから他にどのような力が現れるかも分かりませんし。

まずは様子を見た方が良いでしょう。」

「うん・・、そうしよう。」

ファタミは守り人に同意すると

「ところで、クリス。君の寿命のことで・・・」

と、同じ質問を繰り返そうとした。

「そんなことより、

今は一刻も早く安全な場所へ避難すべきです。」

クリスがファタミの言葉を遮って、早口にそう言った。

「僕に逃げろ~と?

姿の見えない相手から?」

プライドの高い皇子殿下の機嫌を損ねたらしい。

{そいつの尻を蹴ってやれ!! 

ったく、プライドの高いお坊ちゃんだぜ!!}

ネスがイラついて、怒鳴る。

けれど、その声はクリスの頭の中に充満しただけ。

「ええ、ご自分の命をここで終わらせたくなければ。」

そう答えて、

{ネス、いいから!!}

と頭の中で、なだめた。

キツネの相手もしなければならないのか~と、

うんざりしながら。

「わかった。今は君の言う通りに行動しよう。

で、どうすればいい?」

「殿下、残念ながら、遅かったようです。」

ライルの声が緊張した。

「既に囲まれてしまいました。」

{フン、愚図なやろうだぜ!!}

ああ・・せっかく殿下がおとなしく従ってくれそうだったのに・・。

でも、がっかりしては居られない。

「それで、相手は何人だと思う?」

声を潜めて、守人の声がした方の暗闇を見つめた。

「ええ・・5人ですね。」

{ネス、一人は任せられる?}

{なんだったら、ここで雨を降らせようか?

  豪雨でも良いぜ。}

{それは駄目!!さっき力を使ったばかりでしょ。

 それに、殿下は雨が苦手だから

 彼まで動けなくなっちゃうし。」

{ったく・・そうだな。}

「ライル、走り抜けられる?」

けれど、その提案は遅かった。

ヒュッと、体の側を鋭い音が通り過ぎていった。

{矢だ!!}

「どうやら、動きを封じられましたね。」


姿の見えない相手と、どう戦う?

この黒い世界の中で。

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